上 下
62 / 106
第三章

十一、

しおりを挟む
 一時間と四十分ほどで、目的地についた。
 その間、二度のトイレ休憩をはさんだため、休憩時間を含めて到着が遅れたのだ。
 車中で、新居崎とは、お互いのことや何の変哲もない話をした。
 話題が途切れても苦痛ではなく、沈黙を挟んで、また他愛のない話をするといった様子で。
 なんだか、変な感じだった。
 新居崎は静子とは違うし、脇場や櫻井、神田教授とも違う。世の中に同じ人間などいないのだから、当たり前だけれど。
 二人きりの空間は、最初こそ緊張したが、いつの間にか、穏やかさで満ちた心地よい空間になっていた。沈黙でさえ心地が良いなど、これまでになかった経験だ。
 午前十時頃、麻野たちは大江山近くにあるレジャー施設に到着した。休憩場や宿泊施設、温泉まである施設の駐車場に車を止めて、休憩と情報収集がてら、出入り自由の案内所兼休憩場へと入った。
 自動ドアをくぐった瞬間、シャツの胸元をぱたぱたしていた新居崎が、ふぅとエアコンの涼しさに気が緩んだ様子が見て取れた。
 気温に関しては真夏の宿命だが、今月中には梅雨明けするだろうから、そのうちに湿度もマシになるだろう。だが、今日明日に梅雨明けするはずもなく、麻野も新居崎も、今しばらく梅雨独特のじめじめに耐えなければならないのだ。
「頂上まで、一時間と少しか。片道でこの時間だとすると、多めに見ても三時間。……厳しいな」
「登山はせずに、ゆったり周辺を見て回りましょう」
「いや、それだと来た意味がない。地図は……これか。せっかくだ、途中まで登ろう」
「え、でも」
 麻野は、休憩室の壁に貼ってあるポスターを見た。日本海の美しさについての、ポスターだ。大江山の頂上からは日本海が見える。連なる緑美しい山も見えるはずだ。
「日本海、見れませんよ?」
「正直、いくら初心者向けハイキング登山とはいえ、頂上まで行くのは嫌だ」
 嫌だ、と言い切った新居崎の言葉には、麻野を気遣う気持ち半分、本音が半分含まれていた。思わず笑ってしまう。今日も空は快晴、だが梅雨のじめじめ感は残っている。新居崎からすれば、登山など本気でやりたくないのだろう。
 それなのに、途中まででも登ろうと言ってくれた。
 その気持ちが、嬉しい。
「なんだ、にやついて。気持ちが悪い」
「……一言余計ですっ」
 むぅ、とそっぽを向いた麻野へ、冗談だ、という苦笑を伴った言葉が届く。
 なんだろう、このむずがゆい感じは。麻野は、居心地が悪いような心地よいような、微妙な雰囲気に居たたまれない。
 気持ちを切り替えようと、パンフレットの地図を持った。
 頂上までは一キロと少し、半分ほど登った場所にベンチがあるらしい。そこまでいけなくても、大江山の雰囲気を感じることができれば十分だろう。
しおりを挟む

処理中です...