15 / 42
第三章 初めての戦いと二人の秘密
皇帝雷烈の衣
しおりを挟む
***
皇帝である雷烈が過ごすための宮殿は、後宮ほど華美な造りではないものの、多くの武官たちに厳重に警備されていた。正面から行けば、さすがの雷烈であっても、星の身元を隠しきれない。
「隠し扉があるから、そこから入る。ついて参れ。できるだけ静かにな」
言われるまま雷烈の後ろに従うと、宮殿の裏へ小走りで進み、龍を象った石像の前に辿り着いた。
「しばし待て」
雷烈が龍の石像を両手で押すと、石像の下あたりに、体をかがめば入れる程度の隠し扉が現れた。
「ここから入る」
長身で筋骨隆々な体を無理やり押し込めるこめるように、雷烈が隠し扉の中に入っていく。雷烈には小さすぎる隠し扉だが、こればかりは仕方ないのだろう。小柄な星は特に苦もなく、するりと隠し扉を通過した。
「ふぅ。あそこを通った後は、いつも体が痛くなる」
押し込めた体を伸ばすように、雷烈がコキコキと骨を鳴らしている。
これほど大きな御体なら、隠し扉も新しいものを作らせたほうがいいんじゃないかと星が思っていると、雷烈が星を気遣うように話しかける。
「星、そなたはどこも痛くないか?」
「はい。私は見てのとおり、体も小さいでしゅ、から」
「和国の人々は小柄だが動作が俊敏で、真面目で働き者が多いと聞いたことがあったが、どうやら真実であるようだな。そなたも先ほどの対処が早かったが、体術も誰かに習っていたのか?」
「はい。少しですが、兄から護身術を習っていま、した」
「そうか。それはありがたい兄君だな。優しい兄なのか?」
「はい。とても優しい兄、でした……」
何気なく過去形で話す星だった。本当は「はい! 優しい兄です。今でも私を守ってくれているんです」と伝えたかったが、優のことで嘘は言いたくなかった。
「優しくて、自慢の兄でした」
兄が大好きな星は優のことを語れる相手がいるのが嬉しいが、思い出すとどうしても辛くなってしまう。それでも今でも兄を大切に思っていると皇帝雷烈に伝えたかった。双子の兄の優が、どこかで耳を傾けてくれていると信じながら。
「なるほどな」
淡々と事実だけを伝えたつもりだったが、雷烈は星の話し方と表情ですべてを察したようだ。雷烈は星に兄のことを深く追求することはなかった。
雷烈の後に続いて隠れ通路と思われる細い通りを進むと、大きな寝台がある部屋に到着した。雷烈個人の寝所のようだ。
ここで少し待つよう星に伝えると、雷烈は衝立の後ろへ大きな体をすべりこませ、何やらごそごそと動いている。着替えをしているらしいと思った星は、衝立から目を逸らして部屋の中を見渡した。大きな寝台の他には高足の文机と思われる台があり、政務もここでおこなっている様子だ。あとはいくつかの武具が置いてある程度で、皇帝の寝所とは思えない質素な造りだった。
着替えをすませた雷烈が、別の衣を持って星のところへ戻ってきた。
「星、とりあえずこれを着るといい。子どもの頃のものだが、洗ってある。まもなく太監らも来るから、そのままでは俺が困るからな」
子どもの頃のものとはいえ、皇帝の衣を借りるなど本来はあっていいはずないが、今は指示に従うしかない。
「あ、ありがとうございます」
木彫りの衝立の向こうで着替えるよう言われた星は、すぐ近くに雷烈がいることに緊張しながらも手早く着替えた……そのつもりだったのだが。
雷烈から渡された衣を、星はうまく着れなかった。大きさはちょうど良いのだが、和国のものとは少し着方が違うらしい。隠されて育った星は衣類も限られた枚数しかもっておらず、それを何度も洗って着ていたからか、異国の衣に詳しくない。庸国の衣の着方がよくわからないのだ。
(よくわからないけど、とりあえず胸元を隠せればいい、のかな)
胸元をしっかり覆い隠すと、「着れました」といって雷烈の前に戻った。
「なかなか似合っている、と言いたいが。紐の結び方が違うぞ」
「え? どこが、です?」
指摘されても、どこが間違えているのか星にはわからない。困って自分の体を見つめていると、いつのまにか雷烈がすぐ前に来ていた。
「失礼する」
と一言伝えてから、雷烈は星の衣の紐を直してくれた。鍛えられた大きな体がすぐ近くにある。兄以外の男性をまともに知らない星は、思わず顔が熱くなるのを感じた。雷烈の体格は大きく、小柄な星とはまるで違う。
(雷烈様、なんて逞しい体をしているの?……って見惚れてる場合じゃない! 気を引き締めないと)
今更ながら、星は男と二人だけの状態になっていることを後悔した。
「これで良い。星、似合っているぞ。うん、俺が小さかった頃のようだ」
「あ、ありがとうござい、ましゅ……」
星の前からすぐに離れた雷烈は、少し離れたところから星の体を懐かしそうに眺めている。
皇帝の子どもの頃の衣を着て、似合っているといわれても、素直に喜んでいいものかどうか悩む星だった。
皇帝である雷烈が過ごすための宮殿は、後宮ほど華美な造りではないものの、多くの武官たちに厳重に警備されていた。正面から行けば、さすがの雷烈であっても、星の身元を隠しきれない。
「隠し扉があるから、そこから入る。ついて参れ。できるだけ静かにな」
言われるまま雷烈の後ろに従うと、宮殿の裏へ小走りで進み、龍を象った石像の前に辿り着いた。
「しばし待て」
雷烈が龍の石像を両手で押すと、石像の下あたりに、体をかがめば入れる程度の隠し扉が現れた。
「ここから入る」
長身で筋骨隆々な体を無理やり押し込めるこめるように、雷烈が隠し扉の中に入っていく。雷烈には小さすぎる隠し扉だが、こればかりは仕方ないのだろう。小柄な星は特に苦もなく、するりと隠し扉を通過した。
「ふぅ。あそこを通った後は、いつも体が痛くなる」
押し込めた体を伸ばすように、雷烈がコキコキと骨を鳴らしている。
これほど大きな御体なら、隠し扉も新しいものを作らせたほうがいいんじゃないかと星が思っていると、雷烈が星を気遣うように話しかける。
「星、そなたはどこも痛くないか?」
「はい。私は見てのとおり、体も小さいでしゅ、から」
「和国の人々は小柄だが動作が俊敏で、真面目で働き者が多いと聞いたことがあったが、どうやら真実であるようだな。そなたも先ほどの対処が早かったが、体術も誰かに習っていたのか?」
「はい。少しですが、兄から護身術を習っていま、した」
「そうか。それはありがたい兄君だな。優しい兄なのか?」
「はい。とても優しい兄、でした……」
何気なく過去形で話す星だった。本当は「はい! 優しい兄です。今でも私を守ってくれているんです」と伝えたかったが、優のことで嘘は言いたくなかった。
「優しくて、自慢の兄でした」
兄が大好きな星は優のことを語れる相手がいるのが嬉しいが、思い出すとどうしても辛くなってしまう。それでも今でも兄を大切に思っていると皇帝雷烈に伝えたかった。双子の兄の優が、どこかで耳を傾けてくれていると信じながら。
「なるほどな」
淡々と事実だけを伝えたつもりだったが、雷烈は星の話し方と表情ですべてを察したようだ。雷烈は星に兄のことを深く追求することはなかった。
雷烈の後に続いて隠れ通路と思われる細い通りを進むと、大きな寝台がある部屋に到着した。雷烈個人の寝所のようだ。
ここで少し待つよう星に伝えると、雷烈は衝立の後ろへ大きな体をすべりこませ、何やらごそごそと動いている。着替えをしているらしいと思った星は、衝立から目を逸らして部屋の中を見渡した。大きな寝台の他には高足の文机と思われる台があり、政務もここでおこなっている様子だ。あとはいくつかの武具が置いてある程度で、皇帝の寝所とは思えない質素な造りだった。
着替えをすませた雷烈が、別の衣を持って星のところへ戻ってきた。
「星、とりあえずこれを着るといい。子どもの頃のものだが、洗ってある。まもなく太監らも来るから、そのままでは俺が困るからな」
子どもの頃のものとはいえ、皇帝の衣を借りるなど本来はあっていいはずないが、今は指示に従うしかない。
「あ、ありがとうございます」
木彫りの衝立の向こうで着替えるよう言われた星は、すぐ近くに雷烈がいることに緊張しながらも手早く着替えた……そのつもりだったのだが。
雷烈から渡された衣を、星はうまく着れなかった。大きさはちょうど良いのだが、和国のものとは少し着方が違うらしい。隠されて育った星は衣類も限られた枚数しかもっておらず、それを何度も洗って着ていたからか、異国の衣に詳しくない。庸国の衣の着方がよくわからないのだ。
(よくわからないけど、とりあえず胸元を隠せればいい、のかな)
胸元をしっかり覆い隠すと、「着れました」といって雷烈の前に戻った。
「なかなか似合っている、と言いたいが。紐の結び方が違うぞ」
「え? どこが、です?」
指摘されても、どこが間違えているのか星にはわからない。困って自分の体を見つめていると、いつのまにか雷烈がすぐ前に来ていた。
「失礼する」
と一言伝えてから、雷烈は星の衣の紐を直してくれた。鍛えられた大きな体がすぐ近くにある。兄以外の男性をまともに知らない星は、思わず顔が熱くなるのを感じた。雷烈の体格は大きく、小柄な星とはまるで違う。
(雷烈様、なんて逞しい体をしているの?……って見惚れてる場合じゃない! 気を引き締めないと)
今更ながら、星は男と二人だけの状態になっていることを後悔した。
「これで良い。星、似合っているぞ。うん、俺が小さかった頃のようだ」
「あ、ありがとうござい、ましゅ……」
星の前からすぐに離れた雷烈は、少し離れたところから星の体を懐かしそうに眺めている。
皇帝の子どもの頃の衣を着て、似合っているといわれても、素直に喜んでいいものかどうか悩む星だった。
7
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる