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本編
12 大好きぺろぺろをもっとしたいおれ
しおりを挟む夢中でぺろぺろしていたら、兄の手がおれの頭に置かれた。
鼻先と同じように敏感な耳に、強く触れないように気をつかってくれているのを感じた。
「ごめん、すのしてぃほんともう、だめ、ごめんっ」
暗がりなのに、兄の顔が真っ赤になっているのが分かる。
兄はおれが本気でやめてほしいと願って口にすると、それが必要なことでも、一旦はやめてくれる。
初めての風呂の時がそうだった。
水に入るのが怖い、冷たい水に浸かったら風邪をひくから嫌だ。
処刑時の記憶に引きずられて、かたくなに嫌がるおれに、兄は風呂は冷たくない、気持ちが良いと説明した。
温かくて、体の疲れが取れて、汚れも取れて、よく眠れるようになる。
風呂の後には、水分補給に熟れた果実を食べられる。
かゆいのも臭いのもなくなって、抱っこしたい毛並みになる。
ほんわかした優しい笑顔と声で説得されて、兄に抱っこされたままなら、という条件で湯船に入れられたあの日が懐かしい。
風呂はもう怖くない。
怖くないけれど、おれの手は背中に届かないから、今も兄と一緒に風呂に入っている。
体を洗う手段を持たないおれは、一人だと水浴びで終わってしまうのだ。
でも、最近、兄がおれを見てくれない。
洗ってくれている時に、目をそらされている気がする。
毛がさらにもこもこになってきたな、ってことは自分でも分かるけど、太ってきたと思われていたりしないだろうか。
おれの全身を揉んで毛並みを整えてくれるし、大好きぺろぺろもしてくれるのに。
どうして見てくれなくなったのだろう。
話がそれてしまったけれど、おれも兄と同じようにするべきだろう。
名残惜しい気持ちを我慢しながら、口を離す。
無意識のうちに力が入っていたのか、兄の真っ白い足に鉤爪の跡がついてしまっていた。
……痛いかな。
ちら、と兄を見上げてみると、兄は荒い呼吸をなんとかおさめようとしているのか、深く深呼吸をしていた。
「あにうえ、ごめんなさい」
やっぱり、嫌だったのかな。
しょんぼりと落ち込んでいると、体を屈めた兄にぎゅうっと抱きしめられた。
「スノシティは何一つ悪いことなんてしてない、謝らなくて良いんだよ」
「……うん」
兄の優しさが胸に染みる。
やっぱり兄が大好きだ。
「大好きだよスノシティ、……待っていてくれる?」
「うん」
何を待てと言われているのか。
処刑された時の兄がおれに言ってくれた、自由に、ってやつだろうか。
獣人のおれが城の外に追い出されたとして、どうしたらこの国で生きていけるのか分からない。
仕事にありつけるのか。
お腹いっぱい食べていけるのか。
おれが知る知識の全ては、前のおれが使用人や護衛たちの話を隠れて聞きかじったこと。
そして今のおれが、兄の教師が話すのを聞いて知ったこと。
もしくは兄から教えてもらったこと。
おれの手では本のページはめくれない。
一人で城の中をうろつくこともなく、おれには教師もいないから、情報源が偏っている。
兄にずっと頼ってはいられない。
だから、兄が幸せに生きられるようになったら、おれは兄から離れなくてはいけない。
……悲しい。
大人になるって、きっとすごくつらくて苦しいことなんだ。
兄と一緒にいたい。
優しい兄に、ずっと甘やかされていたい。
でもそれでは、兄のためにならないんだ。
兄は、国王になるんだから。
王子でもないのに、王子のふりして兄にくっついてるおれは、なんの役にもたてていない。
兄の側にいつまでもいてはいけないんだ。
◆
この夜以来、兄との距離が少し開いた。
いつでも、少しだけぎこちない。
食事の時も、勉強の時も、風呂の時も。
一緒に寝ている時も。
兄は、おれと一緒に過ごしたくなくなったのかもしれない。
大好きって伝えたかっただけなのに。
前は兄に正面から抱きしめてもらって寝ていたのに、今は兄の背中を見ている。
寂しい。
でも、おれから手を伸ばすことはできない。
「……っぅ、ぐすっ」
涙が出てくる。
もう五歳なのに、違う、十九歳だ。
……いいや、五歳のほうがふさわしいか。
処刑をされた時のおれは、とても年相応の中身なんて持っていなかった。
誰にも何も教えてもらえない。
誰にも好きだと言われたことがない。
おれは空っぽだった。
十六歳だと胸を張って言えるような、経験も知識も持ってなかった。
でも思うんだ。
学んで賢くなることで、こんな風に悲しくつらく感じるようになるなら、おれはずっと子供のままでいい。
大人になんかなりたくない。
兄を守りたいって思っていたはずなのに、おれが守られている。
守られて大切にされる事に慣れてしまって、今を失いたくない。
この気持ちを、どうやって兄に伝えれば良いんだろう。
「スノシティ、どうしたの、なぜ泣いているの?」
おれは知らないうちにしゃくりあげていたようだ。
毛並みがあるから、泣いているかどうか見ても分かりにくいのに、鼻をすすってしまってばれた。
こちらに転がって体を向けた兄が、半身を起こしておれを見下ろしている。
距離が開いたまま。
その手は、以前のようにおれに触れてくれない。
今の兄は、誰にも汚されてなんていないのに。
おれに向けて伸ばされた手は、宙で止まったままだ。
「しらない」
「教えておくれよ、スノシティが悲しいと僕も悲しいよ」
「……」
常夜灯のぼんやりとした明るさで照らされた兄の顔は、本当に心配そうだ。
学ぶことが多くて忙しくしている兄を、おれがわずらわせてはいけない。
理解しているのに、心が受け入れてくれない。
「スノシティ?」
「どうして……」
「うん、なあに?」
「どうして、ぎゅってしてくれないの?」
「え」
「あにうえがぎゅってしてくれないの、やだ、おれもあにうえぺろぺろしたい」
鼻声になりながら、なんとか告げた。
処刑された時のおれには、何もなくて、誰もいなかった。
大事なものも大切なものも、何一つなくて。
誰もおれに触れてくれなかった。
面と向かって好きだと言ってくれる相手なんていなかった。
今のおれは、兄に大好きと言われる喜びを知ってしまった。
大事なものができてしまった。
大切だと感じる相手ができてしまった。
欲張りになったおれは、兄に求めてしまう。
間違っていると、知っているのに。
おれは兄を守るためにいるんだ。
兄に、おれを好きになってもらいたいなんて、願うな。
願ってはいけないんだ。
それなのに。
止められないんだ。
「スノシティは、いやではないの?」
「なにが?」
「えっ……と、ん、ぼくの、兄弟の、その、陰茎をなめることとか、さわるとか」
「どうして、いやなの?」
無理矢理だから嫌なのであって、たとえ兄弟でも、好きな相手なら問題ないはずだけど。
兄が何を言いたいのか、いまいちよく分からない。
そう思いながら、寝たままの体勢で座っている兄を見上げる。
「……」
言葉に困ったように、眉を下げる兄の姿を見ながら、一番、伝えたいことを口にした。
「おれ、あにうえすきだもん、いやじゃないよ」
兄がおれに触れてくれる。
それは、なによりもおれを幸せに導いてくれることなのだ。
前のおれが、どうして兄に近づかなかったのか、もう思い出せない。
おれには兄がいれば良い。
「……そう、そっか」
ふにゃ、と笑顔になった兄が、ゆっくりと腕を伸ばしておれを抱きしめてくれた。
優しく。
壊れそうなものを、守るように。
おれも、寝るときはむきだしの爪で兄を傷つけないように、そっと細い体に腕を回した。
ひどく細かった兄の体は、いつのまにかしなやかな筋肉の鎧をまとっていて、なぜだか嬉しいのと同時に切なくなる。
おれなんかが兄を守りたいって、そんなこと考える必要ないのかなって。
「スノシティ、それじゃ、どういうのが嫌なのか、教えて?」
ん?
なんだろう、気のせいかな。
兄の口調が変わったような気がした。
◆
いつでも無自覚なまま、虎穴に飛び込む
あ、穴の奥に白銀の猫さん発見~♪
だがしかし、それは猫をかぶった虎(兄)です
ぺろり、うまー
応援ありがとうございます!
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