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11.ノアの正体

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「!!」
 
 息を呑むウルリカの前で、男ははっきりと頷いた。
 
「そうだ。お前がウルリカの新しい夫に仕立てあげようとした〝白豚公爵〟さ」
 
 沈黙していた広間に騒ぎが戻ってくる。
 誰も見たことがなかったノア・クロンヘイム公爵が、舞踏会の場に現れたのだ。そのうえ彼は〝白豚公爵〟の汚名が似つかわしくない美青年であり、そして――。
 王太子に反抗し、ウルリカを庇った。
 
 広間のざわめきがぴたりとやんだ。
 変化した空気に顔をあげれば、護衛を引き連れ、国王が入室してくる。
 パトリックほどではないが、国王の表情も暗い。
 
「集まったな」
 
 礼をとる貴族たちに合図をして顔をあげさせると、国王は重々しく口を開いた。
 
「聞け、皆の者。今日わしは、我が息子パトリックと、ウルリカ・シェルヴェン侯爵令嬢との、婚約を解消する」
「父上!」
 
 パトリックの悲鳴のような声があがる。だが国王は一瞥することもなく、淡々と続ける。
 
「同時に、パトリックから王太子の地位を剥奪する。理由は……言うまでもないな」
「父上、しかし!」
「パトリック! この決定に逆らうならば、お前を衛兵に拘束させる」
「……!」
 
 厳しい叱責の声に、貴族たちは顔を見合わせた。この場にいる人々は、前回の舞踏会にも招待されていた。
 
 ひと月前に招待状を受けとったとき、貴族たちもウルリカと同じ予想をした。
 王家と侯爵家は、婚約破棄の騒動をなかったことにし、ウルリカの婚約者としての地位を回復するのだろうと。この招待状はそういうことであろうと。
 
 だが、王都にクロンヘイム公爵が訪れているという噂が誰ともなしに立ち、広がるにつれ、貴族たちはそれだけでは終わらないかもしれないという予感にとらわれた。
 
 そしてその予感は正しかったのだ。
 
「外遊中のことは聞いた。まさかここまで横暴な真似をするとは……ウルリカ嬢には申し訳ないことをした」
「いえ、そんな……」
 
 突然のことに呆然としていたウルリカは、名を呼ばれて我に返り国王に向きあった。
 顔に深い皺を刻み、深刻な表情を浮かべながらも、国王は小さく笑顔を作った。
 
「ノア・クロンヘイム公爵が、君を妻に迎えたいと言っている」
「ノア様が……?」
 
 姿の変わったノアを見上げると、ノアもまたウルリカを見返していた。
 その顔に浮かぶのは苦笑いのようだ。
 
 ウルリカの手をとり、ノアは手の甲に口づけた。重ねられた手も、唇も、ウルリカの憧れたむちむち触感ではない。しっかりとした男のものだった。
 
「君は、この姿じゃ嫌かもしれないけど。考えてみてほしい」
「本当にノア様なのですね」
 
 だから、パトリックとの婚約が解消となったのだろうか。そしてパトリックの非を認めて婚約を解消する以上、お咎めなしという処分にはできないから、パトリックは王太子を剥奪された。
 
「もう一つ、皆に知っておいてほしいことがある」
 
 それでも公爵家にここまでの力があったのかと訝しむ貴族たちに応えるように、国王はふたたび口を開いた。
 
「ノアは、わしの兄の息子だ。……つまり彼には、王位継承権がある」
 
 誰もがぽかんと口を開いた。パトリックですら、寄り添うノアとウルリカを見つめて魂を飛ばしたような顔をしている。
 
「……え?」
「正確には、俺から言って、王位継承権を認めさせたんだ。俺が王族の一員であるという肩書がないと、きっと君を活躍させてあげられないから」
 
 美しい顔に皮肉げな笑みを浮かべ、ウルリカだけに聞こえるようにノアは囁く。
 
「中央の貴族たちが色眼鏡なしで君の優秀さを認められるなら、こんなことはしなくてもよかったんだけどね」
 
 ようやくウルリカにも理解が追いついてきた。
 ノアは、ウルリカを王位継承権を持つクロンヘイム公爵の婚約者とし、将来的に王妃になる可能性も残すことで、パトリックから離れてもウルリカが中央の政治に関われるようにした。
 
 考えうる限りでもっともウルリカの希望を叶えた選択を、ノアはしてくれたのだ。
 
「ありがとうございます、ノア様」
 
 目にじんわりと涙が滲む。
 
「……!」
 
 見上げたノアが息を吞んだ。
 と思えば、急に抱きよせられる。柔らかくもない、自分にとってずっと脅威だった男性の身体のはずなのに、怖くはなかった。
 
「ウルリカが笑った……!」
 
 口元をゆるめたウルリカの耳に、ノアの嬉しそうな声が落ちてきた。
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