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新米冒険者の半吸血鬼少女
間話:闇に潜む花
しおりを挟む「……クソッ!」
苛立たしげに、手にした酒瓶を壁に投げつける。
けたたましい破砕音をあげ、粉々に砕け散る酒瓶。
男……今朝、冒険者ギルドで揉め事を起こした末に少女に投げられるという無様を晒した元傭兵の男は、荒れていた。
その鬱憤を晴らすために酒を浴びるように飲んでも、気分は悪くなるばかり。
そんな怒りに任せ、人も寄り付かぬ街はずれの路地裏でひとしきりわめき散らしていたのだが……この時、男は気付くべきだった。
ここは、このエイスワンド内でも最も治安の悪い場所。そんな中、迷い込んだ酔っ払いなど良いカモだというのに――しかし、ここまで何者の姿も見えなかったという事に。
「あらあら、怖ぁい怖い」
「……あ?」
不意に、男に背後から声が掛かった。甘ったるくも美しい、女の声だ。
思わず振り返って……それを、見た。
やはり、美しい女だった。
肩甲骨辺りまである白金色の髪には、くすみひとつない。
黒いドレスに包まれた、均整のとれたその身体は女性的なラインをいているものの、全体的に細身で、グラマラスとは言い難い。化粧っ気も、ほとんど無いと言っていいだろう。
決して、このような薄汚れた裏路地に似合うような女ではない。少なくとも、商売女ではないだろう。もっと、貞淑な夫人……あるいは、お嬢様と言ってもいいかもしれない。
だが……何故か、目が離せない程に、その女は妖艶で、蠱惑的だった。
男とて、腐っていても、戦場に居た身だ。
だから、酔っていても分かる……こいつは、ヤバいと。
しかし、足が地面に張り付いたように動かない。
目が、自然と女の方を目で追う。どうしても目が離せない。それはまるで、魅入られたかのように。
女が近付いて来る。
逃げなければ。
それか、この場で斬り捨てなければならない。
そんな焦燥感に駆られながら、しかし男は剣の柄に手を添えたまま動けず、にじり寄ってくる女を見つめる事しかできない。
「わかります、わかります……何か、面白くない、辛いことがあったのですよね……?」
女が、するりと腕の中へ潜り込んでしな垂れかかり、絡みつくように抱きついて来る。ただそれだけ、その女の身体の柔らかな感触と暖かな体温だけで、酩酊感のようなものが全身に回り、たまらず膝を着く。
「でしたら、私に身をお委ねくださいませ? もう、悩む事など、辛い思いをする事などありません、ただ悦楽の中へと沈めてさしあげますから……」
つ……と、ぬめる女の舌が首筋をなぞり、まるで媚薬でも塗られたかのように、そこがカッと熱を帯びて来る。
「それでは……心地よい夢に、溺れてくださいませ?」
耳に吐息がかかるような近さから、囁かれる官能的な声。
脳が溶かされるような心地の中……首に、プツッと皮を噛み破られる僅かな痛みと共に、男の意識は暗転していくのだった――……
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