上 下
30 / 106
第二章

六、

しおりを挟む
「安心安全な京都ツアーみたいで、えへへ」
「なるほど。私をガイドに使おうとしたやつは初めてだ」
 あ、失言だった。慌てて口元を押さえて笑みを引っ込める。無言で歩き出した新居崎のあとを小走りで追いかけて、なんとか別の言葉に置き換えようと口をひらく。
「違うんです、いえ、違うわけじゃないんですけど。とにかく、楽しいなって、それがツアーに似てるなって……」
 隣に並んで見上げたとき。
 新居崎が、微笑していることに気づいて、口をつぐむ。嫌味のない、優しい笑みだった。大学で見た作り物の笑みとも違う。ふんわりと、柔らかい笑み。
こんな表情もできるんだ、と失礼なことを考える間野へ、ふと、新居崎の視線が向いた。途端に微笑は消えて、不機嫌な表情に戻る。
「なんだ」
「先生って、笑うんですね」
「……きみは私をなんだと思っている。馬鹿にするのも大概にしろ」
 絶対零度の声音に、麻野は「ハ、ハイ」とロボットのような声で返事をした。


しおりを挟む

処理中です...