【R18】劣等感×無秩序×無関心

Cleyera

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本編 〝弘〟視点

18/21 エクストリームな二人

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 お腹が鳴って解放されたけれど、時間は十時を過ぎてしまっていて、近くのスーパーは閉店している。

 二人で手を繋いでコンビニへ向かい、わたしは体に優しいと書いてある、野菜が多いお弁当を買った。
 あとは常温の麦茶のペットボトル。
 普段なら白湯を飲むけれど、少し見栄を張った。
 こんな時間に肉を食べると胃がもたれるし、緑茶や紅茶は眠りが浅くなって……今は思い出す必要はない。

 晋矢シンヤさんは何を買うのかな、となんとなく見ていたら、おにぎりの棚から三つ、鮭、ツナマヨ、……うわ、大きいな……ばくだん?
 おにぎりなのにばくだん、バクダン、もしかして爆弾?

 巨大な黒い塊の中身が心配になる。
 わたしの普段の生活では、コンビニには縁がない。
 まさか、あんなに大きなおにぎりが売っているなんて。
 最近の若者は、大食いなんだろうか。

 そんなことを考えているわたしに気がついていないのか、晋矢さんは持っているカゴに次々と食べ物を入れていく。
 大盛り焼肉弁当に、お湯を入れるカップ味噌汁、食パンを一斤と生野菜サラダ、ポテトサラダも。
 パウチのサラダ用チキンと……って一食にしては多い、多すぎる気がする。

 若いなあ、たくさん食べるなあ、と晋矢さんが健啖家だったことを思い出した。

ヒロシさんは……あれ、お弁当一つですか?」
「ええ、もう、お風呂と寝るだけですよね?」
「あー、できれば朝ごはんもお願いします、冷蔵庫にマヨネーズとケチャップ以外入ってないです」
「なるほど」

 とても若者らしい、のか?
 何年か前にバラエティ番組のようなニュースで、お弁当男子が~と聞いたので、自炊が流行っているのかと思っていたけれど、晋矢さんは違うらしい。
 単純に学業で忙しくて、自炊している時間がないのかもしれない。

 朝ごはんか、と見回して、菓子パンとペットボトル入りのデカフェを手に取った。
 欲を言えば暖かい飲み物が欲しいけれど、常温でも十分だ。

「……」
「晋矢さん?」
「いいえ、なんでもないです」

 弁当の上にパンとボトルを二本。
 これで十分だと思うけれど、晋矢さんには違うのかもしれない。

「節約などではなく、これで十分ですから」

 一応、心配させないようにと口を開くと、安心したように微笑んでくれた。
 買った菓子パンにホットケーキを選んだ理由は、とても言えない。



 お弁当を温めてもらってから晋矢さんの部屋に戻り、小さな座卓を囲んだ。
 折れ脚タイプを選んだ理由は「部屋が広くないから、大きな家具を置きたくないんです」とのことだ。

 確かに晋矢さんは身長が高いし、筋肉質で大きな体をしている。
 この部屋の広さが……目測で八畳くらいあるとしても、普通の人よりも狭く感じてしまうのかもしれない。

 ……そんな晋矢さんの部屋に来てしまって、邪魔になるのではないだろうか。

 大前提として、晋矢さんは学生だ。
 学ぶ内容については想像もつかないけれど、邪魔しかできないだろう。
 これまでどうして気がつかなかったのか、と落ち込み、急いでお弁当をお腹に収める。

「ごちそうさまでした、わたしはこれで失礼致します」
「え、なんでですか弘さん、俺の部屋が嫌なら弘さんの家に行きますか?」
「いいえ、あの、あの、晋矢さんの学業の邪魔になるので、次は約束をしてからにします」

 食事中の晋矢さんが立ち上がり、わたしの指先をそっと握った。
 俯いたままなのは、なぜ?

「……弘さんが一緒にいてくれるだけで、能力の訓練になっているって言ったら、どうしますか」
「あの、それは」

 下を向いたままの晋矢さんが「言っても良いと、許可が出たんです」と呟く。
 何を誰に?
 許可?

 返事が出てこないまま立ち尽くしていると、晋矢さんは唇を噛み締めてから、喉を鳴らして口を開いた。

「弘さんを好きになるまで、俺の能力等級は五だったんです」
「……」

 所持能力が何かは知らなくても、高等級だということは端末を見て知っていたけれど、最高等級だったなんて。
 それは、すごいですね、と返事をすれば良いのだろうか。
 ただ、目の前で泣きそうな顔をしているように見える晋矢さんが、そんな言葉を望んでいるように見えなくて。
 言葉が出ない。

「院では能力測定を月一で行っているのですが、一月くらい前に等級が上がりました」
「それって、まさか」
「機密で、言えなかったんです」
「……EX等級」
「そうです、測定不可能なエクストリーム等級なんて、言い得て妙ですよね」

 晋矢さんの、いつもは凛々しい眉毛が、困ったように下りている。
 可愛らしいと言っては、失礼だろう。

 わたしだって、五等級以上があるなんて知らなかった。
 EXが何の略か分からなかったし、エクストリームと聞いても、その意味をすぐに思いつかない。

 でもこれで理解したこともある。

 事前に等級上昇の可能性を知っていた、と言われた理由だ。
 どうして、あっという間に撹乱端末が用意されたのか、用意できたのか。
 能力者同士で良好な関係を築いた時に、測定しきれないほどの能力発現が起きる現象が、一方だけでなく双方向なら。

 晋矢さんがEX等級になった時点で、わたしもそうなっている、と予測されていたのか。
 一ヶ月あれば、撹乱端末を用意するには十分だ。
 納得いかないのは、用意した端末が不要になるとは思わなかったのか、ということ。

 ……それにしても個人情報が、漏れすぎだ。
 それとも、強引に晋矢さんから聞き出した?

 強引な手法が取られたとしても、将来有望な能力者である晋矢さんへの、期待の裏返しなのだろうと察することができた。
 わたしのような落ちこぼれを相手にして、能力が上昇するなんて……どう受け止めたら良いのか。

「弘さんには、迷惑でしかないですよね、俺に付きまとわれて、うちの家庭内の問題に巻き込まれて……」

 落ち込む肩が小さく丸くなり、胸をかきむしりたくなるような焦燥感に襲われた。
 目の前にいる青年は、わたしよりもひと回り以上若い。
 体格だって良い、性格もわたしとは比べ物にならないだろう。

 それでも、彼がどれだけ優れた人物であっても、若者だ。
 どれだけ頼りない社会不適合者であろうとも、大人であるわたしを守らせるわけにはいかない。

 ふと、お爺さんカウンセラーさんの言葉を思い出した。
 もう逃げなくて良いんじゃないか、と。

 わたしが、わたしを愚かで救いようがない、と考えているのは変えられない。
 育つ過程で育まれた、自分を嫌悪する感情を、真逆にひっくり返すことはできない。
 ただ、それをいつまでも引きずり続けるのは、わたしに対して〝好き〟と伝えてくれる晋矢さんの価値すらも下げる行為だ。

 わたしは家族と同じになりたくない。
 これまで精一杯、一人で生きてきた。
 憲司ケンジくんを巻き込んでしまったことはわたしが悪い上に、後悔しかないけれど、悪意を持っていたわけではない。

 変わりたい。
 晋矢さんの横にいても、誰にも責められないように。
 なぜこんな奴が、と言われないようになりたい。

 変わろう。
 変わってみせる。
 何をすれば良いか、考えよう。

「いいえ」
「でも」
「いいえ、晋矢さんのお役に立てたなら、わたしはそれだけで世界一の幸せ者です」
「……言い過ぎですよ」
「いいえ」

 大きな分厚い体を、腕を伸ばして包み込む。
 気持ちだけでも。

「好きな人のためにできることがあるのは、幸せですよ」

 祖母は助けさせてくれなかった。
 憲司くんに助けが必要だと、考えもしなかった。

 もう間違えない。
 わたしは底辺の人間ではない。
 晋矢さんの隣に立つ、真っ当な理由が欲しい。

「弘さん」
「はい」
「優しくしないでください、つけあがってしまいます」
「……」
「弘さん?」
「具体的に、どうつけあがるんですか?」

 晋矢さんが、わたしを害する。
 全く想像ができなくて、丸くなっている背中を撫でた。


 広くて大きな温かい背中が、とても可愛い。

 小学生の頃に、隣の家で飼っていた大型犬のようだ。
 何をしていても兄弟喧嘩になるので家の中に居場所がなくて、暗くなるまで一人で庭で遊んでいると、時々、隣の家のおじさんが声をかけてくれた。
 一人暮らしで、顔は怖いけど優しいおじさんだった。

『おい坊主、ちょっと手伝ってくれんか』

 そう言って、ふかふかの座布団を置いた縁側にわたしを招いて、暖かいお茶を差し出してくれた。
 母に「他人の家で貧乏人みたいに食いもんをねだるな」と言われているわたしが困っていると、「これは手伝いの礼だ」と言ってくれて。

 広い庭で飼っていた金色の大型犬に〝骨の形のおやつをあげる手伝い〟という助けをくれて「犬が遠慮するで、お前も食え」っておせんべいやおまんじゅうを渡された。

 縁側で、おじさんと犬と一緒におやつを食べた後は、犬と一緒にボールで遊んだ。
 明るい時には、散歩もさせてくれた。
 わたしは飼い主ではないのに、散歩の時にリードの端を持たせてくれた。

 おじさんと一緒にする散歩は、父親ってこういうものかな、って思わせるものだった。

 大人しく背中を撫でさせてくれる犬の、くりくりとした真っ黒の目は、もっと遊んで、といつもきらめいていた。
 わたしを見ると、尻尾を振ってくれた。

 おじさんがわたしを家の中に連れ込んだことなんてないし、哀れんで慈悲で声をかけてくれていたのに、偶然外を見た母親が「誘拐だ」とか騒ぐから。

 警察の人が来て、おじさんの家に行くのを見て、違う!って……母親には言えなかった。
 祖母に「おじさん悪くない」って言っていたら、母親にカビ臭い押入れに叩き込まれて、それから、どうなったのかが分からない。

 おじさんは、それから声をかけてくれなくなって、でも、窓から庭で砂山を作るわたしの方を見て、眉を寄せていたのを知ってる。
 あの可愛くて頭の良い犬の名前は、なんだったかな。


「弘さん、キスしたいです……それ以上も」
「わたしも、です」

 よしよし、と撫でた頭は、少し癖っ毛な髪の毛がふわふわとしていて、見た目よりも髪質は固かった。
 あの金色の犬も、見た目はふわふわなのに、触れるとごわごわしていた。

「でもその前に」
「?」
館鼻タチバナ ヒロシさん、俺と付き合ってください、弘さんを恋人だと周囲に見せびらかして、言いふらしたいです」
「!?」

 見せびらかして言いふらす!?
 晋矢さんの中で、わたしはどんな存在なんだろう、と疑問が湧き上がる。
 どこにでもいそうなおっさんを、恋人として見せびらかす……理由が思いつかない。

 
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