少女の手には呪いの本

七海 司

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 お日様はすっかりと沈んでしまっています。肌を焼く光に代わり、柔らかなお月様の銀色の光が照らしてくれています。
 家主が戻ったのでしょう。窓から光が漏れているお家が増えてきました。
 時折、駆け抜ける夏の夜風が風鈴の音色のように涼やかで心を軽くしてくれます。

「夏海さんには、弟がいるのですね」
「生意気盛りなくせに、日曜朝のトクサツの時間になるとねーちゃんってあたしを起こしにくるの。こっちは寝てたいのにね。あいつ、いまだに怪人にビビってるんだよ。作り物の空想なのにね」
 弟の話をする夏海さんはどこか楽しそうです。本当に弟さんのことが可愛くて仕方ないというのが伝わってきます。

「子供向けの番組なんだけどね、俳優さんはみんなかっこいいんだ。今だと、若手俳優の登竜門と言われてるくらいだしね。そうだっ今度、特撮見てみてよ」
「今度、見てみますね」

 私は曖昧な返事を返してしまいました。ドラマというのは実はあまり好きではないのです。いえ、好きではないというよりも得意ではないのです。私は俳優さんの区別をつけるのがとても苦手なのです。

「そっか、残念。雪菜さんは何が好きなの? やっぱり本?」
「はい。本は大好きです」
 夏海さんが吹き出してしまいました。
「英語の教科書みたい」

 おなかを捩りながら苦しそうに笑っています。そんな夏海さんをみていたら私も自然と笑ってしまいました。英語の教科書みたいというのは心外ですが。

「何か、おすすめの本ある?」
「んー」
 少し考えます。オススメできる本はたくさんあります。頭の中に今まで読んだ本のタイトルがずらりと並びます。
「裏・図書館なんかは、読みやすくて面白かったです。図書館で借りたファンタージー小説が実は呪いの本で、本に書いてあることが現実で起こっていくというお話です」
「えー何それ。面白そう。学校の図書室にあるかな?」
「あります。図書室は月・水・金に解放されています」
「お、さすがは図書委員。宣伝もバッチリだ」
「えっへん」

 胸を張ります。何だかテンションが上がっています。私は乗せられやすいのかもしれません。もしくは、夏海さんが乗せ上手なのかも。

 最近学校付近で不審者がでたとか、駅の南口に新しいクレープ屋さんがでたとか他愛のない話をしながら、駅に向かって歩きます。

 ふと、気づいてしまいました。
 私のテンションが高くなっているのは夏海さんとの会話が楽しいのはもちろんですが、私の好きなものに興味を示してもらえたからだと。
 ああ、だとしたら、私は何てことを。こんなんだから、友達がいないのです。

「ご、ごめんなさい」
「どうしたの? 急に」
「特撮を夏海さんの好きな特撮を薦めてもらったのに興味を示せなくて。私が好きな本は受け入れてくれてすごく、嬉しかったです。こんなに嬉しいことだって初めて知りました。今、気づいたんです。言い訳なんかじゃなく本当なんです。そしたら、先ほどの態度がすごく失礼なことをしてしまっていたのではないかと」

 勢いよく頭を下げます。直角90°の謝罪です。

「別に気にしてないよ。特撮は子どもっぽいって言われて拒否られるのなんていつものことだし。それに相手が好きなものを何でもかんでも興味をもつ必要もないしさ。まあ、興味を持ってもらえたら嬉しいけども。だから謝ることじゃないよ。あたし自身、失礼なことをされたなんて思いもしなかったもの」
「許して、もらえるのですか?」

 恐る恐る顔をあげます。

「許すも何も何も起きてないんだから」
 少々、夏海さんは私の奇行に呆れているようでした。
「そうだ。今度、学校の帰りに本屋に寄って行かない?」
「是非に」

 本屋の二文字に釣られて即答してしまいました。私はなんてちょろいのでしょう。

「あっ……」
 短い呟きをあげた夏海さんの視線を辿ると一匹のハスキー犬がいました。暗くてよく見えませんが、近くに飼い主はいないようです。
 夏海さんは、噛まれた手を庇いながら一歩後ずさりました。

「ワンっ!」
 私は吠えました。手に持っていた鞄を大きく掲げて威嚇もします。
 ハスキー犬は私の奇行に恐れ慄き、尻尾を巻いてどこかへと逃げて行きました。
 夏海さんは私に怯えているフリをしています。笑っているので私でも怖がっている演技だと分かります。
「ありがとう」
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