【R18】付き合って二百年、初めての中イき

Cleyera

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23 再度旅路

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 私は一般エルフだ。

 エルフには人種族のような階級がない。
 人口が少なくて、階級社会になりようもない。

 王はいる。
 けれど忠誠を求められる事はない。
 エルフが忠誠を捧げるのは、身近にいる大切な家族だ。

 物理的な距離は、心の距離と言う。
 私は里には帰っていないけれど、手紙のやりとりはまめにしていた。

 物理的な距離を心の距離にしないようにと、気を付けていた。
 そうしないと両親が心配し過ぎて里を飛び出すと思ったからで、その懸念は正しかった。

 今回の事を相談したら、思いもよらない展開になった。
 あれよあれよという間に、人種族との外交役をしている里と連絡がつき、あっという間に他の里にまで話が回って、いつの間にやら人種族に教授した全ての知識と技術を引き上げる、なんて話になりかけた。

 私への実害は一切ないにも関わらず、だ。
 ドワーフの工房を燃やされたからエルフが援助を切り上げる、のは展開としておかしいだろう。

 言いたいことは分かる。
 私の恋人なら、エルフにとって家族も同然。
 会ったことないけど、二百年一緒にいるなら伴侶扱いが当たり前、と。

 嬉しいけれど、困る。

 親が子へ捧ぐ愛情というのは本当に重たい。
 うちの親は里の中でも最重量級だと思っていたので、使い所を間違えないように気を付けて来たのに。

 結局、私が動く事になった。
 そうしないと両親が来てしまいそうだったので。
 わざわざ誰かをこちらに来させるより、自分で片づけますから来なくても大丈夫ですよ、という事だ。

 元よりブレーのために動く覚悟はあったけれど、シンネラン国の最高責任者に会う機会はいらなかった。
 支部長に任せて終わりにしたかったけれど、そうも言っていられない。

 私は、一般エルフだ。
 一般の凡庸エルフとして扱ってくれ。


 旅の間、ブレーもこまめに出身窟と連絡していた。 
 通信の魔法道具を使っていたので、旅の間にドワーフ流の遠隔飲み会に私も混ぜてもらった。
 とりあえず「飯をくえ、肉をつけろ」という言葉を千回くらい言われた。

 飯は食っとるが、筋肉がつかんのだ。
 とブレーの口調に似せて言ったら、げらげらと笑われた。
 酔っ払いの一発芸位には盛り上げられて良かった。

 エルフの平凡おじさんは、ドワーフたちには骨と皮だけに見えるらしい。
 骨と皮は怖いな。

 酔っ払ってご機嫌なブレーが「細っこくても抱き心地はええし鳴き声がかわええぞぉ」とか言うので吹っ飛ばしたら、「こりゃあ良い嫁だ」と言われた事は嬉しかった。
 それ以上に恥ずかしかったけれど。

 仲間を大切にするブレーが愛おしい。
 私を大切にしてくれるブレーが大好きだ。

 私が生まれ育った里のエルフたちも、いつまで経っても心配してくる。
 嬉しいような、困るような。

 私は普通のエルフだ。
 人種族の敵ではない。
 怯えられる覚えはない。
 とても失礼だ。



   ◆



 ホーヴェスタッド支部長に手回しをしてもらっている間に、私もできる事をやった。
 実際に人種族の王族に会うとなれば、それなりの準備が必要だ。

 とりあえず、ブレーの安全を守る。
 それから、ブレーの安寧を守る。
 さらに、ブレーの平和をとり戻す。

 完璧な作戦だ。

 ブレーの工房があった焼け跡は、付き合いのあった組合の協力で更地にされていたので、話し合いに赴いて新しい工房を建ててもらうことになった。

 土地はブレーが購入済み。
 間取りや収納は、できる限り前の工房と同じように作ってもらう。
 使い慣れとる間取りがええ、と言うブレーの言葉そのままに。
 もちろん私の部屋も。

 細々とした所を話し合っているのを私は聞き流した。
 人種族の法令や建築基準云々に則していれば、それ以上は望まない。

 資金は、ブレーが各組合からの報酬を預けていた事で十分に足りると言う。
 さすが先見の明にあふれるブレーだ。

 やはり、ブレーはこの街を離れる気がないらしい。
 それなら、私もこの地に骨を埋める覚悟をするべきだろう。

 今回の事で私は知った。
 ブレーを失ったら、私は生きる屍になる。

 里にいた頃に両親が面倒を見ていた大叔母のように、一日のほとんどを揺り椅子の上でぼんやりと過ごし、徐々に動けなくなり、木の一部のように穏やかに朽ち果てていく。
 そうなるだろう。

 大叔母の伴侶は、三百歳ほど年上だったという。
 添い遂げて、寿命で穏やかに別れた。

 死別を覚悟の上で伴侶になったらしいが、現実に訪れた絶望を、大叔母は受け止めきれなかった。

 ドワーフは、エルフよりも寿命が短い。
 そしてブレーは私よりも少し年上だ。
 寿命を全うしたとしても、私より先に死ぬだろう。

 私はブレーと結ばれた事を後悔しない。
 朽ち果てる未来しかなくても。

 里に残っていても、これほどの幸せを得る事はできなかっただろう。
 私にはブレーが必要だ。
 ブレーが心安らかに幸福な生活を送っている姿が、私に必要なのだ。

 全ては私自身のために。
 ブレーに幸せを差し出したい。





 宿暮らしをしていた数日後、私たちはシンネラン国の王都〝ホイ・ビフォルクニン〟へと旅立った。

 突然、迎えが来た。
 人種族が使う馬車は苦手なので、私は馬を用立ててもらった。

 ブレーは馬に乗った事がないそうで、二人乗りは諦めた。
 私の腕力では、ブレーが落ちそうになったら支えられないからな。

 裸馬に乗らないでほしい?
 申し訳ないけれど、金属なめしの革や金具に触れたくないので、これが最良だ。
 長時間触れていると、かゆくなる。

 獣の解体も一日中はできない。
 かゆくなる。
 母も同じだったので、エルフの体質なのだろう。
 厄介だ。

「疲れておられませんか」
「ああ、問題ない」

 裸馬にまたがっている私に、王都から派遣されてきた護衛がたびたび声をかけてくる。
 監視なのか護衛なのか知らないが、全身を金属の鎧で覆ったまま近づくな。

「エレデティさま」

 馬車の窓が開けられて、侍従とかいう人が顔を覗かせた。

「シュモクロスさまのお加減が」
「馬車を止めて」

 これまで庶民向けの、開口部が広い乗り合い馬車にしか乗った事がなかったらしいブレーは、小窓しかない豪華な馬車に酔った。
 体調不良の酔いだ。
 周りが見えない事もさることながら、馬車と共についてきた人々が……くさい、からだろう。

 香水と呼ばれるものだ。
 上流階級の人々が楽しむもの、雅な趣味である、と人種族の本に書いてあった。

 嗅ぎ慣れない香水の臭気に苦手意識を持ったらしい。
 軋轢を起こしたくないブレーは、我慢して体調を崩している。

 これで三度目だ。
 半日で三度目。
 これ以上、ブレーを我慢させるのは、私が辛い。

「ブレー、これ以上は私が耐えられない」
「うう、だがな」
「到着が遅れるのは、彼らにとっても良くない」

 護衛や侍従は仕事をしているのだ。
 香水臭いから全身を洗えと言われて断ったら、それは職務を放棄した事になるだろう。
 多分。

「分かった」

 ブレーの許可が得られたので、私は遠慮しなかった。

 二人の侍従を、服を着たままでまるっと洗って乾かした。
 馬車の中に匂いが染み付いている気がしたので、馬車もまるごと洗った。

 完全に脱臭するには魔法の規模を大きくしないといけないので、水洗いだけ。
 一応、人種族の前で派手な魔法を使わない、位の心遣いはする。

 ブレーに大丈夫か聞いたら、かなり楽になったと返事が得られたので、とりあえずこれで良しとしておく。

 彼らが所持していた香水瓶は布で巻いて革袋に入れて、客車の後ろにぶら下げてもらった。
 外で臭っている分には気にならないだろう。

 四人の護衛が呆然としていたので、告げる。

「では、進みたまえ」
「……は、はいっ」

 職業意識の高い良い護衛と侍従だ。
 この後は大変に快適な旅路になった事を、彼らを寄越してくれた者に感謝として伝えよう。

 
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