元奴隷の半吸血鬼少女はのんびり旅をしたい

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新米冒険者の半吸血鬼少女

魔法協会

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 ――魔法協会。

 文字通り魔法使いの相互扶助組織であり、各地に点在して魔法絡みのトラブル解決なども請負う組織だ。

「――そして、その業務の一つが魔法適正の検査、って訳だな」
「へー、それで、ここに来たのか」
「ああ、お前の適正を診てもらいにな」

 そう言って、今しがた出てきた部屋を指す。

 ……検査自体は、既に終わっている。

 その内容も簡単なもので、協会が有している測定器……一見水晶玉にしか見えないが、実はかなり高度な魔導機である……に触れるだけだ。

 そうして測定された結果はだいたいその日のうちに判明し、冒険者の身分により検査を受けた場合は冒険者ギルドに送られて処理され、その後冒険者本人へと返却される。なので、結果を見られるのはギルドから返却される、今夜になってからだ。

「それはわかったけど、適正っていうのは何を見るんだ?」
「ん……まあ、各属性の相性だな」
「相性?」
「ああ。火水地風の四大属性、ごく稀にいる、回復や浄化の魔法に関係する光属性、最後にそれ以外全てを一纏めにした特質属性だな」
「それは、適正が無かったら全く使えないのか?」
「ああ、使えない」

 ばっさりと、アッシュが断言する。

「この世界おける魔法ってのは、基本的に世界を満たす精霊と交感し、魔力を代償にその力を借り受ける技だ。そして、この適正ってのは、その親和性を表しているんだよ」

 そして、適正の無い属性は、そもそも精霊との交感が不可能だ。しかも、後天的に変化する事は一部例外を除いて、まずありえない。

「ただ……そんな精霊の力を借り受けるにも限度がある。だからあまりバカスカと同じ属性の強力な魔法を撃ちまくると、その辺の精霊が働かなくなってその属性はしばらく使用できなくなる。これを、俺らは『空間リソース枯渇』って呼んでるな」

 ま、いくら金をたくさん出すと言われても、疲れきっていたら仕事できないのと一緒だな、と苦笑しながら締めるアッシュ。その言葉に一部協会員……それも若い年代らしき者……の目が死んだようにみえたのは、はたしてフィアの気のせいだろうか。

「……それじゃ、魔法使いがいっぱい居ると、思うように魔法は使えなくなるのか?」
「そういう事だ。だから、魔法使い達はあまり自分達のように魔法が使える者が増えるのを、いい顔をしない」

 その言葉に……そういえば先程からあまり友好的ではない、不躾な視線を感じるなとフィアは思った。どうやら、歓迎されていない気がしていたのは間違いでは無かったらしい。

「あ、それで初めてギルドに来た時に、ユスティお姉さんと揉めてたのか」
「お、よく覚えてたな」

 フィアが言っているのは、あの時話していた、所持魔法隠しが重大な違反だというものについての事だろう。
 あの時のフィアはミルクに夢中になっていたように思えたが、なかなかよく周囲の話を聞いているなとアッシュは舌を巻く。

「そうだ。それでギルドでは所持魔法技能の申請についてうるさいんだな。間違えて、空間リソースを超える魔法属性の構成で人員を送り込んだら大変な事だからな」
「なるほど……」

 何故あれだけ神経質に気にしていたのか分からなかったが、話を聞いて納得がいったフィアだった。

「ただ……世の中には、使ってはいけない魔法、いわゆる『禁呪』ってのが存在する」
「ん? それは何が違うんだ?」
「簡単に言えば、精霊の力をのではなくて、行使する。それが禁呪だ」

 精霊そのものを全て魔力として消費するのだから、その効果は通常の魔法とは比べ物にならないと、アッシュが苦い顔で言う。

 ――そして、フィアに使用された呪法も、それに当たる。

「え……精霊が、魔法の力の元なんだよな? そんな事をしたら……」
「ああ、空間リソースの上限が減る。だから、普通の魔法使いからは蛇蝎の如く忌み嫌われているんだ」

 使えば使うほど、その地は魔法が行使し難くなる。
 しかし話はそれだけで終わる事なく、土地も痩せ大気も濁り、環境が悪化していく

「それが……禁呪だ。この世界にあってはならない魔法だ」

 そう拳を震える程に握り締め、忌々しそうに呟くアッシュだった。



「あ……悪い、冷静さを欠いた」

 ばつが悪そうに、アッシュが話を再開する。

「あとは……精霊に拠らない系統の魔法を、特質属性って呼称しているな。これは、主に魔族が使用する固有の魔法が該当する」
「そうなのか……人には居ないのか?」
「居なくはないが、稀だな。元々、魔界領は精霊が少ないからな。その分荒れた土地も多い。だから、何百年とかけて、魔族がその環境に合わせて進化していった中で会得したのがほとんどの特質属性魔法だ」
「へぇ……おれにも何かあるのかな?」
「ある。吸血鬼、それと半吸血鬼の使う魔法は、なんでも己の血を媒体として消費し発動する『血壊けっかい魔法』と呼ばれるている。流石にこれは俺には教えられないが……」
「あー……そっか、あれかぁ」

 フィアが、何やら微妙な顔を見せた後、一つ頷いた。何やら、心当たりがあるようにしている。

「知っているのか?」
「うん……たぶん知ってるし、使える」

 そのフィアの言葉に、周囲で聞き耳を立てていた魔法使い達が、ざわりと騒がしくなった。
 見せて欲しい……そんな興味津々な気配が、建物内に充満する。

 魔法使いという連中は、その大半が学究の徒なのだ。滅多に見られない……あるいは見る事が出来たとしても、それは戦場で自分に向けられた時……という特質系魔法を目の前で見られるかも知れないと聞き、彼らの目は少年のように輝いていた。

 そんな異様な雰囲気に流石に引いているアッシュだったが、フィアはそのような事は気にもとめず話し続けていた。

「何となく使ってた技があったんだけど、あれが魔法だったんだな……」
「それを! 後生だ、それを見せてくれんか!?」
「……うわ!?」

 突然現れたその人物に、驚いて仰け反るフィア。

 突然話に割り込んできた老人……長いローブを纏った格好からして、協会の魔法使いだろう。

「おいおい、子供をビビらせてるんじゃねーよ御老体」
「後生じゃあ……! どうか、冥土の土産と思って! 」
「そ、そんな事言われても……」

 フィアが、アッシュの方を助けを求めるように見る。
 はたして、ほいほい見せたりしていいものなのか分からなかったのだ。

「タダとは言わん、少女よ、ここに来たという事は、魔法を学びたいのであろう!? 儂の知る限りの初級から中級の魔法を記した書をやる、どうか……!」
「……へぇ」

 その言葉に、アッシュがピクリと眉を動かす。

 ――魔法使いというのは、よほど親密な相手でなければ基本的に自分の技術を人に伝えない。

 アッシュが使える魔法も、教わって習得したのは、生まれ故郷に居た婆さんと、若い頃に共に旅をしていた魔法使いの友人に習った物だけだ。

 故に、老人の出した提案は、破格の条件だ。フィアの適正結果次第ではあるが、他者の編纂した魔法書は、本物であるならばそれだけの価値がある。

 ……少々、破格すぎる気もするが。

 そんなアッシュの心境を読んだらしく、老人がアッシュの方をちらっと見る。

「……あ? お前……いや、え?」

 すると、その老人の目を見たアッシュが、途端に挙動不審になる。
 まるで……と、思わずかのように。

「どうした、おっさん?」
「おっさんはやめろ、せめて今だけは!」

 いつものように緩い拒絶ではなく、半ば泣きが入ったようなアッシュの様子に、フィアが目を白黒させる。
 その横では……何故か、老人が腹を抱えて笑っていたため、フィアは更に混乱するのだった。

「あー……仕方ねぇなぁ。お前が見せてやっても良いってのなら、良いぞフィア、コイツなら大丈夫だ」
「……そ、そうなの……か? おれは別に構わないけど……」

 すっかり御老体に対する態度をやめ、同年代の気安い相手に接するような口調になったアッシュの様子に首を傾げながらも、フィアが準備の為に軽く自分の手を牙で噛み切る。
 その白い手からプク……と膨らんでくる血液の球が、発動体だ。

「周りの連中も見たいってんなら止めないが、くれぐれも他言すんなよ!」

 周囲で興味津々に眺めている魔法使い達にも、釘を刺す。

「ははは、無論。何故我等だけで独占できる体験を、他の者に共有せねばならんのだ! 我等だけじっくりと見れた優越感に浸りながら、墓まで持っていくに決まっているわ!」

 その魔法使い達の中の一人が堂々と狭量な事を言うと、周囲からそうだそうだと賛同の声。
 その様子に、アッシュはこのクズ野郎どもめ……と深々と溜息を吐いた。

 本職の魔法使いは、えてしてこのような、ひとでなしの秘密主義者なのである。

「……準備、できたぞ?」
「おっと、悪い。やってくれ」

 アッシュが頷くと、フィアが目を閉じて、集中に入る。そして、その小さな口が、鈴のような音色で詠唱を紡ぎ始めた。

「……カーズ・ドロウ・ハスタ――『血槍ブラッディジャベリン』!」

 詠唱終了と同時に、パン、と両手を合わせるフィア。
 その手を離していくと、その両掌の間から、バチバチと黒い雷光を放つ、フィアの身の丈程の、細長い真紅のエネルギーの槍が現れた。

 その槍を、調子を確かめるように数度、ヒュンと風切り音を響かせながら振ってみたフィアが、その出来に満足げに頷いた。

「……と、まぁ、最低威力だとこんな感じ――」

 どんなものだ、と自慢げに言いかけたフィアは……直後、魔法協会の建物を揺らす勢いで上がった、興奮した魔法使い達の歓声に飲み込まれてしまうのだった。
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