魔王さまもお年頃なんですっ!

桐谷 兼続

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第1話・ジュリィ、告白する

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  拝啓、故郷の村のとーちゃんかーちゃん。俺は今、どうにかこうにか続けてきたこの旅の目的地である魔王城の前にいます。やりたくもない勇者業だったけど、やってみたら案外楽しかった。けど、それも今日で終わりです。この戦いが本当に最後です。勝っても負けても、これが俺の、人生最大の大勝負になると思います。今まで本当にありがとう。きっと頼りになる仲間たちを連れて帰ります。
                          ユウ・リディム

□■□■□■□■□■□■□■□■□■

「……遺書ってこんな感じでいいんだよな」

  鮮やかな緑に色付き、だが陽の光が届かなくなるほどではない森の中。所々の木の隙間から日光が差し込み、とても居心地のよい森の中。
  魔王城、文字通りの魔王が住む城がすぐそこに見える森の中で、俺は石を机にして人生初の遺書を書いた。
  自分の書いた親への手紙を、インクを乾かすためにヒラヒラさせながら周りにいる仲間たちに尋ねる。

「ああ、相変わらずユウは素晴らしいな」

「いや手紙見てくれよ」

  手紙など全く見ずに目をキラキラさせ、両手を掴み俺の顔を自分の方にぐいっと近づけて答える女騎士。

「いいんじゃない?」

「お前今俺が何の話してたか聞いてたか?」

  2人用のボードゲームを1人でプレイしながら、こちらを見ることもなく答える弓士。

「ユウくんお腹空いた」

「いや、さっき昼飯食べただろ?」

  挙句の果てに返事も聞かず勝手に俺のインベントリを漁り始める魔法使い。なんでコイツは人のインベントリを自由に開けるのか。
  どいつもこいつも腹立たしい限りだが、無論この3人が手紙に書いた俺の「頼りになる仲間たち」である。

「……遺書書いといて本当に良かった」

  どう見ても頼りにならなそうな仲間に囲まれた俺、ユウ・リディムは魔王を倒すために故郷を出て旅をしてきた勇者である。
  故郷にいた時から「ユウ」という名前のせいで勇者もどきだとかヘタレだとか弄られてきた上に、よりによってそんな俺が故郷の村に伝わる勇者を選定する剣「ブラック・ソード」を引き抜いてしまったため、本当に勇者になることになった。
  俺からすれば何故あんな剣が引き抜けないのかさっぱり分からなかった。ブラック・ソードという名前はつまり錆びて真っ黒くなって使えない状態の剣だからだ、間違いない。

  最初は命を懸けて抵抗したが、それも今となっては笑い話。いや、ここで死んだら笑い話にもならないが。
  何だかんだで勇者になり、仲間を集めてここ「魔王城」を目指して旅をしてきた。装備アイテム収集や恐ろしいモンスターたちとの戦いの数々、罠の張り巡らされたダンジョンの攻略と思い出を上げていけばキリがない。
  
  なんて言うとでも思ったか。

  装備アイテム? 初期装備のままだアホ。
  恐ろしいモンスター? スライムにさえ出会ってないからレベル1のままだアホ。
  ダンジョンの攻略? レベル1で入れるダンジョンがあってたまるかアホ。

  理由などさっぱり分からないが、何の障壁もなく魔王城まで辿り着いてしまった。最初に向かう村が書かれているはずの地図に従って進んできたら魔王城に到着したのだ。ふざけんな。
  こんな状態で魔王が倒せるわけがないのだが、ここまで来てしまったからには引き返すことも出来ない。
  何故ならば、今まで1度も遭遇したことのないような高レベルのモンスターがキッチリと退路だけを塞いでいるからである(ちなみにモンスターとの遭遇自体が初)。俺達の後方、少し離れたポジションを維持する彼らは戦闘を仕掛けてくるわけでもアイテムを狙っているわけでもない。いや、そもそも狙われるようなアイテムは持っていないのだが。
  仮に戦っても勝てるわけがないので「何してるんですか?」と話しかけてみても「仕事です。心中お察しします」と、モンスターらしからぬ優しい言葉を返されてしまった。
  普通のパーティならばこの異常事態に焦ったりするのかもしれないが、今俺がいるパーティでは焦るような奴は俺以外にはいなかった。
  見習い勇者の俺とアホな女騎士に根暗弓士、ド天然魔法使いと職業のバランスこそ取れているが倫理的思考力崩壊パーティである。
  そのため、俺はもうなんか諦めがついて遺書を書いていたのだ。職業が騎士であるクロはレベル67と中々だが、それでも残り3人がレベル1では話にならない。ていうかクロ自体アホだし。俺に至ってはまだ「見習い勇者」だぞ?

「お前らはもう準備出来てるのか?」

  遺書を便箋に突っ込みながら、マイペースなパーティメンバーに声をかける。

「ああ、いつでもいいぞ」

「準備も何も、準備するほどのアイテムなんか持ってないじゃん僕らは」

「お腹いっぱ~い!」

  唯一マトモな返事をくれたクロを横目に、再び退路を塞ぐモンスターさんの元へ歩いていき声をかける。

「すみません、これを俺の故郷のスペルア村に届けて欲しいのですが」

「畏まりました。手紙ということで、クール便などではありませんがよろしいですか?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。あの、手数料とかは……?」

  ここから故郷の村までは何やかんや結構な距離がある。詳しい相場は分からないが、それなりに郵便料金がかかってもおかしくない。
  だが、心配そうにする俺を見てモンスターさんの1人が言った。

「いえ、一切かかりませんよ。ここまでわざわざ御足労頂いたのですし、我々にかかれば人間界ならどこも大差ありません」

  あまりにも優しいその口調と、すっごくイケメンなその笑顔に思わず涙が零れそうになる。もしかしたら、俺は就職先を間違えたのかもしれない。
  そんなイケメンの2人のモンスターさんはおそらくデュラハンだ。馬に乗り、カッチョイイ鎧を身に着けて首元には青い炎がホワホワしている。そして腰には俺が持っているものとは比べ物にならないほどの立派な剣が差してある。

  本当にありがとうございます、とデュラハンの2人に軽く一礼してからポンコツな仲間たちの元へ戻り声をかける。

「じゃあそろそろ行こうぜ。まあ、なんとかなるだろ」

  ここまで来るともはや現実味が無い。レベル1で魔王に挑むとかそんなものゲームだったら伝説の作品になれる。引き抜いたブラック・ソードも鑑定してもらったら3ゴールドとか言われたし、やっぱり俺は勇者なんかじゃなかったんだろうな。
  だってそうじゃなきゃ村を出て2日で魔王城に到着するとかありえないやん?
  あ、ちなみにブラック・ソードは売る価値もないから今もインベントリの中にある。

「大丈夫だ、ユウは私が絶対に守る」

「いや、絶対無理だから。下手にケンカ売ったりしないでくれ」

  クロの俺に対する愛情も大概だ。自分で言うのもアレだが。
  何故俺がここまでクロに好かれてしまったかはまた別の機会に話すとして、とりあえず魔王城に突入しようではないか。

  城のすぐ前まで行くと、グゴォンと派手な音を立てて門が開いた。
  無意識の内に諦めがついているからか、戦闘態勢をとる気にはなれなかった。そしてそれはクロ以外の2人も同じである。

「どうぞ、お入りください」

「中で魔王様がお待ちです」

  巷で話題の「頭の悪い人」のような顔をしていた3人だったが、後ろから来たデュラハンさん2人に言われて城の中に向けて歩き出した。クロは警戒しながらそれに続く。

「クロ、武器納めろって」

「だがユウ! 私以外戦えないのに、誰がユウを守るのだ!」

「いや、どっちにしても相手に戦意あったら負けるから。そんなピリピリするな」

  さっきも言ったが、このパーティの中で1番強いクロでレベル67。だが手紙を渡す時に見たデュラハンさんたちのレベルは93と94だった。もちろん勝てるわけがない。
  そもそも向こうに戦意があるのならばこんなところまで辿り着けるはずがないのだ。クロはともかく、俺達3人はあっという間に教会送りだろう。
  きっと何かしらの理由があるはずだ。じゃなきゃこんなヘッポコパーティを城に入れたりしないはず。

  デュラハンさんの案内の元で魔王城1階の長い長い廊下に入った。窓の1つもない、単調な造りの廊下だ。床には絨毯が敷いてあり、壁にはよく分からない絵画が飾ってあったりする。
  正しく城、といった廊下を抜けるとそこにはとても広い空間が広がっていた。高い天井には豪華爛漫なシャンデリアが備え付けられていて、絨毯もフッカフカである。
  その広間にはたくさんのモンスターたちが待機している。デュラハンにスキュラ、スライムの偉そうな奴やドラゴンなど様々で、彼らの目線は俺達に集中していた。
  そして彼らの奥、俺達の目線の先には2人の男女と、2人の間の大きな玉座に腰掛ける少女がいた。少女はゴスロリ風味な服を着て、綺麗な角と尻尾をひけらかし、透き通った目でこちらをジッと見つめていた。

「まさか……あの少女が魔王なのか!?」

  クロが動揺の声を上げた。
  それもそうだ。魔王というのは、あらゆるモンスターの頂点に立つ最強最悪の存在。人類にとっての1番の敵である。それがあんな少女だと知れば、驚いて当然だろう。
  俺の隣に立つ弓士のシタに至ってはモンスターの大軍を見た段階で立ったまま気絶していた。相変わらずビビりで器用なやつだ。

「……あれ?」

  よく見るとポンコツパーティが1人足りない。シタの隣にいたはずの食いしん坊魔法使いは何処へ行きやがったのか。もしも逃げたのなら来世で絶対に食い物代を返してもらうところだが。

「あ、リーマ~!」

「メルミ~! 遅いよ~!」

「ごめ~ん、シタがすっごいビビるからさ~」

  俺とクロは何となく察したようなジト目で声の方向を見た。
  居なくなったはずの我らが魔法使い殿は、それはもう楽しそうに魔王ちゃんの隣に立ついかにも強そうなモンスター娘とお喋りしていた。
  話し相手の彼女は恐らくドラゴン族だろう。背中の翼と手足の爪、そして尻尾がとても印象的だ。
  だが、そんなことはどうでもいい。

「何やってんだこのアホオオオォオォオォオオオ!!」

「そうそう、あれが勇者のユウくんだよ!」

「へぇ~、まあまあイケメンね」

  広い広い空間に俺の虚しい叫びがこだましていく。しかし、当の本人は悪びれる様子もなくお喋りを続けていた。
  目的地が魔王城だって言ってもビビらなかったり、レベル1のままでも何も気にしてなさそうだった理由はこれか……。
  何がキッカケか知らんが、あの2人はかなり仲がいいらしい。一朝一夕の付き合いには見えない。

「何だっけ、俺たちって何しに来たんだっけか……」

  もはや自分たちの目的すら分からなくなってきた。状況がおかしすぎるのが悪い、俺は悪くない。うん。
  そう自分に言い聞かせた。
  すると。

「勇者殿よ」

  魔王らしき少女が、玉座を降りてこちらの方に歩いてくる。相変わらずメルミたちはお喋りしっぱなしだが、もう1人のイケメンさんはその後ろについてきている。怖い。

「はい」

「もっとこちらへ。お付きの2人も」

「何を企んでいる……」

  俺とクロは言われた通り魔王たちの方へ歩き出す。だが、気絶しているシタはその場から動くことはなかった。いくら器用でも、気絶したままは歩けないようだ。

「すいませんアイツは放っといてください」

「レギン、彼を医務室へ」

「はっ!」

  イケメンさんがそう言うと、並んでいた部下っぽいモンスターの1人がシタを優しく抱えて広間を出ていこうとした。すると。

「おい、仲間に何をする気だ!」

  咄嗟にクロが再び剣を抜き、それを遮ろうとした。
  そんなクロをイケメンの側近さんが丁寧に諌める。

「大丈夫です、傷付けたりはしません。医務室ならベッドがありますからそこでお休みしていただくだけです」

「信用出来ないな。お前達にそんなことをするメリットがあるのか?」

「それは今からお見せします」

  イケメンさんはそう言って、少女の背中をポンと押した。
  俺もクロも訳が分からず混乱している。

「魔王様、ファイトですよ!」

  イケメンさんはそう小さく耳打ちすると、スーッとその場から飛び去っていった。方向的に、シタが連れていかれた医務室だろう。
  シタのことも心配ではあるが、それよりもこちらの方が気になってしまう。魔王様は一体何をするつもりなのだろう。周りのモンスターたちも不思議そうな目で魔王さまを見つめている。

「う、う~……!」

  少女は何やら小さい箱を手に持ち、顔を赤くして震えている。角や尻尾があっても、こうして見るとただの子供にしか見えない。

「ゆ、勇者どの!」

「はい」

「わ、ワタシと結婚してください!」

  言い切ってますます顔を赤くした少女は、顔を下げたまま箱をパカッと開けて見せた。
  中には七色に輝く宝石で装飾された綺麗な指輪が入っていた。

「……え?」

  え、え? 
  俺、今この子になんて言われたんだ?
  俺もクロも状況が把握出来ていない。

「ごめん何て?」

「だ、だから! ワタシと結婚してください!」

「え」

  拝啓、故郷のとーちゃんかーちゃん。俺はどうやら、魔王さまに惚れられてしまったようです。無事に帰れるかは分かりません。
         I'll be back……。

「「ええええええええええええっ!?」」

   タイミングのバッチリ合った俺とクロの驚きの叫び声が、モンスターたちで満たされた広間に響いていくのであった。

  
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