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本編 〝弘〟視点
14/21 恐怖、そして恐怖
しおりを挟む前よりも、さらに憲司くんの力が強くなっている。
そんな気がして、痛みで霞む目を開けば、彼の右手首と両耳にはめられている端末に、ひびが入っているように見えた。
壊れてる?
そんなバカな、定期検査を受けてないのか?
「……っっ」
言葉が出ない、呼吸ができない。
このままでは死んでしまう。
声が出なくて苦しくて暗くなっていく視界の中で、不意に、ふわりとこうばしくて優しい香りを、抱きしめられる暖かさを思い出した。
(晋矢さん、助けて…………じゃない、違う、違う、違う、助けてじゃない、憲司くんをこのままにしておくわけにはいかない、晋矢さんを悲しませたくない!!)
高等級の能力を持つ者のほとんどには、副次的な能力の発動が認められている。
PKかESPのどちらかに特化しているのは間違いないけれど、能力を二つ以上持っている人が多いのだ。
わたしの場合、主の能力である〝クレアセント〟が発現能力等級〝五〟であり、副次的に能力等級〝一〟のテレパシーも発現している。
等級一のテレパシーは、とても実用に足るようなものではないけれど、一瞬だけ憲司くんの注意をそらすくらいなら、使える。
突然耳元に小さな声で話しかけられた、程度の使い方ならできる。
ただし、能力を使うにはわたしが着けている撹乱端末を、シャットダウンさせる必要がある。
今は主の能力でさえ等級一の状態に抑制されているから、副次的能力はもちろん使えない。
資格を持たない者が、許可なく能力を使うことのできる例外はただ一つ。
正当防衛のみ。
撹乱端末には緊急時用の機能があり、生命の危機を回避する目的でなら、一時的に端末を止めることができる。
ただし、それをした瞬間に能力者の管理を行っている団体に、端末から現在の位置情報が送られる。
もちろん警察にも位置情報が送られて、出動要請が出される。
高等級能力所持者というのは、能力の種類によっては人間兵器になりかねない。
それがわたしのように、戦いには使えない能力であっても、例外はない。
抜け道を模索されないように。
初めにその機能の説明を聞いたのが、中学生になって初めての能力測定の時で、これから君たちには、自分の能力への責任がかかってくるんだよ、とやけに怖い口調で言われた。
わたしは他者へ影響を与えられる能力ではないから、深刻に受け取ることはなかったけれど。
あれはきっと、PK能力者への忠告だったのだろう。
能力所持者が起こした過去の犯罪は、どれもこれも陰惨だ。
(やめろ!!)
精一杯の拒絶を、拒否の意思を込めて、腹の底から叫ぶように力の発動を意識する。
耳元の端末で、ぴー、と小さく音がして、シャットダウンがうまくいったことを確信した。
「っ、くそっ!?」
「憲司くんごめんっ」
「逃すかよっ!!」
突然脳裏に叩き込まれた拒絶の意思に、憲司くんの集中が途切れたのか、体が動くようになって。
叫ぶと同時にそのまま逃げ出そうとする。
けれど、一瞬自由になった体はすぐに動かなくなって、その場で氷漬けになったように足が止まった。
片足立ちの不安定な状態なのに、体が動かない。
わたしは憲司くんに謝罪をしたい。
けれど、今の興奮状態の憲司くんと会話が成り立つとは思えない。
戦う能力も意思も持っていないわたしにある選択肢など、一つしかない。
逃げる、だけだ。
逃げられないなら、痛めつけられるしかない。
怖い、痛いのは嫌だ。
目の前が滲むのを耐え、全身に力を入れると、じり、と宙に浮いている方の足が動いた。
もしかして、憲司くんの能力が弱くなった?
端末が壊れているから、能力の制御が不安定になっているのかもしれない。
これまでは叩かれる恐怖で、逆らおうと思ったことがなかったけれど、もしかして、鍛えてないわたしの力でも振りほどける?
「ジジイ、おとなしくしてろ!!」
憲司くんが叫んで、同時に全身を押さえ込む力が強くなったのを感じた。
もしかして、感情的になると力が強くなるのか?
どうにかして落ち着いた会話をして、解放してもらおうと、殴られる覚悟を決めた。
「けん」
「はーい、坊やー、ホールドアップだ」
「なっ!?
っっくそ、なんだこれっ!!」
憲司くんに背中を向けていたわたしには見えていなかったけれど、突然、声がかけられた。
周囲に誰もいなかったのに、と考える余裕もなく、突然自由になった勢いで、そのまま数歩を踏み出すことになった。
「うわうわ、信じらんねぇ、端末が故障してるとかー、この子のガッコは端末の保全確認してないってことー?」
「それは違うだろう、この制服は城恒学園だ」
「うげ、おぼっちゃまか、まー、いつから故障してるかは履歴見れば一発だけど……城恒の子にしては、なんか薄汚なくないー?」
「~~っ!!」
背後から聞こえる知らない声に、なんとか転ばずに振り向いたわたしは、ぽかんと口を開けてしまう。
麦わらのような色の髪の毛を、お尻の辺りまで伸ばした筋骨隆々の男性と、ひょろりと細いのにひどく背が高い、短い黒髪の女性が立っていた。
「……い、一体どこから?」
「おーおーあんたが端末ブッパした方ね、はい、聴取とるんで任意同行してねー」
「あ……はい」
「~~~っっ!!」
女性の言葉に合わせるように、たくましい体格の男性が指先を招くように振る。
たったそれだけで、いつのまにか倒れていた憲司くんが、荷物のように浮き上がり、声にならない声で叫んでいるのが見えた。
両腕を体の両脇にぴったりとくっつけて、ぱくぱくと怒りの形相で口を開いている姿は、異様でしかない。
「あの、あなた方は?」
「警察の能力者対応部署のもんだよー」
……そう聞かされても、一般人、それも怪しい人にしか見えない。
わたしの言葉にできない不安を悟ったのか、白いシャツの上から筋肉の筋が見えそうな男性が、身分証明書を取り出して見せてくれた。
続いて女性も。
男性が石動さん。
女性が遠飛さん。
カードには顔写真と苗字だけで、情報が少ない。
彼らが有資格の能力者なら、仕事外の騒動に巻き込まれないようにという配慮かもしれない。
「これ以上は明かせない」
「そ、そうなんですか」
身分証を見せられたのに、信じられないと言いにくい。
男性の豪快に長すぎる髪の毛とか、女性の軽薄な口調とか、らしくなさすぎて演技には見えない。
「あの、同行はしますが、この後で人に会う予定があったので、連絡だけしても良いですか?」
「二分だけ待ってあげよう!」
ひょろりとした女性に見下ろされながら、晋矢さんに『いけなくなりました』とだけメールを入れた。
文章で詳しく説明するのは、文字の識別が苦手なわたしには難しい。
「お待たせしました」
「それじゃー、とりあえずは、病院っ!!」
「え?」
ひょろりと背の高い女性の、白い布手袋に包まれた手が背中に触れたかと思った瞬間、目の前の景色が変わっていた。
「……テレポート?」
「まーねー、能力者に対抗できるのは能力者くらいだからねー」
生まれて初めての瞬間移動を、何の前触れもなく体験してしまった。
これが本物の能力者なのかと呆然としている間に、受付に座っていた女性に顔色を変えられた。
しまった、今のわたしの顔は血まみれだろう。
処置室らしい場所に連れ込まれて、頭部から頬辺りまで大きな擦り傷になっていたらしいのを、ヒーラーに治してもらった。
実は、病院に着いたあたりから、頭から顔が火がついたように痛くて、治癒能力者のいる病院に連れてきてもらえたことに安堵した。
けれど、治療の前後で何枚も写真を撮られて、身分証も控えられ、そこでやっと、わたしが憲司くんを破滅させてしまったのではないか、と気がついた。
ただ、わたしが耐えていればよかったのに、事件にしてしまった。
憲司くんの未来を、わたしが奪ってしまった。
なんてことをしてしまったんだろう。
やっぱり、もう、終わりにしないといけない。
このままだと晋矢さんまで巻き込んでしまう。
晋矢さんは将来有望な学生で、わたしのような出来損ないの落ちこぼれにいつまでも関わらせてはいけない。
こうなることを望んでいたわけではないけれど、憲司くんを破滅させたように、晋矢さんまで巻き込んでしまう。
きっと。
わたしは、人を不幸にすることしかできないんだ。
そう思い当たると同時に、全身が壊れたように震えてしまい、恐怖で何も考えられなくなった。
いつのまにか、憲司くんと自称警察の能力者の女性がいなくなり、後には体格の良い男性とわたしが残された。
夜の病院には、いつのまにか職場の上司が呼ばれている。
この年齢で新しい仕事を探すのは、大変だろうなと思いながら、もう隠せる段階じゃないと腹をくくる。
わたしは、いつのまにか二人揃っていた能力者さんたちと上司に、全てを話すしかなくなっていた。
治療を受けた部屋から個室に案内されて、四人で椅子に座り。
何と言えば、憲司くんが誤解されないだろうか、と悩む。
これまでは転んだ、ぶつけた、と言えた。
憲司くんから過去に暴行を受けたことがない、と嘘を口にしても、上司はわたしが何度も顔を腫らしていたことを知っている。
もしかしたら、能力者管理の観点から、記録をつけている可能性もある。
今ここで嘘をついても、今日、わたしが憲司くんに能力を使われた、という事実は覆せない。
憲司くんの身につけている端末が壊れているらしいという事実も、誤魔化しようがない。
端末をつけたままでは使えないはずの能力を行使すると、端末が壊れていても痕跡は残ると知らされて、黙秘を貫けるほど、わたしは強くない。
こんなに大ごとになるなんて、考えていなかった。
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