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初釜
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※鐘崎組・組員、春日野菫とその舎弟となった徳永竜胆のお正月読み切りです。
「ううー、緊張するぅ……」
睦月半ば――松の内を過ぎ、今日は鐘崎組に於いて初釜が開かれる日である。新入りの組員・徳永竜胆は厨房脇の給湯室にて朝から緊張の面持ちでいた。
この徳永は組員となってから日が浅く、組員の中でも一番の下っ端である。年齢的にいっても正に一番年下に当たる。
直属の兄貴分は春日野菫といい、やはり組員になってからの日は浅いものの、その実家は生粋の任侠道。彼自身も修行として道内組という組で幹部を務めていたという経歴の持ち主だ。その道内組が粗相によって解散してからは、ここ鐘崎組にて修行を積んでいるといったところである。
春日野も年齢的には若い方だが、それでも徳永よりはだいぶん上といえる。若頭の鐘崎遼二よりは二、三若いといったところだ。年の割には落ち着いていて、口数はそう多くない。いわば寡黙とも言えるのだが、人柄は温厚で賢く、組長や若頭からも頼りにされているできた男である。見た目も若頭と姐夫婦に負けず劣らずの男前で、組員たちからも信頼されている。
そんな春日野の下で直に面倒を見てもらえることが、新入りの徳永にとっては大層嬉しいことで、日々高揚感に包まれながら過ごしているのであった。
「なんだ、青っ白いツラして。今からそう緊張ばかりしていたんじゃ、本番でしくじるといけねえな」
ほれ、リラックスだ、リラックス! 兄貴分の春日野が笑いながらクイクイっと肩を揉んでくれる。そんな何気ない触れ合いに、思わず頬の染まる思いでいた。
「す、すみません菫兄さん……。兄さんにこんなことしていただいちゃ……恐縮過ぎて肩が縮みそうです」
肩を揉んでくれる指先の感覚に、ドキドキと心拍数が上がりそうだ。
「はは、まあお前さんが緊張するのも分からねえじゃねえがな」
なにせ初釜の席で組長や若頭夫婦に茶を点てるという大義を仰せつかったのだから、緊張するなという方が無理である。
徳永の実家は茶道の家元をしていて、国内でも有数の――それこそ名の知れた大御所だ。徳永自身も修業後は実家に入って手伝っていたものの、とある事件がきっかけで組姐である紫月に感銘を受けて、組に入れて欲しいと直談判に出向いて来たのが極道の世界に足を入れることになった縁である。以来、何かにつけて点前を披露する機会に恵まれている――というか襲われているといった方が正しいか。とにかくは茶が必要な際には駆り出されているといった具合なのである。
「ううー、花見の席で茶を点てるのとはワケが違うつーか……。なにせ初釜ですよ。はぅあー、緊張するぅ……」
娯楽的な席で茶を点てるのとは意味合いも重さもまったく異なる緊張具合なわけだ。
「まあ、気持ちは分かるがな。俺も側で手伝うんだ。なるたけ普段通りに平常心でいられるようにするのが一番さ。まずは深呼吸だ」
春日野にポンポンと肩を叩かれて、言われる通りに深く息を吸い込んだ。
「あ、ホントだ……。深呼吸したら少しはドキドキが落ち着いた気がするっス!」
「その意気だ。がんばれよ」
穏やかな笑顔が頼もしく、この兄さんが側についていてくれると思うだけで安心感に包まれていく気がしていた。
「それはそうと――お前さん。初釜の席では新年にあたって組長の前で各自目標か夢をお伝えせねばならんのは知っているな? もう言うことは決めてあるのか?」
「はい、去年の暮れから毎晩考えて……一応決まってます」
「そうか。まあ目標と言ってもそんなに仰々しいことを言う必要はねえと組長も仰ってくださっている。今年も健康で頑張りますとか、そういったことでいいんだ」
いわばこれも組員同士での絆を深める、新年の挨拶代わりといった習慣なのだそうだ。
「兄さんは……何て言うかもう決まってるっスよね?」
「ん、俺はありきたりだが健康に気をつけて、手前のできることを精一杯努めたいと言うつもりだ」
「はぁ、カッコいいスね」
そういう一見当たり前のことが実は一番の基本であり、難しくも大切だったりするものだ。また、言葉の上だけでなく、この春日野はきっちりと体現してみせるから格好いいと思えるのだ。
「俺は――俺も口だけじゃなく、心の底から思ってることを素直に言おうと思ってます……!」
ギュッと拳を握り締めて、緊張というか覚悟のある表情を見せた弟分に、春日野もまた頼もしい未来を感じるのだった。
「さて――と。点前の支度はこれで済んだな。それじゃそろそろ着替えるとするか」
「はい!」
給湯室を出て大広間脇の控えの間へと向かう。そこで和服に着替えたらいよいよ本番だ。
(でもなぁ……菫兄さん、ただでさえ男前だもんな。ビシッと和服で決められた日にゃー……俺、見惚れちゃって……違う意味で緊張しそうだ……)
控えの間へ向かう廊下を、春日野について歩きながら頬を染める。
徳永竜胆、二十三歳の初春――。
自らの夢は目下、この男前の兄さんの下で末永く真摯な気持ちを忘れずに修行すること――であった。
初釜 - FIN -
「ううー、緊張するぅ……」
睦月半ば――松の内を過ぎ、今日は鐘崎組に於いて初釜が開かれる日である。新入りの組員・徳永竜胆は厨房脇の給湯室にて朝から緊張の面持ちでいた。
この徳永は組員となってから日が浅く、組員の中でも一番の下っ端である。年齢的にいっても正に一番年下に当たる。
直属の兄貴分は春日野菫といい、やはり組員になってからの日は浅いものの、その実家は生粋の任侠道。彼自身も修行として道内組という組で幹部を務めていたという経歴の持ち主だ。その道内組が粗相によって解散してからは、ここ鐘崎組にて修行を積んでいるといったところである。
春日野も年齢的には若い方だが、それでも徳永よりはだいぶん上といえる。若頭の鐘崎遼二よりは二、三若いといったところだ。年の割には落ち着いていて、口数はそう多くない。いわば寡黙とも言えるのだが、人柄は温厚で賢く、組長や若頭からも頼りにされているできた男である。見た目も若頭と姐夫婦に負けず劣らずの男前で、組員たちからも信頼されている。
そんな春日野の下で直に面倒を見てもらえることが、新入りの徳永にとっては大層嬉しいことで、日々高揚感に包まれながら過ごしているのであった。
「なんだ、青っ白いツラして。今からそう緊張ばかりしていたんじゃ、本番でしくじるといけねえな」
ほれ、リラックスだ、リラックス! 兄貴分の春日野が笑いながらクイクイっと肩を揉んでくれる。そんな何気ない触れ合いに、思わず頬の染まる思いでいた。
「す、すみません菫兄さん……。兄さんにこんなことしていただいちゃ……恐縮過ぎて肩が縮みそうです」
肩を揉んでくれる指先の感覚に、ドキドキと心拍数が上がりそうだ。
「はは、まあお前さんが緊張するのも分からねえじゃねえがな」
なにせ初釜の席で組長や若頭夫婦に茶を点てるという大義を仰せつかったのだから、緊張するなという方が無理である。
徳永の実家は茶道の家元をしていて、国内でも有数の――それこそ名の知れた大御所だ。徳永自身も修業後は実家に入って手伝っていたものの、とある事件がきっかけで組姐である紫月に感銘を受けて、組に入れて欲しいと直談判に出向いて来たのが極道の世界に足を入れることになった縁である。以来、何かにつけて点前を披露する機会に恵まれている――というか襲われているといった方が正しいか。とにかくは茶が必要な際には駆り出されているといった具合なのである。
「ううー、花見の席で茶を点てるのとはワケが違うつーか……。なにせ初釜ですよ。はぅあー、緊張するぅ……」
娯楽的な席で茶を点てるのとは意味合いも重さもまったく異なる緊張具合なわけだ。
「まあ、気持ちは分かるがな。俺も側で手伝うんだ。なるたけ普段通りに平常心でいられるようにするのが一番さ。まずは深呼吸だ」
春日野にポンポンと肩を叩かれて、言われる通りに深く息を吸い込んだ。
「あ、ホントだ……。深呼吸したら少しはドキドキが落ち着いた気がするっス!」
「その意気だ。がんばれよ」
穏やかな笑顔が頼もしく、この兄さんが側についていてくれると思うだけで安心感に包まれていく気がしていた。
「それはそうと――お前さん。初釜の席では新年にあたって組長の前で各自目標か夢をお伝えせねばならんのは知っているな? もう言うことは決めてあるのか?」
「はい、去年の暮れから毎晩考えて……一応決まってます」
「そうか。まあ目標と言ってもそんなに仰々しいことを言う必要はねえと組長も仰ってくださっている。今年も健康で頑張りますとか、そういったことでいいんだ」
いわばこれも組員同士での絆を深める、新年の挨拶代わりといった習慣なのだそうだ。
「兄さんは……何て言うかもう決まってるっスよね?」
「ん、俺はありきたりだが健康に気をつけて、手前のできることを精一杯努めたいと言うつもりだ」
「はぁ、カッコいいスね」
そういう一見当たり前のことが実は一番の基本であり、難しくも大切だったりするものだ。また、言葉の上だけでなく、この春日野はきっちりと体現してみせるから格好いいと思えるのだ。
「俺は――俺も口だけじゃなく、心の底から思ってることを素直に言おうと思ってます……!」
ギュッと拳を握り締めて、緊張というか覚悟のある表情を見せた弟分に、春日野もまた頼もしい未来を感じるのだった。
「さて――と。点前の支度はこれで済んだな。それじゃそろそろ着替えるとするか」
「はい!」
給湯室を出て大広間脇の控えの間へと向かう。そこで和服に着替えたらいよいよ本番だ。
(でもなぁ……菫兄さん、ただでさえ男前だもんな。ビシッと和服で決められた日にゃー……俺、見惚れちゃって……違う意味で緊張しそうだ……)
控えの間へ向かう廊下を、春日野について歩きながら頬を染める。
徳永竜胆、二十三歳の初春――。
自らの夢は目下、この男前の兄さんの下で末永く真摯な気持ちを忘れずに修行すること――であった。
初釜 - FIN -
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