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第一章 「ハルジオンの花」
花純旅館
しおりを挟む(これが温泉旅館ってやつかー)
花純旅館の館内に入ると、吹き抜け天井のあるロビーが目の前に広がり、温泉旅館など人生で縁のなかった紫苑の心を躍らせた。
きょろきょろと見て周りながら歩いていると、スーツケースを持っているから当然といえば当然だが、宿泊客だと勘違いしたのだろう、従業員が声を掛けてきた。
「ようこそ!いらっしゃいませ!」
「あ、いや、あの、私はーーー」
急に話し掛けられ、慌てふためく。
長く外界との交流を断たれていた紫苑にとって、他人に話し掛けられる事は、滅多にない機会だった。
動転しすぎて相手の顔すらもまともに直視出来ない。
声を掛けた旅館の従業員は仲居である。
薄紅色の茶羽織に紺の腰下前掛をした姿だ。
年齢は30代前半という所で、引き締まったウエストに身長170センチくらいあるモデル体型の女性である。
彼女は優しい笑みで紫苑の顔を覗き込むと、より一層に頬が朱色に染まっていく。
とはいえ、何かを言わないと、先に進めない。
恥ずかしさと不安と恐怖に顔を俯かせながら呟く。
「は、春咲紫苑、です」
絞り出た言葉は自分の名前。
ここに来る前の名取との会話を回想する。
『名前だけでも伝える事は重要ですぞ』
『名取って、時々私を馬鹿にしてるよね?』
『滅相もございませんぞ』
『名前くらい言えるよ!』
『私以外と基本話さぬ紫苑お嬢様が、急に他人とペラペラと会話出来るとは思えませんが、名前を伝える事からコミュニケーションは始まりますからな』
『わ、私は、話す価値のない相手と話さないだけ!』
『なるほど。紫苑お嬢様に話す価値のある人間だと思って頂ける私は、とても幸運でございますな』
『・・・それ、皮肉っぽいよ、名取』
いつも隣で自分を守ってくれていた名取の存在の大きさに今更気付く。コミュ力が必要とされない環境に居たのだから仕方ないが、これほどまでに自分は他人と喋る事に慣れていないのだと思うと、やや自信喪失してしまう。正確には他人と馴れ合う立場ではないと諦めてしまっている部分もある。
何にせよ名前だけは伝えられたのだが、この場合は名を名乗るだけの事に意味があるのか疑問があった。
が、それを聞いた仲居の女性はポンと手を合わせた。
「まあ、あなたが支配人が仰っていた方ですね!」
どうやら話は通っていた様だ。
(よ、良かった)
ホッと胸を撫で下ろす。安堵から溜息が漏れた。
「では、支配人室にご案内しますね」
「お、お願いします」
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