極道恋事情

一園木蓮

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身代わりの罠

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 次の日、予定通り病院の視察が済んでグラン・エーの特別室へ帰って来ると、メビィは早速に鐘崎を引き留めた。鄧とは既に部屋の前で別れている。鐘崎もまた、この日の行程を終えて、いつもの通り着替えて帰ろうとコネクティングルームに向おうとした時だった。
「遼二さん、ちょっと待って。帰り際にウチのエージェントチームから情報が入ったの。それによると、どうやらこの部屋も監視されているらしいの」
 鐘崎は首を傾げた。
「ここがか? だが、この階には一般客は入れないはずだが」
「それがどうも外かららしいの。このホテルの正面に見える背の高いビルがあるでしょ? あそこから望遠レンズで見張っている怪しい人影が見つかったそうよ」
 メビィの言うには彼女の所属するチームが調査に当たったところ、ちょうどこの部屋の窓が見える対面に監視役と思われる人物が発見されたそうだ。
「どうもアタシたちが部屋に帰ってからのことを知りたがっているらしいわ。おおかたクラウスさんが会合で発表する資料の整理でもしていると見込んで、探ろうと思っているんじゃないかしら」
 真正面には確かに高楼のビルが見えるが、そこは国内でも有名処といえる大企業の自社ビルだ。一般人がそう簡単に陣取れるはずはない。
「……。俺の方にはそういった情報は入っていないが――」
 第一、そんな事実があれば父の僚一が見逃すはずもないからだ。
「あなたのお父様はクラウスさんたちに付きっきりだもの。状況が上手く掴めていなかったのかも知れないわ。見て、この対面の位置に人影が見えるでしょ? あれは敵の監視役で間違いないわ」
 それとなく窓の外を見やれば、確かにこちらを見ているような人影の動きが確認できた。
「……ふむ、よほどクラウスの発見が欲しいということか……」
 もしかしたらこちらが考えている以上の、強行突破的な行動に出てくる可能性もゼロではない。
「でしょう? だからこの際、私たちが部屋で資料の整理をしているところを確認させてやるのも必要じゃないかしら。万が一アタシたちが替え玉だとバレたら、本物の夫妻の居場所を捜しに乗り出されても厄介だわ」
 ここはひとまず資料を広げる素振りで発表の準備をしているところを見せつけて、敵の欲しがっている情報源がこの部屋にあることを印象付けるのが得策ではないかと言う。敵がどうやって対面のビルに入り込んだのかは疑問だが、相手もプロを雇ったと考えれば不可能ではないか。望遠レンズのようなものを覗く人影が確認できるのは事実だし、明らかにこちらを監視している素振りが見て取れる。
「……確かにな。じゃあ今夜はもう少し俺たちに敵の目を引きつけておくか」
 二、三時間ほどもすれば敵も納得するだろう。鐘崎はそう踏んでメビィの申し出を承諾することにした。
「就寝時間まで引っ張れば充分だと思うわ。遼二さんも残業になっちゃって悪いけど」
「いや、そんなことは構わん。俺たちが替え玉だと気付かれねえようにすることが第一だからな」
「だったらまずはディナーね! ルームサービスを取りましょ。あなたとアタシが仲睦まじく食事をした後、ここで資料を広げる素振りを見せれば完璧だわ」
「そうだな」
 鐘崎は早速にルームサービスの夜食を手配した。まさかこれがメビィらの罠だとは夢にも思うはずはなかった。
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