異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第11話 妖狐"焔華"

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 呪術師たちを全員叩きのめし、ようやく一息ついた俺は、軽く髪をかき上げながら、気取った笑みを浮かべた。

 

「よっ、大丈夫か?」

 

 戦場のヒーロー、登場。
 このタイミングで美少女に優しく声をかける――完璧すぎる流れだ。
 いやぁ、これで俺の株、爆上がり間違いなしだろう!
 “ハーレム王”としての見せ場、今ここにあり!

 

 ……そう思っていた、その時。

 

 狐耳の美少女――焔華が、肩をプルプル震わせていた。

 

「ど、どうした……? ケガでも……」

 

 次の瞬間。

 

「ぷっ……くくっ……あはははははっ!!」

 

 ――爆笑。

 

 参道中に響き渡るほどの大笑い。
 狐耳がぴこぴこと揺れ、尻尾までバタバタしている。

 

「お、お主……お主、面白すぎじゃろ!!」

 

「は!? な、何が!?」

 

「戦いの前に“自分を褒めながら雷まとう男”なんて初めて見たわ!!
 前代未聞じゃ!!どこの世界にそんな奴がおるんじゃ!!」

 

 腹を抱えて笑う焔華。
 涙まで浮かべながら、息も絶え絶えに続ける。

 

「しかも“俺は最高で最強でイケてる男”じゃと!? ぷはっ!! 
 自分で言い切るとか……己に甘すぎじゃろぉぉ!!」

 

「お、おい笑いすぎだろ!? あれは俺力(おれりょく)の儀式なんだよ!? 真面目な魔法だぞ!?」

 

「魔法より笑いが強すぎるわ!!」

 

 狐耳がぴくぴく震えるたび、まだ笑いが止まらない様子の焔華。
 俺は頭を掻きながら、なんとも言えない敗北感に包まれていた。

 

「……ちょっとでも惚れてくれたかと思ったんだけどな……」

 

「惚れるわけあるか、変な雷男!! 腹筋が崩壊しそうじゃ!!」

 

 ……あぁ、完全に笑われた。
 だがその笑顔――くそ、可愛いじゃねぇか。
 
 


 焔華はまだ笑いながら、ふいに雪華の方を見やった。

 

「それに隣の女!! お主もなかなかええのぅ!!
 美しく、そして強い! 気に入ったわ!!」

「えっ……あ、ありがとうございます……?」

 

 雪華が少し戸惑いながらも、礼儀正しく頭を下げる。
 焔華の黄金の瞳が、じっと雪華を見つめた。

 

「お主、名前は?」

 

 雪華は一瞬だけ目を伏せ、ふっと柔らかな微笑みを浮かべて答えた。

 

「私は雪華と申します。雪女の妖怪です。」

「ほぅ! 雪女か!!」

 
 
 焔華の目がさらに輝く。尻尾までピンと立ち上がった。


 
「北の方に棲むと聞いとったが、実物は初めて見たぞ!!」

「えぇ、最近ちょっと……南下しまして。」


「南下て!!旅感覚で動く雪女なんぞ聞いたことないわ!!」

 

 焔華の鋭いツッコミが入る。
 雪華はくすっと微笑んで、「すみません」と軽く頭を下げた。
 なんだこの二人、妙に相性良くないか?

 

 と、そこで――

 

「お、おい!?ちょっと待て!!俺の名前は!? 気にならねぇの!?」

 

 焔華がちらりと俺を見る。
 そして、面倒くさそうに肩をすくめて言った。

 

「さっきから馬鹿みたいに名乗っておったじゃろ。
 異世界帰りのハーレム王・飯田雷丸、じゃったかの?」


「ちゃんと聞いてたのかよ!?」


 
 焔華がにやりと笑う。
 尻尾がゆらりと揺れ、その金の瞳が挑発的に光った。

 

「聞こえぬ方が難しいわ。あれだけ自分で叫んどいての」

 

 ……ぐぅの音も出ない。
 だが、その挑発的な笑みの裏に――確かに“興味”の色が見えた気がした。

 

「とりあえず、そっちの名前も聞かせてくれよ。」

 

 俺は問いかける。
 心の中ではもう、ドラムロール鳴りっぱなし。
 絶対可愛い名前が来るパターンだ。間違いねぇ!

 

 狐耳の美少女――いや、狐耳ハーレム候補は、
 ほんの少しだけ照れくさそうに耳をぴょこんと動かしながら言った。

 

「焔華(ほのか)じゃ。」

 

 ――ほのかぁぁぁぁぁッ!!??

 

 脳内で花火。心の中で祝砲。テンション、銀河突破。
 なんだこの完璧な名前! 響きが柔らかくて、しかも燃えるように美しい!
 可愛さと力強さの両立とか、神がかってるだろ!!

 

「か、かわいい名前じゃねぇか!!」

 

 声が裏返る。テンション、抑えきれず大暴走。
 もう完全に脳内で恋のBGMが流れていた。

 

 焔華はそんな俺を見て、得意げに胸を張る。
 狐耳がピンと立ち、尻尾がふわりと揺れた。

 

「そうじゃろ?わしの母上から貰った自慢の名前じゃ!」

 

「おぉ~!お母さん、センス最高だな!
 “焔華”って響き、トップクラスにカッコいいぞ!!」

 

「ふふん!お主、なかなか見る目があるのぅ!」

 

 ドヤ顔で笑う焔華。
 ……くそ、やっぱ可愛い。狐耳と尻尾が完全に反則級。

 

 俺の“ハーレム王レーダー”がビリビリ鳴り響く。
 確信した。
 ――狐耳の炎の少女、焔華。
 こいつ、ハーレム入り確定だ。
 



「それにしても……“雷丸”、“雪華”、“焔華”。」


 
 雪華がふと呟く。
 その声は静かだったが、どこか楽しげでもあった。

 

「なんとも妙な組み合わせですね。」

 

 俺はニヤリと笑って、胸を張った。

 

「な?名前だけで最強チーム感あるだろ?
 雪と雷に焔――もうバランス完璧!
 これは運命のトリオだな!」

 

 そう言って、俺は焔華へと手を差し出した。

 

「よし、俺たちでチームを組もうぜ!なぁ、焔華!!」

 

 雰囲気は完璧だ。
 この瞬間から始まる――俺たち“ハーレムチーム”の成長物語。
 ……のはず、だった。

 

 だが、焔華は差し出した俺の手をじっと見つめ、
 少しだけ目を細めた。

 

「……お主らのことは、確かに気に入った。」


 
 その声には、ほんのわずかな温度があった。


 
「じゃが、わしには――やらねばならぬことがある。」

「やらなくちゃいけないこと?」

 

 焔華の金の瞳が、どこか遠くを見つめている。
 その真剣な横顔に、空気が一瞬ピリッと張り詰めた。


 俺と雪華は小声で顔を突き合わせる。
 うん、これは大事件の予感だ。絶対そうに違いない。

 

「なぁ、焔華。よかったら、その話――俺たちにも聞かせてくれないか?」

 

 俺はまっすぐ彼女の目を見る。
 だが、焔華は困ったように耳をぴくぴく動かし、
 モジモジと視線を泳がせた。

 

「う、うぬぅ……」

 

 おいおい、そんな様子見せられたら、ますます気になるだろ!

 

「聞かせてくれよ、焔華!
 この異世界帰りのハーレム王・飯田雷丸が!
 どんなヤバい話でもドシーンと受け止めてやるからよ!!」

 

 勢い込んで言う俺に、焔華は少しだけ沈黙し――
 やがて、小さく頷いた。

 

「……わしが散歩をしていた時のことじゃ。
 祭りに夢中になっとってのう……つい、狐族に伝わる秘宝を落としてしまったのじゃ。」

 

「……は?」

 

 思わず眉をひそめる俺。
 雪華もぽかんと口を開ける。

 

「秘宝って……そんな重要なもん、落とすなよ!?」

 

「仕方ないじゃろう!? わし、りんご飴に夢中で……!
 気づいたらポトリと落ちておったのじゃ!!」

 
「り、りんご飴って!! 妖怪としての威厳どこ行った!?」

 

 思わず全力でツッコミを入れる俺。
 焔華は耳を立てて反論しながらも、気まずそうに尻尾をくるりと巻く。

 

「その秘宝には、歴代の妖狐たちの魂が封じられておるのじゃ。
 もしもの時、一族を救うために使えと伝えられていたのに……やっちまったのう!」


「いや、“やっちまったのう”で済む話じゃねぇだろ!!」

 

 世界の命運とか封印の異変とか、そんなスケールかと思えば――
 実際は、りんご飴に夢中で秘宝紛失事件である。

 

「ぷふっ……」


 
 隣で雪華が、ついに吹き出した。
 口元を押さえながら、肩を震わせて笑っている。

 

「雪華まで笑うなよ!? この状況、笑えねぇからな!? たぶん!
 先祖の魂までかかってるやらかし話だからな!? これリアル社会でやったら――
 “家系レベルのコンプラ違反”だぞ!?」

 

 雪華は笑いをこらえきれず、「ふふっ……」と目元を押さえた。
 焔華は頬をふくらませ、耳をぴょこぴょこと動かしながら反論する。

 

「う、うるさいのう!わしだって反省しとるわい!! りんご飴が悪いのじゃ!!あれは罪深い甘さじゃ!!」


「いや、りんご飴のせいにすんなよ!!」

 
「とにかく! その秘宝が無い限り、わしはご先祖様に顔向けできん……!
 絶対に見つけ出さねばならんのじゃ……!」

 

 その時だった。
 地面に倒れていた白ローブの一人が、血の滲む唇を震わせながら身を起こした。

 

「妖狐様!! お、お願いです……聞いてください!!」

 

 周囲の空気が一瞬、凍りつく。
 皆がそちらを向いた。

 

「その……狐族に伝わる秘宝は……!」

 
 
 呪術師は荒い息を吐きながら続けた。

 
 
「崇拝派の幹部――伏見霧雅(ふしみ きりが)様が拾い上げ、現在は保管しております!!」

 

「なんじゃと!?」

 

 焔華の耳がピンと立ち、瞳が鋭く光る。

 

「そ、そうです! ですから……我々と共に来てくだされば、秘宝は必ずお返しします!
 どうか一度、我々のもとへ――!」

 

 その言葉に、俺はビシィッと指を突きつけた。

 

「ず、ずりぃぞ!! お前らぁ!!」

 

 呪術師たちが一斉にビクッとする。

 

「物で釣るとは卑怯だぞ!!
 男なら――いや、人なら――ハートで勝負しろよ!!
 ハーレム王の俺が保証する!! 恋も信頼も、取引じゃねぇ!!」

 

 雪華がため息をつきながら、こめかみを押さえる。

 

「雷丸様、それ“恋の話”に変換しちゃダメな場面です……」


 
「お主……ほんに話の軸がずれておるのう……」


 
 焔華が呆れ顔でつぶやく。

 

 だが、その表情には――ほんのわずかに、笑みの色が差していた。
 
 
 

 白ローブの一人が必死に頭を下げる間に、焔華はすでに身体を半歩前へ寄せていた。鼻をピクつかせ、肩をすくめる。

 

「わしはお主らの仲間になるつもりはない。お主らはつまらん。何より腹に何か抱えているのが見え透いとるわ。」

 

 白ローブたちはギョッとし、言葉が詰まる。

 

「そ、そんな……つれないことを……」

 

 焔華の表情は、冗談の欠片もない真剣そのものだ。

 

「よし。ならばわしはその伏見霧雅という者を襲撃する。奪い返すのが一番早い──!」


 

 ――いや、焔華、それ結構物騒だぞ!?
 心の中で俺が突っ込む間にも、周囲は一瞬凍りついた。

 

「えぇっ!?」「待ってください、話し合いで……!」

 

 白ローブたちの声が一斉に上がり、慌てふためく様子が丸見えだ。中の一人が必死に制止しようと手を伸ばすが、焔華はピシャリと言い切った。

 

「まどろっこしい取引など、性に合わん。
 力づくで奪い返す――それが一番確実じゃからな!」

 

 白ローブたちはしばし沈黙した後、誰ともなく「そ、そんなぁ……」と漏らすしかなかった。
 

 
 俺は腕を組み、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
 完全勝利――理屈ではなく、勢いで勝った感触が心地いい。

 

「ほら見ろ! 物で釣ろうとするからこうなるんだよ!
 やっぱり最後に勝つのは――愛なんだよ、愛が!!」

 
「それと――伏見霧雅ってやつの情報、感謝な!
 そいつの居場所、Googleマップで調べとくわ!!」

 

 白ローブたちは「く、くそぉぉぉぉ!!」と地面に拳を叩きつけ、涙目で震えた。
 ……なんか、俺が悪役っぽくなってないかこれ?

 

 そんな中、焔華が静かに俺たちの方を見た。
 その金の瞳には、確かな決意が宿っている。

 

「お主らも……来てくれるのか?」


「あぁ、もちろんだ!」



 俺は胸を叩き、ニッと笑った。

 
 
「俺たちはもう――ハーレムチームだろ!?」

 

 雪華は少しだけ肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。

 

「……ここまで来たら、最後まで付き合います。」

 

 その声に焔華の耳がぴょこりと動く。
 やがて小さく笑い、ふっと前を向いた。

 

「ふふっ……そうか。ならば行くぞ、雷丸、雪華。
 目指すは――伏見霧雅の居城じゃ!」


 
 ……こうして俺たちは、
 狐族の秘宝を取り戻すため――伏見霧雅の元へ向かうことになった。
 
 

 
 


 ――――――――――

 





 俺たちは、崇拝派の幹部・伏見霧雅が秘宝を隠しているという屋敷の前に立っていた。

 塀越しに見上げると、古びた蔵と厳かな門構え。
 灯籠がゆらりと揺れ、夜の風が木々をざわつかせる。
 ――いかにも「裏で怪しい儀式してます」って雰囲気だ。

 

「多分、ここですよね?」


 
 雪華が静かに確認する。
 声は小さいが、確信に満ちていた。

 

「ああ。近所でも“怖い屋敷”って有名らしいし、間違いねぇな。」

 

 俺が頷くと、焔華がピンと背筋を伸ばし、周囲をぐるりと見渡した。
 その金の瞳が夜闇に輝く。

 

「ふむ……表札にも“伏見”とある。間違いなしじゃ!
 よし――ではまず、わしが屋敷に火を放つ!!」
 

「…………は?」


 
 時間が止まった。
 次の瞬間、俺と雪華の声がハモる。

 

「いや待て!!」

「それは駄目です!!」

 

 焔華はきょとんと首を傾げる。

 

「なんじゃ、火が一番手っ取り早いじゃろ?
 全部燃やせば、酸欠になった伏見霧雅が自ら飛び出してくるはずじゃ!」

「手っ取り早いにも程があるわ!!」

 
 
 俺が思わず全力ツッコミを入れる。

 

 雪華がすかさず前に出て、冷静な口調でフォローに入った。


 
「焔華さん、落ち着いてください。
 家事になれば周囲の家々まで延焼します。
 私たちの目的は“秘宝の奪還”であって、京都の焼き直しではありません。」


「むぅ……そうか。ダメか。」


 
 焔華はしゅんと尻尾をしぼませた。
 ――可愛い。けど道徳観、ちょっと足りてないぞこの子!?

 

 俺、雪華、焔華――三人の視線がぴたりと重なる。
 屋敷の門の向こうでは、燈籠の明かりがゆらめき、夜風が古木をざわつかせていた。
 静けさと緊張、そしてどこかワクワクする期待が入り混じる。

 

「じゃあ、俺から行くぞ!」

 

 勢いよく声を上げ、俺は二人に向かって親指を立てた。

 

「作戦名――正面突破!
 俺が突っ込んで、伏見霧雅を見つけて、秘宝を力づくで取り返す!
 な、シンプルでわかりやすいだろ!?」

 

 雪華が小さく息を吐き、顎に手をやって考える。

 

「……単純ですが、雷丸様の戦闘力なら、確かに突破できるかもしれませんね。」

「だろ?やっぱりわかりやすいのが一番だよな!」

 

 俺が胸を張ると、焔華がにやりと笑って尻尾を揺らした。
 その目は、すでに戦闘モード全開だ。

 

「ふふっ、わしもその作戦、気に入ったぞ。
 単純明快、火を見るよりも明らかじゃ!」

 

「いや、火は見るな……」

 

 俺のツッコミも空しく、焔華の掌にはすでに小さな炎が灯っていた。
 雪華はため息をつきつつも、背筋を伸ばして言う。

 

「では――作戦開始ですね。」

 

 三人の視線が、同時に屋敷の正門へと向かう。
 夜風が一陣吹き抜け、静寂を裂いた。

 

 屋敷の前に立った俺は、深呼吸ひとつ。
 後ろで構える雪華と焔華を振り返り、満面の笑みで宣言する。

 

「よし……行くぞ、チーム“雷・雪・焔”!!」

 

 ただの正面突破じゃ終わらせねぇ。
 スマートに、カッコよく、そして――派手に決める!

 


 俺は拳を握りしめ、全力で門へ叩きつけた。

 

〈ドガァァァァァン!!!〉

 

 爆音と共に門が吹き飛ぶ。
 木片が宙を舞い、夜の静寂が一瞬で粉々になった。

 

「よぉぉぉぉっ!! 呪術師ども!! 俺たちが来たぜぇぇぇ!!」

 

 屋敷中に俺の声が響き渡る。
 ――完璧。堂々たる登場。これぞ主人公ムーブ!

 

 だが次の瞬間、屋敷の奥から慌ただしい足音が響いた。
 白ローブの呪術師たちがわらわらと駆け出してくる。
 全員お揃いの装束で、まるで洗濯物が集団で脱走してきたみたいだ。

 

「な、なんだ!? 門が吹き飛んでる!?」「妖怪様までいるぞ!?」「状況がわからん!!」

 

 混乱のど真ん中で、焔華が一歩前へ。
 金色の瞳がギラリと光り、尻尾がふわりと揺れる。

 

「妖狐の秘宝――返してもらうぞッ!!」

 

 その声は夜気を震わせ、まるで火焔の咆哮のようだった。

 

 呪術師たちが一瞬で状況を理解し、顔色を変える。

 

「敵襲だ!!」
「妖怪様二名、人間一名――全員戦闘体制!!」

 

 構えた護符が一斉に舞い上がり、空気がざらりと震える。
 屋敷全体が、次の瞬間にでも爆発しそうなほど張りつめていた。

 

 ――よし、上等じゃねぇか。
 これぞ俺の得意分野、“正面突破”の見せ場だ!


 


「カラス!」「狼!」「カラス!」「狼!」

 

 呪術師たちが一斉に札を放つ。
 黒い影が湧き上がり、羽音と咆哮が夜空を裂いた――が。

 

「……ちょっと待て!!」

 

 思わず手を挙げて止める俺。
 呪術師たちが一瞬動きを止める。

 

「なぁ、お前ら、カラスと狼しか召喚できねぇのか!?
 レパートリー少なすぎだろ!?ファンタジー業界で生き残る気あるのか!?」

 

 呪術師たちは顔を見合わせ、明らかに動揺。
 だが、召喚されたカラスと狼はお構いなしに襲いかかってくる!

 

「おいおい、マジかよ!? もうちょいこう……龍とか出してこいよ!
 なんかこう、迫力が足りねぇんだよ!!」

 

 カラスが俺の顔面めがけて突っ込んでくる。
 俺はひょいっと頭を傾けてかわしながら、後ろを振り返る。

 

「頼むぞ、雪華!」

 

「お任せください!」

 

 雪華が指輪を外すと、空気が一瞬で凍りついた。
 冷気が吹き荒れ、舞い上がる雪片が光を反射する。
 次の瞬間――カラスの群れが一斉に凍結。氷の羽根となってパリン、と砕け散る。

 

「……うおぉ、芸術点100点満点!!」

 

 一方その頃――焔華は尻尾を大きく揺らし、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 

「燃え尽きるがよい!!」

 

 轟、と炎の渦が巻き起こる。
 狼の式神たちは逃げる間もなく、焔に包まれて消滅した。
 夜空が一瞬、朱に染まる。

 

「やっぱ火と氷のコンビは最高だな……!」

 思わず感嘆の声が漏れる俺。
 この光と炎のコントラスト――まるで映画のクライマックスみたいじゃねぇか。

 

 呪術師たちは完全に混乱していた。

 

「つ、強すぎる……!!」

 

 俺は焔華と雪華を見て、満足げに笑う。
 これぞ俺たちの真骨頂――圧倒的チームワークだ!

 

「さぁ、どんどん行くぞ!! 秘宝を奪い返して、この屋敷、派手にクリアしてやろうぜ!!」

 

 焔華が炎を纏い、雪華が氷の結晶を散らし、
 そして俺――飯田雷丸がその中心で笑う。

 

 ――異世界帰りのハーレムチーム、ここに見参ッ!!



 


 ――――――――――



 

  

 屋敷の奥――
 そこに立っていたのは、明らかに“格が違う”男だった。

 長身で筋骨隆々、白いローブをまとい、不穏な瘴気のような気配を纏っている。
 夜の灯籠の光に照らされ、その眼がギラリと光る。
 見るからに“ボス”の風格。まさにラスボスフェイスだ。

 

「よう!お前が伏見霧雅か!?」

 

 俺が問いかけると、男はゆっくりと頷いた。

 

「――いかにも。」

 

 低く響く声。空気が一段冷えた気がした。
 焔華が腕を組み、じろりと睨む。

 

「崇拝派の呪術師といえば、ひょろひょろな陰キャばかりと思うておったが……こやつ、なかなかがっしりしておるのう。肉弾戦も強そうじゃ。」

 
「筋トレしっかりしてます、って感じだな。」



 俺も同意して頷く。なんかもう、“呪術師界のマッチョ代表”って雰囲気だ。

 

 伏見霧雅の視線が俺に突き刺さる。
 その眼には、明確な警戒と興味が入り混じっていた。

 

「貴様は……一体何者だ?」

 

 低く威圧的な声が、屋敷の空気を震わせる。

 

「妖狐様と雪女様……二体の妖怪と行動を共にしながら、中立派でも崇拝派でもない。
 ――貴様、一体、何者なのだ?」

 

 問い詰めるような視線に、俺は肩をすくめて笑った。

 

「俺か?ただの秘宝を取り返しに来ただけの――異世界帰りさ!」


 
 そして、さらに胸を張って高らかに宣言する。

 

「おまけに、ハーレム候補を増やすつもりでもある!!」

 

 沈黙。

 伏見霧雅の表情が固まった。
 ギラギラと光る眼が、一瞬だけ完全に止まる。

 そして、呆然と口を半開きにした。

 

「……ハ、ハーレムだと……?」

 

 その声には、怒りでも恐れでもなく――純粋な困惑しかなかった。

 

 いや、そんなに驚くことか? 俺としてはごく真っ当な人生設計だ。

 

 俺は得意げに顎を上げ、さらに追い打ちをかける。

 

「そうだ! 俺の壮大なるハーレム計画、聞いて驚け!!
 俺は魂に直撃した美少女を集めて、究極のハーレムを作る気だ!
 それが人間でも妖怪でも関係ねぇ! “好き”に境界線なんてねぇんだよ!!」

 

 焔華と雪華が、ほぼ同時にため息をつく。
 雪華は額に手を当て、焔華は呆れたように肩をすくめる。

 

「……雷丸様、ボス戦で愛の演説を始める人、初めて見ました。」
「うむ、わしも同感じゃ。敵より恥ずかしさで倒れそうじゃ。」



 伏見は、こめかみを押さえた。
 静かに、しかし確実に、こめかみの血管がピクピクと浮き上がっていく。

 

「……頭が痛くなる。なんだこいつは……宇宙人か何かか?」

 

「雷丸様……ついに“人間”枠から外されましたね。」
 雪華が小声で呟く。

 
「当然じゃ。あやつはもはや“俺星人”じゃからの。」
 焔華が尻尾を揺らしながら真顔で答え

 

「お前ら!!俺の味方しろよ!!」


 
 俺が全力でツッコむが、二人ともクールにスルー。
 伏見は深くため息を吐き、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……理解不能だ。貴様の存在は、論理から外れている。」

 

 だが、俺はその言葉に一歩も引かない。
 むしろニヤリと笑って、堂々と胸を張った。

 

「別に、お前の理解なんて求めてねぇよ!
 俺は俺のやりたいようにやるだけだ!!」

 

 伏見の瞳がギラリと光った。
 まるで怒りと恐怖と呆れが全部混ざったような光だ。

 

「……消すべきだな。」

 

 低い声。
 屋敷全体の空気が、一気に冷え込む。

 

「危険、というより――意味不明すぎる。
 貴様の存在は、この世界の理を乱す。」

 

 その言葉と共に、伏見の足元から無数の護符が浮かび上がる。
 淡い光が渦を巻き、屋敷全体を覆うように展開された。

 

 焔華が警戒して耳を立て、雪華が冷気をまとい始める。
 俺は拳を握りしめ、ニヤッと笑った。

 

「おいおい、“意味不明”って褒め言葉か?
 上等だ――“異世界帰り”ナメんなよ!」



 俺の叫びと同時に、伏見が腕を振るう。
 すると空気が歪み、呪力が爆ぜる。そこから次々と式神たちが姿を現す――!

 

 最初に現れたのは、大柄で筋肉モリモリの猿。
 真紅の眼を光らせ、牙を剥き出しにしながら地面を砕いて立ち上がる。

 続いて、白蛇。全長五メートルを超えるその巨体が、うねるように動きながらこちらを睨む。

 さらに、鋭い爪を持つ鷹が天井を旋回。
 そして最後に――黒い霧をまとった大狼が、低く唸り声を上げながら姿を現した。

 

「猿! 白蛇! 鷹! 大狼! 全員まとめてかかれ!!」

 

 伏見の号令と同時に、四体の式神が一斉に襲いかかってくる!

 

「おいおい、今回はバリエーション増えてんじゃねぇか!」


 
 軽口を叩きつつも、俺は全身の感覚を研ぎ澄ませた。

 

 猿が一直線に飛びかかり、白蛇がその影を滑るように追う。
 頭上では鷹が鋭く旋回し、地上では大狼が地を駆けて包囲を狙っていた。
 ――なるほど、こいつら……連携を覚えやがったな。

 

「これ、ちょっと手ごわそうだな……!」

 

「雷丸様、コンビネーションなら私たちも負けません。」
 雪華が冷気をまとう。

「そうじゃ! わしらの連携、見せつけてやろうぞ!」
 焔華が炎を揺らしながら笑う。

 

「よっしゃ、行くぞ! 三人の連携、見せてやろうぜ!!」

 

 猿が拳を振り下ろす瞬間、俺はステップでスッとかわす。
 その隙に雪華が冷気を放ち、猿の足を一瞬で凍りつかせる。

 

「今じゃ、焔華!!」

「任せよッ!!」


 
 焔華の炎が猿を包み込み、轟音と共に吹き飛ばした。

 

「はい、猿退治完了です!」
「よし、次は白蛇じゃな!」

 

 白蛇が鋭く首を伸ばして突進してくる。
 焔華が前に出て炎の壁を展開、蛇の動きを止める。

 俺はその隙を逃さず跳躍――拳を叩きつけ、白蛇の頭部を粉砕した。

 

「白蛇、撃破ァ!!」

 

 上空では鷹が甲高い鳴き声を上げながら急降下。
 俺が素早く指示を飛ばす。

 

「雪華、あれだ! 翼を凍らせろ!!」

「はい!」


 
 雪華の放った氷の弾丸が鷹の翼を貫く。動きが鈍ったところへ――

 

「燃え尽きよ!!」


 
 焔華が跳躍し、空中で炎を叩き込む。
 鷹は爆炎に包まれ、光の粒となって消滅した。

 

 残るは、大狼。
 闇に紛れて走り回り、牙をむいて飛びかかってくる。

 

「雪華、焔華! 援護頼む! 俺がフィニッシュ決める!!」

 

 焔華が炎の奔流で狼の進路を塞ぎ、
 雪華が冷気で地面を凍らせ、狼の動きを封じる。

 

「はっ!これでトドメだ!!」

 

 俺は回転しながら跳躍、雷光を纏った拳を叩きつけた。
 凍りついた大狼が粉砕され、光の欠片となって弾け散る。

 

「よっしゃあ!全員撃破だぁ!!」
 


 俺の勝ち誇った声が屋敷に響く。
 粉々になった式神の残滓が、光の粒となって宙を漂った。

 

 対する伏見は、まるで悪夢でも見たような顔をしていた。
 目を見開き、震える声で呟く。

 

「ば、馬鹿な……! 私の式神の完璧な連携が……こんな簡単に崩れるなど……!」

 

 その様子に、俺はニヤリと笑い、拳を鳴らした。
 胸の奥で雷の音が鳴る――興奮と高揚が混ざり合う音だ。

 

「どうだ、これが俺たちの――“ハーレム・コンビネーション”だ!次はお前の番だぞ、伏見!!」

 

 俺の隣で、焔華が尻尾をふわりと揺らし、挑発的に口角を上げる。

 

「その筋肉、ただの見せかけではあるまいな?」

 

 雪華は静かに微笑みながら、冷気をまとって前に出た。
 淡い氷の粒が空気中を舞い、夜気が一気に凍りつく。

 

「そうです。筋肉はただ鍛えればいいものではありません。
 “使える筋肉”かどうか、私たちが確かめてあげます。」

 

 凍気と炎が交差し、雷が迸る。
 三人の力が重なり合い、屋敷の中の空気が一瞬で戦場へと変わった。

 

「さぁ、伏見霧雅――第二ラウンド、始めようぜ。」

 

 俺たちの士気は最高潮。
 だがその瞬間、伏見はわずかに唇を歪め――ポケットから何かを取り出した。

 

 拳ほどの球体。淡く光りながら、空気そのものを変質させるような――ただならぬ“力の波動”が広がる。

 

 俺、雪華、焔華――三人の視線が一点に集中する。

 

「あ、あれは……!」

 

 焔華が目を見開き、声を震わせた。


 
「間違いない……あれは、わしの一族の秘宝じゃ!!」

 

 その声には、怒りと焦り、そしてほんの少しの恐怖が混じっていた。
 伏見はそれを手の中で弄びながら、ゆっくりと笑う。

 

「貴重なものらしいな。だが――これこそが、“鍵”なのだよ。」

 

「鍵? 何を――」

 

 俺が言いかけた瞬間。

 

〈パリンッ!!〉

 

 甲高い音が響き、秘宝があっさりと砕け散った。

 

「は?」

 

 ……一瞬、脳が処理を拒否した。
 次の瞬間、焔華の悲鳴が屋敷に響く。



「我が一族の秘宝がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 彼女はその場に崩れ落ち、耳も尻尾もしょんぼりと垂れた。
 見てて胸が痛くなるほど、全身から“ガチ凹み”が伝わってくる。

 

「おい伏見!! 人ん家の家宝を勝手にぶっ壊すとか、どんだけ非常識なんだよ!!」


 
 俺は思わず指差してブーイング!



 
「普通、そういうの持ち帰るとか、丁寧に保管するとか、そういう方向性だろ!?何でいきなり割るんだよ!?」


 

 横で雪華もピシャリと一言。

 

「そうですよ! 人の大切なものを勝手に壊すなんて……!
 マナーも情もゼロです! 人として終わってます!!」

 

 ――まさかの正論二連撃。
 だが伏見は、それすら愉快そうに受け流した。

 

「……ふ、フハハハ……理解が浅いな。
 秘宝とは“壊すことで真価を発揮する”ものもあるのだよ。」

 

 伏見の笑い声が不気味に反響した。
 砕け散った破片が宙に舞い、淡い光が脈動する。
 その光は次第に黒ずみ、屋敷全体が――歪んだ。

 

 空気がねじれ、床がうねる。
 屋敷の柱が波のように曲がり、天井には黒い裂け目が走った。
 まるで世界そのものが“バグった”かのような光景。

 

「……な、なんだこれ……!?」



 俺は思わず声を漏らす。

 世界が揺れる。大地が震える。
 耳鳴りのような低い音が響き渡り、空間が“軋む”感覚が肌を刺した。

 

 そして――割れた秘宝の破片から、白い霧のようなものが溢れ出した。
 霧は蠢きながら形を取り、やがて“人”の輪郭を帯びていく。

 

「……おい、なんか出てきたぞ……!?」

 

 その瞬間、俺の隣の焔華が硬直した。
 金の瞳を大きく見開き、震える声を漏らす。

 

「……あれは……まさか……!」

 

 霧が完全に形を成した。
 そこに現れたのは――焔華に酷似した姿の“妖狐たち”。

 

 彼女と同じ狐耳、同じ尻尾。
 だが、その瞳は感情のない金属のような光を宿し、
 纏う気配は焔華のものとは比べ物にならないほど荒々しい。

 

 長い髪が霊炎に照らされ、金と銀の光が交錯する。
 一体一体がボス級の存在感を放ち、圧迫感だけで息が詰まりそうだ。

 

「――――これは、ヤバいな。」

 

 異世界で幾多の修羅場をくぐってきた俺の直感が、
 全力で“警鐘”を鳴らしていた。

 

 これはただの式神じゃない。
 “魂”そのものだ。

 

 伏見は両手を広げ、狂気じみた笑みを浮かべる。

 

「ハハハハハハハ!!! 素晴らしい!!! 偉大なるお方たちが……ついに復活なさった!!!」

 

 その瞳は狂信者の光を帯び、恍惚と見上げる。
 浮かび上がる妖狐たちの霊影は、炎のようにゆらめきながら姿を固めていく。

 

「妖怪の中でも最強と謳われた“炎狐(えんこ)”――その血族たちよ!!」

「……炎狐?」


 
 俺が問い返すと、焔華がはっと息を呑んだ。
 その顔に、恐れと懐かしさが入り混じった複雑な色が浮かぶ。

 

 そして、彼女の視線が――その中の一体に吸い寄せられた。

 

「は……母上……?」

 

 その瞬間、場の空気が凍りついた。
 焔華の声は震え、尻尾がぴたりと止まる。

 

 白炎に包まれて現れたのは、彼女によく似た、美しくも威厳ある女性。
 艶やかな紅の着物。
 九本の尾がゆるやかに揺れ、炎のように淡く光を放っている。
 長い金髪を背に流し、紅の瞳が静かに光っている。
 だが、その瞳は冷たく、何の情も宿していなかった。

 

「……まさか……母上の魂まで……」

 

 焔華の声が震える。
 その肩が、――寂しげに揺れた。


 
 伏見の高笑いが、屋敷全体に響き渡る。
 膝をついた彼は、まるで神に祈るように頭を垂れた。

 

「これでまた一歩、妖怪の世に世界が近づくぞ!!
 ――鳥丸天道様! この伏見霧雅がやりましたぞ!!」

 

 その名を聞いた瞬間、俺の胸がざわついた。
 ……鳥丸天道。どこかで聞いたことがある。だが、今は思い出している暇はない。

 

「雷丸様……」


 
 雪華が低く囁く。

 

「ここは撤退しましょう。あの妖狐たちは……普通の相手ではありません。
 一体一体が、私でも分かるほどの“圧”を持っています。
 それに、焔華さんも……今はとても戦える状態ではありません。」

 

 その声は冷静だが、わずかに焦りを含んでいた。
 彼女の判断は正しい。確かに、今の戦力では分が悪い。



 異世界で幾多の修羅場をくぐってきた俺は知っている。
 こういう時、一番大事なのは“最初の動き”だ。最初の一手が、勝敗の行方を決める。

 

 撤退――それも手だ。
 だが俺の中では、もう答えは出ていた。

 

「いや………………」

 

 声は小さく、だが揺るがない。
 俺は深く息を吸い込み、全身に“俺力”をみなぎらせる。

 

 青白い光が皮膚の下を走り、髪が逆立つ感覚。体内の血潮が熱く脈打ち、世界の輪郭が一瞬鋭くなる。

 

 狙うは、ただ一人――伏見霧雅。

 

「ハハハハハハハハ!!! 素晴らしい! ついに願いは叶ったぁ!!」

 

 伏見は恍惚の笑みを浮かべ、油断しきっていた。
 その愚かさに、俺の闘気がさらに高まる。

 

 雷鳴のような一歩を踏み出す。

 

 そして、次の瞬間――俺はもう、目の前にいた。

 

「ハハハハハハハハ!!!!! ……えっ?」

 

 笑いの途中で、拳が炸裂した。

 

「ぐはぁあああああッ!!」

 
 

 一瞬の静寂。
 伏見は吹っ飛んで壁に激突。
 衝撃でクモの巣状のヒビが広がり、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

 ――まるでギャグ漫画のワンシーン。

 

「よっしゃあ!これで終わりだ!!」

 

 拳をパンッと鳴らし、俺は勝利を確信した。
 術者を断てば式神も消える――それが定番、セオリー、常識、だろ!

 

 ……が、次の瞬間。

 

 妖狐たちは――消えていない。

 

「……え?」

 

 俺は固まった。
 え、いや、待て。伏見は倒しただろ?
 式神って、術者やられたら消えるもんじゃねぇのか?

 

「き、消えねぇのかよぉぉぉ!!?」

 

 自分でも驚くほど情けない声が出た。
 前に立つ妖狐たちは、相変わらず圧倒的なオーラを放ちながら、ただ俺を見下ろしている。
 その気高さと威圧感に、全身の毛穴が総立ちになる。

 

「雷丸様……どうやら、式神とは仕組みが異なるようです。」

 
 
 雪華の声が静かに響く。


 
「術者が消えても消滅しない。おそらく、召喚時に受けた“最初の命令”――それに従い続けているのかと。」


「……つまり、まだ俺たちを敵だと思ってるってことか?」

「はい。どう見ても、戦闘モード継続中です。」

 

 雪華の冷静な分析が返ってくる。
 でも、そんな理屈、今はどうでもいい!!


 
「だ、だってよ!アニメとか漫画ならボス倒せば全部消えるだろ!?俺たち、今ボス倒しただろ!?なぁ!?」



俺の必死の叫びも虚しく――妖狐たちが、動いた。

 

「――――来るぞッ!!」

 

 警戒の声を上げる間もなく、目の前の妖狐たちが信じられない速度で迫ってきた。
 視界の端を閃光が横切る。次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。

 

「……は、はやっ!?」

 

 背中から地面に叩きつけられる。
 胸の奥がズキズキと痛み、肺が潰れたように息ができない。
 体の内側で、爆弾が炸裂したみたいだった。

 

「うっ……!!」

 

 動きを追うことすらできなかった。
 ただ圧倒的な“力”が俺を地面に縫い付けたという現実だけが残る。
 視界が歪み、世界がぐるぐると回る。

 

「雷丸様!!」

 

 遠くから雪華の声が聞こえる。
 だが、耳鳴りがひどく、言葉の輪郭すら掴めない。
 代わりに響くのは――風を裂く音。

 

 ――ブンッ!!

 

 目の前を、巨大な尾が閃光のように横切った。
 地面がえぐれ、瓦礫と土煙が爆ぜる。

 

「っ……!」

 

 反射的に地面を転がる。
 背中を掠めた熱風が、皮膚を焼くようにヒリつく。
 体勢を崩したまま転がり、土煙の中で息を吸い込む――
 だが、休む暇などなかった。

 

 次の一撃が、もう迫っている。

 

 視界を裂く閃光。
 鋭い爪が空を裂き、俺の首筋を狙って振り下ろされた。

 

 ――速い!!

 

 思考よりも先に身体が動いた。
 全身の筋肉をきしませ、後方へ跳ぶ。
 足裏に伝わる衝撃――その直後、俺のいた場所の地面が“裂けた”。

 

 砂埃が爆ぜ、熱気が頬を掠める。
 ほんの髪の毛一枚でも遅れていたら、首ごと吹き飛ばされていた。

 

「はぁ、はぁ……! くっそ……!」

 

 冷や汗が背を伝い、心臓が痛いほど鳴る。
 一撃、一撃が致命傷クラス。
 ――重い。速い。でかい。まるで自然災害そのもの。

 

「雷丸様!!」

 

 雪華が冷気を放ち、氷の盾を作る。
 だが、妖狐の一体が片手を翳した瞬間、炎が奔り、氷が一瞬で蒸発した。

 

「なっ……!?」

 

 雪華の驚きが凍りつく。
 俺は歯を食いしばり、叫んだ。

 

「雪華!サポートはいい!今は自分を守れ!!」

 

 叫びながら立ち上がるが――その瞬間、巨大な尾が背中を叩きつけた。
 空気が肺から抜け、地面に沈む。
 骨がきしみ、意識が遠のく。それでも、俺は――足に力を込めた。

 

「ぐぅっ……まだ、だ……!」

 

 何度叩きつけられても、立ち上がる。
 だが、妖狐たちは止まらない。
 次々と爪が、尾が、牙が襲いかかり――俺の全身を打ちのめしていく。
 まるで嵐に飲まれた木の葉だ。

 

 そして――一体の妖狐が息を吸い込み、身体をのけぞらせた。

 

「――ッ!」

 

 次の瞬間、灼熱の炎が放たれた。
 視界が白く焼け、音が消える。
 俺は抵抗する暇もなく、その直撃を受け――

 

「雷丸様ぁぁぁぁぁぁ――!!」

 

 雪華の叫びが遠くに響く。
 その声が、最後に届いた音だった。

 

 視界が暗く沈んでいく。
 雪華の泣きそうな顔が、ぼやけて見えた。


 
 ――あぁ……ダメだ。
 ここで……終わり、なのか……?


 
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