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本編 〝弘〟視点
15/21 自覚はなくても変化していく
しおりを挟む全て、わたしが悪い。
悪いのはわたしなのに、このままでは憲司くんの方が悪いと言われてしまう気がして。
憲司くんに殴られていたこと。
殴られるときに能力を使われていたこと。
能力を使われて◯され……いいや、犯されていたこと。
全てを、情けなさで消えたいと思いながら口にした。
わたしはもう、落ちるところまで落ちた。
未成年と淫行したことを隠していた、と疑われてもおかしくないだろう。
以前に調べた情報では、未成年略取と、淫行罪に当たるのだろうか。
文字が多すぎて、詳細を読むのは無理だったけれど、そんな感じだった。
音声読み上げは、途中で怖くなってやめてしまった。
他にも色々該当しそうな気がする。
誰もわたしのこの先の人生に期待などしないはずだから、いっそのこと何もかも失ってしまえば、スッキリするかもしれない。
「……もっと早く相談して欲しかったです、館鼻さん」
「申し訳ありません」
わたしよりも若い上司には、いつも迷惑をかけてばかりだ。
上司へ頭を下げて、シャツとジャケットの胸元が、血で黒く染まっていることに、初めて気がついた。
さっきからずっと、鉄臭いと思っていたのは、自分の血の匂いだったのか。
冷静になったつもりなのに、きっとまだ興奮状態なんだろう。
「あとはこちらで請け負いますが、今夜は一晩、入院して様子をみてください」
「え……あの、留置所に行くのではないのですか?」
「どうして被害者側の館鼻さんが、留置されるんです?」
「被害者?」
「能力を不正使用した暴行、性犯罪の被害者でしょう、加害者が未成年でもそれは変わりません」
上司のキリッとした立ち姿に、いつも若いのにすごいなと思っていた。
けれど、これは違う。
「悪いのはわたしです!」
「え、なぜです?」
「わたしが憲司くんに悪い影響を与えたので、暴力行為に逃げるしかなくて」
「はーいストップー」
一旦、席を外していた女性刑事さんがお茶を手に戻ってきて、わたしに制止をかけてくる。
「うーん、とりま休みがいるねー」
「……ええ、そうですね」
なぜか女性と上司の間で短い意思疎通がされて、流されるままに入院することになってしまった。
入院着を賃借して、個室の小さなクローゼットに脱いだ血のついたスーツと、ビジネスバッグを入れて。
ベッドに腰掛けると同時に、勝手にため息が出た。
自分で思っていた以上に、疲れている。
眠る前に、と携帯端末のロックを外したと同時に、そこに大量の履歴が残っていることに気がつく。
急いで休憩室に向かい、晋矢さんに連絡すると、コール音が聞こえる前に通話状態になった。
「弘さんですか、大丈夫ですか、何があったんです?!」
いつも穏やかな晋矢さんだけれど、怒ると怖いことは知っている。
そして、若いのに落ち着いているなと羨ましく思っていた。
けれど今、端末の向こうから聞こえる晋矢さんの声は、慌てていて、焦っていて、うろたえていて。
ひどく申し訳ない気持ちになった。
「晋矢さん申し訳ありません」
「何がですか?」
「わたしのせいで憲司くんが……」
言葉にならなかった。
わたしが、憲司くんを破滅させた。
その事実が今更のように、わたしを押しつぶす。
才能ある、善良な若者の未来を、わたしが奪ったのだと。
「父から連絡が来て、憲司が能力不正使用の上、暴行の現行犯で拘束されたと聞きました、あいつが弘さんに何かしたんですね?」
「わ、わたしが、わたしがいけないんですっ」
気持ちが言葉にならない。
謝罪の意思だけがあふれ出して、言葉として外に出せない。
晋矢さんに、憲司くんが悪いのではないと伝えないといけないのに、喉が震えてしまって言葉にならない。
「今、どこですか?」
「知らない病院です、大きいところですが」
「俺を側にいさせてもらえませんか?」
「それは……」
さっき決めたのに。
悩んで揺れてしまう。
もう晋矢さんを巻き込みたくない気持ちは本当なのに。
二度と晋矢さんに会えないのかと思うと、足元が崩れ落ちるような錯覚に襲われる。
衝動を制御できない自分が、本当に嫌いだ。
役立たずの脳を、えぐり出してしまえたら良いのに
「弘さん、お願いします」
「……でも」
「……」
わたしの呟きを拾ってくれたのか、晋矢さんが口を閉ざした。
いつもそうだ、緊張すると吃音が出てしまうわたしを、晋矢さんは静かに微笑んで待っていてくれる。
どこにでもいるような外見で、どこにでもいる男性よりも劣っているわたしに、本心から好意を持っているのだと、言葉と態度の両方で教えてくれる。
「迷惑をかけたくないです」
「…………分かりました、退院したら連絡をくれますか?」
奇妙なほどに長い沈黙の後で、晋矢さんは譲歩してくれた。
でも、わたしはもう決めている。
未来ある若者を二人も破滅させるなんて、耐えられないのだから。
「すいません」
それだけ言って、通話を切り、電源を落とした。
自分で望んだのに、終わりにして欲しいとは言えなかった。
全てを拒否する言葉を、口に出す勇気は持てなかった。
アパートには戻りたくない。
ほんのひと月くらいだったけれど、長年暮らしてきた日々の記憶よりも、晋矢さんと過ごした思い出が鮮烈すぎた。
引っ越し代行業者に頼んで、荷造りからすべて任せて運び出してもらって、晋矢さんを思い出させてしまうものは処分しようと決めた。
所詮、わたしにできることは、いつでも逃げだすだけ。
まるで夜逃げだな、と思うとなぜか笑えた。
◆
何かがおかしい。
そう思ったのは、翌朝。
退院する直前に、技師さんが病院に来てくれた。
こんな朝早くから出向かないといけないなんて、なんて大変な仕事なんだろう、と思いながら、撹乱端末を再起動してもらおうとして出来なかった。
なぜか、起動エラーが起きて。
なぜか、技師さんが「やっぱりか」と呟いて。
なぜか、定期検査の時期でもないのに能力測定を受けることになった。
院内売店で買ったTシャツとスウェット姿で退院して、そのまま指定された出張所に測定に出向いたら、検査直後に新しい撹乱端末に交換する事を伝えられた。
しかも、数日中に、と。
能力者各個に合わせて調整する端末が、すぐに用意できるはずがない。
しかも、測定結果が出たのかも聞いてない。
結果が即日に出せるとか聞いたこともないのに、端末を新しくする?
どうして?
何かがおかしい気がする。
まだ測定結果が出ていないのに、前の端末と何が違うのか説明を求めたら、わたしの能力がEX等級に上がっていると言われた。
……混乱しか感じない。
困っているわたしに、本来なら説明しないのだけれど、と検査してくれた職員さんが口を開いた。
出どころは言えないけれど、わたしの能力がEX等級に上がっている可能性が高い、と事前に知っていて、端末の準備も済んでいた、と。
あとは、本当にわたしの能力がEX等級になっているのかを確認して、端末の最終調整をするだけだった、と。
……EXってなんだろう?と思いながら、それ以上は聞けなかった。
聞き取り調査と言えば良いのか、数日の間に、何度か警察の能力者専門部署の人と会った。
未成年者の上に個人情報だから、と憲司くんが保護観察処分になるという結末だけを教えてもらい、少しだけ安堵した。
どうか、憲司くんの未来を閉ざさないで欲しいと頼んだ。
憲司くんの未来を守るために、二度とわたしは関わらないことを誓うから、助けの手を差し伸べてあげて欲しいと。
急性アル中の時に世話になった、能力者専門のお爺さんカウンセラーさんと再会して、カウンセリングを受けることになった。
カウンセラーさんの予定が開くのを待つ間に、片付けることは山ほどある。
数日後。
カウンセリングの後で、新しい端末を渡された。
端末を持ってきてくれた技師さんに、調整してもらっている横で、説明を聞く。
使い方は今までと同じで、ずっと装着しておけば良い。
お風呂の時は外せるけれど、外して一時間を超えると警告音が鳴り始めて、次第に音量が上がっていき、管理団体に通報される、と何度も聞いた説明だったけれど、耳を傾けた。
EXって等級が何か知らないけれど、装着した端末自体は何も変わった気がしなかった。
実際の重さは軽いのに、ずっしりと重たく感じるのも、能力のほとんど全てを制限されている不自由さも、何も変わらない。
技師さんが帰った後、カウンセリングは終わっているのに、お爺さんカウンセラーさんと話をした。
「二十五歳以降の等級上昇は珍しいことだけれど、前例はあるから心配いらないよ」
「……わたしはもう四十も目前です……あの、あと、五が最高等級だと思ってました」
「うん、たまにあるんだよね、こういうことが。
惹かれあう能力者同士の相性が良いと、測定しきれないほどの能力発現が起きることがあって、我々はそれを暫定的に〝奇跡〟と呼んでいる」
「奇跡」
「フィクションならあり得るけれど、現実では起こりえない確率、って意味でね」
EX等級というのは、五等級の上。
測定できない能力。
なんだそれ、というのが本音だ。
いくら能力等級が上がっても、わたしの不安定さは変わらない。
本当に無駄な能力でしかない。
それにしても、なぜ今更そんなことになったのか。
憲司くんと一年を過ごしている間に、定期測定を行っているから、能力値に変動はなかったはずだ。
そうなると、前回の測定の後に新しく出会い、共に時間を過ごした能力者は……わたしが一緒にいて心地よいと感じた人は、一人しか思いつかなかった。
わたしは目の前のお爺さんしか、能力者専門のカウンセラーさんを知らない。
居場所がないと酒に逃げ、死にぞこなったわたしを、助けてくれた大勢の恩人の中の一人。
文字どおりに命の恩人の言葉に、嘘を疑えるはずもない。
脳裏に晋矢さんの笑顔が浮かんだ。
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