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第一章
第十五話
しおりを挟む吹き飛んでいった勇者を見送ると、推進力を失ったヴィルヘルムの体はゆっくりと下降を始める。
遥か彼方に星屑と消えた勇者。ヴィルヘルムは目を細めて地平の先を見つめる。
(……やっべ、あれ多分死んでるよな)
いかに鈍感なヴィルヘルムといえど、彼が禄でも無い人種であったことは分かっている。増してや、今更相手を殺すことに対して罪悪感を覚えるような殊勝な性格では無い。
だが、だからといって積極的に相手を殺したいかと聞かれれば答えは否である。現に先日居城へ攻めて来た勇者達には、拳の一撃で脅しに脅す事で丁重にお帰り頂いており、その他の勇者に関しても半殺し程度で済ませている。
とはいえ本人の意向がスキルにそのまま反映されるかというとそんなことは無い。《ジャイアント・キリング》は相手によって性能が大きく左右される為、彼の手による加減が上手くいかないのだ。
例えば今回の勇者のような、相手が手練れだった場合、彼のスキルは最良の性能を引き出す。赤子すら殺せないパンチが地面を抉り、虫も殺せないキックが相手を粉々にする。そんな異常な光景が繰り広げられることになる。
あの一撃をノーガードで受けた勇者は、恐らく土手っ腹に風穴が空いていてもおかしく無いだろう。というより、殴った際の感触から確実に骨は粉々に砕いた。そこまでする気が無かったとは言え、あれでは確実に再起不能である。
空中で体勢を立て直し、ヴィルヘルムは落ち着いて着地。それと同時にスキルが切れ、左手の紋章から輝きが消えた。
「ゆ、勇者様が……」
「倒しちゃった……」
「流石はヴィルヘルム様。いつも通りの凄まじいお力です」
上から順にスルト、アンリ、斬鬼。三者が各々の呟きを漏らすが、中でも前者二人は最強だと思っていた勇者が呆気なく敗北したことに驚愕していた。
それもそのはず、ステータスランクが一つ上の相手に勝利するだけでも本来は大金星なのだ。それがまさか、最高ランクを相手に最低ランクが何食わぬ顔で圧倒してしまったとあれば、驚くなという方が無理がある。
因みに斬鬼はいつも通り平常運転である。彼女の頭には基本的にヴィルヘルムの事しか無い。実に残念美人という言葉が似合う女性だ。
「ヴィルヘルム様ー!」
と、裏路地に響くのはミミの明るい声。彼女は満面の笑みを浮かべながら、自身を助けてくれたヴィルヘルムへと駆け寄っていく。
彼は諸手を広げて彼女の事を受け止めようとしてーー瞬間、彼の脳内に電撃が走った。
(あれ、これスキル使ってないからモロに受け止めたらヤバいんじゃ……)
そう。どれだけスキルが強かろうと、彼のステータスは紛う事なき『1』。吹けば飛ぶどころか、そこらの子供に小突かれただけで風穴が開くのでは無いかというほどの貧弱なステータスの持ち主なのだ。
そんな彼が、幼女と言えどミミの頭突きを正面から受け止めたらどうなるか?
(ーー良くて骨折、悪ければ腹に大穴が開く!)
自身が迎える最悪の未来を幻視したヴィルヘルム。彼は体の動きを即座に止めると、慌てて声を上げる。
「……近寄るな」
「えっーー」
ピタリ、とその体の動きを止めるミミ。相変わらず最悪なヴィルヘルムの言葉選びのセンスが災いして、彼女はその表情をショックに歪める。
流石のヴィルヘルムも自身の発言にこれは無い、とドン引き。自身のコミュ障っぷりを再度自覚し、鉄仮面の裏で猛烈に落ち込んでいた。
だがーーまさかこれがプラスに働くとは誰が想像しただろうか。
「 キャッ!?」
ドゴォォォォォォン!!!
ミミが足を止めた瞬間、その進行方向上に巨大な岩石が轟音と共に落下。
石畳を砕き飛来して来たそれは、破片を周囲に撒き散らしながら地面へと埋まる事で漸く動きを止めた。
「チッ、外したか」
ヴィルヘルム達が上を見上げると、そこにはローブを纏った謎の男が。彼は悪態を吐くと、一足に飛びスルトの近くへと降り立つ。
「スルト様、ここはお下がりください。勇者様が敗れた以上、この場に固執する必要は有りません」
「なーーその声はダーレス!? お前は王城の勤めだった筈。何故ここに!?」
「説明している暇はございません。兎に角逃げるのです。さすれば我らの仲間が救出に来るでしょう」
「仲間? まさか、ギリアム達もいるんじゃ無いだろうな!?」
彼等が言葉を交わす一方、大変なのはヴィルヘルム達だ。
(や、やっべー!!!?? スキルも使ってなかったからマジ危なかったー!!! 俺生きてる。今日も生きてるよー!!!)
無表情の下で生きている喜びを噛みしめるヴィルヘルム。
(……まさか、また助けられた? こんな任務も失敗するような、何の価値もない私を? そんな……私には何もお返しが出来ないというのに……)
完全なる偶然の産物を、ヴィルヘルムの気遣いだと多大なる勘違いをしてしまうミミ。
(あれは王宮にいた兵士? ありえない、ここから王宮まではどんなに急いでも一ヶ月かかるというのに……まさか尾行されていたとでもいうの?)
唯一スルト達を見てまともに思考を働かせるアンリ。
だが、最も大変だったのは、斬鬼の心中だった。
「……ああ、ヴィルヘルム様。その傷は……」
「……? ああ、これか」
斬鬼がおそるおそる手を差し伸べたヴィルヘルムの頰には、一文字に裂かれたような赤い線が一本走っていた。
先程の岩石は直撃こそしなかったが、石畳を砕いた際の破片が彼の頰を掠めたのである。当然スキルを発動していなかった彼の防御力は比喩抜きで紙耐久の為、普通ならば気にも留めないような一撃が、彼の事を傷つけた。
狩りで生計を立てる生活の中で、擦り傷などは一般的だった為、彼自身はその事に気付いてもいなかった。
だが、彼を敬愛する斬鬼にとっては、街が一つ滅びるよりも重大な事だった。例え擦り傷一つだろうと、ヴィルヘルムを害意を向けた者に容赦する事はない。
「……申し訳ありませんヴィルヘルム様。少しばかりその血潮、頂きます……」
その端正に整った顔を、ゆっくりとヴィルヘルムの顔に近付ける。
チロリ、と薄ピンク色の唇から覗く、ぬらりと唾液で輝く舌。
ともすれば淫靡な輝きすら放つそれは、まるで蛇のようにゆっくりとヴィルヘルムの傷跡をなぞる。
それはまるで男女が睦言を交わしている様でもあり、ただ舐めているだけだというのに、見ている者に背徳的な気分を味あわせていた。
たっぷり十秒は掛けただろうか。彼女が名残惜しそうにと舌を離すと、先程まで溢れ出ていた血液はすっかりと舐め取られ、同時に治癒魔術でも掛けたのか頰の傷跡は痕跡一つ残っていなかった。
真っ白だった頰を上気させ、まるで事後のように息を荒げ始める斬鬼。彼女が興奮しているというのは、どんなに鈍感だろうと傍目にもわかる事だろう。
「ふう……大変美味しゅう御座いました。やはりヴィルヘルム様の血液は格別、熟成させた最高級のワインでもこの香りは出せません」
「……そうか」
血が美味しいというのは果たして褒め言葉なのだろうか。ヴィルヘルムはそんな事を考えるも、聞いたところで何の得にもならない為、大人しく口を閉じる。
だが侮るなかれ。斬鬼の本領は、その血液を飲み干してからだ。
「ああ……最高だ! この高揚感、この至福感! 間違いない、今ならこの私の全てを引き出せる!」
斬鬼の種族は吸血女王。夜を統べる種族、吸血鬼が更に進化した、魔王になる素質すら備えた種族である。
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