極道恋事情 another one

一園木蓮

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マフィアの花嫁

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 汐留、アイスカンパニー社長室――。

 その日、周焔ジォウ イェンの経営する商社では大きな取り引きを前に準備が進められていた。相手は初めての客だが、紹介者が馴染みのクライアントで、周が起業した当初から付き合いのある信頼筋だ。しかもその内容は香港にて新たに出店する大型ショッピングモールでの備品から商品に至るまでの大口取り引きと聞けば有り難いことこの上ない。社長である周はもちろんこと、側近のリーリゥ、それに伴侶兼秘書のひょうも滞りなく商談が進められるようにと念入りに準備を進めてきた案件である。クライアントとの顔合わせを前に、リーらは書類の最終確認、ひょうはお茶出しの用意などをして対面の時を待っていた。
「お約束のお時間は午後一ごごいちということでしたよね。お天気、それまでもってくれればいいのですが……」
 冰が茶器を揃えながら空の様子を気に掛けてはぽつりとつぶやく。
 社長室から望む大パノラマの窓の外は分厚い雲で覆われていて、普段は綺麗に見える大都会のシンボル・東京タワーも今日は雲に隠れて霞んでいた。というのも、台風が近付いているという予報が出ていたからだ。
「既に暴風雨の圏内には入っていますが、直撃するのは夕方から明日未明にかけてという予報です。打ち合わせが済むまでは何とかもってくれるでしょう」
 リーがネットの予報に目を通しながら言う。
「先様は香港からいらっしゃっているんですよね」
「ええ。昨日の内にホテルに着いたとうかがっております」
「そう……。雨風が酷くならないといいのですが」
 とはいえ、天気ばかりはどうにもしようがない。クライアントの宿泊先のホテルも場所的には近いことだし、とにかくは天候も取り引きも平穏無事に済むようにと祈る一同であった。







 夕刻、終業時刻前になって打ち合わせは滞りなく済み、心配していた台風の方もさほど酷くならなかったことに安堵させれることとなった。周はリーリゥと共にこのままクライアントの接待会食に出掛けることになっていた。場所は彼らの宿泊先であるホテルのレストランだ。
「それじゃ冰。そんなに遅くならんと思うが、晩飯はいつも通り真田さなだと一緒に適当にやっててくれ」
「うん! 白龍バイロンたちも気を付けて行って来てね」
「ああ。近くだし大丈夫だ。夜半からは雨風も強くなろうが、怖かったら布団に包まって先に休んでいろ」
 まるで子供扱いするような悪戯な視線を向けながら、周は愛しい者の髪をクシャクシャっと撫でて社長室を後にした。
白龍バイロンったら! 怖かったら布団に包まってろだなんてー」
 とはいえ、そんな子供扱いも冰にとっては心温まるひとコマだ。思わず染まりかけた頬を押さえながら、せっせと茶器の片付けに精を出すのだった。
 まさかこの直後にとんでもない罠が待ち受けているなどとは、この時の周も、そして冰も――リーリゥですら知る由もなかったのである。
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