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ツンケンなオジニイサン

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 おねだりしないなら、ボクの好きにさせてもらって良いよね。
 木鉢におかわりの水を注ぐなんて、まったく気分が乗らないもの。

 水を口に含んで、動きの悪いオジニイサンを腕力で抱き寄せる。
 細くて頼りなく見えるボクの前脚にすっぽりと……収まりきらなかった。

 人の似姿が小さすぎる!
 本体ならもっと大きいけれど、骨格の問題で抱きしめられない。

 くやしい、早く体が大きくならないかな。
 淫乱なお嫁さんができれば、ボクだってもっと大きくなれるのに。
 きっと今よりずっと、大きくなれるのに。

「なにす……っ」

 前脚を精一杯伸ばして、オジニイサンの後頭部を押さえて口を重ねる。
 口の中に長い舌をねじこんで、水を飲ませてあげる。

 口内粘膜を優しく撫でて、魔力を塗り込んであげると、押さえていた体が震えた。

「ん……ぐ、……っ!?……っぐ……ふぐっ……」

 びくんっと体を震わせたオジニイサンの鼻の穴から、鮮やかな赤が垂れる。
 流し込んだばかりの魔力が、蒸発するように霧散していくのを感じた。

 ボクに抵抗して逃げようとしたようだ。
 体がうまく動かないなら、と魔力を使おうとしたのかもしれない。

 ボクが注ぎ込んだ魔力を動かそうとして、どこかを痛めたのかもしれない。
 オジニイサンの中にあっても、他者の魔力は動かせないんだよ?
 知らないのかな?

「暴れたらダメだよかわいい人、こうやって飲めば魔力補給になる」

 嘘だけど。
 舌を絡めながら、魔力を注いであげているから、完璧な嘘ではないってことで。

「……んふぁ……」

 なにその声、可愛い。
 意識がなかったのに、ここ数日どうやって命を繋いできたのかを、オジニイサンの体は覚えているようだ。

 オジニイサンの主人はボクだよ。
 淫蕩の魔力に溺れて良いんだよ。
 もっとボクを求めて。

 ボクを睨んできた目がとろんと潤んで、吊り上がっていた眉が下がる。
 舌を絡めてやると、返事をするようにもごもごと口を動かす。

 口付けが好きなのかな。
 それならもっとしてあげよう、と思ったその時、なにをしているのか気がついてしまったのか、素早く舌を引き抜かれた。

 驚きに見開かれた瞳は、淡黄緑をくすんだ褐色が縁取っている。
 濁っていなければ若い葉っぱの色。
 体内で魔力が作られていた頃は、きれいな木の葉色だったんだろうな。

 オジニイサンは壁に背中が当たるまで下がり、恐れるようにボクを見つめてくる。

 そんな顔しなくても大丈夫なのに。
 本心から拒否すれば、心が生理的な嫌悪を訴えれば、ボクが触れても快感を感じなくなるよ。
 ボクらはそういう存在だから。


 ボクが、どうして〝人〟種族から嫌われているのか。

 そこにはきちんと理由がある。
 ボクらに愛されると、とっても気持ちよくなっちゃうから、らしい。

 恋人や夫婦が愛しあって気持ちよくなる。
 それのどこが悪い、なにがおかしい、とボクは思うんだけど、人種族には良くないことらしい。

 変な話だけれど。
 ボクらのみんなで愛し合いたい本能がいけないらしい。

 一対一でないといけない。
 気持ちよくなりすぎると、魅了されて堕落して社会生活が送れなくなる。
 家族すら裏切る廃人になる。
 淫乱で愚鈍な無能になる。

 そう言われているらしい。
 そんなことないのに。

 ボクたちが惹かれるのは、最初から淫乱で淫蕩な存在だ。
 それは誇るべき事実だ。

 ボクたちに関わったから、淫乱で淫蕩になるわけじゃない。
 淫乱や淫蕩=殺人鬼や同種社会不適合者ではない。

 ボクらに愛されて戯れたことで、隠していた本性を出してしまった、という事なんじゃないかな。

 迂闊な人のしたことを、ボクたちの責任にしないでほしい。
 ボクらには、異常者を新しく作りだす能力なんてない。
 隠していた異常性をうっかりさらけ出してしまう切っ掛けには、なったかもしれなくても。

 このオジニイサンは生まれついての淫乱で快楽主義者……という感じではないけれど、十分すぎるくらい堕落している。
 可愛がってあげたいと思うくらいには。

 ボクはこのオジニイサンを愛してしまうだろう。
 ううん、もう、愛おしいと感じ始めてる。
 なんかもう、ずっきゅん、ってなってるもん。

 確信めいた予感を感じながら、反抗的な様子で睨んでくるオジニイサンを仕込もうと決めた。



 飯を食べて少し元気になったらしいオジニイサンが、いらいらとした様子で口を開いた。

ワレの服はどうした、ここはどこだ、お前は誰だ」

 全裸なのが気に入らないらしい。
 体毛がないから、体温調整できなくて不安なのかな。

「フクは捨てたよ、かわいい人」
「なっ、あれはっ!」
「すごくぼろきれだったよ」

 その言葉で、自分が倒れていた時の状況を思い出したのか、オジニイサンの表情が渋い物を食べた時のようなものになる。

 ここで暮らすようになってから、ボクは人の表情を見続けた。
 故郷なら臭いと動きと鳴き声で判断できたけれど、人はもう少し複雑だから。
 その甲斐があって、今のボクはオジニイサンの表情が変われば判別できる。
 なにを考えているかは判断できないことも多いけど。

 ボクのモノになったオジニイサンに、ぼろきれなんて似合わない。
 きちんと似合う恰好をさせないと。

 そう思って、きちんと準備してある。

 本音を言えばもっと品質の良いものを用意したかったけれど、貧民窟で手に入るものなんて、金を積んでも高が知れている。

 ボクは人の使う金なんて持ってない。
 一生懸命に探したのだ。
 褒めて欲しい。

「……く、そっ」
「はい、だめー」
「っっ!?」

 吐き捨てるように悪態をついた口を、口でふさぐ。
 魔力を唾液に混ぜてやれば、一瞬で抵抗は消えた。

 素直な反応と、反抗的な態度、両方ともオジニイサンの可愛い所だと思うんだ。

 大人しくなったオジニイサンから、口をはなす。

「ぷは、ボクは言葉遣いは気にしないけれど、汚い意味の単語は嫌い、かわいい人にも似合わない」
「……」

 ボク自身、言葉遣いなんて気にしたことない。
 でも少なくとも「排泄物っ!」とは口にしない。

 お嫁さんにしたオジニイサンに、日常的に「この、排泄物亭主っ」と呼ばれる未来は来てほしくないんだ。
 悲しくて泣いちゃうよ。

「返事しないとフクをあげないよ、かわいい人」
「……わかった」

 嫌そうな顔をして渋々と返事をするのは想定済みだ。
 このオジニイサン、とっても偉そうだ。
 本当に偉い人だったのかもしれないけれど、過去だと割り切ってもらいたい。

「はい、どうぞ」
「……」

 手に入れたフクを差し出す。
 薄い色のそれを両前脚で持って、開いて、無言になるオジニイサン。
 気に入りすぎて感激してくれたのかな。

「ほらほら、着てみて」
「……」

 本音を言えば、淡褐色から灰黄色のフクが良かったけれど、手に入らなかったから仕方ない。
 オジニイサンが元気になったら貧民窟を出て、それからゆっくりと用意するしかなさそうだ。

「どうしたの」
「こ……」
「こ?」
「こんなもん誰が着るか!」

 せっかく用意したフクをぶん投げるオジニイサン。

「あーっ、なにするんだよ!」

 ひどい!
 似合うものを探すの、すごく苦労したのに。
 フクを拾って振り返ると、オジニイサンは真っ青な顔で枯れ草に倒れ込んでいた。

 また鼻から体液が垂れている。
 今はボクの魔力で生きているようなものなのに、抵抗するからだよ。

 ボクがオジニイサンを痛めつけているわけではない。

 未来のお嫁さんがじゃじゃ馬なのは、むしろ大歓迎だ。
 暴れん坊のお嫁さんは、シトネでも楽しめそうだしね。

 上からも下からも魔力を流し込んでとろとろにしてから、相棒で上下関係を教えてあげれば良いのだ。
 夫の下で、しぬしぬイクイクと鳴いて、嬉し泣きするのがお嫁さんだよ、と。
 お嫁さんが上に乗っても良いけどね。

 
   ◆



今年もお読みいただきありがとうございました
少しでもみなさまの一年がよき日になるお手伝いができたのであれば、幸いです
深く感謝を捧げま
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