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第二章
第十九話
しおりを挟む『一先ず補給する時間も必要だろう。それも考慮し、魔王領を出立するのは二日後とする』ーー。そんな魔王からの通達を受け、ヴィルヘルム達を乗せた馬車はヴィルヘルム麾下のとある町へと辿り着いた。
整然とした石造りの街並みが特徴の町、アガレスタ。美しい『アーガレス』の花がよく咲く事から付けられた名前であり、町の特産品の一つとしても数えられている。
主に闘争を良しとする性格の魔人族だが、それでも美しい物を愛でる事は一種のステータスとして数えられている。故に、この特産品を求めてあちこちから人が訪れる事で、魔王領の中でも有数の観光都市として非常に栄えていた。
そんな都市である為、初めて訪れたミミとアンリが思わず声を出してしまうのも無理はないと言えた。
「き、綺麗ね……」
「あ、あっちこっちに花が咲いてます……」
整然と立ち並んだ白亜の壁に、あちこちで育てられている真っ赤なアーガレスの花。まるで何も描かれていないパレットに目映いばかりの鮮血をぶちまけた様な、そんなアンバランスな色の対比がまた美しく、芸術的に見せている。
一等栄えている土地とは言え、素直な賛辞に悪い気はしないのか斬鬼も心なしか満足げな表情だ。
「だろう? まあヴィルヘルム様のご威光を持ってすれば当然の事ではあるが、その中でも良く栄えた方であろう」
斬鬼のナチュラルな上から目線は最早病気の域である。周囲の人間がどう足掻こうと、彼女自身の価値観が変わらない限りこれは治らない事だろう。
さて、そんな中でヴィルヘルムはというと、大してやることも無かった為何とはなしに窓の外を眺めながら、手のひらで作り出した魔力の球を弄んでいた。
これは彼が狩人だった時分に作り出した『一人遊びシリーズ』の一つであり、今でも手が空いた時には頻繁に行っている事だ。
なけなしの魔力で作り出した球は非常に弾力性があり、触っていて非常に心地が良い。魔力量の関係から暴発して怪我をする危険もないため、ヴィルヘルムお気に入りの一つであったりする。
とはいえ、そんな下らないことを彼が行っているとは露知らず、ヴィルヘルムの顔を窺った市民たちは、統治者の帰還を称えて皆一様に頭を垂れる。
結果、馬車が通った後には自然と人による道が出来るという奇妙な光景が出来上がっていた。
「……まさかとは思うけど、頭を下げるように命令でもしてるの?」
老若男女問わず、静かに頭を垂れる市民たち。アンリが妙な表情を浮かべながら、ヴィルヘルムに問いかける。やはり王政を敷いている国であっても、こういった統率の取れた光景は珍しいようだ。
彼女の問いに対し、斬鬼はフンと鼻を鳴らす。
「ヴィルヘルム様の威光に平伏すのは当然の事だが、それを強制するほど我が主は狭量ではない。これも皆、奴らが自発的に行っているに過ぎない事だ」
(ほんとにね。なんでこんな頭下げられてんだろ……正直気まずくてやり辛いんだけど)
ちなみに理由が分かっていないのはヴィルヘルム当人だけである。知らぬは本人ばかりなり。
「そう……なのね」
何とも言えない表情をしながら、静かに考え込むアンリ。
幼いころから『魔人族は闘争に明け暮れる野蛮な種族』という教育を受け、実際に見るまでにはその通りだと思い込んでいた彼女の考えは、ここに来て完全に崩壊していた。
人間と変わらない町の様子に、接してみれば実に普通の性格(唯一斬鬼という例外はあるが)。その上文化も大して変わらないとあれば、自分たち人間との違いを身体的特徴以外に見出せなくなっていたのである。
そして極めつけは、下手すれば自国よりも優れた指導者の存在。これは彼女にとって重大なカルチャーショックとも言えるものであり、これまでに築き上げてきた一種の価値観が崩壊した瞬間でもあった。
これまで魔人族は滅ぼすべき対象としてしか見ていなかったが、勇者の座も解かれた今、自分はどうするべきなのか。それを再び探す必要があると彼女は改めて心に決めた。
「――と、そろそろ到着の時間か。ヴィルヘルム様、ご準備の程を」
「……ああ」
そうこうしている内に、馬車は白亜の門を潜り抜け、町の中心部にある役場へと入った。
◆◇◆
「ようこそおいで下さいました、ヴィルヘルム様に斬鬼様。お連れの方々もどうぞよしなに」
「注文の品は?」
出迎えの挨拶もそこそこに、斬鬼は単刀直入で話題に入る。無礼と取られてもおかしくはないが、格で言えば天魔将軍幹部である斬鬼の方が圧倒的に高い為それに異議を唱える様な者はいない。
一方、出迎えた老執事然とした男は、斬鬼の言葉に再度頭を下げる。
「無論……と言いたいところですが、斬鬼様の式典用服装が完成しておりません。恐らくもう少しで出来上がりの報告が届く筈です」
「出発は二日後だ。それまでに完成するのであれば良い。それより重要なのはヴィルヘルム様用の服装だ。品はあるか?」
「ええ、後は細かいサイズと意匠の調整のみとなっております」
「良し、ならばいい。万が一にも我が主の顔に泥を塗る訳には行かないからな。一世一代の仕事と心得ろよ」
「承知しております」
斬鬼は儀礼用の服装を求め、事前に最寄りの都市へと通信を飛ばして準備を整えさせていたのだ。こうした細かい日程のすり合わせや事前準備など、雑事は全て斬鬼が一手に担っているのである。
そんな彼女を驚きの目で見つめるミミとアンリ。視線に気付いた彼女は振り向くと、彼女らに胡乱げな目線を向ける。
「……なんだ貴様らのその目は。私がそんなに珍しいか」
「いや、案外細かい仕事もするのねーと」
「正直意外です」
「好き勝手言いおって……言っておくが、ヴィルヘルム様の部下となった以上、こういった雑事は貴様らも請け負うことを忘れるなよ」
ヴィルヘルムの部下という事は、必然的にナンバー2である斬鬼の部下ということにもなる。故に、彼女がこれまでやっていた仕事を引き継ぐのも自然な事であった。
「それではご試着の程を……ヴィルヘルム様?」
斬鬼が声をかけるが、彼はミミ達を見たまま動かない。二度目の呼びかけで、ようやく彼女に振り向く。
何のことは無い、ただぼんやりとしていて呼び掛けに気付かなかっただけである。普段から意識を飛ばすことが多いヴィルヘルムにはよくある事だった。
だが、当然斬鬼はそうは思わない。思慮深い自身の主がぼーっとしているなど、それこそあり得ない話である。故に、彼の視線に何らかの意味を持たせてしまうのだ。
「……分かりました。リーヴェルト、急な話だがこいつらの分の服も用意してくれ」
「成程、畏まりました」
リーヴェルトと呼ばれた老翁は頭を下げ、斬鬼の要望に応える。
一方、傍で話を聞いていたミミとアンリは驚愕していた。
「わ、私たちの分も?」
「ミミ、式典なんて出れないです……」
「勘違いするなよ。これはヴィルヘルム様直々の要望だ。例え新入りだろうと部下は部下、ご自身の配下への気配りを決して忘れない主の慈悲深さに感謝するんだな」
驚きと感動のこもった目線を向けられると、そんなつもりは欠片も無かったヴィルヘルムは戸惑ってしまう。
「……勘違いは、やめろ」
顔を逸らし、ぼそりと一言。珍しく思った通りの言葉が口から出た瞬間であった。
だが、この状況でその言葉が一体どのように捉えられるのか。例えハッキリと言葉を話せても額面通りに意味は伝わらない事があるように、思った事が正確に相手に伝えられるかはまた別の話なのである。
((((ツンデレだ……))))
今この瞬間、ヴィルヘルム以外の心は一つになった。
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