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おまけ
SS 想定外
しおりを挟む無言でパソコンの画面と向き合っていると、背後から声をかけられた。
「昨夜はお楽しみでしたねぇ?」
「……」
聞きなれている軽薄な声音の相手を、顔を見て確かめる気にもなれずに、レポートの清書を続ける。
俺は忙しい。
研修医としての勉強と仕事に、院生としての勉強と、自分の研究も続けつつ、弘さんと過ごす時間を捻出するのは、なかなか大変だ。
どれか一つでも、手抜きすることなんてできない。
どれを怠っても、未来が悪くなる道しか見えない。
俺はもともと他人に興味がないので、研究方面で生きていくつもりだった。
患者一人一人と向き合い、医者として生きていくなんて、向いていないと思っていた。
弘さんと恋人兼患者?として向き合う日々の中でも、その気持ちは変わらない。
自分と弘さん以外は、かなりどうでも良い。
俺の能力は、無意識のうちに広範囲の人間に影響を与えがちで、心の中に闇だのなんだの抱える、端的に言えば面倒臭い人間ばかりが引き寄せられる。
現実のヤンデレなんて、関わりたくない。
ストーカーは犯罪だ。
俺は聖人君子ではない。
そんな奴らの面倒を見るのはごめんだ。
面倒を見ることで、確実に良い結果が得られ、社会的に認められ、金銭報酬や名声や地位や、まあ、普通に人間社会で暮らしていくのに有利な諸々が手に入るなら、苦労の甲斐もあるだろう。
だが。
俺に寄ってくるほとんどの人間は、自分で戦うことを諦めている。
悪意を持っているわけではないから、扱いづらい。
寄生虫だ。
地獄に落とされて、一本の蜘蛛の糸に群がる亡者だ。
そういう意味では、弘さんも戦うことは諦めていた。
耳を塞ぎ目を閉じて、自分の殻に閉じこもって。
弱い。
そう見てとれる。
けれど寄生虫とは違う。
弘さんは最後の一歩を踏み誤らなかった人だ。
弘さんは、決して他人のために垂らされた蜘蛛の糸に、自分がしがみついたりしない。
他人を蹴落としてまで、自分が助かろうと思う人ではない。
生き汚い人間は多く、自分のことしか考えない人間も多い。
そういう意味では自分を大事にしない、見捨ててているというのは、良くないのだろう。
けれど、だ。
助けてくれと縋られる側の意見として、助けた後に後ろ足で砂をかけてくるような相手を、どうして好きになれる?
「おい真力田、無視すんなよ」
「ではなんと答えろと?
ええその通りです、俺は恋人とラブラブなのです、とでも?」
画面を見ながら答えると、二歳上の先輩研修医は、深々とため息をついた。
「可愛くねえなお前、首のキスマーク隠しとけよって続くんだよ」
「……」
ほっ!?
本当に?
弘さんが俺にキスマークつけた?!
どこ!?
どこにだよ!!
手洗い場の鏡でみよう!と慌てて立ち上がった俺をみる先輩の目が、呆れきっていた。
「絆創膏くらい持ってけよ!」
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