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本編
07 (あざとく)かわいいを目指したおれ
しおりを挟む国王からの呼び出しは、忘れた頃にやってきた。
兄の誕生日から、二月も経ってからだ。
なんでこんなに間隔をあけたんだ?
それでもなんとなく、予兆はあった。
兄がおれに「とうさま」と言わせる練習をさせたから。
最後まで言えなかったけど。
処刑の時の希薄すぎる関係とは違い、今回のおれは国王と面識がある。
前は顔すら見せたことがなかった。
こっちもあっちも、お互いに興味を持っていなかった。
兄と一緒に過ごす許可をもらいに行った時以来、何度か呼び出された兄にくっついていったけれど、これまでおれは国王に向かって一言もしゃべってない。
話しかけられてないのに、何を話せっていうんだ。
おれが話せないと思ってる可能性もある。
兄には悪いけど、何回会おうとも、おれはあいつを父様なんて呼びたくない。
血も繋がってなけりゃ、子供として扱われたこともない相手だ。
でも、それもこれも、兄の命と貞操の前では軽いもんだ。
今回、呼び出されたのは国王の執務室だ。
初めて顔をあわせた時は寝室だった。
兄の十歳の誕生日前だったのに、襲ってくるのかと思って緊張してたから、なにがあったかほとんど覚えてない。
執務室なら、いきなり兄を強姦しようとしてこないだろう。
とは思っているが、油断は禁物だ。
おれを冷ややかな目で見る男に、精一杯かわいい毛玉の擬態をしながら、首をくてっと傾けた。
「とぉしゃま?」
兄にはこれが効くんだ。
かわいいねーって撫でてくれる。
口が回らないからと動きで補ってた甲斐があった。
こいつにも効くなら、良いんだけどな。
「……」
「父様、愛らしいでしょう?」
けっ、と心の中ではつばを吐きかけながら、、兄と同じ髪と瞳の色をしてるくせに、腐ったような顔をしたおっさんを見上げる。
なんか言えよ。
こっちが嫌悪感隠してまで媚び売ってやってんだから。
以前はその辺のゴミを見る目で、おれを見ていた男だ。
どう転がったって、好意的になんてなれっこない。
「……ふむ、名前はなんだったか」
「スーです」
「そうか、スー、わしはウニスティティ、この国の王だ」
おれは国王の言葉よりも、兄の言葉に驚いていた。
スーってなんだよ!?
おれ、一度も兄にそんなふうに呼ばれたことないけど?!
つーか、おっさんの名前も今、初めて知ったんだけどな。
あーよかった。
これで「お前の父親だ」とか言われたら、苛立ちを隠しきれなくなるところだ。
一応、名乗られたから、呼んでやろう。
「うにゅていい?」
「……」
ぐううう、言えない。
おかしいな、最近はうまく舌が回るようになってきたのに。
おい、国王、なに無言で悶えてんだ、思っていた以上に気持ち悪いな、このおっさん。
どうせうまく話せねえよ、けっ。
心の中では不貞腐れているが、二歳児の体では落ち込んでいるようにしか見えないようだ。
「大じょうぶだよ、父様は優しいから」
「ふむ、うにゅていいで良いぞ」
なんか、くいついてきた。
どういうこと?
なんか、記憶の中にあるおっさんとだいぶ違うような気がするが、こんなんだったかな。
処刑の時のおれは、国王と何一つ接点がなかったからな。
走馬灯で見た光景で、この国王が男好きってことしか知らん。
兄がおれの背中をそっと押す。
でも、それは無理。
気持ち悪いおっさんに触れたら吐く。
自分からは無理。
かなり本気だぞ。
兄の服にぎゅっとしがみついて、首を振る。
こわいよー。
兄上たしゅけてー。
って、伝われ、頼むから。
兄に甘ったれるのは情けない、とか言ってられない。
国王への嫌悪感を隠すだけで精一杯なんだよ。
ここからさらに愛想良く、しつけられた愛玩動物みたいに振る舞うのは無理だ。
「父様、スーは大人がこわいのです、ずっと……いいえ、失礼しました」
兄が口にしかけた言葉を引っ込めると、それが気になったのか、国王が手を伸ばしてきた。
触るな、と唸りながら威嚇すると、びくっとして手を引いた。
触らせるもんか。
兄を不幸にしかできないくせに、父様とか呼ばせるな。
今のおれは知ってるんだ。
兄が教えてくれたから。
父や母ってのは、子供を守るもんだって。
絵本、読んでくれたんだ。
お前らは、父でも母でもない!
兄の教師が、王族は国を守るために王として君臨している、って言ってた。
王族は私利私欲で生きてはいけないって。
国を守るために、自分の息子を強姦する。
そんなことがあるわけない。
おれが物を知らないだけかもしれないけれど、痛い、やめて、って泣く子供を痛めつけることが、国のためになるなんて信じたくない。
国王と王妃が、我が子を虐げないと守れない国って、なんなんだよ。
そんなもんあるわけないだろ。
どう考えても、私利私欲にしか見えないんだよ。
「スーが大人をこわがらなくなるまで、待ってください」
「……そうだな」
うわ、めちゃくちゃ残念そうな顔してる。
それならおれはずっと、おっさんが怖いよ~、ってすることにしよう。
何年いけるかは、おれの演技次第か。
自信ないな。
「スー」
「……」
国王からの呼びかけに、ちらっと視線だけ向ける。
「誕生日、おめでとう」
……本気かよ。
おれの誕生日だったか。
兄の側にいるのが幸せすぎて、忘れてたな。
「……あっとー」
兄にしがみついたままだったけれど、今後の兄を守るために印象を悪くはできないから、礼だけは口にした。
国王との、後味の悪い謁見のあと。
手を繋いで兄の部屋に戻る途中で、おれはいろいろ考えた。
もしかして、 今回の国王は兄を強姦しようとしないかもしれない。
おれなんかに誕生日おめでとうって言う余裕があるんだから、少しはまともなのか?
もしも国王が、兄を痛めつけないのなら、少しくらい仲良くしてやっても良い。
兄が、それを望むなら、だけどさ。
「スノシティ、どうしたの」
部屋に戻るなり、兄がおれを寝台へと連れていく。
普段は、寝る時くらいしか使わないのに、真ん中に乗るようにと促された。
ふかふかで寝心地最高の寝台の上に乗るのに、ためらうことはないけど、昼寝でもするつもりなのかな?
「おえしゃんちゃい」
おかしい。
三歳になったんだから、さん、くらい言えるようになるんじゃないのか。
前より美味しいものをたくさん食べているから、全身のもこもこ感が明らかに増えたけど、頭の悪さは変わらないもんなのか。
「うん、そうだよ」
「こくおー、なかおし?」
寝台の上で仰向けに転がり、のぞきこんでくる兄の、色の薄い瞳を見つめる。
明け方の空みたいな、きれーな薄い青色なんだよ。
おれが聞いてることは、間違ってないよな?
兄が仲良くしろっていうなら、もう少しだけ我慢するつもりだ。
「国王が苦手なら、仲良くしなくて良いよ」
あれ、父様って言わないんだ。
父様って発音がうまく言えなくて、国王って言ってるのはおれだけど、なんだか違和感があるような。
前の兄は、ずっと父様って言ってなかったか?
でも処刑された時のおれが兄と会話したのなんて、子供の頃くらいで、大きくなってからはよく知らない。
思い出せば思い出すほど、前のおれはバカだった。
兄が後宮に来てくれて、優しく話しかけてくれるのに、それを無視して八つ当たりして。
……おれが、自分で自分を孤独にして、兄に向ける態度も最低だった。
「うん」
「良い子だね」
よしよし、と頭を撫でられて、反射的に目を細めてしまう。
大好きーと思うと、のどが勝手にう゛っう゛っう゛っう゛っと鳴ってしまう。
兄に甘えることに抵抗がなくなったのは良いけれど、中身十六歳、いや十七歳なのか、としては複雑な気持ちになる。
甘えられる相手を得た三歳の体は、思っている以上に素直に感情を外に出してしまうのだ。
とりあえず国王に対する態度は保留しとくか。
もう少し口が回るようになってからでないと、兄との会話も難しい。
それでさ、全く別の話になるんだけれども、兄はなんでおれをぎゅって抱っこしてきたんだろうな?
いつもおれがしがみつく方なのに。
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