ハルジオンの悪手

いとっぴ

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第一章 「ハルジオンの花」

プロローグ

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春咲紫苑は後悔していた。

(・・・最悪だ)

少し高い場所に山道があり、道路脇のガードレールが壊れているのが見える。その直下には横転した車。
つまり車は山道から転落したという状況だ。
運転手と同乗者は気を失っているようで、車の中で身動き一つもしない。
車内に放り出された紫苑も身体がボロボロだ。

さらに小雨が降り始め、動かぬ身体を冷やす。
ただでさえ季節問わず山中は気温が低く、夕刻になりつつある今は、併せて体温が奪われていく。
紫苑は薄紅色の茶羽織に紺の腰下前掛の姿、山に滞在する格好ではないのが致命的だ。

(みんな心配するだろうなぁ)

そんな風に思った所で、ハッとした。
紫苑にとって縁遠い感情だったからである。
以前の自分だったら、そんな事は思わなかった。
それ程までに今の環境が心地良かったのかもしれない。

「・・・なんて“貧乏神“の私が烏滸がましいわね」

やっとの思いで持ち上がる程に痛めた左手を天に翳す。
雨粒が頬を伝い、地面に滴り落ちた。
ゆっくり目を閉じると、紫苑にとっては、濃厚で刺激的な、ここ数ヶ月の記憶が蘇る。
十七になる彼女の短くも壮絶な人生と境遇を癒す、たった数ヶ月の大切な想い出だ。

「最期に、ありがとう、って伝えたかったな、、、」

それは“貧乏神“と呼ばれた少女のお話。
ーーー“倖せ“を紡ぐ物語。

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