ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?~クソザコステータスの人間が魔王軍に加入させられたら~

シュリ

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第二章

第四十七話

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   崩壊した皇国の城、その一角。いくつかの死体が転がるその場所で、一つの人影が蠢く。

   砕けた大理石の破片を避け、時には崩しつつ、何かを探すようにゴソゴソと動き回る。バラバラになった死体には目もくれず、夜闇の中紛れるように行動していた。

   一つの巨大な瓦礫を動かした時、人影の動きはピクリと止まる。まるで重さを感じさせない動きで瓦礫を横に寄せると、人影は徐に座り込んだ。


「……」


   その視線の先にあるのは、一人の男。煤だらけになり、蒼白な顔色をしたまま倒れ込んでいる。胸の動きは──無い。彼の死に体を見て、影はそっと眉を顰める。


   しばしの沈黙。影はゆっくり動き出すと、男の懐に手を伸ばす。


「……ああ、久し振り」


   ピクリ、と影の動きが止まる。


「……サカグチ様。生きておられたのですね」

「なんとか、ね。でもダメだ。さっきから頑張ってるけど、指の一本も動かせやしない」


   男──サカグチは、にこやかに影へと話しかけてみせる。だがその声色に力は無く、言葉の端々から弱々しさが読み取れる程衰弱している。


「前にもこんな事あったよな……俺がクラスメイトの陰謀に巻き込まれて、ズタボロにされて森へ放り出された時……。あの時は本当に死ぬかと思った。ハハッ、死にかけてる今の俺が言える事じゃ無いか」

「……無駄口は避けた方が宜しいかと。身体に触ります」

「まあいいじゃないか。どうせ俺はもう助からない。最期に話す相手が居るってだけ、無駄にはなりゃしないさ。それに──そっちの方が好都合だろう?」

「っ!!」


   息を呑む気配が伝わったのか、サカグチは力無く苦笑する。


「ああいや、別に責めてる訳じゃ無い。元々拾われた命だからな……あんな裏切りを一回経験してるから、そういった利用しようとする相手には敏感だったんだ」

「……ならば、分かっていてこの様な道を?」

「まあね。でも後悔はしてない。俺の様な弱者がこの世界で生きるには、必死に虚勢を張って、襲われない様に見せかけの力を誇示するしか無かったんだ」


   ゆっくりと腕を動かし、自らの懐を指差すサカグチ。その指先は覚束ないが、少なくとも迷いは見えなかった。


「これ、取り出してくれないか?  どうなってるか自分じゃ見れないんだ」

「……ええ」


   砂埃と血液で汚れた胸元を、影は静かに弄る。その手つきにはなるだけ相手を傷付けないようにしようという気遣いが見て取れた。

   するり、と取り出されたのは、一つの水晶球。鈍い輝きを放つそれには、一筋の罅が真っ直ぐに入っている。


「辛うじて最後に『リバース』のスキルが発動したみたいだけど……スキル・シールが壊れた状況じゃ大した効果は無かったみたいだ。おかげでこのザマだよ」


   サカグチは本来、何のスキルも持たない無能であった。異界の地から勇者として強制的に召喚され、皇国の御旗として利用される所を無能という理由だけで迫害され、そして殺されかける。

   その窮地を救ったのが、影の主が持ってきたスキル・シールであった。特定のスキルを封じ込め、誰にでも使用可能にするアイテム。この中に封じ込められていた『スナッチャー』を使って、サカグチは自らを追いやったクラスメイトに一人一人復讐。全員分のスキルを奪った後、この国全体を乗っ取り、都合の良いように記憶を改変したのである。

   だが、その奪ったスキルの数々も、元を辿れば『スナッチャー』があってこその物。スキル・シールがヴィルヘルムの一撃によって破壊され、その機能を為さなくなった時点で喰らったスキルは総じて使用不能になった。
   辛うじて発動した起死回生のスキルも発動は不完全であり、精々が命を繋ぎ止める程度の力しか発揮できなかった。そして、その効果も今尽きようとしている。


「まさか、魔王軍の天魔将軍とやらがあんなに強いなんて……初見の時はオーラも雰囲気も感じなかったから、完全に油断してたよ。ああ、やっちまったなぁ」

「計画に入る前、ある程度は計画してやったと思うが?」

「もうちょっと、もうちょっとだったのに……クソ、やっぱクソだよこんな世界」


   最早意識も朦朧としているのか、受け答えもハッキリとしたものにはならない。どこか的の外れた答えをうわ言のように繰り返し始めるその様を見て、影は諦めたように首を振る。


「……器は既に限界の様ですね。私の力ではこの傷を癒す事は出来ません。気の毒ではありますが……」

「なんでなんだろうなぁ……」


   ポツリ、とサカグチが静かに呟く。


「なんでこんな目に合わなくちゃならないんだろうなぁ……ついこの間まで普通に学校に行って、普通に友達と話して、普通に家に帰って……何の変哲も無い暮らしをしてたのになぁ……。なぁ、俺が何をしたってんだ?  何か悪いことしたって言うのか? 何なんだよホントに、畜生……」

「……」

「オマケに飛ばされた異世界じゃロクな目に合わないし、掴みかけた夢も手から溢れて、終いにゃボロボロになって野垂れ死に……。ハハ、ホントに意味ねぇな俺の人生」

「……弱さは罪です。だからこそ、この世界では力を得なければなりません」


   ですが、と影は言葉を続ける。一つ一つ噛みしめるように。


「弱さが罪にはならない世界……少なくとも、私はそれを美しいと思います。話に聞いた、貴方がたの世界の様な」

「…………」


   サカグチはそれきり口を閉じると、一切の言葉を発さなくなる。最早話す事も辛いのか、既に呼吸も浅い。

   影は彼の様子から限界を悟ると、スキル・シールを持ったまま立ち上がる。


(……遺骸でなければ回収してあげたかったのですが……こうなってしまった以上、回収する事にもリスクがあります。残念ですが……)


   だが、そんな影の背中に唐突に声が掛かった。


「……せめて最期くらい、無駄死ににはさせないでくれよ」


   サカグチの静かな、しかし悲痛な声。最早届いているかは分からないが、それでも影は振り向く。


「……ああ。私達の使命に掛けても、貴方の働きは無駄にはしないと誓おう」









 ◆◇◆








   マギルス皇国の王城を抜け、闇夜の中を影は進む。人目を偲ぶ様に隠れ進み、とある民家の陰に入ると、その手の上に魔法陣を出現させる。


「……こちら皇国班。シールの回収には成功。ですが、対象の確保には失敗致しました。ええ……」


   魔力通信。遠く離れた場所と交信を行う技術であり、理論だけは確立されているが、それは到底個人で行える方法では無い。それこそ魔王でも無ければ。

   だが、現に影はそれを成功させ、何処かと通信を行えている。それは技量が魔王程ということを伝えているのか、あるいは。


「……分かっています。ええ、この程度で目的を見失いはしません。寧ろ一層、果たさねばならないという気持ちが強まりました」


   月の輝きが遍く世界に降り注ぐ。それは影すらも例外ではなく、フードの元を掻い潜り、僅かに影の顔が照らされる。


「──全ての魔人族に死を。それが私の変わらぬ望みです」


   その顔は、かつてマギルス皇国へと向かっていたヴィルヘルムらを襲い、そして目の前で自ら命を絶った女の暗殺者に良く似ていた。
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