【R18】劣等感×無秩序×無関心

Cleyera

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おまけ

SS 想定外

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 無言でパソコンの画面と向き合っていると、背後から声をかけられた。

「昨夜はお楽しみでしたねぇ?」
「……」

 聞きなれている軽薄な声音の相手を、顔を見て確かめる気にもなれずに、レポートの清書を続ける。

 俺は忙しい。
 研修医としての勉強と仕事に、院生としての勉強と、自分の研究も続けつつ、弘さんと過ごす時間を捻出するのは、なかなか大変だ。

 どれか一つでも、手抜きすることなんてできない。
 どれを怠っても、未来が悪くなる道しか見えない。

 俺はもともと他人に興味がないので、研究方面で生きていくつもりだった。
 患者一人一人と向き合い、医者として生きていくなんて、向いていないと思っていた。

 弘さんと恋人兼患者?として向き合う日々の中でも、その気持ちは変わらない。

 自分と弘さん以外は、かなりどうでも良い。
 俺の能力は、無意識のうちに広範囲の人間に影響を与えがちで、心の中に闇だのなんだの抱える、端的に言えば面倒臭い人間ばかりが引き寄せられる。

 現実のヤンデレなんて、関わりたくない。
 ストーカーは犯罪だ。

 俺は聖人君子ではない。
 そんな奴らの面倒を見るのはごめんだ。

 面倒を見ることで、確実に良い結果が得られ、社会的に認められ、金銭報酬や名声や地位や、まあ、普通に人間社会で暮らしていくのに有利な諸々が手に入るなら、苦労の甲斐もあるだろう。

 だが。
 俺に寄ってくるほとんどの人間は、自分で戦うことを諦めている。
 悪意を持っているわけではないから、扱いづらい。

 寄生虫だ。
 地獄に落とされて、一本の蜘蛛の糸に群がる亡者だ。

 そういう意味では、弘さんも戦うことは諦めていた。
 耳を塞ぎ目を閉じて、自分の殻に閉じこもって。

 弱い。
 そう見てとれる。
 けれど寄生虫とは違う。
 弘さんは最後の一歩を踏み誤らなかった人だ。

 弘さんは、決して他人のために垂らされた蜘蛛の糸に、自分がしがみついたりしない。
 他人を蹴落としてまで、自分が助かろうと思う人ではない。

 生き汚い人間は多く、自分のことしか考えない人間も多い。
 そういう意味では自分を大事にしない、見捨ててているというのは、良くないのだろう。
 けれど、だ。
 助けてくれと縋られる側の意見として、助けた後に後ろ足で砂をかけてくるような相手を、どうして好きになれる?

「おい真力田マガタ、無視すんなよ」
「ではなんと答えろと?
 ええその通りです、俺は恋人とラブラブなのです、とでも?」

 画面を見ながら答えると、二歳上の先輩研修医は、深々とため息をついた。

「可愛くねえなお前、首のキスマーク隠しとけよって続くんだよ」
「……」

 ほっ!?
 本当に?
 弘さんが俺にキスマークつけた?!
 どこ!?
 どこにだよ!!

 手洗い場の鏡でみよう!と慌てて立ち上がった俺をみる先輩の目が、呆れきっていた。

「絆創膏くらい持ってけよ!」

 
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