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第二章

二十一、

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「どんなふうに会ったんだ?」
「え」
「そこで、どういうふうに、どんなやつと」
「ええっと」
 内容については、あまり言いたくはない。というのも、自分でも嘘くさい話だからだ。神秘的で禍々しい出会いならば、麻野も喜んで話そう。古書を開いたのがきっかけとか、古い蔵でどろんと現れた、とか、いわくつきの開かずの扉を開いた中に、とか。
 だが残念なことに、麻野の実家は近代的で、古くから続く和民家ではないし、庭に蔵なんてたいそうなものも存在しない。ありきたりの一戸建て住宅で育ったのだ。
 新居崎の視線を受けて、麻野は、ぽつぽつと経緯を話し始めた。
「あれは、晴れた日でした。私は当時五歳で、来年から小学生になるとはしゃいでいたので、年齢は間違いありません。祖母の家の近くに、いつも遊びに行っていた公園があるんですけど。その公園に、テーブルを持ち込んでアフタヌーンティを楽しむ集団がいました」
 新居崎の眉が、これ見よがしに顰められた。
 話を切ると、顎で、続きを話せと命じられる。
「そのテーブルにいた人数は覚えてないんですが、たぶん、三、四人。白いティーカップは覚えています。……最初、みんな人間に見えたんです。でも、近づくと変な匂いがして。腐臭っていうんですか、血なまぐさい匂いがしました。彼らは、子孫について話してて」
「子孫?」
「はい。年々少子化が進んでいるせいか、我らの子孫が減少している。寂しいものだ、と。そういった内容だったと」
「……鬼が、少子化を嘆いていた、と」
「ええ、まぁ、はい。幼い私は、そのとき、テーブルにいた一人の青年が、気になっていました。悲しそうな顔をしていて。子どもの私には、少子化とかよくわからなかったんですけど、子孫っていう言葉は知ってたんです。それで、子孫が減るから悲しいんだって思って、その人のところへ行って」
 思い出すと、恥ずかしい。
 黙って話の続きを待つ新居崎に促されるように、言葉を続けた。
「寂しいなら、結婚してあげる! って、言ったんです」
「誰が」
「わ、私が」
「してあげる、な。上から目線がすさまじいな」
「今ならわかりますっ」
「で、どうなった」
「その場の誰もが驚いたみたいに振り返ったんです。なぜここに人間が、とかしゃべっていたと思うんですが、私はあんまり聞いてませんでした。私が結婚どうこう告げた相手は」
「結婚してあげると上から目線で告げた相手、な」
「そうですっ、私が上から目線で結婚を申し込んだ相手は、私に『俺は生涯誰とも結婚しないしこれまでもしていない。子孫もいない』って。子孫がどうのとかいう話はほかの鬼たちのことで、悲しい顔をしてたあの鬼は関係なかったんです」
「……馬鹿すぎて笑えんな」
「うう」
「それで、なぜその者たちが鬼だと思った」
「私を食べようとしたからです。よく見ると目とか髪の色も違ってて。でも、私が……上から目線で結婚を申し込んでしまった相手が、かばってくれたんですよ。その鬼は、金木犀の香りがしました。……血のように真っ赤な目をした、綺麗な鬼で。そのあと、彼は自分が鬼だと名乗ったんです」
「ほう。つまり、見た目が変わっていて、自らを鬼だと名乗ったと」
「はい」
「少子化について、公園で談義していたと」
「は、はい」
「麻野。――それは、ただのコスプレ集団だ」
 ずばっ、と一刀両断した新居崎の言葉に、麻野はぐっと言葉につまった。そう言われてしまえば、むしろ、鬼だと言い張るほうが難しい気がしてくる。
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