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第三十六話 魔力の暴走

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「いよいよね。ルルちゃん、ロドリゴ、イツキ君。準備はいいかしら」

俺たちはアミルの館に潜入するため朝早く宿をでると、館西方にある防壁付近に待機していた。

「俺は大丈夫です!」
「俺も大丈夫だ」
「ルルも大丈夫です......」
「皆大丈夫のようね。じゃあ、侵入するわよ!」

会長はそういうとレンガ造りの壁を登り始めた。と言っても城の様に数十メートルの壁というわけではなく、2mほどの壁なので楽に超えられた。ちなみになぜ西側を選んだのかというと、外から見るとこのエリアだけ建物がなかったからだ。建物がないということは、ここは花壇かなにか広々とした空間である可能性が高い。そう判断した俺たちは西側から潜入することにした。

「誰もいないわ!」

壁越しに会長の声が聞こえると、俺たちは一斉に壁を乗り越えた。

「この場所で正解でしたね!」
「ああ。早朝という時間もよかったようだ」

俺たちが壁を乗り越えた場所は色鮮やかな花が咲く庭園のようだった。

「だけど、ここからが問題のようね。館に、倉庫のような建物。どちらにいる可能性が高いかしら」
「俺は館にいると思いますが」
「いや、俺は倉庫にいると思うのだ。というのも、館に監獄のような場所があるだろうか。私の家では別な場所に用意してある」
「それはロドリゴの家だからでしょ! 私の家は館の地下にあるわ」
「二人とも喧嘩しないでください......」

ロドリゴ先輩とエル会長の家はたしか名門貴族だったはずだ。監獄がどこにあるかで話合う光景には驚いたが、貴族は罪人を処罰するための牢獄を用意しているはずだ。今まで学院にいたので気づかなかったが、中世のようなこの世界では当たり前だろう。

「ごめんねルルちゃん! 喧嘩はしてないわ!」

そういうと会長はルルを抱きしめていた。まるで親子のような光景だ。

「まぁ、二手に分かれるか。一か所ずづ調べるかだな」
「俺が一人で館に侵入するので、会長たちは倉庫をしらべてください」
「強いとはいえイツキ君を一人で行動させるわけにはいかないわ。だから、二手に分かれましょう」
「そうだな。じゃあ、俺とイツキが館で、エルとルルは倉庫を頼む」

ロドリゴ先輩の提案はよかった。館には従者も館の主もいるので、一般的に倉庫より警備が厳しいだろう。そういう危険な場所には男が行くというロドリゴ先輩の意志が伝わってきた。

「わかったわ。倉庫のほうは任せてちょうだい! 何かあったらこの笛を吹くのよ!」

会長はそういうとルルの手を引きながら、倉庫のほうに向かって行った。

「それにしても、ここまで騎士や兵士がいないとは思っていませんでした」
「ああ。もしかしたら館にもいない可能性も高いな。なおさら慎重に行動しよう」

周りを見渡せば、ところどころに騎士ではない館の警備兵がいるだけで騎士はどこにもいなかった。そんな俺たちは館に敵との接触なく近づくことができ、館氏の周りをぐるりと一周してどこから入るのが最善か考えていた。

「ここの窓...... 開いてます!」
「でかした! 鍵がかかっていないことによく気づいたな」
「少しだけ窓が開いていたもので」
「そうか。よし! ここから中に侵入しよう」

窓を開け中に侵入するとそこは召使の部屋らしく、ベッドやクローゼットなどが置かれていた。なにかがおかしい。俺はこの部屋に違和感を抱いた。というのは、ベッドの上には誰もいないのだ。広い館なので空き部屋があってもいいはずだが、生活感が溢れるこの部屋に人がいないのは少し奇妙だろう。

まぁ、俺は貴族の家には詳しくはない。杞憂だろう。

そんなことを考えているとロドリゴ先輩は部屋のドアを開け左右を確認していた。

「誰もいないようだ。先に進もう」

俺たちは廊下を進み始めると、地下への階段が見えた。

「エルの言う通り、この館の地下にいるかもな。だが、おかしいな。これほどまでに無警戒なのは罠かもしれん。念のため笛をいつでも吹けるようにしてくれ」
「わかりました」

俺はエル会長に渡された笛をいつでも吹けるように手に持つと地下への階段を一歩ずつ慎重に降りて行った。

すると地下は広々とした空間で、騎士100人近くと怪しい男が俺たちに気づき、立ち上がっていた。


「ふむ! やはり来たようですね! サミー将軍の言う通りでした。皆さんこの男たちを手早く殺してください。くれぐれも長引かせないように! 〇〇様は今お楽しみ中ですのでね」
「それはどういう意味だ!」
「言ったではありませんか! 静かにしてくださいと! そのままの意味ですよ。我が主はお楽しみ中です」

こいつは今何と言った?二人がこの館の主に襲われている、そう言ったはずだ。くそ。俺は二人のことを守れなかった。

こいつらは誘拐した上に、凌辱したのだ。許せない。せめてこいつらを消し炭にしてやろう。

「お前たち。体が炭になるまでじっくりと焼いてやる」
「ほう。お強いとは聞いておりますが、百人ですよ? できますかな?」
「イツキ。挑発にのるな。冷静になれ。この怪しい男の言葉に惑わされるな」

俺はロドリゴ先輩の言葉が頭に届かなかった。

「殺してやる! 闇よ! 力を貸してくれ! 悪魔の衣デビルアーマー 身体強化! 予知! 付与! 暗黒力! 光明力! 漆黒炎!!ダークフレイム

俺は唱えるのと同時に百名強の騎士達はそれぞれ技を唱えていた。だが、漆黒炎!!ダークフレイムは俺の周囲を禍々しい炎で囲み広がっていくと、騎士の過半数は耐え切れず横たわっていた。

「ほう。想像以上の実力ですね。将軍に言われてあなたたちの国で言う、近衛騎士級の騎士を100名ほど用意したのですが、こんなにも簡単にやられるとは。ですが! 甘いですよ。サミー将軍は抜かりありませんでした。君の実力を考慮し、ラムースの騎士数人を送ってくれたのですからね」

気味が悪い男はそういうと口角を上げにやりと笑っている。館の領主もこいつも甚だしく気持ち悪い。すべて、殺さなければ。

「イツキ! 落ち着くんだ。冷静さを欠いて、魔力が暴走しているぞ! 相手はニールたちより強い可能性が高い」

誰かが俺に語り掛けている。誰だろうか。というか、俺はここで何をしているんだっけ。いや、目の前にいるこいつらを殺すだけだ。

「闇よ 力を貸してくれ 暗黒剣!!ヘルソード

俺はそういうと気味が悪い男に対して切りかかっていた。

「そう簡単にやらせると思っているのかね? ミラの神々よ! 我に力を与えたまえ 暗黒剣!《ダークソード》 身体強化! 付与! 光明力」

そういった男は俺の暗黒剣に斬撃を繰り出していた。

「私たちの存在を忘れてもらっては困るの! 周りを見なさいよ。あんた今私たちに囲まれているわよ」

そんなの関係あるか。ただこいつらを殺すのみだ。

「イツキ! 笛を吹いたから、できるだけ持ちこたえてくれ!」

後方から優しい声が聞こえて笛の音が鳴るが、何を言っているのかわからない。

「お見事です! 流石はラムースの騎士。我々ガリアの騎士以上の実力です。さあ、ぼっーとしていないであなた達も後方にいる騎士をやりなさい!」

奇妙な男がそういうと残っていた騎士数十人は俺を無視して後ろの男を追っていた。

「くっ! すまないイツキ! 俺にはこいつら全員の相手をするのは厳しい。一旦、地上に戻る! 持ちこたえろよ!」
「後ろの雑魚共はいなくなった。さあ! 始めようか! 英雄殿」
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