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第四章

九、

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 麻野は、一向につながらない携帯電話の着信画面を眺め続けていた。そわそわと落ち着かないのは許してほしい。本当は今すぐにでも新居崎の家に突撃したいのだ。
 麻野は、近々新幹線代を返したいという連絡を新居崎に入れたのだが、まさか、今からくるなんて、言うとは。
 急ぎの資金が必要なのだろう、もしかしたら暫く連絡がこなかったのも、そういった理由があったのかもしれない。
「出てよっ、私が届けるのに――っ」
 返す側が出向くのが筋というものなのに、新居崎は「今から行く」と告げたきり通話に出ない。麻野は新居崎の自宅を知らないし、今から調べて家を出たとしてもすれ違うかもしれないのだ。
 そもそも、新居崎のほうは麻野の自宅を知っているのだろうか。
 新居崎が通話を切ってから、二十分弱。
 何度呼び出しても通じなかった携帯電話の着信に、新居崎の文字が表示される。
「先生っ!」
 慌てて取ると、受話器の向こうから、荒い呼吸が聞こえる。
「今どこですかっ、私が行きますから!」
「……ここに住んでいるのか」
「え? もしかしてもう近くまで」
「セキュリティも何もないマンションじゃないか! それになんだ、この鍵は。ピッキング初級者でも開錠できるぞっ」
 なにが、と言おうとすると、玄関のドアノブがガチャガチャ音をたてた。ひっ、と仰け反りながらも玄関に行くと、ゴンゴンと拳でドアをたたく音がした。
「開けろ!」
「……先生?」
「ほかに誰がいる」
「すぐに開けますっ」
 携帯電話を握り締めたまま、急いで、捻るだけのカギを開く。がちゃりと音が鳴ると同時に勢いよくドアが開かれた。
 携帯電話を握り締めたままの、額へ汗を浮かばせた、新居崎が立っている。
「せん――」
「開けるな!」
「……はい?」
「不審者だったらどうする。私でなかったら、いや、私であっても、男が夜中に尋ねてきたら、鍵を開けるな。それから、もっと厳重な鍵をかけろ。インターフォンはなんのためについている。内側のチェーンはなぜそこにぶら下がったままなんだ」
「……落ち着いてください、まずはなかに」
 近所の目もあるから、夜中に玄関で騒がないで。
 そんな焦りもあって、麻野が強引に新居崎を部屋に押し込む。言われた通り、もう注意を受けないようにドアロックだけではなくてチェーンをかけて、簡単には開かないようにした。
「これでどうですか!」
「……私はもう、入ってしまっているんだが」
「あ、そうだ。渡さないと」
 するりと新居崎の隣を通り過ぎた際、やや困った表情の新居崎が見えて、咄嗟に足を止めた。
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