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番外編
35 氷河の精霊を見つけたぼく 前 ※
しおりを挟む僕が初めてそれを見た時の事を、昨日のことのように思い出せる。
生まれたはずの赤ちゃんの産湯を終えた産婆が、真っ青になってがたがた震えながら、父様とその膝に乗せられていた僕の前に持ってきたもの
それは、小さな肉詰め、だった。
ぷにぷにの肉が、みぅみぅ、と鳴いているように見えた。
まるで真っ赤なイモムシだ。
これ、なに?
小さい、すごい、動いてる。
本当にこれが、僕の兄弟、もしくは姉妹なの?
欲しい。
これが、欲しい。
このぷにぷにで小さいのは僕のものだ。
そう思った僕は、何も考えずに口を開いた。
父がその直前に口にした言葉は、興奮していた僕の耳には届いてなかった。
「あかちゃん、かわいいね」
僕の一言が、この子の生死を分かつことになるなんて、思いもしなかった。
とても小さくて、ぷにぷにのイモムシみたいな赤ちゃんが気に入った僕は、父様に可愛いから一緒にいたいと頼んだ。
この時、僕にとってこの赤ちゃんは、物珍しいおもちゃだった。
気が向いた時に撫でて、つついて、抱っこするものだった。
もちろん乳母と侍女が何人か常にくっついていたけれど、幼い僕はその理由を考えもせずに、毎日が楽しかった。
彼女らは、赤ちゃんを守るためにいたのではない。
僕がうっかり赤ちゃんを殺してしまって、傷つかないように。
僕の目の前で、偶然でも赤ちゃんが死ぬことがないように。
僕が赤ちゃんに飽きたら、すぐに引き離せるように。
そのために、乳母も侍女たちも常に控えさせられていたのだろう。
大人の思惑を知らない僕は、赤ちゃんといつも一緒だった。
僕が赤ちゃんを手放さなかった、というべきだろう。
小さなベッドの上でもぞもぞして、甲高い甘えるような声でみぅみぅ鳴いて、ぼくの指先を小さな口でちぅちぅ吸って。
細くて小さい手足をぱたぱたして。
毛の生えてない細い尻尾がぷるぷる揺れる。
おもしろい。
おもしろいっ。
おもしろぉいっ。
ふかふかの毛布の詰まった小さなベッドの上で、口をもにもにする赤ちゃん。
乳母が赤ちゃんに乳を含ませている姿を見て、そうか、口をもにもにする時はなにか咥えたいのか、と知った。
とても素晴らしいことに、ぼくには、乳母の胸の突起に似たものがあった。
おちんちんと呼ばれる場所だ。
護衛騎士や父様が触りたがって、揉ませろ、吸わせろと言うおちんちんだから、赤ちゃんにも吸わせて大丈夫。
大きさはおちんちんの方が大きいけれど、うん、そっくりだ。
咥えさせてみたかったから、そっくりってことにしておく。
始めは体が小さすぎて、上手く咥えられなかった僕のおちんちんを、赤ちゃんはすぐに喉を鳴らして上手に吸えるようになった。
そして、僕も気持ちいいことを知った。
護衛騎士や父様に吸われても、気持ち悪いだけだったのに。
誰もいない時にこっそり、口をうにうにする赤ちゃんにおちんちんを吸わせた。
何度も、何度も。
美味しそうに一生懸命おちんちんを吸う姿が、すごく可愛かった。
とても気持ちよかった。
赤ちゃん、可愛い。
僕は、心からそう思った。
真っ赤で小さかった赤ちゃんに、あっというまに薄い毛がはえて、すべすべでふわふわのびろうどみたいな手触りになった。
柔らかくて温かくて小さい。
ぷにぷにも可愛かったけど、こっちのほうがもっと可愛い。
ようやく開いた、くりっとした目は僕と同じ色。
体はぜんぜん違うのに、間違いなく僕の弟か妹だ。
体が小さすぎるからなのか、まだ、性別がわからないらしい。
赤ちゃんだから上手く話せないのか、僕を「あぅ」と呼ぶんだ。
可愛いよね。
可愛すぎるよね。
僕が赤ちゃんを独り占めしたいと言ったら、侍女も乳母もあまり寄ってこなくなった。
赤ちゃんがいっぱい泣いて、困った。
乳母と侍女に、赤ちゃんのお世話の仕方を聞いて、練習した。
優しく触れる。
泣いたらおっぱいかおしりかねむい。
赤ちゃんはどんどんふわふわになって、赤みのひいた色の濃い肌は真っ白い毛で覆われた。
つやつやの鼻が僕をさがしてぴこぴこ動いて、四本の足でふらふらと歩く姿が……。
ああ、そうか。
これが、好きって気持ちなんだ。
絵本で知っていたけど、心がぬくぬくして良い。
すっごく心が気持ちいい。
「かわいいあかちゃん、くふふ」
赤ちゃんを抱っこして、僕は楽しく暮らしていた。
……でも。
赤ちゃんが一日に何度もの乳を必要としなくなる頃。
僕の部屋から赤ちゃんがいなくなった。
「王命で後宮に居を移されましたよ」
僕に触りたがる護衛騎士が、服の中に手を突っ込んで、おちんちんを揉みながら教えてくれた。
気持ち悪い。
こいつに触られたくない。
「僕を後宮へ連れて行け」
「それはできません、陛下の許可がありませんので」
どうして。
父様に、赤ちゃんと一緒にいたいと頼んだのに。
良いよって言ってくれたのに、どうして?
こいつは僕の護衛騎士なのに、言う事を聞かない。
僕に触れてくる手が気持ち悪い。
父様に文句を言いに行った。
父様が約束を破った、護衛騎士が言う事を聞かない、おちんちんを吸わせて揉ませてやったのにと。
真っ青になった護衛騎士が、引きずられてどこかに連れていかれた。
そして、赤ちゃんは乳離れしていて、もう赤ちゃんではないから、一緒にいられない、と教えられた。
赤ちゃんでなくても一緒にいたい、とお願いする僕に、父様が優しく言った。
僕が、父様のおちんちんから出る乳を、赤ちゃんみたいに上手に飲めたら、会いに行って良いと。
おちんちんは吸うもの。
僕のものがそうであるように、父様のおちんちんも吸うものらしい。
それなのに、僕は飲めなかった。
目の前に出されたそれが、ひどく気持ち悪くて。
口の中に入れられた、でこぼこして赤黒くテカった巨大なおちんちんが、くさくてまずくて吐きそうになった。
「無理はせんで良いが『飲め』よ」
そう言いながら、父様がおちんちんを自分の手でしごいて、何度も口の中に不味い乳を注がれた。
赤ちゃんに会いたくて、えずいて泣きながら青臭くて生臭い味の乳を飲みこんだ。
頑張ったな、と褒められても嬉しくない。
お利口だ、と頭を撫でられても、本当にそうなのかな、としか思えなかった。
父様の乳を飲めた日は会いに行って良いけれど、赤ちゃんを後宮から出してはいけない。
そう言われた僕は、毎日会いに行きたくて頑張った。
でも、忙しい父様には毎日会えない。
三日、会いに行けずにいたら、赤ちゃんがぐったりしていた。
別室にいた乳母は、ベッドでぐったりしている赤ちゃんを抱っこしようともしないで、僕にお辞儀をした。
「ご病気かと存じます」
顔色ひとつ変えない乳母に「どうして御殿医に見せないんだ」と言ったら「陛下の許可がございません」と答えられた。
父様に会えなくて、母様に頼んだら、「母様のいう事を聞けたら頼んであげるわね」と言われた。
母様の足の間の、ぬとぬとしたびらびらの肉をなめた。
もっともっとって言うから、いっぱい頑張った。
肉がでろでろでぬるぬるのぐちゃぐちゃになったころ、母様がびくびくした。
気持ち悪い。
くさい。
どうして、こんなことしないといけないの。
でも、これをしないと赤ちゃんが死んでしまう。
僕の赤ちゃんだもの、僕が守るんだ。
何度も何度も、必死で父様と母様にお願いした。
赤ちゃんは体が弱いのか、何度も体調を崩していたから、毎日通えるようにすごく頑張った。
いつのまにか、後宮から乳母がいなくなった。
僕みたいに教育係がつけられたのかな。
赤ちゃんが、自分で歩いて城までやってくるようになった。
手足をついて歩く姿を見ると胸が温かくなった。
よちよちしてる姿がすごく良い。
はいはい、ってやつだよね。
僕だけがこの姿を知っていられたら良いのに、と思った。
偶然、母様が赤ちゃんを蹴飛ばす所を見てしまった。
なんでそんなひどいことをするの!?
僕の赤ちゃんなのに!!
駆け寄って助けようとしたら、護衛騎士に部屋に連れ戻された。
王の命令。
王の命令!?
王の命令なんてうんざりだ!!
その後も、何度か侍女や侍従、城内警備の衛兵が赤ちゃんを後宮に追い返す姿を見た。
そして、赤ちゃんは城に来てくれなくなった。
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