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第三章

受け継がれしもの③

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 宗次郎が草太の言葉を静かに待っている。
 宗次郎はこれまで何度も草太に厳しく接してきた。その理由が今日の話で全て理解できた気がした。ろくろ首の娘の父として、悩み苦しみながら娘を守ってきたのだろう。六野家の伝承、座敷牢にまつわる悲しい歴史、未来へと受け継がれしもの、そして愛しい人、美冬。全てを受け止め、引き継いでいけるか。宗次郎は草太を男として認めたうえで問うているのだ。
 草太は軽く目を瞑った。以前、宗次郎に美冬との未来について聞かれたときは「わからない」と答えてしまった。あれから草太も様々なことを考え、経験し、美冬と共に生きる未来を選んだ。その答えに偽りはない。
 草太はそっと目を開くと、宗次郎に体を向け、その目をしっかりと見据えた。

「僕は美冬さんと生きていきます。共に幸せになるために」
「共に幸せになるため。それはどういう意味かね」

 草太はゆっくりと深呼吸をした。不思議と心は落ち着いていた。

「社長の話を聞いて、思ったんです。全ての始まりであったろくろ首のおようさんは、妖怪ですけど、とても優しくて人間らしい人だったんじゃないか? って。美冬さんが優しくて素直な人であるように。……って、すみません、僕なりの考えですけど」
「ほぅ……君はなかなか面白いことを考えるな。続けたまえ」
 
 宗次郎は興味深そうに、草太の話に聞き入っている。その様子に背中を押され、草太は話を続けた。

「おようさんは人間になりたいと願っていたそうですが、願っても人間になれないことは、きっとわかっていたのではないでしょうか? 人間になれていたら、ろくろ首の遺伝子は受け継がれていませんしね。おようさんをありのまま受け止め、全てを理解してくれる家族が欲しかったように思うんです。家族である六野家を愛し、子孫を永久に守っていくこと。それがおようさんの心からの願いじゃないかと思います。時折産まれるろくろ首の娘は、おようさんの思いや優しさを受け継ぐ存在。ろくろな娘を守ってやれる家族ではなかった時代もあったようですが、それでも六野家からろくろ首の遺伝子が消えないことが、おようさんの大きな愛情であり、優しさの証しなのではないでしょうか?」

 ここで一旦話を止め、宗次郎の様子を伺った。宗次郎は静かに微笑んでいる。穏やかで澄んだ目は美冬とよく似ていた。

(大丈夫、最後まで伝えられる……!)

 草太はもう一度深呼吸すると、更に話を続けた。

「僕はろくろな美冬さんのことを、とても大切に思っています。最初は驚きましたけど、ろくろ首であることは彼女のほんの一面でしかないことを、今は知っています。僕は美冬さんと共に生き、幸せになります。そして力を合わせて六野家とロクノを守っていくつもりです。それがきっと、おようさんの願いでもあると思うから。社長、改めてお願いします。どうか美冬さんとの結婚を認めてください」

 草太は宗次郎に深々とお辞儀をした。語るべきことは全て伝えた。悔いはない。あとは宗次郎がどのように判断するかだ。

「『お義父さん』だ」
「え、なんですか?」

 宗次郎がぼそりと呟くように話したので、思わず聞き返してしまった。

「この家では『お義父さん』と読んでくれればいい」
「社長、いや、お義父さん。それって」
「ああ、君と美冬の結婚を認めよう」
「本当ですか!?」
「ああ、やっと、やっと認めてもらえた! 美冬さん、僕はやり遂げましたよ!」

 草太はガッツポーズをして、飛び上がって喜んだ。子供のような草太の様子に宗次郎は苦笑しつつも、どこか満足そうだ。

「非常に興味深い話だった。これまで美冬を守っていくことに必死で、おようさんのことまで考える余裕がなかったからな。美冬がなぜ君のような平凡な男を愛してしまったのか疑問だったが、やっとわかった気がしたよ。美冬のことをよろしく頼む」
「はい! こちらこそよろしくお願い致します」

(ああ、早く美冬さんに伝えたい! 僕たちやっと認めてもらえたんですよ)
 
 美冬に会いたくてたまらない。草太は走り出したい気持ちを必死で抑えた。

「草太くん、早く行きなさい。美冬はたぶん、この近くで君のことを待ってるだろうからな」

 美冬に伝えたくてそわそわする草太を気遣ってか、宗次郎は草太の背中をぽんと叩いた。

「いいんですか? 僕行っても」
「かまわん、行きなさい。ただし座敷牢のことは話さないでくれ。美冬は気付いとるかもしれんが、あえて隠しておきたいのだよ」
「わかりました! ではお言葉に甘えて行ってきます!」

 宗次郎の言葉を最後まで聞く前に、草太は勢い良く走っていってしまった。残された宗次郎は、ひとり静かに微笑んでいる。

「慌て者め。大人っぽいのか、子供っぽいのか、よくわからん男だな」

 宗次郎は目を細め、息子となる草太と愛娘の美冬のことを思った。

「幸せになりなさい」

  それは子をもつ父としての、心からの願いであった。
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