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紅椿白椿
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次の日、見習いの小川駈飛は昨夜のことを親方へと洗いざらい打ち明けた上で、平身低頭で謝罪を行なっていた。
若頭の鐘崎から親方には内緒にしておいてやると言われたものの、そんな温情を掛けられれば逆に非を認めたくもなるというものだ。とにかくはあったことを一部始終親方へと報告したのだった。
「本当にすいやせん! 俺の落ち度です……。親方にもご迷惑をお掛けすることになっちまって……申し訳ありやせんッ!」
土下座の勢いで謝る彼に、親方である泰造はやれやれと溜め息を漏らした。
「……ったく。まあ、もう済んじまったことをグダグダ言っても仕方ねえが、お客さんのお宅に忍び込むなんざ許されることじゃねえ。今後は二度と軽はずみなことはしてくれるな」
泰造にとっても、勤めて間もなくの失態をどうにかしたかったという小川の気持ちは理解できたのだろう。初めてのことだし、激怒はせずに叱責だけで済ませることにしたようだ。
「それにしてもおめえさんは運が良かったんだぞ。鐘崎様のお邸に無断侵入したんだ。本来なら指の一本……いや、腕の一本くれえ持ってかれても不思議じゃねえことをしでかしたんだからな」
「はぁ……すいやせん」
しょぼくれながらも『脅かさないでくださいよ』と苦笑を隠せない。
住居不法侵入であるのは間違いないので、最悪の場合警察に突き出されることはあっても、まさか腕だの指だのを斬り落とされるだなどヤクザじゃあるまいしと思うわけだ。小川はまだ鐘崎の邸がどういう所かというのを知らされていなかったのだ。
「そういやおめえには言ってなかったな。あのお宅は……鐘崎様は極道の世界のお方だ」
「え……ッ!? 極道って、それじゃホントにヤクザなんスか?」
あまりに驚いたわけか、小川はポカンと口を開いたままみるみると硬直状態に陥ってしまった。
「そういうこった。まあ、実際はお前さんが考えてるようなヤクザとは少し意味合いが違うがな。それよりももっと恐ろしいと思っとくこった」
「や、あの……親方……。ヤーさんよか恐ろしいって……どういうことスか? もしかマフィアとか?」
「まあそんなところだ。あのお邸に忍び込んで五体満足でいられることが奇跡と思うんだな」
「奇跡って……ハハ……ハ」
小川は既に蒼白を通り越して顔面真っ白である。冗談なのか本当なのかといったふうに、顔中の筋肉を引きつらせて苦笑いするしかできずにいた。
だが、そう言われてみれば昨夜会った人間は確かに強面集団だったようにも思う。さすがに脅されるとか暴力を振るわれることはなかったが、堅気じゃないと言われればそうかとうなずける雰囲気だった。
「じゃ、じゃあ……もしかしてあの人が組長とかだったんかな……」
「組長さんがいらしたのか?」
「俺を許してくれた人っスけど、ものすげえイケメンで、けど組長にしては若かった……」
「若かっただと? あそこの組長さんは五十半ばのお人だぞ」
若頭の鐘崎から親方には内緒にしておいてやると言われたものの、そんな温情を掛けられれば逆に非を認めたくもなるというものだ。とにかくはあったことを一部始終親方へと報告したのだった。
「本当にすいやせん! 俺の落ち度です……。親方にもご迷惑をお掛けすることになっちまって……申し訳ありやせんッ!」
土下座の勢いで謝る彼に、親方である泰造はやれやれと溜め息を漏らした。
「……ったく。まあ、もう済んじまったことをグダグダ言っても仕方ねえが、お客さんのお宅に忍び込むなんざ許されることじゃねえ。今後は二度と軽はずみなことはしてくれるな」
泰造にとっても、勤めて間もなくの失態をどうにかしたかったという小川の気持ちは理解できたのだろう。初めてのことだし、激怒はせずに叱責だけで済ませることにしたようだ。
「それにしてもおめえさんは運が良かったんだぞ。鐘崎様のお邸に無断侵入したんだ。本来なら指の一本……いや、腕の一本くれえ持ってかれても不思議じゃねえことをしでかしたんだからな」
「はぁ……すいやせん」
しょぼくれながらも『脅かさないでくださいよ』と苦笑を隠せない。
住居不法侵入であるのは間違いないので、最悪の場合警察に突き出されることはあっても、まさか腕だの指だのを斬り落とされるだなどヤクザじゃあるまいしと思うわけだ。小川はまだ鐘崎の邸がどういう所かというのを知らされていなかったのだ。
「そういやおめえには言ってなかったな。あのお宅は……鐘崎様は極道の世界のお方だ」
「え……ッ!? 極道って、それじゃホントにヤクザなんスか?」
あまりに驚いたわけか、小川はポカンと口を開いたままみるみると硬直状態に陥ってしまった。
「そういうこった。まあ、実際はお前さんが考えてるようなヤクザとは少し意味合いが違うがな。それよりももっと恐ろしいと思っとくこった」
「や、あの……親方……。ヤーさんよか恐ろしいって……どういうことスか? もしかマフィアとか?」
「まあそんなところだ。あのお邸に忍び込んで五体満足でいられることが奇跡と思うんだな」
「奇跡って……ハハ……ハ」
小川は既に蒼白を通り越して顔面真っ白である。冗談なのか本当なのかといったふうに、顔中の筋肉を引きつらせて苦笑いするしかできずにいた。
だが、そう言われてみれば昨夜会った人間は確かに強面集団だったようにも思う。さすがに脅されるとか暴力を振るわれることはなかったが、堅気じゃないと言われればそうかとうなずける雰囲気だった。
「じゃ、じゃあ……もしかしてあの人が組長とかだったんかな……」
「組長さんがいらしたのか?」
「俺を許してくれた人っスけど、ものすげえイケメンで、けど組長にしては若かった……」
「若かっただと? あそこの組長さんは五十半ばのお人だぞ」
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