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強欲令嬢の事情

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「で? 君は今日もまた兄上を追いかけ回して来たのか?」

 エリアス殿下が唐突に話題を変えた。

「追いかけ回してなどいませんわよ。失礼ですわね。釣書をお渡しに来ただけです」

「別に兄上なんて好きでもなんでもないくせに、毎回毎回よくもまあそこまで頑張るな」

「あら、大好きですわよ。王太子殿下の地位も権力も富も、姑がいないところも。殿下は仕事もできて妻にご自分の仕事を押し付けることもないでしょうし、何より気心がしれておりますでしょう? どうせ、愛のない結婚をするなら、せめて気安い関係の方が良いではありませんか」

 私の打算まみれの視点が気に入らなかったのか、エリアス殿下は不愉快そうに顔を歪めた。

「それだと俺でも同じじゃないか? いつも言ってるだろう、いい加減兄上は諦めて俺にしとけ」

「まあ、図々しい。殿下は御自分をアルフレード殿下と同価値だとでも?」

「いや、流石にそれは…」

 大げさに反応してみせると、エリアス殿下はほんの少したじろいだ。そもそも、殿下は毎回似たような事を言う割に、一度も我が家に、彼からの正式な婚約の申し込みがあった事はない。
 まあ、それはそうだろう。彼はずっとある方の婚約が破棄されるのを待っているのだ。いや、待っていたと言うべきか。たとえ王子であろうと、あっちが絶望的だからこっちと言われるほどには、我が家はお安くは無い。

 だいたいどう考えても、アルフレード殿下とエリアス殿下では雲泥の差がある。

 アルフレード殿下の亡きお母様は、隣国の末の王女だ。ついでに言えば、エヴァンジェリン殿下は現在の正妃の娘で、正妃は序列第六位の公爵家の出だ。ルイス様のお母様は王妹で、ご自身もとてつもなく豊かな領地と侯爵位をお持ちで、さらに彼の後見人は王弟殿下だ。

 それに比べて、エリアス殿下のお母様は、子爵令嬢として育ち、側妃に召された後、殿下を生んで数年で儚くなられた。彼女はエリアス殿下に何一つ残してはいないだろう。殿下が王太子のスペアと言う立場でなければ、生き残れたかどうかも怪しい。

「だいたい、お持ちの資産からして、大きな差が出ますでしょ? わたくしはどうせ愛の無い結婚をするなら、夫の権力や富に寄生して甘い汁を吸って生きたいのです。間違っても、夫に私の権力や富に寄生されて、甘い汁を吸われたい訳じゃありませんの」

「あのなあ、俺は一応第二王子なんだが?」

「まあ、腐っても王子という所かしら? ですが殿下の前後には、笑顔で人を殺す我が国最凶の王太子と、天然素材ゆえに民に絶大な人気を誇る第一王女に、兵器レベルの色気を撒き散らして、歩くだけで全方向に致命傷を与えている魅惑の侯爵様がいらっしゃいますでしょ? わたくし、出がらしで絞りカスの平凡王子に寄生されるなど、まっぴらですわ」

「愛し愛される関係が理想なんじゃなかったのかよ」

「は? 一体どこにわたくしに都合の良い愛が転がっていると?」

「だってレティシア、お前俺が好きだろう?」

 エリアス殿下がニヤリと意地悪く笑った。そんな顔もとてつもなくカッコよくて、私はそれが不愉快で、殿下を思いっきり睨みつけた。だからこの男は嫌なのだ。


 私は一方通行の愛などお断りだ。寂しいし虚しい。何よりも自分の愛する男が、自分の夫となってなお、別の人に心を残す姿を見るなどまっぴらだ。ただでさえ強欲令嬢、高慢令嬢などと呼ばれているのに。いや、それは事実だから別に良い。
 だが、嫉妬で日々苦しみ、返されない想いに苛立つなど最悪だ。私は間違いなく救いのないほどに嫌な女になる。私はかれに愛されなくとも嫌われたくはないのだ。



「寝言は寝ておっしゃって。せっかくの爽快な気分が台無しなので、わたくしもう行きますわね」

「爽快って?」

「アルフレード王太子殿下が振られた話をたまたま耳にしましたので、日頃の仕返しに、思いっきり王太子殿下の目の前で高笑いしてきてやりましたの」


「レティシア…、お前よくもそんな命知らずな事を…」

「あら、流石の最凶王太子でも、失恋を笑ったくらいでは、序列第三位の公爵家の跡取り娘を暗殺したりはしませんでしょ。そもそも、アルフレード殿下はかのご令嬢をたしかに気に入ってはいらっしゃったけれど、あくまでも気に入る程度。後は殿下にとっての条件が良かっただけ。愛してなどいらっしゃらなかったでしょう?」

「まあ、俺もそうは思うが、ああ見えても、計算通りにいかなかった事にはショックを受けてるからな。10倍返しは覚悟しとけよ」

「まあ、怖い。せいぜい気をつけますわ」

 私の呑気な返事に、エリアス殿下は苦笑した。

「ああ、気をつけると言えば、王太子派の令嬢が薬を盛られて誘拐されているのを知っているか?」

 庭園の出入り口に向かってあるき始めた私の後ろをエリアス殿下がついてくる。人を連れ歩くのを好まない私は、馬車とめ近くの待合室に侍女をおいてきている。きっとそこまで私を送ってくださるのだろう。なんだかんだ言って、この方は昔から優しいのだ。私の気分はほんの少し向上した。

「あら、あの噂は本当の話でしたの? 被害者の名前が一度も具体的に出ないので、まゆつばかとおもっておりましたわ」

「あれはご令嬢への注意喚起として、被害者の名前を伏せて流した噂だ。あと、こちらが実情をつかんでいるという、犯人側への警告かな。今はまだ被害にあっているのは、裕福な王太子派の伯爵家以下のご令嬢だが、この先兄上の婚約者候補の女性が狙われる可能性が高いと俺たちはみている。レティシアも十分に気をつけろ」

 いつになく真剣なエリアス殿下の声音に、私の胸がわずかに騒いだ。だが、ベンチに座り本を読む、リーベンデイルの人形のように美しい少女の姿を目にして、思わず足を止めた。

 そんな私の視線の先をみて、エリアス殿下がわずかに表情を歪める。その表情の意味するところは私にはわからなかった。
 だが、この先の殿下の行動ならわかる。

「レティシア、俺は用があるから今日はここで。気をつけて帰れよ」

 予想通り、彼はアリシティア様の座るベンチに向かって歩き出した。そして、彼女の側まで行くと、とても不自然な位置で立ち止まった。彼女が座るベンチの隣に座るわけでも、正面にたつわけでもない。彼女からほんの少し離れた中途半端な斜め前の不自然な位置。

 顔を上げたアリシティア様をみて、その不自然な位置に殿下が立った理由に思い至った。先程まで日にあたっていたアリシティア様が日陰にいた。
 エリアス殿下は、彼女が眩しくないように、シミひとつない彼女の美しい白い肌に直接陽の光が当たらないように、彼女が殿下の影に入る位置に立ったのだ。私は彼にそんな扱いをされたことなど一度もない。

 胸がギュッと痛くなるのを感じた。やはり政略結婚には愛など必要ない。どんなに好きな相手でも、身体しか手に入らないなら私はいらない。これほど惨めな思いを死ぬまで抱き続けるなど、絶対に嫌だ。



 そんなことばかり考えて帰路についた私は、エリアス殿下の注意喚起など綺麗さっぱり忘れていた。

 そして注意を怠った馬鹿な私は、その数日後、見事薬を盛られて誘拐されてしまったのだ。だが、そんな私を救ってくれたのは、あまりにも予想外の人物だった。

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