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一園木蓮

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7. Double Blizzard

Double Blizzard 17話

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 一見、近寄り難く冷たいようでいて、実はものすごく熱っぽくて時折やんちゃなところも見せるこの龍が、波濤にとってかけがえのない存在となった。
「な、龍さ……」
「何だ」
「俺も本名で呼んだ方が……い?」
 先程から龍が源氏名ではなく『冰』と呼ぶことにむず痒いような感じがしてならない。と同時に、とてつもない幸せを感じるのも確かで、冰と呼ばれる度に心拍数が上がるのが何とも言えずに嬉しかったのだ。
「お前の名前、白夜……だよな?」
 だがいきなりそう呼ぶのは恥ずかしさが先に立ってか、そう直ぐには馴染めそうもない。
「氷川……って、名字で呼ぶんじゃヘンだもんな。やっぱ……白夜?」
 頬を染めながら視線を合わせずにモジモジとそんなことを言っている様子を横目にして、龍は思わず破顔してしまった。
「別に龍のままでも構わねえけどな」
「けど……」
 やはり自分だけの特別な呼び方をしたい、だが恥ずかしいのも確かだ。波濤の表情からは言わずともそう思っているのが丸分かりだ。
「龍ってのもなまじ嘘じゃねえからよ」
「え……? それってどういう……」
「俺の日本名は氷川白夜だが、香港じゃ周焔ジォウ イェンってんだ。あざな白龍バイロン。ホストクラブに入る時に源氏名を決めろっていうから、あざなから適当に取って付けたのが”りゅう”だったからな」
「焔……? 白龍?」
「そうだ。雪吹冰――ダブルブリザードのお前を溶かすことができるのは俺しかいねえだろう?」
 ニヒルに口角を上げながら微笑まれて、波濤は目頭に熱い涙がブワっとあふれ出てくるのをとめられなかった。
 出会った最初の頃、確かにそう言われた記憶がある。あれはそう――忘れもしない。初めて身体の関係を迫られた夜のことだ。


 ひょう――雪吹冰ふぶき ひょうだろ? すげえ冷てえ名前だな。きっと、溶かすのに苦労する――


 あの時もその台詞にドキリとさせられたのを、昨日のことのように鮮明に覚えている。冷たくて、凍えるようで、自分にはこれ以上ない似合いの名だと思っていたあの頃――
 育ての親である黄老人を亡くし、誰一人として頼るところのない異国の地で、腹違いの兄に多額の金を無心されていた。冷たく閉ざされた過酷な状況の中にあったとしても、忘れないでいようと思った言葉が蘇る。


 笑っていなさい、冰。
 笑顔は皆を幸せにしてくれる。
 いつでも愉快に楽しく! 笑う門には福来たる――だぞ。


 孤児となった自らを引き取り、我が子のように愛情を注いでくれた黄老人が口癖のようにしていた言葉だ。そうだ、どんなに辛くともどんなに過酷でも、それが永久凍土のような道であったとしても、これだけは忘れないでいよう。黄老人の残してくれたこの言葉を心の糧として生きていこう、そう思ってきた。そうすることで、いつの日か自身の中の凍てつく”冰”が溶ける日がくることを夢見てきた。

 ボロボロとあふれ出る涙を、もはやとめられないままに波濤は言った。
「龍、お前と初めて出会った時さ……お前の本名を知って、俺すげえ親近感が湧いたんだ」

 氷川白夜ひかわ びゃくや――果てしなく暮れることのない夜を流れる冷たい氷の川。
 その無口で愛想のない風貌からしても、ひどく似合いの名だと思った。もしかしたら彼もまた、自らと同じような過酷な運命を抱えている男なのかも知れない――と、そんな想像をするだけで不思議な安堵感を覚えた。彼のような男が近くに存在するというだけで、心に拠り所ができるような気がしていたのだ。

 止め処ない涙をしゃくり上げるようにしてそんなことを言った波濤を、龍はたまらずに引き寄せ腕の中へと抱き包んだ。
「じゃあ、俺らは最初から惹かれ合ってたってことだな」
「ん、ああ……うん」
「例えば俺が氷の川だったとしても、俺はお前を溶かす自信があるぜ?」
「はは……マジかよ」
「氷をもって冰を制す――ってな?」
「なんだよそれ、日本語ヘンじゃねえ?」
「ま、仕方ねえな。俺は日本語よりは広東語の方がしっくりくるしな」
 クスクスと笑い合う。今、この瞬間が言い表しようのないくらい幸せだと思う。
 温かく力強い腕に包まれながら、波濤は唯一無二の男の背に腕を回して抱き返した。すっぽりと熱い胸に頬をうずめながら、静かに瞳を閉じる。



 じいちゃん、俺、幸せだよ。
 じいちゃんが教えてくれた言葉、本当だったよ。
 どんなに辛くても笑ってがんばってきたから、俺はこの人に巡り会えた。
 こうして、今、心から笑うことができてるよ――
 心から幸せだと思えるよ――!

 じいちゃん、見てくれてるか?



 天国にいる黄老人に語り掛ける波濤の頬に、またひとすじ涙がこぼれて伝った。

「冰、大人ターレンに報告に行くか。早急な仕事だけ片付けたら、少し長めの休暇を取って一緒に香港へ行ってこよう」
「――――! ん、うん。ああ、行く……お前のこと、じいちゃんに報告したい……」

 大パノラマの窓の向こうに広がる煌めく大都会の光の向こうに、懐かしい香港の夜景が見えるようだ。愛しい男の腕の中でこぼす涙は温かく――まさにほむらによって溶かされたひょうの如くであった。

-FIN-

次、ラストエピソード『Flame』です。
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