男装呪封師と鬼の皇帝〜秘された少女は後宮で開花する〜

蒼真まこ

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最終章 別れと決意

愛するがゆえに

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 雷烈が言っていたように、星の世話を頼まれた女官は手際よく星の面倒をみてくれた。名は武揺ぶよう。やや高齢の女性だが、聞けば若い頃は乳母として、雷烈の世話をしていたそうだ。

「申し訳ありません。お世話になります」
「いいんですよ。それよりお目覚めになって本当に良かったですね。陛下、天御門様のことを、それはそれは心配なさってましたから」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、それはもう。これが名君と言われる陛下なのかしらと思うほどに。これまでの陛下は人や物事に執着されることはほとんどありませんでしたから、良い傾向なのではないかと秘かに思っております。これからも陛下を支えてくださいね」

 雷烈が星のことを大切に思っていることを歓迎しているのか、武揺は終始機嫌がいい。

「あとは汗をかいていらっしゃるでしょうから、お体を拭きませんとね。衣をお脱ぎになってくださいな、わたしがお拭きしますから」

 意識が回復したとはいえ、すぐに湯あみはできそうもないことを気遣ってくれたのか、武揺は星の体を拭いてくれるという。

「ありがとうございます。でも体を拭くのは自分でやりますから」
「遠慮なさらなくてもいいんですよ。このとおりの年齢ですから、男性の裸など気になりません。お背中の汗をお拭きしますから、さくっと脱いでくださいな」

 世話を焼くことが嬉しいのか、武揺は星の衣を強引に脱がせそうな勢いだったので、丁重にお断りした。

「お気持ちだけありがたくお受けします」
「そうですか? わかりました。ではここに湯をおいておきますね」

 武揺がようやく下がってくれたので、星はほぅっと息をついた。雷烈の乳母をしていた頃の武揺は、あのように少し強引に、けれど笑顔で雷烈の世話を焼いていたのだろう。そんな二人のやりとりを想像するだけで微笑ましくなってしまう星だった。

「でもお湯はありがたいな。せっかくだから体を拭かせてもらおう」

 手ぬぐいをお湯に浸し、人に見られないように気を付けながら胸元や背中を拭いた。ほど良い温度のお湯が心地良く、生きていることを実感する。

「ふぅ。いい気持ち……」

 星が小声で囁いた時だった。

「ねぇ、聞いた? 陰陽師っていうの? 和国から来た若い男、意識が回復したらしいよ」
「それ、あたしも聞いた。陛下、すごく心配されてたものね」

 若い宮女たちの声だ。星が休んでいる居室の近くで話をしているらしい。仕事をしながら、おしゃべりを楽しんでいるのだろうが、その噂の主が近くで聞いているとは想像もしていないようだ。

「陛下御自身が和国の陰陽師に付き添い、ずっと看病しておられたって聞いてるわ」
「やっぱり陛下は和国の男に懸想してらっしゃるのねぇ。男性同士の禁じられた恋ってなんだか興奮しちゃう」

 和国の陰陽師の正体が実は女性だと知らない宮女たちは、星と雷烈が男性同士で恋に落ちていると思っているらしい。性別はともかく、雷烈への愛を自覚している星は顔を赤らめた。

「和国の陰陽師をそばに置いて愛でるために、後宮のお妃様の人数を減らしたって聞いてるわよ」
「ええ? そうなの? お世継ぎはどうされるおつもりなのかしら」

 後宮にうずまいていた呪いによって体調を崩していた妃たちを雷烈が実家に帰してやったのだが、関係ない人間から見たら男の恋人のための人員削減と勝手に判断したようだ。

「お妃様の人数が少なくなったら、お子が生まれる可能性も少なくなってしまうのにね」
「美形な男性同士の恋も、脇で見ているだけなら悪くないわ。でもお世継ぎ誕生は皇帝陛下の大事なお役目だってことを、和国の陰陽師はもっと自覚すべきよ」
「いくら可愛らしい容姿をした陰陽師でも、男ではお子を孕めないものねぇ、うふふ」

 はからずも宮女たちのおしゃべりを盗み聞きする形となった星だったが、お世継ぎ誕生に関してだけは、宮女たちの言うとおりだと思ってしまった。

(雷烈様は庸国の皇帝陛下。お世継ぎとなる子どもが生まれないと、雷烈様のお立場が悪くなってしまうかも……)

「いけない、もうこんな時刻! 早く行きましょ」
「わわ、本当だ。急ごう」

 ひとしきり身勝手なおしゃべりを楽しんだ宮女たちは、笑いながら去っていった。ただの噂話なのだが、星にとっては決して無視できない話だった。

「私は和国の陰陽師。男として雷烈様のそばにいる。陛下は私を好きと言ってくださったし、私もお慕いしてるわ。でもお世継ぎのことは……」

 和国から来た小柄な陰陽師が女性であることを公表できるなら、星が雷烈の子を身籠る可能性もあるかもしれない。だが男として入国したのに実は女であることが発覚したら、星自身が罪に問われるかもしれないのだ。雷烈は星のことを庇うだろうが、女性であることを皇帝だけが知っていたとなったら、皇帝としての威信にかかわることとなる。

「私、ここにいてもいいのかな……雷烈様のご負担になるのかもしれない……」

 星のことを女性として愛している雷烈は、星を決して手放さないだろう。誰がなんと言おうと、星を自分のそばに置いておくはずだ。

「後宮のお妃様が少なくなっても、陛下はお子を産んでいただくために、今後も後宮に通うことになる……私はその姿を黙って見ていないといけないのよね……?」

 耐えられるだろうか? 
 星は急に不安になってしまった。
 以前、栄貴妃に寄り添われて雷烈が栄貴妃の宮殿に入っていったのを見ているだけで辛くなってしまったのに。

「雷烈様のそばに、陛下のお近くに男としてお仕えするって、実は大変なことなのかも……」

 愛する雷烈と共に生きられるなら、辛いことも星は耐える覚悟ではある。雷烈の政務の補助程度なら星にもできるだろう。
 だがお世継ぎのことだけは、星にはどうにもならない。男装して男として生きていくならば。
 雷烈を愛し、雷烈からも愛されている星だが、相思相愛ゆえに、いずれは男女の関係が深まる可能性もある。その時になって星が女であることが庸国の人々に知られてしまったら、罪は星だけでは済まなくなる。雷烈の退位を望む者も現れるはずだ。政敵など物ともしない雷烈だが、雷烈が理想とする国造りは難しくなる。

「身を引くべきなのかもしれない……雷烈様のために」

 後宮にうずまいていた呪いの心配はなくなったし、雷烈に眠る鬼の力も今後は暴走することは少なくなるはずだ。ならば星が庸国に留まる必要はないように思えた。

 その日の夜。
 和国から海を越えてやってきた小柄な陰陽師は、庸国の宮殿から秘かに姿を消した。

 雷烈を、庸国の皇帝陛下を愛するがゆえの決断だった。

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