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それから。

同棲はじまるよ【4】

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 おそるおそる、訪ねてみる。
「先生。その、ゴ……じゃなくて、本棚のうえの品々は、なんですか?」
「これか? これは、きみだ」
「……。…………は?」
 聞き間違いだろうか、と耳の穴に指を突っ込む。
「語弊があったな。ここにあるのは、きみをイメージするものばかりなんだ。この時計は出会ったときの思い出が詰まっている。ほかの品々は、見るたびにきみの顔を思い出すから、こうして残しておいた」
「……私を、思い出す?」
 弾かれるように、新居崎が振り返った。
 電気のついていない、ほの暗い寝室でもわかるほど、頬が赤い。照れているらしいが、やはりというか、麻野には新居崎の思考がさっぱりわからなかった。
「すまない。もう傍にいるのだから、必要ないな」
「ちなみに、どの辺りが、私なんですか?」
「どの辺り? 全部だが?」
 羽柴麻野、大学一年生。
 なんだろう、この腹立たしさは。
 価値観の違いとは、こんなに恐ろしいものなのか。噂には聞いたことがある。妻にはゴミに見えても、プラモデルは夫にとって価値のあるものだと。
 そういった話を思い出して納得させようとしたけれど。
――いやいやっ、あれゴミだよね。どうみてもゴミだよね!?
 しかも、あれが麻野だという。
「……先生、さすがに私も」
「あって当たり前、な部分とか、特にな。何気なく傍にあるが、本当はすごく必要で、大切なんだ。……すまない、遮ったな。なんだ?」
「せ、せんせええええっ」
 やはり、先生は先生だ。
 考えが読めなくて、口うるさいし、口も悪いし、でも結局は優しくて、麻野を大事にしてくれる。
 感極まって抱き着けば、少しだけよろけながら、新居崎は麻野を抱きとめた。
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