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第二章
第三十八話
しおりを挟む「彼奴め、一体どこに行った……? 既にパーティーすら終わっているぞ!」
苛立ちを込めつつも、近くで未だ皿と向き合っているヴィルヘルムには聞こえない程度の小声で斬鬼は呟く。既に挨拶回りも終わり、国王が閉幕の挨拶をしている場面。結局アンリとサカグチは一度として顔すら出さなかった。
「あの、流石に何かあったんじゃないでしょうか……幾ら何でもアンリ様が全部放り出して逃げるとは思えなくて」
「……その位私も理解している。癪ではあるが、奴が与えられた職務を放棄する程義理がない奴だとは思っていない。寧ろそうであればヴィルヘルム様の御許から体良く追い出せたものを……」
いかに他人を見下す斬鬼といえども、事実を事実として認めぬ程愚かではない。故に、ここまでの異常事態となれば何らかの出来事が彼女の身に降りかかっているであろうという事は容易に予測できた。
おまけに目的のサカグチもおらず、その両人とも勇者として関連があるとなれば、これを懸念せざるを得ない。最悪の場合、既に両者が接触している事も想定しなければならないと斬鬼は自身に叱咤する。
「とにかく奴の所在を確認する必要がある。あの老いぼれの挨拶が終わった後、ミミは早急にこの王宮を探れ」
「は、はい!」
「危機に陥ったら私がどうにかしてやる。今回ばかりは多少のリスクを背負ってでも捜索を優先しろ。私はヴィルヘルム様をお送りしてから……」
と、ここで斬鬼は口を噤む。一体何があったのかとミミは訝しげな顔をするが、その理由は次の瞬間に分かった。
「これはこれは、ヴィルヘルム様にそのお連れ様方。パーティーは楽しんでいただけましたかな?」
先程まで挨拶に来ていた貴族。その内の一人が笑顔を浮かべながら斬鬼へと話しかけていたのである。
「なんだ貴様は。挨拶回りは既に終わった。大した用向きも無いなら散れ」
人間に興味がない斬鬼にとって、挨拶の際に名乗られた名前など頭の片隅に止める価値もなかった為、既に忘却の彼方へ捨て去られている。人が虫の特徴を見抜けぬ様に、彼女もまた『虫』の特徴など気にも止めないのだ。
それでも斬鬼からすれば「応対してやってるだけマシ」なのだから始末に負えない。ヴィルヘルムの為に本人からすればこれでも柔らかい対応をしてやっているのである。
これならば寧ろ無視していた方が評価は高くなるだろう。意識してこの扱いならば、成る程確かに外交は彼女に向いていないといえる。
だが、そんな口さがない言葉を聞いても、当の貴族はニコニコと笑みを浮かべるばかり。温厚を通り抜けて、最早気味が悪い。
「おやおや、これは手厳しい。その美しい顔に顰め面は似合いませんよ?」
「……用が無いなら散れと言った。それとも、今ここで命を散らすのがお望みか? ならばさっさと言え。遠慮なく八つ裂きにしてやろう」
「ざ、斬鬼様落ち着いて……」
歯の浮くような台詞も、ヴィルヘルムから言われないのであればただの雑音。そして耳障りな雑音は、時として聞かされた者の神経を逆撫でするような苛立ちを感じさせる事すらある。
吸血鬼としての筋力ならば、武器が無くとも人の体を裂く事は可能。やろうと思えば丁寧に三枚に下ろす事も難しくないだろう。
だが、ここで暴れてしまえば元も子もない。ミミは必死に彼女の袖を引き、どうにかこうにか押し留める。
だが、そんな内情を知ってか知らずか。男は挑発するような笑みを浮かべたまま、さらに言葉を重ねる。
「ああ、そういえばお連れ様が一人見当たりませんね……。彼女は一体どちらに? もしかして、先程ざわめいていたのはそちらの件で?」
「も、申し訳あひませんがアインザック様もこの辺りで退いていただけませんでしょうか? こちらにも少しばかり事情があるのです」
緊張のあまり若干噛みながらも、場を宥めようとするミミ。場に満ちる斬鬼の殺気に怯えながらも、会場を血煙で汚す訳にはいかないとなけなしの勇気を振り絞った結果である。
ちなみにミミは生来の臆病故か、相手の名前、特徴、家格など初見で覚えられる情報は全て覚えている。彼女からすれば当たり前の事であるが、それが他者から見た際立派な才能足り得るという事には未だ気付いていない。
だが、そんな仲裁も虚しく、男は特大の爆弾を落とそうとしていた。
「安心して下さい。彼女ならばすぐに見つかる事でしょう。ここで大人しくお待ちになるのが宜しいかと」
「……貴様、一体何を」
『それではここで、魔人族からの大使であるヴィルヘルム様に一言頂きたいと思います』
不穏な空気を感じ取った斬鬼が更に男へ詰め寄ろうとすると、唐突に魔法で拡声された国王の声が広間に響き渡る。
来賓からの一言を最後に貰おうという発言。パーティーとしてはごく普通の事と言えるだろうが、そもそもそれはプログラムとして当初の予定から組み込まれているからこその事であって、今回のようにいきなり求められるものではない。
当然、そんな話など微塵も聞いていなかった斬鬼は怒りの念を露わにする。しかし、そこで明確に暴れ出さないだけ吸血鬼としてはまだ温厚だと言えるだろう。
ここで主君に要らぬ働きをさせるなど、臣下としては三流も三流。代わりに役目を勤めようと、自身が壇上に向かう。
「チッ、ヴィルヘルム様のお言葉を予定も無しに賜ろうなど、いくら交渉相手とはいえ認められる訳が無いだろう。ここは私が……ヴィルヘルム様?」
だが、その動きは当のヴィルヘルムに止められていた。
「……求められているのは、俺だ」
余りにも静かな一言。しかし、その一言だけで斬鬼を引き止めるには十二分だった。
主人の意思が伴っているのであれば、彼女が口を出す事など無い。斬鬼にとってヴィルヘルムとは、忠誠を超えた感情を捧ぐべき対象である為だ。
『間違った道を共に歩む』でも無く、『踏み外した道を正す』のでも無く。ただただ『主君の考えであるから正しい』という最早狂信にも似た考え。他の臣下と呼ばれる存在が生温く思えてくる程の思考。
だがーー斬鬼は未だ気付いていない。その考えは、理解とは最も遠い感情であるという事を。
(あ、あっぶねぇー!! 逃げるタイミング見失うトコだったぁー!!)
……ヴィルヘルムが一体何から逃げたかったのか。それは未だうず高く積まれた皿の上の食材を見れば一目瞭然だろう。
見れば分かる異常な程の量に、胃もたれするような食品の数々。やっと食べきったかと思えば、わんこそばの如く斬鬼から追加されるお代わりという名の山。フードファイターかと見紛うほどの量を必死に平らげるのは、幾ら料理が美味だとしても只の苦行に成り果てる。彼が逃げたいと思うのも自然な事だろう。
ゆっくりと歩を進め、壇上へと向かうヴィルヘルム。貴族や国王など、全員がにこやかな笑顔を浮かべ、彼の事を見つめている。
一挙一投足を監視されているような居心地の悪さを感じながら、彼は壇上へ上がる。スピーチの内容など一切考えていないが、取り敢えず挨拶から始めようと魔力拡声器をゆっくりと手にする。
その、瞬間。
「っ! ヴィルヘルム様!!」
彼の足元から広がるように、青の魔法陣が出現した。
「これは……あの時の平原と同じ!?」
「ふっ……ざけるなァァァァァァァァァァァ!!!」
斬鬼が爆発的に駆け出すも、魔法陣は既に止められない段階にまで入っている。外からの干渉も、内からの干渉も受け付けず、これを止めたいのであれば展開された地面ごと破壊しなければならない。
だが、血も飲まず刀も持たない今の彼女に、それを行えるだけの力は備わっていなかった。その手は抵抗虚しく魔力障壁に弾かれ、ヴィルヘルムの元まで届く事は無い。
そしてーー光が止む。
「あ、ああ…………」
そこにヴィルヘルムの姿は無く、ただ伽藍堂となった舞台があるだけ。衝撃で全て地面に落ちた華々しい飾り付けを握りしめ、斬鬼は呆然と佇む。
「さてーー私達の余興、楽しんでいただけたかな?」
国王が、アメジストの瞳を妖しく光らせながら嘲笑する。
それに答える様に、斬鬼は手の中にあった紙の飾りをーーザクリと握り裂いた。
ポタリポタリと流れ落ちる血液。それは斬鬼の足元に血溜まりを作ると、そこから赤黒い刀が浮き上がってくる。
その柄をしっかりと握り締めると、彼女はーー吼えた。
「この…………下等生物共がッッッッッッッッ!!!!! 楽に死ねると思うなァ!!!」
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