上 下
12 / 46
本編

12 大好きぺろぺろをもっとしたいおれ

しおりを挟む
 

 夢中でぺろぺろしていたら、兄の手がおれの頭に置かれた。
 鼻先と同じように敏感な耳に、強く触れないように気をつかってくれているのを感じた。

「ごめん、すのしてぃほんともう、だめ、ごめんっ」

 暗がりなのに、兄の顔が真っ赤になっているのが分かる。

 兄はおれが本気でやめてほしいと願って口にすると、それが必要なことでも、一旦はやめてくれる。
 初めての風呂の時がそうだった。

 水に入るのが怖い、冷たい水に浸かったら風邪をひくから嫌だ。
 処刑時の記憶に引きずられて、かたくなに嫌がるおれに、兄は風呂は冷たくない、気持ちが良いと説明した。

 温かくて、体の疲れが取れて、汚れも取れて、よく眠れるようになる。
 風呂の後には、水分補給に熟れた果実を食べられる。
 かゆいのも臭いのもなくなって、抱っこしたい毛並みになる。

 ほんわかした優しい笑顔と声で説得されて、兄に抱っこされたままなら、という条件で湯船に入れられたあの日が懐かしい。

 風呂はもう怖くない。
 怖くないけれど、おれの手は背中に届かないから、今も兄と一緒に風呂に入っている。
 体を洗う手段を持たないおれは、一人だと水浴びで終わってしまうのだ。

 でも、最近、兄がおれを見てくれない。
 洗ってくれている時に、目をそらされている気がする。

 毛がさらにもこもこになってきたな、ってことは自分でも分かるけど、太ってきたと思われていたりしないだろうか。

 おれの全身を揉んで毛並みを整えてくれるし、大好きぺろぺろもしてくれるのに。
 どうして見てくれなくなったのだろう。


 話がそれてしまったけれど、おれも兄と同じようにするべきだろう。

 名残惜しい気持ちを我慢しながら、口を離す。
 無意識のうちに力が入っていたのか、兄の真っ白い足に鉤爪の跡がついてしまっていた。
 ……痛いかな。

 ちら、と兄を見上げてみると、兄は荒い呼吸をなんとかおさめようとしているのか、深く深呼吸をしていた。

「あにうえ、ごめんなさい」

 やっぱり、嫌だったのかな。
 しょんぼりと落ち込んでいると、体を屈めた兄にぎゅうっと抱きしめられた。

「スノシティは何一つ悪いことなんてしてない、謝らなくて良いんだよ」
「……うん」

 兄の優しさが胸に染みる。
 やっぱり兄が大好きだ。

「大好きだよスノシティ、……待っていてくれる?」
「うん」

 何を待てと言われているのか。
 処刑された時の兄がおれに言ってくれた、自由に、ってやつだろうか。

 獣人のおれが城の外に追い出されたとして、どうしたらこの国で生きていけるのか分からない。
 仕事にありつけるのか。
 お腹いっぱい食べていけるのか。

 おれが知る知識の全ては、前のおれが使用人や護衛たちの話を隠れて聞きかじったこと。
 そして今のおれが、兄の教師が話すのを聞いて知ったこと。
 もしくは兄から教えてもらったこと。

 おれの手では本のページはめくれない。
 一人で城の中をうろつくこともなく、おれには教師もいないから、情報源が偏っている。

 兄にずっと頼ってはいられない。

 だから、兄が幸せに生きられるようになったら、おれは兄から離れなくてはいけない。
 ……悲しい。
 大人になるって、きっとすごくつらくて苦しいことなんだ。

 兄と一緒にいたい。
 優しい兄に、ずっと甘やかされていたい。
 でもそれでは、兄のためにならないんだ。

 兄は、国王になるんだから。

 王子でもないのに、王子のふりして兄にくっついてるおれは、なんの役にもたてていない。
 兄の側にいつまでもいてはいけないんだ。





   ◆





 この夜以来、兄との距離が少し開いた。
 いつでも、少しだけぎこちない。

 食事の時も、勉強の時も、風呂の時も。
 一緒に寝ている時も。

 兄は、おれと一緒に過ごしたくなくなったのかもしれない。
 大好きって伝えたかっただけなのに。

 前は兄に正面から抱きしめてもらって寝ていたのに、今は兄の背中を見ている。
 寂しい。

 でも、おれから手を伸ばすことはできない。

「……っぅ、ぐすっ」

 涙が出てくる。
 もう五歳なのに、違う、十九歳だ。

 ……いいや、五歳のほうがふさわしいか。

 処刑をされた時のおれは、とても年相応の中身なんて持っていなかった。 
 誰にも何も教えてもらえない。
 誰にも好きだと言われたことがない。

 おれは空っぽだった。

 十六歳だと胸を張って言えるような、経験も知識も持ってなかった。
 でも思うんだ。

 学んで賢くなることで、こんな風に悲しくつらく感じるようになるなら、おれはずっと子供のままでいい。

 大人になんかなりたくない。
 兄を守りたいって思っていたはずなのに、おれが守られている。
 守られて大切にされる事に慣れてしまって、今を失いたくない。

 この気持ちを、どうやって兄に伝えれば良いんだろう。

「スノシティ、どうしたの、なぜ泣いているの?」

 おれは知らないうちにしゃくりあげていたようだ。
 毛並みがあるから、泣いているかどうか見ても分かりにくいのに、鼻をすすってしまってばれた。

 こちらに転がって体を向けた兄が、半身を起こしておれを見下ろしている。
 距離が開いたまま。
 その手は、以前のようにおれに触れてくれない。

 今の兄は、誰にも汚されてなんていないのに。
 おれに向けて伸ばされた手は、宙で止まったままだ。

「しらない」
「教えておくれよ、スノシティが悲しいと僕も悲しいよ」
「……」

 常夜灯のぼんやりとした明るさで照らされた兄の顔は、本当に心配そうだ。

 学ぶことが多くて忙しくしている兄を、おれがわずらわせてはいけない。
 理解しているのに、心が受け入れてくれない。

「スノシティ?」
「どうして……」
「うん、なあに?」
「どうして、ぎゅってしてくれないの?」
「え」
「あにうえがぎゅってしてくれないの、やだ、おれもあにうえぺろぺろしたい」

 鼻声になりながら、なんとか告げた。

 処刑された時のおれには、何もなくて、誰もいなかった。
 大事なものも大切なものも、何一つなくて。
 誰もおれに触れてくれなかった。
 面と向かって好きだと言ってくれる相手なんていなかった。

 今のおれは、兄に大好きと言われる喜びを知ってしまった。
 大事なものができてしまった。
 大切だと感じる相手ができてしまった。

 欲張りになったおれは、兄に求めてしまう。
 間違っていると、知っているのに。

 おれは兄を守るためにいるんだ。
 兄に、おれを好きになってもらいたいなんて、願うな。
 願ってはいけないんだ。

 それなのに。
 止められないんだ。

「スノシティは、いやではないの?」
「なにが?」
「えっ……と、ん、ぼくの、兄弟の、その、陰茎をなめることとか、さわるとか」
「どうして、いやなの?」

 無理矢理だから嫌なのであって、たとえ兄弟でも、好きな相手なら問題ないはずだけど。

 兄が何を言いたいのか、いまいちよく分からない。
 そう思いながら、寝たままの体勢で座っている兄を見上げる。

「……」

 言葉に困ったように、眉を下げる兄の姿を見ながら、一番、伝えたいことを口にした。

「おれ、あにうえすきだもん、いやじゃないよ」

 兄がおれに触れてくれる。
 それは、なによりもおれを幸せに導いてくれることなのだ。

 前のおれが、どうして兄に近づかなかったのか、もう思い出せない。
 おれには兄がいれば良い。

「……そう、そっか」

 ふにゃ、と笑顔になった兄が、ゆっくりと腕を伸ばしておれを抱きしめてくれた。
 優しく。
 壊れそうなものを、守るように。

 おれも、寝るときはむきだしの爪で兄を傷つけないように、そっと細い体に腕を回した。
 ひどく細かった兄の体は、いつのまにかしなやかな筋肉の鎧をまとっていて、なぜだか嬉しいのと同時に切なくなる。

 おれなんかが兄を守りたいって、そんなこと考える必要ないのかなって。

「スノシティ、それじゃ、どういうのが嫌なのか、教えて?」

 ん?
 なんだろう、気のせいかな。
 兄の口調が変わったような気がした。

 
   ◆





いつでも無自覚なまま、虎穴に飛び込む
あ、穴の奥に白銀の猫さん発見~♪
だがしかし、それは猫をかぶった虎(兄)です

ぺろり、うまー
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

堂崎くんの由利さんデータ

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:210

とある婚約破棄の顛末

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:120pt お気に入り:7,611

【BL】紅き月の宴~悪役令息は、紅き騎士に愛される。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,868pt お気に入り:554

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:901pt お気に入り:4,185

弟はバケモノ【完結】

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:47

処理中です...