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第三章 父と娘、蓉子の正体
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「おりんさん、着物はこんな感じでいいですか? 髪型はこれで合ってますか? ねぇねぇ、おりんさん!」
「ああ、もう! それで十分だってさっきから言ってるだろ。何回言わせるんだい」
「だって、不安で……」
「不安なのはわかるけどさ、顔や髪をいつまでもいじくり回していたら、どんどん変になるよ」
「変? やっぱり変なんですね!? やだ、やだ、どうしよう……」
「って、なんでそこで泣きべそ顔になるんだい! あんたはもうっ」
ぬらりひょんとの初めてのおでかけは、近くで行われる夜祭に行くこととなった。
夜の闇はあやかしを守ってくれるため、人間に正体を悟られにくいという。
子どもらしい遊びをなにひとつ経験したことがないさちに、祭りというものを見せてやりたいと、ぬらりひょんは考えてくれたようだ。
しかし祭りともなれば、多くの人が集まるため、ぬらりひょんの横にいても恥ずかしくない姿でありたいとさちは思った。そのためには、「おめかし」をしなくては……と思ったのだが、さちは女性らしい服装やお化粧をまるで知らない。一度だけおりんにしてもらった「おめかし」を、見よう見まねでやってみたら、一つ目小僧に「ひぃ、化け物!」と言われる姿になってしまい、やむなくおりんに助けを求めた、というわけである。
「しっかし、変われば変わるもんだねぇ。うまい料理が作れればそれでいいと、服装には無頓着だったさちが、今や必死できれいになろうとしてるんだから」
「だって、ぬらりひょん様に恥をかかせるわけにはいきませんから……」
「そうだねぇ。でもさ、いい傾向だよ。男のためにきれいになろうとする女は可愛いし、それに楽しいだろ?」
おめかしが楽しいかどうかはわからなかったが、おりんの助言でどんどん変わっていく自分を見るのは不思議な気持ちだった。
「楽しいって言うんでしょうか、胸の奥のほうがこう、『わくわく、どきどき』してます……」
「わくわく、どきどき? あははっ、さちは面白いことを言うねぇ。でもそれでいいんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。幸せってのは、楽しいことや嬉しいこと、そして大切なものがたくさんあるってことだからねぇ」
おりんの言う通り、今のさちには嬉しいことも楽しいことも、大切なものもある。九桜院家で過ごしていた時は、蓉子と会う時だけが楽しみだったというのに。
「ともかく、あんたはまだ若いんだから、いろんなことを経験するといいよ。失敗も経験の内だしね。料理も最初からうまく作れるわけじゃないだろ? それと同じさ」
「それ、すごくわかりやすいです。私も洋食を教えてもらったとき、最初は失敗しましたし。そこからどうしたら上手に作れるようになるの? って、すごーく考えました!」
料理のことを持ち出されると、途端に元気になるさちだった。
「ほらほら、その笑顔だよ。見た目も大事だけど、まずはにっこり笑うこと。それを忘れなさんな」
おりんの優しい気遣いに、さちの胸はいっぱいになる。
「ありがとうござます、おりんさん」
「いいって、気にしなさんな。さぁ、さぁ、そろそろおでかけの時刻だろ?」
「あっ、そうですね。では、ぬらりひょん様のところへ……」
そこでさちの動きがぴたりと止まる。
「ん? どうしたんだい、さち」
「わたし、変じゃないですか? おりんさん」
「あ~もうっっ! ふりだしに戻ってるじゃないかっ」
「だって……」
何度も確認させられ、とうとう我慢の限界となったおりんに、強引にぬらりひょんの部屋に押し込まれる形で、さちとぬらりひょんはふたりきりとなった。
「ああ、さち。よく似合っておるぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「うむ。かわゆい、かわゆい」
幼子をあやすような口調だったが、ほめられた経験が少ないさちには、天にも昇る心地だ。
目線をあげ、ちろりとぬらりひょんを見ると、美丈夫な姿でさちを見下ろしている。人間ともあやかしとも思えない浅黒い肌が、夜の灯りの中で怪しくきらめいていた。
(ぬらりひょん様、すてき……)
しばし見惚れていると、ぬらりひょんと視線が合った。見つめ合う形となり、さちの胸の鼓動が早くなっていく。ぬらりひょんの瞳は人間より色素がやや薄く、肌の色もあいまって異邦人のような風情だ。
(このお姿もすてきだけど、大きくてつるりとした頭のときも良いわ。とても、かわゆいもの)
ぬらりひょんがどんな姿であっても、さちはうっとりと見つめるのだろう。
一方、見つめられることに慣れていないぬらりひょんは、さちの熱い視線に困ったように視線をそらす。
「さち、そう見つめるな。こそばゆくなるぞ」
ぬらりひょんの頬はほんのりと赤い。片手で顔を隠そうとするが、ぬらりひょんを凝視しているさちの目をごまかすことはできない。
(ぬらりひょん様、照れてらっしゃるの? なんだかお可愛いわ)
これまで一度も見たことのないぬらりひょんの姿に顔が緩んでくるのを感じ、さちも慌てて顔を隠そうとする。
「さち、何をにやけておる。さてはおぬし、わしを笑ろうたな?」
「そんな、ぬらりひょん様を笑うだなんて。ただその、お可愛いなって」
「わ、わしが可愛い? さち、それはないぞ!」
「だって本当にかわゆくて……うふふふ」
焦るぬらりひょんの様子に、さちは我慢できなくなり、とうとう笑い始めてしまった。
「さち~、小生意気になりおってからに。こうしてくれる!」
「きゃっ」
ぬらりひょんはさちの頭に頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でくり回す。怒っているかのような口調だが、笑顔を見せているところを見ると、本気ではないようだ。
「ぬ、ぬらりひょん様。髪が乱れてしまいます」
「わしを笑ろうた罰じゃ。ざまあみろじゃ!」
「ぬらりひょん様、今度はお子様みたい……」
「なんじゃと?」
「いえ、何でもありません!」
おめかしをしたさちとぬらりひょんは、時間を忘れてじゃれ合う。
(ぬらりひょん様とこんなふうにお話しできるなんて。なんだか夢を見てるみたい)
ぬらりひょんとの距離がまた少し縮まった気がする。それがうれしくて、さちは無邪気に笑い続ける。さちの笑顔に、ぬらりひょんも楽しそうだ。
「おお、いかん、いかん。今晩の目的を忘れるところだったわ」
ようやく目的を思い出したぬらりひょんは、さちの小さな手をつかみ取った。
「では参ろう、さち」
「は、はい」
魅惑的な微笑みを向けられたうえに手まで握られ、さちの心はときめきと喜びではち切れそうだ。
(わたし、ぬらりひょん様と手を繋いでる。少し前はただ恥ずかしいだけだったのに、今は嬉しくてどうにかなりそう)
ぬらりひょんとの幸福な時間に酔いしれながら、この喜びがいつまでも続くように、と願うさちだった。
「ああ、もう! それで十分だってさっきから言ってるだろ。何回言わせるんだい」
「だって、不安で……」
「不安なのはわかるけどさ、顔や髪をいつまでもいじくり回していたら、どんどん変になるよ」
「変? やっぱり変なんですね!? やだ、やだ、どうしよう……」
「って、なんでそこで泣きべそ顔になるんだい! あんたはもうっ」
ぬらりひょんとの初めてのおでかけは、近くで行われる夜祭に行くこととなった。
夜の闇はあやかしを守ってくれるため、人間に正体を悟られにくいという。
子どもらしい遊びをなにひとつ経験したことがないさちに、祭りというものを見せてやりたいと、ぬらりひょんは考えてくれたようだ。
しかし祭りともなれば、多くの人が集まるため、ぬらりひょんの横にいても恥ずかしくない姿でありたいとさちは思った。そのためには、「おめかし」をしなくては……と思ったのだが、さちは女性らしい服装やお化粧をまるで知らない。一度だけおりんにしてもらった「おめかし」を、見よう見まねでやってみたら、一つ目小僧に「ひぃ、化け物!」と言われる姿になってしまい、やむなくおりんに助けを求めた、というわけである。
「しっかし、変われば変わるもんだねぇ。うまい料理が作れればそれでいいと、服装には無頓着だったさちが、今や必死できれいになろうとしてるんだから」
「だって、ぬらりひょん様に恥をかかせるわけにはいきませんから……」
「そうだねぇ。でもさ、いい傾向だよ。男のためにきれいになろうとする女は可愛いし、それに楽しいだろ?」
おめかしが楽しいかどうかはわからなかったが、おりんの助言でどんどん変わっていく自分を見るのは不思議な気持ちだった。
「楽しいって言うんでしょうか、胸の奥のほうがこう、『わくわく、どきどき』してます……」
「わくわく、どきどき? あははっ、さちは面白いことを言うねぇ。でもそれでいいんだよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。幸せってのは、楽しいことや嬉しいこと、そして大切なものがたくさんあるってことだからねぇ」
おりんの言う通り、今のさちには嬉しいことも楽しいことも、大切なものもある。九桜院家で過ごしていた時は、蓉子と会う時だけが楽しみだったというのに。
「ともかく、あんたはまだ若いんだから、いろんなことを経験するといいよ。失敗も経験の内だしね。料理も最初からうまく作れるわけじゃないだろ? それと同じさ」
「それ、すごくわかりやすいです。私も洋食を教えてもらったとき、最初は失敗しましたし。そこからどうしたら上手に作れるようになるの? って、すごーく考えました!」
料理のことを持ち出されると、途端に元気になるさちだった。
「ほらほら、その笑顔だよ。見た目も大事だけど、まずはにっこり笑うこと。それを忘れなさんな」
おりんの優しい気遣いに、さちの胸はいっぱいになる。
「ありがとうござます、おりんさん」
「いいって、気にしなさんな。さぁ、さぁ、そろそろおでかけの時刻だろ?」
「あっ、そうですね。では、ぬらりひょん様のところへ……」
そこでさちの動きがぴたりと止まる。
「ん? どうしたんだい、さち」
「わたし、変じゃないですか? おりんさん」
「あ~もうっっ! ふりだしに戻ってるじゃないかっ」
「だって……」
何度も確認させられ、とうとう我慢の限界となったおりんに、強引にぬらりひょんの部屋に押し込まれる形で、さちとぬらりひょんはふたりきりとなった。
「ああ、さち。よく似合っておるぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「うむ。かわゆい、かわゆい」
幼子をあやすような口調だったが、ほめられた経験が少ないさちには、天にも昇る心地だ。
目線をあげ、ちろりとぬらりひょんを見ると、美丈夫な姿でさちを見下ろしている。人間ともあやかしとも思えない浅黒い肌が、夜の灯りの中で怪しくきらめいていた。
(ぬらりひょん様、すてき……)
しばし見惚れていると、ぬらりひょんと視線が合った。見つめ合う形となり、さちの胸の鼓動が早くなっていく。ぬらりひょんの瞳は人間より色素がやや薄く、肌の色もあいまって異邦人のような風情だ。
(このお姿もすてきだけど、大きくてつるりとした頭のときも良いわ。とても、かわゆいもの)
ぬらりひょんがどんな姿であっても、さちはうっとりと見つめるのだろう。
一方、見つめられることに慣れていないぬらりひょんは、さちの熱い視線に困ったように視線をそらす。
「さち、そう見つめるな。こそばゆくなるぞ」
ぬらりひょんの頬はほんのりと赤い。片手で顔を隠そうとするが、ぬらりひょんを凝視しているさちの目をごまかすことはできない。
(ぬらりひょん様、照れてらっしゃるの? なんだかお可愛いわ)
これまで一度も見たことのないぬらりひょんの姿に顔が緩んでくるのを感じ、さちも慌てて顔を隠そうとする。
「さち、何をにやけておる。さてはおぬし、わしを笑ろうたな?」
「そんな、ぬらりひょん様を笑うだなんて。ただその、お可愛いなって」
「わ、わしが可愛い? さち、それはないぞ!」
「だって本当にかわゆくて……うふふふ」
焦るぬらりひょんの様子に、さちは我慢できなくなり、とうとう笑い始めてしまった。
「さち~、小生意気になりおってからに。こうしてくれる!」
「きゃっ」
ぬらりひょんはさちの頭に頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でくり回す。怒っているかのような口調だが、笑顔を見せているところを見ると、本気ではないようだ。
「ぬ、ぬらりひょん様。髪が乱れてしまいます」
「わしを笑ろうた罰じゃ。ざまあみろじゃ!」
「ぬらりひょん様、今度はお子様みたい……」
「なんじゃと?」
「いえ、何でもありません!」
おめかしをしたさちとぬらりひょんは、時間を忘れてじゃれ合う。
(ぬらりひょん様とこんなふうにお話しできるなんて。なんだか夢を見てるみたい)
ぬらりひょんとの距離がまた少し縮まった気がする。それがうれしくて、さちは無邪気に笑い続ける。さちの笑顔に、ぬらりひょんも楽しそうだ。
「おお、いかん、いかん。今晩の目的を忘れるところだったわ」
ようやく目的を思い出したぬらりひょんは、さちの小さな手をつかみ取った。
「では参ろう、さち」
「は、はい」
魅惑的な微笑みを向けられたうえに手まで握られ、さちの心はときめきと喜びではち切れそうだ。
(わたし、ぬらりひょん様と手を繋いでる。少し前はただ恥ずかしいだけだったのに、今は嬉しくてどうにかなりそう)
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