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2 ボク
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しおりを挟む誰一人としてもやもやを認識していないようなのに、ボクだけは自分のもやもやを扱うことができる。
おかしなことだ。
でも、おかしな力を使わないと生きていけない。
ボクは本当にサイシなんだろうか。
そもそも人なんだろうか。
生まれつきのおかしな目と、おかしな心、それにおかしな力まで身につけてしまって。
末っ子叔父も、ボクとは違う力を持っていたけれど、こんな馬鹿げた力ではなかった。
これは人が扱って良い力では無い、そんな気がしてならない。
町での生活に慣れた頃。
浮浪者の摘発にひっかかってしまい、かなりの額の罰金を払って、冒険者と呼ばれるはみ出し者たちの一員になった。
払える金があって良かった。
獣を狩って日銭を稼ぐ日常は変わらないまま、稼いだうちの何割かを人頭税とか書類作成手数料に抜かれるようになった。
面倒ごとを金で解決できるなら、それで十分だ。
ボクは、なにもかもがおかしいと思いながら日々を過ごしていた。
死にたくない一心で。
見知らぬ町にいても、虐げられる人がいる現実を目にすることがある。
そのたびに、最後に見た末っ子叔父の姿を思い出してしまう。
一番おかしいのはボクだ。
ボクはサイシだ。
サイシでありたい。
かみさまにお仕えできないサイシは、なんのために生きているのか。
時が過ぎるにつれて、ゆっくりとボクの周りは変わっていく。
ボクは変われないのに。
気がついた時には、ボクの周りは騒々しくなっていた。
気まぐれに粘着を返されて困る。
金も食事も定住する場所もいらない、一緒に過ごしたくもない。
依頼を一緒に受けるなんて、一番考えられない。
ボクは誰かを信用したり、大切なものを分け与えられるような者じゃない。
酒や食事にナニカを混ぜられて。
鍵をかけて寝ている宿の部屋に侵入されて。
集団で囲み、暴力で言うことを聞かせようとされて。
あまりにしつこいそれらに耐えられず、暴力で徹底的にぶちのめした後、ボクの周りは少し静かになった。
しつこかった〝誰か〟は、もやもやを全身にまとわりつかせていた。
声は歪んで聞きとりにくかった。
性別も年齢も分からない。
どうしてボクに粘着したのか。
話し合う機会は得られない。
末っ子叔父よりは少なくても、顔も体型も見えないほどのもやもやを身の内に持つ〝誰か〟に接したくなかった。
相手を死なせずに済んだことに安堵していたのに、ボクにも落ち度があったのでは無いかとしつこく問われた。
分からない。
落ち度?
気まぐれで手助けしたことが落ち度なら、これから先は誰とも話すことすらできなくなる。
きっとみんなボクがおかしいと思っているけれど、認めてくれないから、排除か囲い込みをしようとするんだろう。
どこにいても混ざれないから転々とした。
町から町へ流れながら、ボクは十八歳くらいになった。
村にいた頃にボクは夏生まれだよと末っ子叔父が祝ってくれていたから、たぶん十八歳になった。
一箇所に留まるとなぜか絡まれる。
誰にも優しくしていないのに。
絡んでくる奴らにもやもやを押し付けられるのが不愉快だ。
ボクがもやもやを使ってそいつらを叩きのめすと、ひどく責め立てられるのに。
定住しないという意味では、冒険者は悪くない肩書きだった。
浮草のように足枷を持たない無頼者で、はみ出しもの。
面倒だと思った時にふらりと町を出てしまえば、新しい場所で一からやり直せる。
今いる場所がどこで、ボクがどこから来たのか、分からなくなっていた。
歩いている間はただひとつ星を見上げてきたけれど、荷馬車に無賃乗車した頃から余裕を失っていた。
空を見上げるよりも地に這いつくばってた。
最低限の文字と地図の読み方は知ったけれど、それだって冒険者になってから。
冒険者が手に入れられる地図なんて、大きな町と大きな街道くらいしか書いてないから、生まれ育った村がどこにあるのか調べられない。
人殺しだけはしない。
かみさまに仕えて、人を助けるのがサイシだから。
それだけが、今のボクに残った最後のよすがだった。
◆
新しい町に来たら、一番にやること。
それは寝床を確保するために、身分保証を得ること。
「初めまして、拠点移動の手続きを頼みたい」
冒険者組合支部へ来るまでの町の雰囲気から、ここでの滞在は短いと考える。
活気はいまいち。
人々の表情も明るくない。
娯楽と依頼がいっぱいあって、楽しく過ごせる場所ではなさそうだ。
まったく仕事しないですぐ移動するべきだろうか、けれどもやもやを溜めすぎたくないからそこらの獣を狩ることにはなる。
獲物を組合以外に売ると罰金刑の可能性がある。
冒険者は雲助扱いで、難癖つけて金をむしり取る相手としてぴったりだ。
「デスティン支部へようこそ、組合証の提出と、本人確認のために名前をどうぞ」
「はい組合証、ボクはスペリアト、等級は見ての通り虹金特殊」
獣を狩るなら無駄にするのはもったいない。
宿も期待できないなぁと思いながら来たのに、考えていた以上にひどいものを見せられることになるなんて。
町の雰囲気と同じでやる気が感じられず、こちらを見ようともしない受付係に、組合証を見せつけるように置いた。
「えっ、虹金っ……」
手元でなにかしていた受付の男が言葉に詰まって、顔を上げる。
抑揚のなかった声が裏返る。
視線を上下してボクを見てさらに混乱したのか、助けを求めるように振り返った。
ボクを見て詐欺だと思ったのか。
見た目で判断されるのは慣れてる。
でも受付に出した組合証は間違いなく上から二番目の虹金級、の特殊条件付き。
組合証は偽造できないことを、職員ならよく知っているはずだ。
人の目がなくても真面目にやれとは言わないけれど、目の前に仕事がある時は働いてもらいたい。
「宿を探したいから早くしてほしい」
「え、あ、は、はい」
わざと偉そうに言う。
見た目で舐められるのは、仕方ないことだ。
自分で招いた結果に文句を言っても仕方がない。
今のボクの見た目は、実年齢よりも幼い。
たぶん九から十歳くらいの少年の姿をしている、と思う。
どこに行っても絡まれるのは、見た目が幼いからかもしれないと最近気がついた。
こんなことになるなんて、想像できなかった。
初めは本当に思いつきだった。
腹の中のもやもやの扱い方を知ったボクは、なにができるかを検証した結果、獣に叩きつける以外に自分の外見を変えられることに気がついた。
変えるしかない。
変えよう。
家族との縁を、完全に断ち切りたかった。
連れ戻されて末っ子叔父と同じ扱いを受けるのは、耐えられない。
もやもやは溜め込みすぎると、頭と心がおかしくなる。
体も。
末っ子叔父がそうだったし、自分でも体感した。
溜め込んでおかしくなるなら、溜め込まなくてもおかしくできると考えたらその通りだった。
ボクは自分の生まれ育った辺りの地名を知らない。
村は村で領主さまは領主さまだった。
気づかないまま生まれ故郷に戻ってしまって見つかる、その可能性が無いと言い切れない。
謎の古代技術を使っているから、組合証を偽名で作る事はできない。
不思議な技術だ。
無頼者を受け入れるくせに偽造防止、偽名を使わせないことを徹底している。
あぶれ者を受け入れる以上、弱みを見せるわけにいかないんだろう。
どこもかしこも世知辛い。
名前が変えられないなら、見た目を変える選択肢しか無い。
姿を別人へ変えてしまえば、偶然同じ名前の赤の他人だと言い切れる。
その時は、見た目が変われば見つからない、と思っていた。
年齢以上に成長するか、別人に変化するかどちらかで。
もやもやの使い方の検証をした結果、同時に両方は実行できなかった。
====
冒険者等級
燦星 神話にでそうなことができる
虹金 伝説に以下略
黄金 英雄譚に略
白銀 傑物
黒鉄 一流
赤銅 二流
青錫 三流
茶錆 初心者
磨石 見習い
虹金等級は一国に2~3人、制限付き含み10人くらい
冒険者組合全体で10人強、50人弱
スペリアトに自覚はないけれど、実はすごーくすごい、語彙力
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