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2.嵐の予感

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 自然を表す緑調の生地は聖女のみ許されたもの。つややかな髪を編み込みパステルグリーンの上品なドレスをまとったお嬢様は、美しい顔立ちと相まってまるで地上に舞いおりた妖精のよう。
 わたくしは自分の着付けの腕に大変満足し、舞踏会の広間の壁際をお嬢様に付き従っておりました。
 
 けれどその喜びに冷や水を浴びせるかのように。
 目の前を、エメラルドグリーンのけばけばしいドレスが横切りました。
 
 ドレスの主は一度通りすぎたあとにわざとらしくふりむき、ハッとした顔でお嬢様を見ました。
 胸の開いた派手なドレスと同じく派手な蛍光色のお化粧をほどこし、やりすぎなくらいに胸と目の大きさを強調したこの娘は、マルロッテ・エヴァー様。
 男爵家のご令嬢で、そしてつい最近、お嬢様と同じに目覚めた者でありました。
 
「シェリルローズ様! 申し訳ありません、わたし、はじめての夜会に舞いあがって、シェリルローズ様より目立つ色のドレスを……」
 
 しおらしい台詞を吐いてはいますが、誰がどう見てもわざとです。あえての威圧色。本当にありがとうございました。
 なぜかエヴァー男爵家は聖女であれば王太子妃にふさわしい立場を得たと思いこみ、勝手にお嬢様を敵視しているのです。実際はそんなに簡単な話ではございませんのに。
 
「まあシェリルローズ様! そんな怖い目でお睨みにならないでくださいませ!」
 
 マルロッテ様が悲しげに叫びます。その声に周囲もどうしたのかと視線を向けました。
 
 あぁ、誤解です。お嬢様の顔が強張っているのはマルロッテ様にお怒りのためではありません。マルロッテ様の大声を聞きつけ、ウィリアム殿下がこちらへ向かってくる姿をお認めになったからです。
 衆人環視のもと婚約破棄を申し入れることはさすがにできず、したがって社交の場ではお嬢様はウィリアム殿下を避けて気配を消していらっしゃるのが常なのに、マルロッテ様が名を呼んだことでウィリアム殿下がお嬢様に気づいてしまったのです。
 
「どうしたのだ」
「ご機嫌うるわしゅう、ウィリアム殿下――」
「ウィリアム様ぁ! シェリルローズ様が、お怒りなのです……!!」
 
 マルロッテ様がウィリアム殿下にしなだれかかるように腕をまわしました。まぁ、なんと破廉恥な。淑女にあるまじき行動ですが、わたくしはお嬢様とともに深々と頭を下げておりますので見えないふり、でございます。
 ウィリアム殿下は「面をあげよ」とおっしゃいました。わたくしは侍女なので、お嬢様のように殿下のお顔を正面に見据えることはできません。下げたままの視線をキープします。
 
 ウィリアム殿下はお嬢様の表情を検分されたようでした。
 
「俺の前では、シェリルはいつもこのようなものだ」
 
 それがウィリアム殿下のくだした結論でした。
 うっかりほほえみかけたりしようものなら「やはり俺たちは愛し合っているのだな」と勝手に納得されてしまうので、お嬢様はウィリアム殿下の前では自動的にハイライトを消灯し、死んだ魚の目になってしまわれるのです。
 おいたわしや……。
 
「それで、君は?」
「はい、マルロッテ・エヴァーと申します。シェリルローズ様と同じですわ。明日から王宮へ出仕する予定なのですが、そのせいかシェリルローズ様に嫌われてしまったようで……」
 
 『聖女』を強調しつつ身体を押しつける気配が伝わります。使えるものはなんでも使うその姿勢は称賛に値します。ウィリアム殿下に似たところがございますね。
 
 侍女の秘技、『視線を伏せながら主人の顔色うかがい』を発動します。
 ウィリアム殿下はマルロッテ様へ視線を向けておられます。お嬢様がいっしゃるときにはお嬢様をガン見の殿下にはめずらしいことです。
 見つめ返し、ほほえむマルロッテ様。そんな二人をただただ虚ろな目で見つめるシェリルお嬢様。
 
 完全に修羅場の光景です。
 広間はしんとして静寂につつまれました。
 
 わたくしは、嵐の予感を覚えました。
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