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7. Double Blizzard
Double Blizzard 9話
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扉の向こうは静まり返っていて、無音のようだ。ということは犯人たちは皆、本当にノビているということなのだろうか――
「……こんなこと、したくなかったけど……最後の手段使っちまった……」
波濤は自らの腹を抱えるようにうずくまりながらも、バツの悪そうに笑ってみせた。
「相手は何人いたんだ。お前一人で片付けたのか……?」
「ん、全部峰打ちしたつもりだけど……暗かったし、俺は……思ったように動けなかったから……結構な重症負ってるヤツもいる……かも」
「峰打ちって……お前……」
波濤が武道に長けているなどと聞いたことはないし、今までそんな気配を感じたこともない。龍はますます怪訝な思いに眉をしかめてしまった。
「じいちゃんが……教えてくれたんだ。いざって時の為の護身術だ……っつってさ」
「じいちゃん――?」
「ああ、俺を育ててくれたじいちゃん……。他人に暴力振るうなんて、あんま……したくねえけど……輪姦されそうになって……仕方なくな」
その言葉に龍はより一層険しく眉をしかめた。
「輪姦し……だと?」
「ん、それ動画で撮って売りさばくとか抜かしやがるからさ。これはもうきれい事言ってる場合じゃねえって思って」
「黄大人――か」
ポツリと呟かれた龍のひと言に、波濤は驚いたように瞳を見開いた。
「じいちゃんを……知ってるのか?」
大人――という、目上の人を敬って呼ぶ言い方も――香港で生まれ育った波濤にしてみれば、ごくごく耳慣れたものではあるが、日本人の龍が当たり前のようにそう呼ぶのは少々違和感がある。
「な、龍……お前、何でじいちゃんのこと……」
「ああ、俺は会ったことはねえがな。俺の親父はよくよくの知り合いだったろうぜ」
ニヒルに口角を上げながら、龍は笑った。
先刻、ここへ来しなの車中で帝斗から聞かされた波濤の生い立ちの話の中で、彼が香港の”黄”という老人に引き取られて育ったことを知ったばかりだ。そして、その老人の名には聞き覚えがあった。自らの父親が懇意にしていて、よくその名を口にしているのを聞いていたからだ。
「大人がお前に護身術を仕込んでくれたお陰だな――」
そうだ、波濤が淫猥な狼どもからその身を守れたのは、黄老人のお陰に他ならない。龍は心底安堵したように深い呼吸をすると、まるで黄老人に心からの礼を述べるように頭を下げて黙礼をした。そんな様子を波濤の方は不思議そうに見つめていた。
「……なあ龍、お前の親父さんて……香港に行ったことがあるのか?」
今しがた龍が口走った『俺の親父と黄大人はよくよくの知り合いだった』という言葉。もしも龍の父親が香港に縁のある人物だったならば、先程の”大人”という呼び方にもうなずけるというものだ。
「仕事の出張とか、そういうの?」
そう訊き掛けた時だった。扉の向こうで男たちが意識を取り戻したのだろう、『ふざけやがって』などとほざきながら、ドアに体当たりをするような鈍い音が響いた。そこへ、ちょうどタイミングよく帝斗たちが追いついてきた。
「龍! 波濤は見つかったのか……!?」
部屋へと飛び込んで来るなり帝斗にも波濤の無事が分かったのだろう、ホッと安堵に表情を緩めてみせた。
「――帝斗、こいつを頼む」
龍は自身のスーツの上着を脱いで波濤に被せると、帝斗に彼を預けて立ち上がった。うるさい狼どもを再び眠らせてやる為だ。愛しい波濤に不埒なことをしようとした獣どもを許し置けるはずがない。が、そんな龍の後ろ姿を見やりながら、
「龍……ッ、お前一人……そいつら全部で六人だぞ!」
波濤が心配して咄嗟にそう叫ぶ。よもわくば龍と一緒に自身も参戦しようと身を乗り出すのを、側で帝斗が笑いながら制した。
「大丈夫。あいつなら一人で平気さ」
「けど、オーナー……」
「あいつも自分の手で落とし前を付けたいだろうしね。とにかく心配しないでいいから、僕らは先に階下へ降りていよう」
帝斗は波濤に肩を貸して担ぎ上げると、一足先に車まで戻ったのだった。
◇ ◇ ◇
龍が戻ってきたのは、それからほんの数分の後だった。犯人の男らに波濤を拉致した”礼”を自らの手で下すと、同行していた者たちに一先ず彼らを拘束させておいて、飛んで戻ったのだ。大事には至らなかったといえども、とにかく今は何を置いても波濤の傍にいてやりたいと思ったからだ。
如何に波濤が武道に長けていようと、不安や恐怖が皆無だったとは言い切れない。嫌な思いもしたことだろう。龍はとにかく愛しい者の温もりを一瞬でも離したくはなかった。
一方、波濤の方は龍の温もりを傍に感じたのだろう、しばらくは帝斗に支えられながらじっとしていたのだが、急に顔を上げて龍の腕を掴んだ。
「――どうした? どこか痛むのか?」
「ん、だいじょぶ……痛みとかはねえから。それより……龍、頼みが……あるんだ」
「何だ。何でも言え」
「ん、うん……さんきゅ」
波濤は龍へとしがみ付くようにグイと引き寄せると、その耳元に唇を寄せて言った。
「……二人に……なりたい。今すぐ……お前と二人だけ……に」
波濤の吐息は荒く、何かに耐えるように表情を歪めている。
見たところ怪我を負っているふうでもないので、もしかしたら内傷を食らっているのかも知れない。先程から腹を守るように前屈みでいるのも気に掛かる。
「ごめ……龍、さっきあいつらに盛られた薬が……やべえ。俺、もう……」
「薬だと――ッ!?」
「ん、エロ……いやつ。あれのせいで……俺、もう我慢……限界」
頬を赤らめながら懸命にそう訴える様子に、龍はハッと腕の中の彼を見やった。
「……こんなこと、したくなかったけど……最後の手段使っちまった……」
波濤は自らの腹を抱えるようにうずくまりながらも、バツの悪そうに笑ってみせた。
「相手は何人いたんだ。お前一人で片付けたのか……?」
「ん、全部峰打ちしたつもりだけど……暗かったし、俺は……思ったように動けなかったから……結構な重症負ってるヤツもいる……かも」
「峰打ちって……お前……」
波濤が武道に長けているなどと聞いたことはないし、今までそんな気配を感じたこともない。龍はますます怪訝な思いに眉をしかめてしまった。
「じいちゃんが……教えてくれたんだ。いざって時の為の護身術だ……っつってさ」
「じいちゃん――?」
「ああ、俺を育ててくれたじいちゃん……。他人に暴力振るうなんて、あんま……したくねえけど……輪姦されそうになって……仕方なくな」
その言葉に龍はより一層険しく眉をしかめた。
「輪姦し……だと?」
「ん、それ動画で撮って売りさばくとか抜かしやがるからさ。これはもうきれい事言ってる場合じゃねえって思って」
「黄大人――か」
ポツリと呟かれた龍のひと言に、波濤は驚いたように瞳を見開いた。
「じいちゃんを……知ってるのか?」
大人――という、目上の人を敬って呼ぶ言い方も――香港で生まれ育った波濤にしてみれば、ごくごく耳慣れたものではあるが、日本人の龍が当たり前のようにそう呼ぶのは少々違和感がある。
「な、龍……お前、何でじいちゃんのこと……」
「ああ、俺は会ったことはねえがな。俺の親父はよくよくの知り合いだったろうぜ」
ニヒルに口角を上げながら、龍は笑った。
先刻、ここへ来しなの車中で帝斗から聞かされた波濤の生い立ちの話の中で、彼が香港の”黄”という老人に引き取られて育ったことを知ったばかりだ。そして、その老人の名には聞き覚えがあった。自らの父親が懇意にしていて、よくその名を口にしているのを聞いていたからだ。
「大人がお前に護身術を仕込んでくれたお陰だな――」
そうだ、波濤が淫猥な狼どもからその身を守れたのは、黄老人のお陰に他ならない。龍は心底安堵したように深い呼吸をすると、まるで黄老人に心からの礼を述べるように頭を下げて黙礼をした。そんな様子を波濤の方は不思議そうに見つめていた。
「……なあ龍、お前の親父さんて……香港に行ったことがあるのか?」
今しがた龍が口走った『俺の親父と黄大人はよくよくの知り合いだった』という言葉。もしも龍の父親が香港に縁のある人物だったならば、先程の”大人”という呼び方にもうなずけるというものだ。
「仕事の出張とか、そういうの?」
そう訊き掛けた時だった。扉の向こうで男たちが意識を取り戻したのだろう、『ふざけやがって』などとほざきながら、ドアに体当たりをするような鈍い音が響いた。そこへ、ちょうどタイミングよく帝斗たちが追いついてきた。
「龍! 波濤は見つかったのか……!?」
部屋へと飛び込んで来るなり帝斗にも波濤の無事が分かったのだろう、ホッと安堵に表情を緩めてみせた。
「――帝斗、こいつを頼む」
龍は自身のスーツの上着を脱いで波濤に被せると、帝斗に彼を預けて立ち上がった。うるさい狼どもを再び眠らせてやる為だ。愛しい波濤に不埒なことをしようとした獣どもを許し置けるはずがない。が、そんな龍の後ろ姿を見やりながら、
「龍……ッ、お前一人……そいつら全部で六人だぞ!」
波濤が心配して咄嗟にそう叫ぶ。よもわくば龍と一緒に自身も参戦しようと身を乗り出すのを、側で帝斗が笑いながら制した。
「大丈夫。あいつなら一人で平気さ」
「けど、オーナー……」
「あいつも自分の手で落とし前を付けたいだろうしね。とにかく心配しないでいいから、僕らは先に階下へ降りていよう」
帝斗は波濤に肩を貸して担ぎ上げると、一足先に車まで戻ったのだった。
◇ ◇ ◇
龍が戻ってきたのは、それからほんの数分の後だった。犯人の男らに波濤を拉致した”礼”を自らの手で下すと、同行していた者たちに一先ず彼らを拘束させておいて、飛んで戻ったのだ。大事には至らなかったといえども、とにかく今は何を置いても波濤の傍にいてやりたいと思ったからだ。
如何に波濤が武道に長けていようと、不安や恐怖が皆無だったとは言い切れない。嫌な思いもしたことだろう。龍はとにかく愛しい者の温もりを一瞬でも離したくはなかった。
一方、波濤の方は龍の温もりを傍に感じたのだろう、しばらくは帝斗に支えられながらじっとしていたのだが、急に顔を上げて龍の腕を掴んだ。
「――どうした? どこか痛むのか?」
「ん、だいじょぶ……痛みとかはねえから。それより……龍、頼みが……あるんだ」
「何だ。何でも言え」
「ん、うん……さんきゅ」
波濤は龍へとしがみ付くようにグイと引き寄せると、その耳元に唇を寄せて言った。
「……二人に……なりたい。今すぐ……お前と二人だけ……に」
波濤の吐息は荒く、何かに耐えるように表情を歪めている。
見たところ怪我を負っているふうでもないので、もしかしたら内傷を食らっているのかも知れない。先程から腹を守るように前屈みでいるのも気に掛かる。
「ごめ……龍、さっきあいつらに盛られた薬が……やべえ。俺、もう……」
「薬だと――ッ!?」
「ん、エロ……いやつ。あれのせいで……俺、もう我慢……限界」
頬を赤らめながら懸命にそう訴える様子に、龍はハッと腕の中の彼を見やった。
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