【R18】ポンコツ第二王子のやりなおし奮闘記

Cleyera

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本編

19 ぶっこわせ、おれ!

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 しくじった。
 そう思っても、もう、指一本、動かせなかった。

 寒い。
 どうして。
 今は花が咲く時期になったばかりのはずだ。

 全身が冷えきっているようで、鈍いしびれを感じる。
 痛みは感じない。

 眠たくて、寝てしまいたい。
 でもこの誘惑に従ってしまったら、もう、兄に会えない。

 そんな気がして、舌に牙を突き立てる。

 まだ動く。
 動く場所があった。

 じゅわ、と口の中に温かくて生臭い金属の匂いが満ちる。
 のどを鳴らして飲み込む。

 体は動かせないままでも、激痛が少しだけ意識を保たせてくれる。
 毒を含んだ甘い睡眠への誘惑と、痛くて寒いだけの現実の間で、うとうととまどろむ。

 このまま、耐えろ。
 眠ってしまいたい。
 眠ってたまるか。

 考えろ。
 体が動かないなら、何かしていないと。
 このまま眠るわけにはいかない。

 何があったか思い出せ。





 着替えて朝食を食べてから、いつもと同じように、兄と一緒に執務室に行って。
 昼食の少し前に、兄へ呼び出しの手紙が届いた。

 差出人は王妃。

 おれが薬入りのお茶を飲んでしまったあの日から、兄は一度も王妃からの呼び出しには応じてない。
 少なくともおれが知る限りは。
 手紙が来ていたのかは、兄が教えてくれないから知ることができなかった。

 どうして今になって?
 それとも、今までもずっと?

 兄は長々と書かれた手紙を読んで、険しい表情になった。
 そして。

「この部屋から、絶対に出ないように、わかったかい?」

 そう言って、護衛を連れていってしまった。
 おれは執務室に残されたことで、兄の行動の意味を深刻に考えていなかった。

 もしも危険が迫っているなら、兄はおれを寝室に連れ帰っただろう。
 あの部屋が一番安全だ。
 四方は壁で、廊下との間に一室挟んでいるから、扉以外の出入り口はない。

 執務室の前は廊下で、護衛が二人いる。
 それは扉越しでも臭いと音で分かる。

 執務室の大きな窓には鍵がかけられているけれど、侵入しようと思えば出来るかもしれない。

 あと、防犯以上の問題が一つある。
 この執務室には、中から直接行ける手洗いがないのだ。

 兄がすぐに戻ってきてくれないと、パンツを鉤爪で引き裂いて、……その辺の花瓶とかにするしかなくなる。
 パンツをべちょべちょにする姿なんて見せられない。
 でも、花瓶にした所も見られたくない。

 二歳から兄にくっついているから、全裸から子種を放つ姿まで全部見られている。
 いまさら何を見られてもな、と思うけれど。
 兄に幻滅される可能性は減らしておきたい。

 そんなことを思いながら、兄が戻ってきたら声に出して読もうと、応援の手紙を書く。
 木炭となにかを練って固めた芯を木で挟んで、丈夫な革で固定したおれ専用のペンを使う。

 王妃の相手をしたら絶対に疲れ果てるから、少しでも兄の疲労が軽くなる内容にしないといけないな。

 『いつも仕事をがんばってくれてありがとう。
 兄上が大好きだよ。』

 んー、あとは。

 『美味しいごはんをいっしょに食べられてうれしい。』
 『お風呂で全身を洗ってくれるのはうれしいけど、尻の穴は洗わないで欲しい。』

 中に指を入れようとするのも、ちょっと困る。
 そんなところまで、普通は洗わないよな。

 ……なんだか、これは兄が悲しみそうな気がする。
 尻のことには触れないでおくか。

 『お風呂で全身を洗ってくれてありがとう。』

 これでよしと。
 あ、そうだ。

 『ねる前に服が汚れない手伝いをしてくれてありがとう。
 兄にさわってもらうの大好き。』

 これは欠かせないよな。
 あとは、何を書こうかな。
 いつも同じような内容になってるけど、おれは基本的に兄の側から離れないから、書くことないんだよな。

 帰ってこないな。
 まだかな。

 暗殺者に襲われても、護衛が守ってくれるはずだ。
 兄ももう子供じゃないから、大丈夫だろう。

 考えが飛び飛びになって、手が進まない。
 木の皮をはいで作った紙に、今日の兄のどこが素敵だったか思い出しながら書き出していたら、外から扉を叩く音がした。

 とん、とん、ととん、とん。

 すん、と鼻を鳴らす。
 扉の外には、護衛が二人。

 ……他にもなにか匂いはするけれど、よくわからない。
 足音もしなかったのに、誰かが増えた?

 待ってくれ、これ、血の、臭いだ。
 人の。

 ぶわり、と全身の毛が逆立つのを感じた。
 びりびりと鼻先が痛い。

 とん、とん、ととん、とん、と扉が叩かれる。
 やけに扉が気になる。
 なんだこれ。

「スー、ここにおるのであろう?」

 知っている声だ。
 そして。
 濃厚な血の匂いが、知っている匂いに変わった。

「……」

 なんだ。
 いつ、どこから来た?
 つい今まで、匂いがしなかったのに。

 国王陛下。

「スー、扉を開けてはくれんのかね?」

 とん、とん、ととん、とん。
 とん、とん、ととん、とん。

 扉を開けたくなんてないのに、なぜか体が勝手に動いた。
 のろのろと這うように、体が扉へ向かっていく。

 やめろ、行きたくない。
 手足に力を入れて踏ん張っているつもりなのに、突き立てた爪で絨毯を引き裂き、木の床に爪痕を長く刻みながら、体が前に進んでいく。

「……」

 何も言うものか、と歯を噛みしめる。
 話してはいけない、そんな気がして。
 兄が帰ってくるのを、この部屋で待っていないといけないのに。

「早くおいで……これだけ重ねているというのに、とんでもなく効きが悪い、獣の血が原因か?」

 ぐしゃり、と金属がつぶれる音が、やけに遠くで聞こえた。
 おれの手が勝手に、扉を開閉するためのとってを握りつぶしている。

 壊れた扉に体重をかける。
 開けられない方向に、蝶番チョウツガイのひしゃげる音をさせながら無理矢理、押し開いた扉の向こう。
 そこに、国王の姿を確認する前に。
 ……何も見えなくなった。





 ぽたん、ぽたん、と雫の落ちる音がする。

 思い出した。
 でも、扉の向こうにいたのが、本当に国王だったのか、が分からない。

 必死で全身の力をふるいたたせ、重たいまぶたを持ち上げて、呼吸を忘れた。

 目の前に広がる石の壁と床。
 カビ臭くてジメジメとしている上に、薄暗くて狭い部屋。

 天井近くに、手を突っ込むくらいしかできない大きさの、窓とも言えない穴が採光と換気のために開けられている。
 全てが石造の上に、風を遮るものがない日陰だから、ここは外以上に冷えるのだ。

「……うそだろ」

 牢屋だ。
 見覚えのある半地下の牢屋だ。

 おれはもしかして、長い夢でも見ていたんだろうか。
 処刑の前に、救いようのない甘い夢を見ていたんだろうか。

 そう思って見下ろした自分の体は、豊かな白銀の被毛に包まれている。

 ほとんど思い出せない記憶の中では、毛の生えていないはげや、乾燥したようなかぶれが目立つ、ぼろぼろの汚いねずみ色のまだらな毛並みだった。

 夢じゃない?

 ……兄は?!
 それなら兄は、今、どこにいるんだ!!

 兄から離れてはいけなかった。
 本当に注意すべき相手は王妃ではなくて、国王だったのか。

 今この時に、兄が犯されていたらどうしよう。
 
 ここを出ないと。
 動かない体を、時間をかけてゆっくりと動かしていく。

 全身におもりを大量に乗せられたような感覚がする。
 ここから動くな、と誰かに言われているような気がする。

 とん、とん、ととん、とん。
 おとなしくせよ。

 とん、とん、ととん、とん。
 まっておれ。

 ……誰を待つんだ?
 待ってどうする。
 おれは、兄のところに行くんだ。
 絶対に行くんだ!

 牙がへし折れる勢いで噛み締めた。
 四つ足に力を込め、一瞬、体が軽くなったような気がしたのと同時に、鉄格子に体当たりした。

 ドゴン、と耳元で何かが崩れる音がして、ずきずき、と全身が痛んだ。

 痛い。
 痛いってことは。
 生きてるってことだああああ!!!
 兄はどこだ!!

 口の端に垂れた血を舐めとりながら、頭を上げる。

「おおうっ!?」

 知らない間に、周囲が崩壊していた。
 隣の牢屋に繋がる壁が完全に崩れていて、おれが通れるくらい大きく崩れた穴からは空がのぞいている。

 鉄格子を曲げられたらいいな、と思っていたのに、鉄格子を固定してあった石積みがくずれたらしい。
 それで他のところも崩れたってことか?

 もしかして、じめじめしてるし、足場とか腐ってたかな。

 犯人はおれしかいない。
 に、逃げよう。
 いや、違った。
 兄を探しに行こう!

 
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