日出処の天子 書を日没する処の天子に致す

ぽよ

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和睦

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【毛人】

パカパカと馬の足音が聞こえ、私の胸は喜びに満ち、門の外まで飛び出した。

 「お帰りなさいませ!」

予定どおり、刀自古のところから斑鳩に戻った厩戸王子を見つけ、私はいつもと変わらぬように迎え入れたが…。

「……」

私を一瞥しただけで、王子は返事もせず、馬から降り、むすーっ…として宮の中に入っていった。

父上とのいさかいがあったため、私としては王子の機嫌をとるべく、万全の準備をしてお待ちしていたはずだったが…。

それにしても、とりつく島もないほど不機嫌なのは予想外だった。

刀自古のところで何かあったに違いなく。

馬を引いて門の中に移動した調子麻呂にこそこそ話しかけた。

「…調子麻呂。あのご様子は…、いったいどうした?なにかあったのか?」

「は、…はぁ。それが…」

調子麻呂からその話を聞いて、私は驚きと焦りで心の臓が跳ねた!

「異様にひやかされた!?」
「は、はい。…あの事件以来久々の妻問いだったため、大臣様も気になったのか、朝訪ねていらっしゃったのですが…。なにやら屋敷の者に耳打ちされてから、ひどくご機嫌なご様子で」
「なにゆえっ」
「あぁ…、すいません、こんなことをお伝えしていいのかわかりませんが…。漏れ聞くところによると、朝方まで刀自古様の、その…、色めかしい、か細い声を、誰かが聞いていたらしく…。朝、刀自古様のもとにご様子を見に行くと、寝乱れてひどく気だるげではあったそうなのですが、幸せそうでいらっしゃったとのことで…」

『わははっ。二人目の孫もじきですなっ』
『あんなに幸せそうなあれの顔は、久々に見ました。どうぞあまり日を空けず、またお越しくださいませ』

「大臣様と十市様は、喜びもひとしおといったご様子で、そう言って王子を屋敷から送り出されました」

調子麻呂の話だと、屋敷から出てきた時から、ずっと王子はあの調子で不機嫌丸出しだったが、皆はただの照れ隠しだと解釈したようで…。

どういうことだ…!

王子はもう、私以外の人間と床を共にすることはできないと何度も言った。

それだけではないっ!
私はなにがなんでも王子と刀自古と契らせないようにしてきたつもりだ。

王子が刀自古のところに行く前夜、私は必ず王子を朝方まで寝かせぬほど抱いているのだぞっ。

真実を確かめようと思い、王子を追いかけた。
通りすがった奴(やっこ)に王子は何処に向かったのかを聞くと、

「毛人様に言われ、湯をためましたとお伝えしたら、湯殿に向かわれたようでした」

と教えられ、私は湯殿に向かった。
私は湯殿の御簾を払い退け、中に足を踏み入れた。
足元には着物が全て脱ぎ捨てられ、放られている。
あぁっ、替えの着物を用意せねば…。
いや、それどころじゃないっ!
私は湯殿の、もう一つ奥の御簾を潜った。

「王子っ!」

私が呼ぶと、湯の中に浸かっていた王子が私を振り向いた。

「毛人、遅いっ」

既に一糸纏わぬ姿になって湯に浸かる王子の色めかしい姿にたじろいだ。

「頭を洗ってくれ」

あぁ…、はいはい。…くぅ。
愛する王子の命令に、喜び勇んで奉仕したい私がいる。

私は以前王子が私にしてくださったように、無患子の泡で王子の髪を洗い、流した。

用意してあった手拭いで髪を丁寧に拭いていると、
「花を浮かせたのはそなたか?」
と言って、王子は湯に浮かせた花をつまみ上げた。

「はい。いい匂いがしますので、くつろげますでしょう?」

「…確かに…。…心地よい…」

目を閉じ、王子は湯殿の中に充満する香りを、すぅっと吸い込んだ。
いつもの私なら、少しでも厩戸王子を喜ばせることができたことにこっそり歓喜するが…。
今は刀自古のことが気になってそれどころではない。

しかし、きっかけを逃してしまい、未だ起こった真実を聞けないでいる。

「もう上がって休む」

何かで隠すつもりもなく、王子は堂々と湯から出で、私がお身体を拭くのを待っている。

うぅ…。王子…。私を誘っておいでですかっ。

私が手拭いで王子の背を拭いてから、抱き込むように前を拭いていると。

「…今は皆が宮の方々で働いている、真っ昼間ということを忘れるなよ」

と、ジロッと睨まれ釘を刺された。
下心を見抜かれてしまい、私は気を取り直して、着物のお支度を手伝おうとしたが、

「毛人、私はもう寝る。寝巻きで良い」
と、私が手にした着物を押し返した。

「…眠いのですか?」
「昨晩は全く休めなかった。しばらく寝る」

その言葉に、私の疑念はますます深まるばかりで…。

寝所以外で、王子が寝巻き姿を皆に晒すのは本当に珍しいことだったが、私が慌てて新しい寝巻きを持ってくると、王子はさっと羽織り、さっさと寝所に向かった。

もちろん私は追いかけ…。

寝所に入るなり横になって寝ようとする王子に、私は覆い被さるように、上から腕で囲い、問い詰めた。

「王子っ。寝る前になにがあったか教えてくださいっ。調子麻呂から聞きましたぞ」

まさか…、まさか刀自古と…っ!

王子は私を下からじっと見上げてから…。
私の頭をぐいっと両腕で引き寄せ、突然、深く口付けしてきた。
王子の舌が私の中に侵入してくる…。

「う…ん、お、王子。誤魔化さないでください」

誘われるがまま止まらず、王子の甘い口のなかを舌でまさぐる自分を棚に上げて、抗議した。

「…先ほどご自分で私に釘を刺したくせに」
「ここなら誰の目にも止まるまい。…自分で私が昨晩どう過ごしていたか、確かめてみたらどうだ」

王子は、下から私の内衣の中をまさぐり、私の袴の紐を解こうとしていた。
そして、着物の上から私の胸板をさわさわと触ってきて…。

かなり大胆に誘われ、…もちろん私としても望むところではあるが。

さすがに日が真上にある今、使用人たちは活動の真っ最中。
いつ誰が声をかけに来るかもわからない。

「ちょっ、ちょっと待ってください」

私は取り敢えず寝所に王子を置いて、調子麻呂を探し…、馬舎から帰ってきた調子麻呂を捕まえ、言った。

「調子麻呂っ。王子がこれから少しお休みになるそうだ。すまないが、お休みになるまで私が少し付き添うから、誰も寝所に近付かないようにしてくれないか」

私の頼みに少し戸惑いながらも、

「は、はぁ。相変わらずお仲がよろしくて…」

調子麻呂はなんの悪意もなく、そう返事し、請け負ってくれた。

ぐ…。
調子麻呂は私たちの寝所の一番近くで毎晩休んでいる。…もちろん、おおよそ、なぜ今から誰も寝所に近付けさせないのかも分かっている。

「すまない。頼むっ」

なにを赤くなるっ。今更ではないかっ!と自分に言い聞かせ、また急いで寝所に戻った。

「お待たせしました」

私は上着を全て脱ぎ捨てながら、うとうとと眠りかけている王子の上に覆い被さった。

「…ん?毛人。…戻ったか」

そして、王子の寝巻きの帯を解きながら、湯殿と同じように、一糸纏わぬ姿になるよう全て脱がせた。
私も自分の袴を急いで脱ぎ捨て、その白いお身体に舌を這わせ愛撫していき…。

まだ、煌々と光が差し込む宮のなかで睦み合い、王子は外を気にして必死に声を圧し殺し…。
いつもとは違う興奮を感じながら私たちは、一心にまぐわった。

王子が、『自分で確かめてみろ』といった意味が分かった気がした。

…きちんと吐精されたし…、私に快感を求め、切な気に身をよじらせるご様子は、昨日何かあったとはとても思えない。
 
終えたあと…、私は自分の腰に掛け具を巻き、王子を寝巻きで包んでから、自分の膝の上に抱き込んだ。

「眠いですか?」
「…眠い」
「とても、良かったです。…王子は、満足されましたか?」
「…あぁ…」

おっと、このままだと眠ってしまいそうだ。
うとうとする王子に、少し起きててもらうよう、深く口付けた。

「ん…んん」
「昨日のことを話してから寝てください」
「…イライラするから思い出したくないというのに」

それから、私は王子が、昨晩刀自古の男と遭遇し、屋敷の中に招き入れたことを知った。

「…ほう。誰だろう?屋敷の見張り」
「体つきが逞しかったから武人であろう」
「それで、どうして休めなかったのです?」
「少しは遠慮して、早く出ていくかと思いきや、朝方までずっとだっ。私は山背を起こさないように、ずっと気を配らねばならなかった!山背が目を覚まし泣いたら、やつらの喘ぎ声が聞こえるというのに、端女達が駆けつけてくる。奥に私以外の誰かがいるということに気付かれてしまうではないかっ」
「…それは…。災難でした」
「あいつら盛りのついた猫のように、いつまで経っても終わらなかった!」
「まぁ…、それは私達も人のことは言えませんが…」

こんな昼間から、寝所にとじ込もって契っているのだから。

「あの調子だと、刀自古はすぐ孕むわ。…そうすれば『大兄様は意外と情熱的』だの『激しい』だの、暫くあそこの端女たちにピーチクと噂されずに済む」

…なるほどなるほど…。

私は王子の愚痴をききながら、大変であったと同情はしたものの…、安心して口許がゆるんだ。

私の顔を訝しげに見詰め、ぶすっと王子が不満気に言った。

「なにを笑っておる」
「いえいえ。…ほっとしただけです。ご安心ください。今日からは私が王子を癒しますので」
「…なにを心配しているのか。私が刀自古と契れるわけないことを、一番知っておるくせに…」

限界が来たのか、ふわわ…とあくびをしてから、王子は瞳を閉じ…。
しばらくその綺麗なお顔を見詰めていると、寝息をたて始めた。

私はそっと床(とこ)の上に王子を下ろし、寝巻きを整えてから帯も締め、王子の上に掛け具を掛けた。


…お疲れさまでした。大変であったでしょうが、雨降って地固まる、といった具合に、父上は暫く、私達のことをうるさく言ってくることはないでしょう。

私はこれから王子の疲れを癒すことに全力を注がねばっ。

脱ぎ捨ててあった着物をまた纏い、私はうーん!と伸びをした。


そっと寝所を出て、調子麻呂のところまで行った。
調子麻呂は、奴(やっこ)と、火を起こしたりしながら夕げの準備をしていた。

「調子麻呂、王子はお疲れなのでたぶん暫く起きない。夕げは置いておいてくれれば、起きたときに温めて私がお持ちするよ」

調子麻呂は、額の汗を拭きながら私に言った。

「分かりました。…それで、王子のご機嫌はなおりましたか?」
「あぁ、たぶん起きたときには元通りの王子でいらっしゃる」
「良かったです」

私達はいつもの日常に戻りそうな気配に安堵していたが…。


次の日。


予想に反して、王子はまだ少し不機嫌を引きずっていた。

刀自古に文を書く王子に、私はさりげに聞いた。

「なにを書いているのです?」

王子は、ふんっと鼻息をならし、宣った。

「『私がおらぬ時はなんとしてでも声を出すな』と書いているのだ」

ふふんと微笑む王子に、私はこっそりため息をついた。

…やれやれ。これを読んだ刀自古は、穴にでも入りたい気分になるだろう。



心地よい昼下がり。




私は妹の新たな幸せを嬉しく思っている自分に気付き、思わず「ふふ」と笑い声を漏らしていた。






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