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09 荷造り
しおりを挟む「……ええと、母さん、父さん、今までありがとう。
仕事は続けますが、家を出ようと思います」
さすがにまだ、ジョーと暮らすとか、嫁に行きますとは口にできなかったけれど、今まで言えなかった言葉が口にできた。
おれは誕生日を祝ってもらった覚えがないけれど、だからと言って他の兄弟と扱いで差をつけられていたわけじゃない。
年に一回、自分のために家族が時間を取ってくれないからと、拗ねているのは格好悪い。
そう思えるようになったのは、ジョーが、真正面からおれを甘やかしてくれたからだ。
二十四歳の誕生日を子供の誕生日のように祝われて、どうして今まで、自分だけが損をしている気持ちになっていたのだろう、と気が抜けた。
家を継ぐことだって、望まれていたのは確かだが、強制はされてない。
今のおれが、生きているのを辛いと思うなら、それを招いたのはおれ自身だ。
選択したのはおれなのに、どうして、自分が被害者のような気持ちになっていたんだろう。
両親は忙しいからと気を使って、一度だって、誕生日を祝ってほしいと言わなかった。
ケーキやプレゼントを望んでるって、気がつかれたくない!と意地になっていた。
言葉に出して、態度に出さなければ通じるわけがないのに、言わなくても気がついてほしいと願ってた。
「……茂一、あんたの仕事はどうするつもりなの!?」
「シゲは年明けまで休みだ、出勤は新年四日目からでどうだ?」
憔悴した表情の母親が、一気に歳を重ねたような悲痛な声で聞いてくるのを、ジョーがバッサリと切り捨てた。
「勝手に決められると困る、年末年始は忙しいから……っっっ!?!?」
年末は準備、年始は初詣で大忙しで休む暇なんてない、と顔をあげたら、ジョーがおれの目の前にいて、がっちりと体を抱きしめられた。
魚顔のおっさんに少し下から顔を覗き込まれたその時、突然、昨夜の記憶が蘇った。
穴だらけの初体験の記憶が。
わ……忘れたいっ!
昨夜の記憶を、もう一回、今度は完璧に忘れたい!!
ま、魔羅って、ちんこのことじゃないか!
なんなんだよ昨晩のおれは?
尻の穴におっさん、じゃない河童のちんこ突っ込まれて気持ちいいって泣いて喜んでるとか、頭おかしくなってるじゃないか。
しかもなんで!おれからすがって、もっとしてって頼んでんだよぉっ!
ちょっと待って、頭の中を整理しないと無理だ。
ジョーの顔が見れない。
「働いてないやつを引っ張りだせよ、シゲはおれと年明けまでハネムーンだ、そうだろ?」
「……ハ、ハネムーン?」
「お前が嫌がる以外で逃がさねえって言ったよな?嫌か?嫌いか?触られたくないくらい気持ち悪いか?」
「いやじゃない、って、ハネムーン?え?」
どうなんだよ?と近寄ってきた顔は、世間一般基準でイケメンじゃないのに、蘇ってしまった記憶のせいで、真正面から見れない。
がつがつと中をえぐられる事で得られる、真っ白になるほどの快感を、感覚を思い出してしまい、ずくりと腹の奥がうずく。
全身におかしな汗が吹きだしてるのを感じながら、必死で目をそらした。
「えー、シゲどうした、これ、どういう反応だ?」
「はな、は、離して」
やめろが始まりで、もっとしてほしいになってからは、イきすぎて辛いのに、魔羅を抜かれると空っぽの尻が寂しくて、泣きながらねだってしまう、まで。
酒の勢い?の恐ろしさを思い出して、情けない上にひどく恥ずかしくてジョーの顔が見られない。
昨日のおれは普通じゃなかった。
ごめん、ジョー。
おれが酔っ払って変なことを口走ったせいで、嫁にしたいと思わせてしまったなんて。
戻った記憶の中でも、嫁にしてくれと言った覚えはないけれど、もしかしておれが家を出る口実で嫁にしてくれって頼んだのか?
なんて言って説明すれば良いんだろう、昨日のは酒の勢いで本気じゃなかったんだ、ごめん、って?
「シゲ?……よっと」
「ひぁっ」
するり、と尻を撫でられて変な声が出た。
分厚い裏起毛のデニムを履いてるのに、なんか変だ、ビリってした。
「あーなるほど、シゲは薬が効きすぎる体質かもな、今夜からは控えめにするけど、それでも鳴いてくれるよな?」
「~~~っう」
する、する、と卑猥な手つきで尻臀を撫でられるだけで、膝が震える。
「に、荷物まとめてくるからっ」
両親と妹が目の前にいるのに!と赤くなってるだろう顔を腕で隠して、ジョーの腕から抜け出す。
説明とか全部、後にしよう!
背後から、ジョーが「手伝うかー?」と声をかけてきたけれど、首を振って走った。
寺から離れたところに建てられている家に駆け込み、昼も近いのに布団の中にいる弟を横目に、服と趣味に必要なものだけをまとめる。
服は数が多くないので良いけれど、防寒に必須の肌着に、シャギーで裏がモコモコの部屋着とダウン入りのルームシューズは外せない。
クロスサイクルのウェアやアンダーは、持っていかないと困るだろう。
法要用の袈裟一式や普段使いの僧衣や作業着は、嵩張る上に管理が大変すぎるので、今回は置いていく。
買えば済むものは後で買い直すことにして、すぐに必要なものと、簡単に買い直せないものだけをダッフルバッグに詰めた。
「お待たせ」
「よう、ちょっと待っててくれ」
「ああ茂一、早かったね」
「……父さん?」
ジョーを両親や妹と一緒に残しておくのが不安で急いで戻ると、なぜか父親と楽しげに会話をしているところに遭遇した。
ついさっき、本気の土下座姿を見てしまった後だから、落ち着かないんだけどな。
「なるほど、普段はビルの警備員さんをしておられるのですか、あそこのコナカ行政書士事務所でお願いしている檀家の方は多いですよ」
「あそこの書士先生はタヌキだけど腕はいいからな、でも、ここは使ってないだろ?
なあ?見えてるなら、使うはずがないだろうし」
「……」
時々、ジョーが母親に話題を振っているように見える。
母親はその度に何かを言いかけ、ぎゅっと口を閉じることを繰り返している。
「ジョ、かがわさん?」
「おう、ちょっと付き合ってくれな」
「わかった」
言いたいこと、言わないといけないことがたくさんあるはずなのに、うまく言葉としてまとめられない。
せめて最後に何か……と、ジョーに手を引かれながら振り返った。
「母さん、父さん、聡子……良いお年を」
「茂一、気をつけて」
「……っっっ」
父さんの見送りの声を受けながら、最後に見えた母親の姿は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして泣き崩れた所だった。
思わず足を止めようとしたおれの手を、ジョーが強く引き、一瞬の迷いの後で、おれは母親から目を逸らした。
車に乗り込む前に、やはり戻ろうかと思い直す。
自分の口から説明も何もしていないまま、家を出るなんてできない、何日も家を空けられないと。
シートベルトをはめようとしていた手を止めると同時に、運転席から身を乗り出したジョーにキスをされた。
とろりと口の中に流し込まれた冷たくてほのかに甘い味と、爽やかなミントのような風味を感じると、もやもやとしていた気持ちが、腹奥のうずきへと変わる。
「ジョー待ってくれ、おれは」
「それを選ぶなら、ここでシゲに子種を仕込んでから帰らせるからな」
ぐい、と手に押し付けられた股間はすでに硬くたかぶっていて、いくら後部の窓にスモークが入っていると言っても、絶対に車内では、それも実家の敷地内の駐車場ではしたくないと思った。
子種って……それ以前に見られたらどうするんだよ。
「……どうして?」
なぜ、四日なら仕事に復帰させると言ったのに、今は駄目なのかと聞くと、ジョーはおっさんの姿のまま、瞳だけを黄色く光らせる。
「後で教えてやるよ」
「約束か?」
「ああ」
誤魔化されていると思ったけれど、まだジョーの怒りの沸点も逆鱗も見抜けていないので、踏み込むことができない。
先ほどおれの頬を叩いた母親へ向けた怒声は、体というよりも精神の奥に恐怖と畏怖を抱かせるようなもので、彼が人ではないのだと理解する一助になった。
ああ、おれは、もう、逃げられないのかもしれない。
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