日出処の天子 書を日没する処の天子に致す

ぽよ

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【田玖津】



王子様に、任務を与えられた日の夜。

「大丈夫だってば!」

舎人部屋の中で、オレは今回の任務を辞退させてもらえって、しつこく迫る淡水に言い返した。
…けど淡水も簡単にはやめない。

「お前は、こういう仕事がどんなに危険なことかわかっていない。常に周りを意識し、用意周到でなくてはならないんだ。少しの油断も命取りになる!」

オレは明日の準備で、麻袋に荷物を詰めながら、淡水の心配を否定しつつ、…クギを刺すことにした。

「そりゃ淡水に比べたら、完璧にやれないだろうけど、でも尚継様も来てくれるんだし。…淡水、隠れて付いてこないでよ」

「……」

「やっぱり!付いてくる気だったな!」

「すでに王子に余計なことをしないよう手をまわされた。明日は羽嶋様と大臣様のところに行かなければならなくなった。…しかし、仮病でも使おうと思っていたが」

オレは呆れて、じとっと淡水を見た。

「オレが秦氏に帰されてもいいの」
「…それは困るが」
「今新羅に逃げたって、あの嫌な王様につかまるだけだからね」
「しかし…」

まだ言い募ってくる淡水に怒ろうとしたら、突然息が出来ないくらい抱きしめられた!
軽々持ち上げられて、ぎゅうぎゅうとオレの身体を締めてくる!

うう~、く、くるしいっ。

「た、淡水!力強い!」
「…俺はお前になにかあったら、どうすればいいんだ…!」

……淡水……。

…淡水の苦し気な声を聞いて…、怒ってたはずなのに、何も言えなくなった。

身体も、少し震えてるし…。
淡水がこれだけ心配してるのに、…実は、自分がどうなるかなんてあんまり考えてなくて。

でも…、大丈夫だって、変な自信があって。

オレがおかしいのかな?ただ…、そんなに危険な仕事なら、王子様はオレにさせないって思うんだ。
それに、オレだから出来るって思って、任せてくれてる。

淡水の心配を少しでも軽くしたくて、オレも淡水を抱きしめたら、少し淡水の力が緩んだ。

耳元で、ゆっくり囁いてみた。

「…ねえ淡水。オレうまくいえないんだけどさ。王子様は、オレが役に立つかぎり、絶対オレを近くに置いておいてくれるんだ。そういう関係って、絶対信じられる。…安心できるし、それに守ってくれる」

淡水はオレの話に不満げな声を出した。

「…俺は信じられないのか」
「う~ん。信じてるけど。王子様との関係と全然違って、目に見えなくて、時々すごく不安になるよ。…淡水だって今オレのこと信じてないじゃない」
「…お前の愛は信じているが、任務をこなせるかは半分信じてない」
「ひっどいなぁ~!…たぶん王子様は淡水がオレを甘やかし過ぎるって思ってるよ。オレ、なんだか恥ずかしいよ。…だからオレ、淡水いないだけで、不安でたまらくなっておかしくなるのかもしれないよ」

淡水はオレの話を聞いて、顔をじっと見つめ。
…長い沈黙のあと、ため息をついた。

「…負傷者ありの五人…。尚継様と御前二人か…。今、俺が持っている情報すべてお前に伝えるから、油断するなよ」

諦め顔で言った淡水に、「ありがと」とちゅっと、口付けした。

なんとなく誘われるかと思ったけど、淡水は真剣にオレに自分の情報を教えてくれた。
…あと、襲撃されない方法とか注意することとか、自分自身で習得したんだろう経験や技術を、伝えようとしてくれてた。

淡水は今、自分で教えられる限りのことをオレに教えてくれたあと、「さあ、明日に備えて休むぞ。…昨晩はろくに寝てないのだから」とオレを抱いて横になった。

オレは先達の言うことを真摯に聞いて寝ることにした。




ー次の朝ー


淡水の誘導のおかげかな?俺は朝、かなりすっきり起きれた。
香月に乗って、尚継様と斑鳩の宮を出るとき、淡水、毛人様、羽嶋様が見送ってくれた。

…相変わらず淡水は眉間にシワを寄せてて、ちょっと笑ったけど。
でも大丈夫。無事戻ればいいだけの話。

毛人様は小声で、「淡水のためにも自分の無事だけを考えて行くんだ」と言ってくれた。
毛人様も淡水の共謀者みたいで少し笑った。

皆を心配させないように、笑顔で「行ってきます」と言ってから、香月を目的地に向かって走らせた。

しばらくすると、後ろから尚継さまが話しかけてきた。

「田玖津!まずは襲撃があった場所へ行くのかっ」

オレは速度をおとして尚継様に並走した。
「いえ!淡水が襲撃者の、大体の目星をつけてくれたから、やつらがいると思われる場所に向かいます!」

「…そうか。気を付けて近付こう」
「はい!」

淡水から聞いたそこは、襲撃場所から少し人里離れた渓谷だった。
なだらかな山の地形が、崩れてそぎ落とされ、崖になっている。

崖の平面を見ると、一つ、異質な扉を見つけた。

…横穴を開けている…のかな?
工人もいるっていう話だったから、造りはしっかりしているみたい。
横穴の周りは板で補強してある…。
…ただ、遠目でみているだけだから、いまいちよく見えない。

「田玖津、あそこか。踏み込むか?」

尚継様の聞かれて、淡水の言葉を思い出してた。

『見つけてもすぐに踏み込むな。必ず、周りを確認しろ。そこに拠点があるということは、近くに拠点の人間がうろついていてもなにも不思議じゃない』

「…尚継様。少し隠れて様子を見ていいですか?誰かが通りかかるかもしれません」
「いいが…、近くまで行くのか?どこに隠れる」
「いちいち上なんかは見上げないと思いますから、大木に登り、葉の影に隠れようと思います」
「…お前は身が軽いからいいけどなぁ…。私はここらに隠れている。安心しろ、なにかあれば駆け付ける。木の上から指示をだせ。簡単にみつかるようなまぬけな隠れ方はしないから」

オレは尚継様に頷いて、周りに注意しながら、香月を少し離れた森林の中に繋いだ。

ちょっと我慢して待っててよ。

横穴から、ちょうどいい場所に立っている大木に、素早く上った。オレにとって木を上るのは道を駆けるのと変わらない。
おとも最小限。一瞬だったから、誰にもみられなかったはずだ。

オレの体重をかけても折れる心配のない枝の上まで上り、またがって、横穴の様子を伺った。

『しばらく待て。絶対誰かが動く。その様子を見てから自分の行動を決めろ。そしてその行動の最中は、必ず自分にスキが出来るということを理解しろ』

淡水の言葉がまた、頭に浮かんだ。

木の上から、出入り口を見ていた…けど。

…しばらく何の音沙汰もなく。
尚継様を見ると、岩の影で居眠りしているみたいだった。

…もー、大丈夫かよ。


カタ……。


その時、ゆっくりと、伺うように扉が開いた…。
中から、男が一人出てきた。
何かを持って、こそこそとどこかに向かおうとしている。
…水を汲みに行くのか?


…あれが、吉備氏を襲ったやつらだ。
オレその時、自分の防衛本能や殺意が、過剰だということをまだ自覚してなかった。
生かせばまた攻撃してくる決まってる。
確実に息の根を止めたほうがいい。

キリキリ…と力いっぱい弓を振り絞った。
矢から手を離そうとしたそのとき。

いきなり頭に浮かんできた。

『田玖津!なぜ生け捕りにしなかった!?』
『お前は無益な殺生をし、大兄様の顔に泥を塗るつもりか!?』

…う…っ!

とっさに、的を意図的に外した。男の足を狙った!

当然、命中した。

「ああぁ‼」

男の足先が矢で射抜かれ、転んで叫び声をあげた次の瞬間、中から髭面の、熊みたいな大男が飛び出てきた。
オレの矢が射られた方向から、すぐに木の上を見上げ、あっという間にオレを見つけた!

こいつ…、強い。

背中に刺してあった弓と矢を構え、オレに向かって素早く矢を射った!

…命中率が高い!

葉の影に隠れていたおかげで、致命的な部位には当たらなかったものの、矢はオレの腕をかすった!

やばい、次は確実に当てられる!
一か八か、移動するしかない!

適当な位置で、木から飛び降りようとしたその時。
素早い足音が聞こえた。


タタタタタッ!

ガキン‼


物と物がぶつかり合い、弾かれる音が辺りに響いた!


尚継様が、熊男の懐まで近づき、弓を下から薙ぎ払い、喉元に剣を突き付けてた‼

俺は周りを警戒しながら木から飛び降り、尚継様の近くに駆け寄った!

「田玖津!こやつ、俺では力でおさえられんっ。縄を持ってきて、きつく縛ってくれ!早く!」

「尚継様、…寝てるのかと思ってました」

「そんなことしてお前を死なせたら、王にどんな処罰を受けるかわからんわ。あとこれを馬のところまで!」

尚継様は熊男を脅している間に、脇に差してある鉄剣を抜き、オレに投げてよこした。
それから、使っていた弓を取り上げ、使えないように足で、バキッ!と折った。


…さすがだ…、尚継様。

オレは渡された鉄剣を持って、影につないであった香月の元まで走った。

香月に鉄剣を繋ぎ、代わりにぶら下げてあった麻袋の中かから、縄を大量に取り出し、また、尚継様の元に向かった。

その間も、尚継様の様子をずっと見てた。

…あの男と、ずっと緊張状態だ。

尚継様が、熊男の動きを刃で脅して封じている間に、誰かが出てきて尚継様を狙ったら、次は遠くからでも躊躇なく矢を射、そいつの息の根を止めようと思ってた。
…けど、それ以上人が出てくることはなかった。

縄を持ってきて縛るオレに、熊男が何かわなった。
新羅語で聞き取れなかったオレに、尚継様が何を言ったか教えてくれた。

「殺せとさ」
「…だめだよ。厩戸王にご判断してもらう」
「連れていくのは骨が折れそうだな」

オレは自分が矢を射た男の、血が流れた足を、布で止血した。
尚継様がまた、熊男と話してたけど…。

そのうち、横穴の奥から、静かな足音が聞こえてきて…、暗がりの中から顔を出した。

…よろよろした老人…だ。

「…大和朝廷から遣わされた方ですかな…?」

髪がすべて剃ってあって、…袈裟を着てた。

…僧侶だ。

オレは答えた。

「そうだ」

この人は、たぶん新羅人…ぽいけど。でもこっちでの暮らしが長いのかもしれない。
言葉が通じる。

僧侶が言った。

「あの仏像と仏画は、新羅で100年以上保管されてきた物だ。大和朝廷との取引材料として扱われるのは私たちにとって我慢できないことだ。私たちは死ぬ覚悟が出来ている。…隠し場所は言うつもりはない。早く殺すか、…帰るかしてもらえるか。…他の仲間二人は、お前らに殺られた。残っているのは私たちだけだ」

全てを覚悟している目に、例えどんな脅し文句を言ったとしても、この人たちの考えを変えるのは難しいと感じた。

…事情は分かったけど、オレは仕事をしてるだけだ。大人しく僧侶の言うことを聞く気はもちろんなくて。

「尚継様。この人も拘束して、連れて帰りましょう」
「うーん。怪我人一人と、老人、武人と三人か。…二人では無理だな。とりあえず、動けそうもない二人はここに拘束して後で誰かに迎えに来てもらう。私はこの大男と一緒に、斑鳩にいったん帰る」
「わかりました。…オレ、この横穴の中、少し探してみます」
「…気を付けろよ」
「尚継様も」

尚継様は、いったん斑鳩に戻る準備を始め、オレは横穴の中に、…誰もいないとは言っていたけど、気を付けながら入っていった。

最奥には、文机が一つと三人が寝てたと思われる寝床があって…。

三人で食事をした跡が残っていた。

文机の上に、巻子が一つ。
それと何枚かの紙、木簡が置いてあって。
木簡と紙には経が書いてあり…、紙のうちの1枚。
…これは、経じゃない。

文?
でも読めない。
オレも勉強中だしなぁ…。

尚継様はまだ、行ってないかな。

オレは慌てて戻った。

「尚継様!」

横穴の外に出ると、ちょうど尚継様が熊男を連れて発とうとしているところだった。

「どうした。見つかったか?」
「いえ!ちょっと見ていただきたくて」

尚継様は、オレが持って来た文のような紙を見分してくれた…、けど。

「…なにが書いてあるかわからない。文のようだが、文法がめちゃくちゃだ。このまま読むと、読めないのは確かだ」
「…うーん。なんだろ」

オレたちが頭を悩ませている間、僧侶はじっとオレ達を見てた。
熊男が、含み笑いした。

「…お前たちには読めない。あきらめることだな」
尚継様が、熊男の話を受けてオレに言った。

「おそらく、なにか法則があるはずだ。これに仏像のありかが書いてある気がする。…王にお見せすれば、すぐに解き明かしてくださる」
「…はい…。でも、オレ、もう少しここで調べてみます」
「それでは、私は出るぞ。…まったく、馬が重さに耐えられるか心配だ」

馬の上に尚継様と熊男が乗って、カポカポと去って行ったあと、オレはもう一度、紙の文字に目を通した。

…西…。って書いてあるな。

尊…。寺…。置…。守…。また、…西。

了……。

オレは文脈なんか解き明かせない。ただ、なんとなく、関連のありそうな文字を拾っていった。

毛人様が言ってた。

『漢語、一つ一つの意味を理解するんだ』


………。



んー…。




………………あ!


淡水が書いてくれた、このあたりの地図を思い出した。
確か…、この近くに、小さな寺があった!…ここから、西だ!

『もし怪我を負ったりしたら、ここに逃げ込め。ここの住職は細々とやっているが、善良な方だ。きっと助けてくださる』

寺の名前は…、確か「西善寺」!

オレは香月に乗って、縛られている二人の近くまで行った。

うなだれる二人に言った。

「…自害はしないでよ。あなたたちは厩戸王を誤解している。一度王様に会うべきだ。…新羅王は恨みを買っても仕方ないって。…なにか新羅のお寺の慰みになる宝物を送るって言ってたよ」

僧侶は顔を上げ、黙ってオレを見つめた。
オレは二人を少し振り返ってから香月を西善寺まで走らせた。


淡水が書いてくれた地図のを取り出し、確認しながら馬を走らせていると、間もなく、小さな寺が見えた。

寂れている囲いの中に入ると、一人、小柄な住職がホウキで庭を掃いていた。

…なんというか、…風が吹けば倒れそうな細い人だ。
オレに気付いて顔を上げた。

「ん?…いらっしゃい。どなたかな?」
オレは頭を下げて、御挨拶をした。

「私は、厩戸王の代わりに訪れました、秦田玖津と申します。住職にお伺いしたいことがあって参りました」

住職は、目を丸くした。

「…な、なんと…!厩戸王の…」

住職は半信半疑でオレを見つめてた…、けど。

「聞いたことがあります。秦氏の舎人が厩戸王の宮にいると。弓の名手で、…まだうら若い男子(おのこ)だと。…あなたがそうか」

オレは少し照れくさい気持ちになりながら、返事した。

「…はい。そうです」
「…こちらに上がられよ」

住職に誘われるがまま、あちこち修繕が必要そうなオンボロの寺の中に、オレは足を踏み入れた。

畳に正座して、奥から住職が戻るのを待っていると、住職は盆に湯のみを乗せて戻ってきた。

オレの目の前に湯のみを置くと、
「これは茶と言って、三国から渡ってきたものです。さっぱりとした味の口当たりの良い飲み物です。さぁ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

オレは出された飲み物を、くいっと飲んだ。
…うん。ちょっと渋みがあるけど、確かにさっぱりしてて、おいしい。

…ていうか、何で三国から渡ってきたものがここに。

…やっぱり。なにか、関係があるのか?

オレは今までの経緯を住職に話すことにした。
…話を、目を閉じて静かに聞いていた住職は、目を閉じたまま、沈黙の後答えた。

「…それで、その仏像と仏画がここにあるのではないかと」
「はい。…半分勘ですが」

ふむ…、と住職は少し考え込んだ。

それから、意を決したように、再び口を開いた。
今度はオレに微笑みながら。

「私は御仏に仕える身として、厩戸王を崇拝しておりましてなぁ…。王なら、彼らの望まぬことはしないと思っていたのですが…。しかし、彼らの必至の訴えにほだされてしまいまして…、いったんお受けすることにしたのでございます。いや、しかしまさか、こんなに早く、このオンボロ寺に人が来るとは思ってもみませんで」

「それでは…!」

「はい。預かっております。…彼らの信仰心は本物です。同じ御仏に仕える身としましては、どうか彼らの想いを汲んで差し上げてほしいというのが、私の望みでございます」

住職はすっと立ち上がった。

「こちらへおいでください。…今、新羅で100年以上敬われてきた、御仏の魂が宿る仏像のもとにご案内いたしましょう」



こうして、あっけなく一連の騒動は、幕を閉じた。


オレはとりあえず仏像と仏画を持ち帰ることなく、捕らえた二人と一緒に斑鳩からの迎えを待つことにした。

なんと、尚継様と迎えに来たのは淡水で。

「ツヅキ!無事か!」

淡水は尚継様がいるにも関わらず、オレを勢いよく抱きしめた。

予想通り尚継様は、度肝を抜かれた顔をしてて、なにも言葉を発せず…。


抵抗むなしく、ぎゅうぎゅう抱き締めてくる淡水に、顔が赤くなったけど。

あきらめた。

オレもう知らない…。


オレは帰りに根掘り葉掘り、興味津々でこそこそ、オレと淡水とのことを聞いてくる尚継様の質問攻めに耐えながら。


もうある程度、俺たちの仲はみんなに知られるんだろうなぁ…、と諦めた。


先を行く淡水の、度を過ぎた過保護っぷりの背中を恨みがましく睨んだ。


本人は機嫌良く、口笛吹いてたけどね。




【続く】







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