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みずいろの章 水樹
君が幸せであるように
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高校生活にすっかり慣なれた頃、桃子はたまに、暗い顔を見せるようになった。遠くを見つめながら、ぼんやりしているのだ。普段は底抜けに明るい彼女だが、そんな桃子にも悩み事があるのだろう。
桃子が何を悩んでいるのか心配になり、何度か聞いてみた。けれどいずれも、「何でもないよ」と答えるだけだった。
しかしその後も、暗い顔は続いていた。何でもないわけがない。
「なぁ、桃子。やっぱり何か悩んでるだろ? 話せることがあったら、話してくれよ。話を聞いてあげることぐらい、俺にだってできるよ。話せばそれだけで、気持ちの整理がつくことだってあるしさ」
ある日のデート中、できるだけ桃子の負担にならないように、悩み事を聞いてみた。
「ありがと、水樹。でも心配させたくないから」
桃子は何も教えてくれない。なぜ話してくれないんだ?
「心配させたくないっていう気持ちはわかるよ。でもさ、俺は桃子の彼氏だよ。喜びも悩みも、君と分かち合いたいんだ」
全て洗いざらい話せ、と言っているわけじゃない。桃子を心配していることを、わかってほしかった。
桃子は俺の顔をじっと見つめ、やがて、ふふっと笑った。
「水樹の言う通りね。水樹に心配させたくなくて何も話せなかった。でもそのほうが、かえって心配させちゃうよね。ごめんね、私のほうがわかってなかった」
どうやら、わかってくれたみたいだ。思い切って話してみてよかった。
「さっきの水樹、ちょっとかっこよかったよ。私のこと心配してるって、すごく伝わってきたから」
桃子の頬が、ほんのり赤い。はずかしそうに話す仕草が、たまらなく可愛い。
「惚れ直した?」
「ん、ちょっと惚れ直した」
「ちょっと、かよ」
「うそうそ。かなり惚れ直したよ。ああ、水樹は男の子なんだなって思った。水樹が傍にいてくれて嬉しい。私の話、ちょっと長くなるけど、聞いてくれる?」
「もちろん。長くても最後まで聞くよ」
人気が少ない公園へ場所を移し、桃子は少し遠慮がちに話し始めた。
「お父さんと大ケンカしちゃった」
桃子が悩んでいたことは、共に暮らしている父親のことだった。
桃子の両親は離婚して、桃子は父親と共に暮らす道を選んだ。家のことが全くできない父を、支えたかったらしい。
「私ね、邪魔者みたいなんだ」
「邪魔者って、桃子が?」
「お父さん、前から付き合ってる女性がいるの。その人と早く暮らしたいのに、私がいるから決断できない、って言われちゃった」
人の家庭のことにあれこれ口を出すつもりはないが、桃子の父親は彼女のことを、あまり大切にしてない様子だった。
「お母さんと離婚した後、本当は私を引き取りたくなかったみたい。でも私がついていくって言ったから仕方なかった、って。お父さんね、今交際してる女性と人生をやり直したいって話してた。ようするに、私がいると邪魔だってことだよね。しかたないのかもしれないけど、実の父親に邪魔者扱いされると、ちょっとキツイね……」
桃子は努めて明るく話した。俺を心配させたくなかったのだろう。だが俺は、桃子の父親への怒りで頭が爆発しそうだった。
「桃子のお父さんのこと、悪く言いたくないけどさ、自分のことしか考えてないじゃないか! 父親なら娘の幸せを優先すべきだし、まずは桃子の気持ちを確認すべきだろ? 娘の気持ちは放ったらかしで、自分はやり直したいって勝手すぎんだろ」
桃子の悩み事は想像以上に深刻で、正直まだ学生の俺が相談にのれる話ではなかった。それでも桃子が父親から不当な扱いを受けていることは理解できた。桃子はなにひとつ悪くないのに、彼女を苦しめる父親が許せなかった。
「私、お父さんの幸せを邪魔してるんだって。私は、いらない子なんだって、そう思って……」
桃子の声が少しずつかすれ、しぼり出すように話している。
「それは絶対にない! 桃子はなにも悪くないし、大切な存在だよ」
目を丸くした桃子は、俺をじっと見つめている。しばらくして、はにかむように笑った。
「ありがとう、水樹。私のために怒ってくれるんだね。嬉しい……」
桃子の目に涙が浮かんできた。ああ、そうか。桃子はずっと泣きたかったんだ。
「桃子、泣きたいなら泣けよ。誰かに見られたくないなら、俺がおまえを抱きしめて隠すから。おまえが我慢しなくていいんだ」
「水樹……」
桃子はそれ以上何も言わず、俺の胸元へ顔を押し付けた。声を殺すように泣き始め、その肩を震わせている。
「我慢すんな。大声出したっていいんだぞ。俺が全部受けとめるから」
震える体を守るように抱きしめ、耳元に声をかけた。その言葉を待っていたかのように、桃子は小さな子供のように泣きじゃくった。
「水樹、水樹……」
「大丈夫、俺はここにいる。何があっても、おまえの傍を離れない」
「うん、うん……」
初めて抱きしめた桃子の体は想像以上に小さくて、少し冷たかった。彼女の心を痛みを感じながら、しっかりと抱きしめ続けた。今の俺には話を聞いてやることしかできないけど、せめて心だけは桃子に寄り添ってやりたかった。
桃子が何を悩んでいるのか心配になり、何度か聞いてみた。けれどいずれも、「何でもないよ」と答えるだけだった。
しかしその後も、暗い顔は続いていた。何でもないわけがない。
「なぁ、桃子。やっぱり何か悩んでるだろ? 話せることがあったら、話してくれよ。話を聞いてあげることぐらい、俺にだってできるよ。話せばそれだけで、気持ちの整理がつくことだってあるしさ」
ある日のデート中、できるだけ桃子の負担にならないように、悩み事を聞いてみた。
「ありがと、水樹。でも心配させたくないから」
桃子は何も教えてくれない。なぜ話してくれないんだ?
「心配させたくないっていう気持ちはわかるよ。でもさ、俺は桃子の彼氏だよ。喜びも悩みも、君と分かち合いたいんだ」
全て洗いざらい話せ、と言っているわけじゃない。桃子を心配していることを、わかってほしかった。
桃子は俺の顔をじっと見つめ、やがて、ふふっと笑った。
「水樹の言う通りね。水樹に心配させたくなくて何も話せなかった。でもそのほうが、かえって心配させちゃうよね。ごめんね、私のほうがわかってなかった」
どうやら、わかってくれたみたいだ。思い切って話してみてよかった。
「さっきの水樹、ちょっとかっこよかったよ。私のこと心配してるって、すごく伝わってきたから」
桃子の頬が、ほんのり赤い。はずかしそうに話す仕草が、たまらなく可愛い。
「惚れ直した?」
「ん、ちょっと惚れ直した」
「ちょっと、かよ」
「うそうそ。かなり惚れ直したよ。ああ、水樹は男の子なんだなって思った。水樹が傍にいてくれて嬉しい。私の話、ちょっと長くなるけど、聞いてくれる?」
「もちろん。長くても最後まで聞くよ」
人気が少ない公園へ場所を移し、桃子は少し遠慮がちに話し始めた。
「お父さんと大ケンカしちゃった」
桃子が悩んでいたことは、共に暮らしている父親のことだった。
桃子の両親は離婚して、桃子は父親と共に暮らす道を選んだ。家のことが全くできない父を、支えたかったらしい。
「私ね、邪魔者みたいなんだ」
「邪魔者って、桃子が?」
「お父さん、前から付き合ってる女性がいるの。その人と早く暮らしたいのに、私がいるから決断できない、って言われちゃった」
人の家庭のことにあれこれ口を出すつもりはないが、桃子の父親は彼女のことを、あまり大切にしてない様子だった。
「お母さんと離婚した後、本当は私を引き取りたくなかったみたい。でも私がついていくって言ったから仕方なかった、って。お父さんね、今交際してる女性と人生をやり直したいって話してた。ようするに、私がいると邪魔だってことだよね。しかたないのかもしれないけど、実の父親に邪魔者扱いされると、ちょっとキツイね……」
桃子は努めて明るく話した。俺を心配させたくなかったのだろう。だが俺は、桃子の父親への怒りで頭が爆発しそうだった。
「桃子のお父さんのこと、悪く言いたくないけどさ、自分のことしか考えてないじゃないか! 父親なら娘の幸せを優先すべきだし、まずは桃子の気持ちを確認すべきだろ? 娘の気持ちは放ったらかしで、自分はやり直したいって勝手すぎんだろ」
桃子の悩み事は想像以上に深刻で、正直まだ学生の俺が相談にのれる話ではなかった。それでも桃子が父親から不当な扱いを受けていることは理解できた。桃子はなにひとつ悪くないのに、彼女を苦しめる父親が許せなかった。
「私、お父さんの幸せを邪魔してるんだって。私は、いらない子なんだって、そう思って……」
桃子の声が少しずつかすれ、しぼり出すように話している。
「それは絶対にない! 桃子はなにも悪くないし、大切な存在だよ」
目を丸くした桃子は、俺をじっと見つめている。しばらくして、はにかむように笑った。
「ありがとう、水樹。私のために怒ってくれるんだね。嬉しい……」
桃子の目に涙が浮かんできた。ああ、そうか。桃子はずっと泣きたかったんだ。
「桃子、泣きたいなら泣けよ。誰かに見られたくないなら、俺がおまえを抱きしめて隠すから。おまえが我慢しなくていいんだ」
「水樹……」
桃子はそれ以上何も言わず、俺の胸元へ顔を押し付けた。声を殺すように泣き始め、その肩を震わせている。
「我慢すんな。大声出したっていいんだぞ。俺が全部受けとめるから」
震える体を守るように抱きしめ、耳元に声をかけた。その言葉を待っていたかのように、桃子は小さな子供のように泣きじゃくった。
「水樹、水樹……」
「大丈夫、俺はここにいる。何があっても、おまえの傍を離れない」
「うん、うん……」
初めて抱きしめた桃子の体は想像以上に小さくて、少し冷たかった。彼女の心を痛みを感じながら、しっかりと抱きしめ続けた。今の俺には話を聞いてやることしかできないけど、せめて心だけは桃子に寄り添ってやりたかった。
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