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第一章
第六話
しおりを挟む「さあ観念しなさい! 大人しく私からスったお金返してもらうわよ!」
女性は少女に向かって指差すと、大声で捲したてる。
時刻は昼過ぎ。人通りも少なく無い路地で起こった告発に、衆目は一斉にそちらへと集まり、なんだなんだと軽い騒ぎになり始めた。
一方の糾弾された少女はというと、見えない様に陰で一つ舌打ち。その後ヴィルヘルムに見せた様な泣き顔を浮かべると、彼の服の裾を掴み、盾にする様隠れてみせる。
「え、えっと……そんな、酷いです。ミミ、何にもしてないのに……」
「ハァ!? 惚けないでよ! アンタがぶつかって来た直後に私の財布が無くなったんだから、アンタ以外にあり得ないじゃ無い!」
ローブを開き、中を指差す。恐らくその中に財布を収納していたのだろう。
開いた隙間からチラリと見える薄いプレートメイル。華奢な見た目とは裏腹に、戦いを生業としている事がわかる。
因みに人間の中には冒険者という魔物や獣を狩る者達がいるが、魔人達の中にはそういった職に着く者はいない。人よりも個々の戦闘力が高い為、大抵は個人でなんとかなってしまうからだ。
とはいえ、それで一切の戦闘職に需要が無いのかと言うとそうではない。戦闘能力が無い魔人の為の便利屋の様な職も存在するし、数は少ないが剣闘士という者も存在する。しかし、それでも戦闘職の需要が少ない事も確かである。
故に、女性がそういった職についているというのはヴィルヘルムからしても意外な事だった。卑下する訳ではないが、やはりそういった粗野な事には男性の方が向いている。
……と、そこまで考えた所でヴィルヘルムは周囲の環境を思い出す。よく考えれば魔王麾下、天魔将軍はヴィルヘルムだけを除いて全員女性であった。部下も勿論女性、それでいて彼よりも軒並みステータスが高いのだから、性別とはかくも当てにならないものである。
戦闘職は命の危険に隣り合っている分、報酬も往々にして大きい。それが命の価値というには安いが、日々を贅沢に暮らす分には困る事はない。そう考えれば、女性の財布にはさぞ潤沢に資金が蓄えられていた事だろう。それが奪われたとなれば、ここまで激怒するのも頷ける事だ。
「ミミ、何もしてないです……お姉さんにはぶつかったけど、本当にそれだけなんです」
因みに結論から言うと、少女はスっている。ヴィルヘルムの時と同じ手法で、物の見事に財布をくすねてみせた。
彼女がゆったりとしたローブを着ており、軽い接触には無頓着であった事も起因していただろう。獲物としては比較的狙い易い方であった為、不運な事に少女にロックオンされてしまったのである。
だが少女にとって誤算、女性にとって幸運であったのは、その後すぐに買い物をしようと腰元を弄った事だ。
結果スった事実はすぐ様女性に知られ、少女は追い回される事になったのである。
しかし、こうまで告発され窮地に立たされているというのに、一切演技を崩さないその様はある種尊敬すら覚える。
「そんな言い訳したって無駄よ! なんなら今すぐ身包み剥いで、アンタの荷物検分してやりましょうか!?」
「ひっ……ほ、本当に違うんです! 私もこの人にぶつかったけど、何も盗ってません! 信じてくれますよね?」
信じてくれますよね、の部分で顔を上げ、ヴィルヘルムを見つめる少女。先程同様に涙を溜めたその相貌は、実に庇護欲をそそる。このやり方で少女は何度も窮地を乗り越えて来たのだ、今更ヘマをして捕まるわけにはいかないと必死である。
さて、一方のヴィルヘルムだが、彼は未だに両者の言い分を決めあぐねていた。
(え、誰この人? この子の保護者? いや、それにしては随分不機嫌だなぁ……というかあんまり関わりたくないから、ここで話振らないで欲しいんだけど)
というか状況の把握すらしていなかった。流石は平凡を絵に描いたような一般市民、何も考えていない。
とはいえ、考えていようと考えていなかろうと無表情を貫く鉄面皮は変わらない為、どちらにしても外界への反応は同じなのだが。
しかし話を振られたとなれば、流れとしてヴィルヘルムに視線が向くのは必然。女性の訝しげな視線も、自然と彼の方を向く。
さて、ここで『しめた!』と思ったのが当の少女である。視線は自分からシフトし、今なら渦中の少女の事は誰も見ていない、言わば台風の目の様な状態。この瞬間であれば、彼女は好きに行動ができる。
スリにとって何より重要な事は、盗む事よりバレない事だ。もっと言えば、盗ったタイミングがバレない事である。
バレなければ糾弾される事も無く、捕まる事もない。何処ぞの誰かが『バレなければ犯罪ではない』と言ったように、スリにとっては発覚しなければ万事事なきを得るのである。元々スる対象は見知らぬ人、盗る瞬間さえ見られなければ犯人がわかる事はない。
しかし、今回はそうはいかない。盗られた本人が既に確信してしまっている為、簡単に逃げ切ることが出来ないのだ。
おまけに用心深い少女の性格が災いして、女性の財布は懐の中。彼女の宣言通り身包み剥がれてしまえば、少女の悪行は白日の下に晒されてしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。
いかな実力主義の社会とはいえ、スリを行う事は褒められたものではない。これが相手に襲われた上で、それを返り討ちにして有り金を奪ったのであれば、賞賛こそすれ罰則を受ける事はないのだが、生憎スリではそうはいかない。
バレずにやるというのは自身に実力がないと公言しているような物であり、魔人族の価値観からすればそれは弱者の行動なのだ。
故に、懐にある財布をどうにかして処理しなければならない。自身の潔白を証明するには、持っていないことを証明せねばならないからだ。
逆に言えば、これはチャンスでもある。ここで持っていないことを証明すれば女性は『ありもしない罪をなすりつけようとした悪人』となり、矛先を変えることが出来る。
では、一体財布をどうすればいいのか。周囲には観衆がおり、如何に視線が逸れていたとしても、派手に動けば流石に見咎められる。
ーーいや、有るではないか。目の前に絶好の隠し場所が。
少女の視線が向いたのは、ヴィルヘルムの腰元。そうだ、何だったらこの男に罪をなすりつけてもいい。どちらにせよ矛先は変わるのだ、全く問題はない。
それでも疑われるのであれば、この男に指示されていたと泣き顔で言えばいい。子供に泣かれる大人、言わずとも印象は最悪になるだろう。その場合は少女自身も罪に問われるだろうが、単独で捕まるより余程マシになるだろう。
そう判断した少女は、こっそりと懐から女性の財布を取り出す。そして、素早くヴィルヘルムの腰へとーー
「何をしている、小娘」
がしり、と強い力で少女の手首が掴まれる。
少女が慌てて顔を上げると、そこには侮蔑の表情を浮かべた女性ーー斬鬼が立っていた。
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