【R18】劣等感×無秩序×無関心

Cleyera

文字の大きさ
15 / 36
本編 〝弘〟視点

15/21 自覚はなくても変化していく

しおりを挟む
 

 全て、わたしが悪い。
 悪いのはわたしなのに、このままでは憲司ケンジくんの方が悪いと言われてしまう気がして。

 憲司くんに殴られていたこと。
 殴られるときに能力を使われていたこと。
 能力を使われて◯され……いいや、犯されていたこと。
 全てを、情けなさで消えたいと思いながら口にした。

 わたしはもう、落ちるところまで落ちた。
 未成年と淫行したことを隠していた、と疑われてもおかしくないだろう。
 以前に調べた情報では、未成年略取と、淫行罪に当たるのだろうか。

 文字が多すぎて、詳細を読むのは無理だったけれど、そんな感じだった。
 音声読み上げは、途中で怖くなってやめてしまった。
 他にも色々該当しそうな気がする。

 誰もわたしのこの先の人生に期待などしないはずだから、いっそのこと何もかも失ってしまえば、スッキリするかもしれない。



「……もっと早く相談して欲しかったです、館鼻タチバナさん」
「申し訳ありません」

 わたしよりも若い上司には、いつも迷惑をかけてばかりだ。
 上司へ頭を下げて、シャツとジャケットの胸元が、血で黒く染まっていることに、初めて気がついた。
 さっきからずっと、鉄臭いと思っていたのは、自分の血の匂いだったのか。
 冷静になったつもりなのに、きっとまだ興奮状態なんだろう。

「あとはこちらで請け負いますが、今夜は一晩、入院して様子をみてください」
「え……あの、留置所に行くのではないのですか?」
「どうして被害者側の館鼻さんが、留置されるんです?」
「被害者?」
「能力を不正使用した暴行、性犯罪の被害者でしょう、加害者が未成年でもそれは変わりません」

 上司のキリッとした立ち姿に、いつも若いのにすごいなと思っていた。
 けれど、これは違う。

「悪いのはわたしです!」
「え、なぜです?」
「わたしが憲司くんに悪い影響を与えたので、暴力行為に逃げるしかなくて」
「はーいストップー」

 一旦、席を外していた女性刑事さんがお茶を手に戻ってきて、わたしに制止をかけてくる。

「うーん、とりま休みがいるねー」
「……ええ、そうですね」

 なぜか女性と上司の間で短い意思疎通がされて、流されるままに入院することになってしまった。



 入院着を賃借して、個室の小さなクローゼットに脱いだ血のついたスーツと、ビジネスバッグを入れて。
 ベッドに腰掛けると同時に、勝手にため息が出た。
 自分で思っていた以上に、疲れている。

 眠る前に、と携帯端末のロックを外したと同時に、そこに大量の履歴が残っていることに気がつく。
 急いで休憩室に向かい、晋矢シンヤさんに連絡すると、コール音が聞こえる前に通話状態になった。

ヒロシさんですか、大丈夫ですか、何があったんです?!」

 いつも穏やかな晋矢さんだけれど、怒ると怖いことは知っている。
 そして、若いのに落ち着いているなと羨ましく思っていた。

 けれど今、端末の向こうから聞こえる晋矢さんの声は、慌てていて、焦っていて、うろたえていて。
 ひどく申し訳ない気持ちになった。

「晋矢さん申し訳ありません」
「何がですか?」
「わたしのせいで憲司くんが……」

 言葉にならなかった。
 わたしが、憲司くんを破滅させた。
 その事実が今更のように、わたしを押しつぶす。
 才能ある、善良な若者の未来を、わたしが奪ったのだと。

「父から連絡が来て、憲司が能力不正使用の上、暴行の現行犯で拘束されたと聞きました、あいつが弘さんに何かしたんですね?」
「わ、わたしが、わたしがいけないんですっ」

 気持ちが言葉にならない。
 謝罪の意思だけがあふれ出して、言葉として外に出せない。
 晋矢さんに、憲司くんが悪いのではないと伝えないといけないのに、喉が震えてしまって言葉にならない。

「今、どこですか?」
「知らない病院です、大きいところですが」
「俺を側にいさせてもらえませんか?」
「それは……」

 さっき決めたのに。
 悩んで揺れてしまう。
 もう晋矢さんを巻き込みたくない気持ちは本当なのに。
 二度と晋矢さんに会えないのかと思うと、足元が崩れ落ちるような錯覚に襲われる。
 衝動を制御できない自分が、本当に嫌いだ。
 役立たずの脳を、えぐり出してしまえたら良いのに

「弘さん、お願いします」
「……でも」
「……」

 わたしの呟きを拾ってくれたのか、晋矢さんが口を閉ざした。
 いつもそうだ、緊張すると吃音が出てしまうわたしを、晋矢さんは静かに微笑んで待っていてくれる。
 どこにでもいるような外見で、どこにでもいる男性よりも劣っているわたしに、本心から好意を持っているのだと、言葉と態度の両方で教えてくれる。

「迷惑をかけたくないです」
「…………分かりました、退院したら連絡をくれますか?」

 奇妙なほどに長い沈黙の後で、晋矢さんは譲歩してくれた。
 でも、わたしはもう決めている。
 未来ある若者を二人も破滅させるなんて、耐えられないのだから。

「すいません」

 それだけ言って、通話を切り、電源を落とした。

 自分で望んだのに、終わりにして欲しいとは言えなかった。
 全てを拒否する言葉を、口に出す勇気は持てなかった。

 アパートには戻りたくない。
 ほんのひと月くらいだったけれど、長年暮らしてきた日々の記憶よりも、晋矢さんと過ごした思い出が鮮烈すぎた。

 引っ越し代行業者に頼んで、荷造りからすべて任せて運び出してもらって、晋矢さんを思い出させてしまうものは処分しようと決めた。
 所詮、わたしにできることは、いつでも逃げだすだけ。
 まるで夜逃げだな、と思うとなぜか笑えた。



  ◆



 何かがおかしい。
 そう思ったのは、翌朝。

 退院する直前に、技師さんが病院に来てくれた。
 こんな朝早くから出向かないといけないなんて、なんて大変な仕事なんだろう、と思いながら、撹乱端末を再起動してもらおうとして出来なかった。

 なぜか、起動エラーが起きて。
 なぜか、技師さんが「やっぱりか」と呟いて。
 なぜか、定期検査の時期でもないのに能力測定を受けることになった。

 院内売店で買ったTシャツとスウェット姿で退院して、そのまま指定された出張所に測定に出向いたら、検査直後に新しい撹乱端末に交換する事を伝えられた。
 しかも、数日中に、と。
 能力者各個に合わせて調整する端末が、すぐに用意できるはずがない。

 しかも、測定結果が出たのかも聞いてない。
 結果が即日に出せるとか聞いたこともないのに、端末を新しくする?
 どうして?
 何かがおかしい気がする。

 まだ測定結果が出ていないのに、前の端末と何が違うのか説明を求めたら、わたしの能力がEX等級に上がっていると言われた。
 ……混乱しか感じない。

 困っているわたしに、本来なら説明しないのだけれど、と検査してくれた職員さんが口を開いた。

 出どころは言えないけれど、わたしの能力がEX等級に上がっている可能性が高い、と事前に知っていて、端末の準備も済んでいた、と。
 あとは、本当にわたしの能力がEX等級になっているのかを確認して、端末の最終調整をするだけだった、と。

 ……EXってなんだろう?と思いながら、それ以上は聞けなかった。


 聞き取り調査と言えば良いのか、数日の間に、何度か警察の能力者専門部署の人と会った。

 未成年者の上に個人情報だから、と憲司くんが保護観察処分になるという結末だけを教えてもらい、少しだけ安堵した。
 どうか、憲司くんの未来を閉ざさないで欲しいと頼んだ。
 憲司くんの未来を守るために、二度とわたしは関わらないことを誓うから、助けの手を差し伸べてあげて欲しいと。

 急性アル中の時に世話になった、能力者専門のお爺さんカウンセラーさんと再会して、カウンセリングを受けることになった。
 カウンセラーさんの予定が開くのを待つ間に、片付けることは山ほどある。


 数日後。
 カウンセリングの後で、新しい端末を渡された。
 端末を持ってきてくれた技師さんに、調整してもらっている横で、説明を聞く。

 使い方は今までと同じで、ずっと装着しておけば良い。
 お風呂の時は外せるけれど、外して一時間を超えると警告音が鳴り始めて、次第に音量が上がっていき、管理団体に通報される、と何度も聞いた説明だったけれど、耳を傾けた。

 EXって等級が何か知らないけれど、装着した端末自体は何も変わった気がしなかった。
 実際の重さは軽いのに、ずっしりと重たく感じるのも、能力のほとんど全てを制限されている不自由さも、何も変わらない。


 技師さんが帰った後、カウンセリングは終わっているのに、お爺さんカウンセラーさんと話をした。

「二十五歳以降の等級上昇は珍しいことだけれど、前例はあるから心配いらないよ」
「……わたしはもう四十も目前です……あの、あと、五が最高等級だと思ってました」
「うん、たまにあるんだよね、こういうことが。
 惹かれあう能力者同士の相性が良いと、測定しきれないほどの能力発現が起きることがあって、我々はそれを暫定的に〝奇跡〟と呼んでいる」
「奇跡」
「フィクションならあり得るけれど、現実では起こりえない確率、って意味でね」

 EX等級というのは、五等級の上。
 測定できない能力。
 なんだそれ、というのが本音だ。

 いくら能力等級が上がっても、わたしの不安定さは変わらない。
 本当に無駄な能力でしかない。

 それにしても、なぜ今更そんなことになったのか。
 憲司くんと一年を過ごしている間に、定期測定を行っているから、能力値に変動はなかったはずだ。

 そうなると、前回の測定の後に新しく出会い、共に時間を過ごした能力者は……わたしが一緒にいて心地よいと感じた人は、一人しか思いつかなかった。

 わたしは目の前のお爺さんしか、能力者専門のカウンセラーさんを知らない。
 居場所がないと酒に逃げ、死にぞこなったわたしを、助けてくれた大勢の恩人の中の一人。
 文字どおりに命の恩人の言葉に、嘘を疑えるはずもない。

 脳裏に晋矢さんの笑顔が浮かんだ。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

目覚めたら隣に副官がいた。隊長として、あれは事故だと思いたい

そよら
BL
少佐として部隊を率いる桐生蓮は、 ある朝、目覚めたベッドの隣で副官・冴木響が眠っていることに気づく。 昨夜の記憶は曖昧で、そこに至る経緯を思い出せない。 「事故だった」 そう割り切らなければ、隊長としての立場も、部隊の秩序も揺らいでしまう。 しかし冴木は何も語らず、何事もなかったかのように副官として振る舞い続ける。 二年前、戦場で出会ったあの日から、 冴木は桐生にとって、理解できない忠誠を向ける危うい存在だった。 あれは本当に事故だったのか、それとも。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...