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第二章
第四十話
しおりを挟む──それは、まさしく絶望的な状況だった。
「洗脳能力の類か……もしや貴様、ここの国民全員に能力を掛けたな?」
「答える義理はない……と言うところだが、今の俺は機嫌が良い。故に答えよう、その通りだと。この国は国王から国民の端に至るまで、全て俺の手の上だ」
そう言って男──サカグチは両の目をギラリと光らせる。これまでに幾度も見た、アメジストの瞳だった。
そして周囲に立つ貴族や兵士、その一端に至るまで全員が同じくアメジストの輝きを放つ。その異様さは、スキルについて詳しく知らないミミですら理解出来た。
魔法の鎖に雁字搦めにされたまま、斬鬼は冷静に言葉を紡ぐ。それは時間稼ぎの為でもあったが、サカグチにしてみれば絶体絶命の窮地に追い詰められたが故の焦りを隠している様にしか見えなかった。
「それだけの洗脳、ただの魔法……いや、禁呪の類を使おうと行えるものではあるまい。制限なく使えるとしたらスキルか? それにしては私やミミは洗脳されていないが、何か制約がある様だな」
「おいおい、黒幕のネタばらしをしようとするなんて魔族は随分と悪趣味なんだな。それより状況分かってんのか? こんだけ囲まれて、呑気に喋ってる余裕なんて無いと思うがな」
「……チッ」
自身の言葉が時間稼ぎにもならないことを感じ取った斬鬼は、彼の言葉を否定することも出来ず舌打ちをする。
ヴィルヘルムを除けば、魔人族の最大戦力にも匹敵しうる斬鬼がこうも容易く無力化され、オマケにアンリまで敵側に寝返ってしまったこの圧倒的窮地。自身に戦う力は無いと自覚しているミミは、この状況に慄然と肩を震わせていた。
今現在、自由に動けるのは一切マークされていない自分しかいない。この場の注意は全て斬鬼に向いている、いわば絶好のチャンス。
だが、どうやって切り抜ければいい? ミミは心中で自問する。
気配は隠せる。だが、敵を目の前にして逃げ切れるほど高度でも無い。
敵の隙は付ける。だが、倒せるほど強くも無い。
アンリの洗脳を解けばチャンスはある。だが、解き方など分かるはずもない。
生きる道はある。──だが、生き方が分からない。
(……ダ、ダメ、です……もうどうしようも……)
目の前に広がる絶望的状況を前にして、ミミは膝を折り──
(……何をしているミミ。貴様はさっさと離脱して、ヴィルヘルム様を探せ)
──かけたところで、斬鬼からの言葉がそれを引き止めた。
魔術による念話。斬鬼は悟られない様、一切ミミの方を見ずに意思を飛ばす。
(で、ですけどこの状況では斬鬼様が……!)
(私がこの程度でやられるタマに見えるか? この程度の拘束の突破なら既に造作も無い。後は貴様を脱出させる為の機会を伺っている所だ。私と共に、貴様も行動に移せよ)
(……み、ミミにはもうそれだけの力も……)
一方的な命令に対し、ミミは静かに首を振る。所詮自分は貧弱なステータスを持ったただの貧民。それを物心ついた時から自覚して育ってきたのだ。ましてや彼女の提案した作戦など、自分には出来そうも無いと考えていた。
だが、そんな事は知らぬとばかりに、斬鬼は高圧的な言葉を重ねる。
(それとも、貴様は我が主の審美眼すら疑うというのか?)
(……え?)
(フン、気付いていなかったのか。ヴィルヘルム様が何の考えもなしに貴様やあの忌々しい女を連れて来るわけがないだろう。本当に偵察を任せるならば本職を連れてくるし、戦闘力が必要なら私だけで充分だ。態々非合理的な選択をする訳がない)
(そんな……では、何故……?)
(単純な話だ──貴様らに何かを感じたのだろう。それが一体何なのか、私如きにはとんと検討も付かぬがな)
(…………)
(私はヴィルヘルム様の期待に応える。それと同じだ。貴様は貴様の役目を果たせ)
斬鬼の言葉は、砕けそうになっていたミミの心を割れない様に繋ぎ止めていた。
どれだけ優しい言葉を投げかけられようと、ミミは自分に自信が持てない。当然だ、十年以上も惨めに暮らしていた事実を持ってまで胸を張れるほど、彼女は強くない。そんな事、他の誰よりも自分が知っている。
だが──あの日、彼女の汚れに頓着すらせず、その手を差し出してきたヴィルヘルムの姿を、ミミは忘れる事はない。自分ですら見出せなかった価値を見出し、泥の底から掬い上げてくれたあの姿に、ミミは光を見たのだから。
自分の事を信じるのは出来そうもない。だけども、自分の事を信じる彼の事は、信じたいと思った。
「……『ハイ・ヴァンピール』!」
スキルを発動させた斬鬼は、ヴァンパイアの力を解放し一瞬にしてその身をコウモリの大群に変える。酔いのせいでヴァンパイアとしての力は十分の一程度しか扱えないが、一瞬だけ抜け出すのであればこれで充分だ。
瞬きの間に拘束から抜け出ていた斬鬼に対し、一同は動揺のどよめきを上げる。魔術的・物理的な拘束をいくら重ねがけしていても、スキルの効果の前には無意味。過程をすっ飛ばし、結果だけを得るというのがスキルの力なのだから。
「落ち着け阿保供! さっさと拘束魔法を打て!」
だが、対する敵が操るのもまたスキル。サカグチが大声と共に手を振ると、一際強く瞳が発光。動揺は一瞬にして鎮圧され、虚ろな目を浮かべながら次々と拘束魔法が飛ばされる。
先程よりも数を増やした脅威。斬鬼は再度魔力の波で押し返すも、力技には限りがある。次第に弾き返せる量が減り、手に持った刀で弾く回数も増えていく。
だが、まだ余裕はある。壇上に悠々と立ちはだかるサカグチまで、あと数歩。全力で地を蹴れば一秒もかからない距離。吸血鬼の力はあと少しも持たないが、それでも一太刀を加える時間さえあれば。
「ハァァァァァァァァ!!!」
一、二、三。大きなストライドで一瞬にして距離を詰める。彼女が選択したのは、スピードと体重を乗せた『突き』。素早く、確実に仕留めることだけを考える。
「──斬鬼様! 右です!」
「っ!?」
が、そこで響くミミの叫び声。咄嗟に指示通りの方向へ振るうと、刀に走る重い衝撃。土塊の弾丸が弾き飛ばされたのだ。
「次は左、左後ろ! その後は頭上に捕縛魔法が来ます!」
何を言っているのか、そう考える必要も斬鬼には無かった。彼女の指示通りに振るえば面白い様に攻撃が弾かれるのだから。
この時、ミミ自身は一切気づいていなかったが、彼女にはとあるスキルが発現していた。ヴィルヘルムの役に立とうと自身の唯一の取り柄である観察眼を鍛え続けた結果、それは一つのスキルとして昇華されたのである。
それは滅多に前例のない、もはや奇跡と呼べるほどの出来事だった。スラムの幼子が努力だけでスキルを発現させる、これがどれだけのシンデレラ・ストーリーなのかというのは、この世界において『強者』と呼ばれる者全てがスキルを持っていると言えば分かりやすいだろうか。
分かりやすく『覚醒』と呼べるこの好機に、しかしニヤリと笑顔を浮かべたのは……サカグチだった。
「へぇ……二人とも便利なスキル持ってんだな。『ハイ・ヴァンピール』に『サーチ・トーチ』。良いねぇ……」
「……やはり気味の悪い奴だ。ミミ、援護を。今ひと時ではあるが、背中を預けてやろう」
「が、頑張ります!」
新たな力を手にして、一気に駆け出す斬鬼。ミミの指示通り援護の魔法を切り捨て、今度こそサカグチの近くへと接近する──!!
「……」
「チッ、やはり貴様が立ちはだかるか……!!」
しかし、サカグチを庇う様にアンリの魔法の障壁が展開され、斬鬼の凶刃を押し留める。洗脳されていようと、仮にも彼女はSSランク。この場において斬鬼の次に強力な戦力だった。
「ハハハ!! かつての仲間に裏切られた気分はどうだ? え? 随分と苦しそうじゃあないか!」
「こいつはあくまでニンゲンだ。裏切られる事など、初めから織り込み済みに決まっている……!」
「そう意地を張るなよ──なら、こいつで素直にさせてやる」
不敵な笑みを浮かべた彼は、その手をゆっくりと斬鬼、そしてミミの方へと向ける。
何をしているのか、と考えられたのは一瞬。背筋を這う謎の悪寒に意識が支配される。
根拠の無い恐怖だ。理由の無い怖れだ。だが、そんな意味も無い第六感こそが戦場では命取りだと、斬鬼は知っていたのでは無かったか。
サカグチの口が、ゆっくりと、開く。
「──喰らい尽くせ、『スナッチャー』」
その言葉を呟かれた瞬間、斬鬼とミミの全身から力が抜けた。
「あ、あれ……なんで」
「ぐ、この脱力感は……!? 貴様、まさか我等のスキルを!!」
「ご名答!!」
斬鬼の握っていた刀は血液に逆戻りし、妖しく輝いていた瞳もその色を失ってしまっている。特徴的な伸びた犬歯も既に平均程度の長さまで戻っており、吸血鬼としての力は既に発揮されていないのが一目でわかる。
目の前で跪く斬鬼に、彼は悠々と手を広げて答える。この場を支配しているのは自分なのだと、一同に見せつける様に。
「俺の『スナッチャー』は相手のスキルを奪い去る、地獄で目覚めたクソッタレなスキルだよ!! あんたらのスキルは、ぜーんぶ俺の腹の中ってワケ!」
「……洗脳のスキルだと考えていた我々は、一杯食わされたという訳か」
「ああ、こいつも貰い物さ。クソ勇者から奪った、な」
吸血鬼の力に、新たに覚醒した力。戦況をひっくり返しかけたその力達は、予想もしなかったサカグチの介入により全てを無に返された。
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