異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第21話 テロリスト

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【貴音視点】

 
「……それでは、この問題を解いてみましょう。」

 

 いつも通りの授業。
 教師の穏やかな声が、いつものように教室に流れていた。
 私はノートに視線を落とし、黒板の文字を写すことに集中していた。

 

 ――ただの、当たり前の時間。

 

 そう思っていた。

 

 だが、その平穏は突然、あまりにも簡単に壊された。

 

〈バンッ!!〉

 

 廊下の奥から、重くて嫌な音が響いた。
 扉を拳で叩いたような音じゃない。もっと鋭く、もっと乱暴で、胸がざわつく音。

 教室中がざわめき、私は思わずペンを止め顔を上げた。

 

「え……今の、何?」

「誰か転んだ?」

 

 クラスメイトの不安げな囁き。
 教師も一瞬言葉を失い、扉の方へゆっくりと視線を向けた。

 

 ――胸の奥がざわつく。

 

 次の瞬間。

 

 ガラガラッ!!

 

 教室のドアが乱暴に引き開けられた。

 

「――――動くな!!」

 

 耳を刺す怒号とともに、複数の男たちが教室へ雪崩れ込んだ。

 

 見たことのない黒い服。
 顔を隠すマスク。
 獣のように鋭い目。

 

 そして――男たちが手に持つ“それ”を見た瞬間、私の呼吸は止まった。

 

 銃。

 

 それはテレビでしか見たことのない、“人を殺すための道具”。
 その無機質な金属の光が放たれた瞬間――
 教室の空気は、一息で凍りついた。

 喉が音を失い、呼吸の仕方さえ忘れる。

 チョークを握っていた先生の手が震えているのが見えた。

 

「き、君たちは――」

 

 勇気を振り絞ったその問いは、

 

「黙れ!!動くなと言っただろうが!!」

 

 怒声と同時に、銃声が轟いてかき消された。

 
 〈ガンッ!!〉
 

 教壇のすぐ横、床が抉れる。
 跳ねた火花と破片に、先生が悲鳴を飲み込んで崩れ込む。

 

「ひっ……!」

 

 教室中の誰かが、喉を震わせた。
 誰もが同じように震えていた。
 私も――足が竦んで動けない。

 男たちは迷いなく教室に踏み込んでくる。
 黒い防弾服に身を固め、顔もほぼ見えない。

 だけど、その目だけは見えた。

 氷のような、何の感情もない――戦闘員の目。

 

「この学校は、我々テロリスト集団“ヴェール・ノクターン”が支配した。」

 

 リーダーと思しき男が宣言する。

 クラス中のどこかで、押し殺したような声が漏れた。

 

「……テロ……? なんで学校に……」

 

 ざわめく暇もなく、男が銃を教室中に向け、怒鳴り散らす。

 

「静かにしろ!!無駄な抵抗をすれば――本当に撃つぞ!!」

 

 その声が鼓膜を刺すたび、心臓が痛いほど跳ねる。

 手も足も震えて、息が浅くなる。
 視界がにじむほどの恐怖――こんな恐怖、感じたことなんてない。

 

(だれか……だれか助けて……)

 

 声にならない叫びが胸の中で渦巻く。
 けれど、教室の誰ひとり動けない。
 泣くことさえ許されないような、張りつめきった空気。

 私も――体が石みたいに固まっていた。

 足は震え、喉は乾き、息をするだけで精一杯。
 思考なんてまとまらない。

 

(……これ、本当に現実なの……?)

 

 ほんの数分前まで、私は授業を受けていた。
 ただの平凡な日常だった。

 それが今――
 銃声と怒号が響く、恐怖の空間になっている。

 目の前の“銃”が、現実を否応なく突きつけてくる。

 そのときだった。

 

「――おい、そこのお前。立て」


 
 低く濁った声が教室に響く。

 私の心臓が、ドクン、と跳ねた。

 
 男の視線は――
 どう考えても、私を射抜いている。

 目線の先には、私しかいない。

 え……?

 

「わ、私……?」

  
 かすれた声が漏れる。
 否定したかった。違うと言いたかった。
 だけど、男は苛立ちを隠さず怒鳴りつける。

 

「そうだよ!お前だ、“そこの女”!!
 さっさと立てって言ってんだ!!」


 
 銃口が、私の胸元へまっすぐ向けられた。

 教室中が息を呑んだ。

 血の気が、足元から一気に引いていく。

 私の体は震えているのに――
 席から立ち上がらなければいけなかった。


 
 逆らったら、撃たれる。


 
 本能が、理屈よりも先にそう警告してきた。

 

 私は、椅子からゆっくりと――まるで錆びついた機械みたいにぎこちなく立ち上がる。

 周囲のクラスメイトたちの視線が、一斉に私へ突き刺さる。
 助けようとする視線じゃない。
 ただ、恐怖と同情が混ざった、どうすることもできない目。

 喉がカラカラで、息を飲むことすら痛い。

 

「お前が――人質代表だ。」

 

 その言葉が、心臓に鈍い槌のように落ちた。

 人質代表。

 意味は分かるのに、頭が理解を拒んでいる。
 全身の血が一瞬で引き、手足の感覚が遠ざかっていく。

 

「ひっ……」

 

 声にならない声が漏れた瞬間、
 男の手が私の腕を乱暴に掴んだ。

 その手は冷たくて、硬くて、まるで鉄のクランプみたいだった。
 抵抗なんてできるはずもなく、私は引きずられるように前へ進む。

 

「いいか、よく聞け。」

 

 男は私を前に突き出し、教室中へ宣言するように言い放った。

 

「俺たちの命令に逆らったら――
 こいつの頭が吹き飛ぶ。」

 

 銃口が、こめかみに押し当てられる。

 ひんやりとした金属が肌に触れた瞬間、背筋を電流のような恐怖が走った。


 息が詰まりそうだった。
 足は震えて、自分でも情けないほど力が入らない。
 視界はじんわりと滲み、教室の景色が遠ざかっていくようにぼやける。

 

 ――どうして、私なの?

 

 三十人もいる教室で、銃口を向けられたのは私一人。

 男の冷たい指先が腕を掴んだ瞬間、背筋を冷たい刃でなぞられたような感覚が走る。
 鉄でできたみたいな、感情の欠片もない手だった。

 

(これって……やっぱり罰なのかな……?)

 

 胸の奥で、黒い考えが静かに膨らんでいく。

 ――お兄ちゃんを傷つけたり
 ――わがままをぶつけたり
 ――逃げてばかりだった私への、罰。

 

 銃口がこめかみに押しつけられる。
 冷たい金属の感触が、はっきりと「死」を意識させた。

 

 途端に、胸の奥に一人の人物が浮かび上がる。

 明るくて、馬鹿みたいに前向きで、
 どんな状況でも“なんとかなるだろ!”って笑ってみせる――

 お兄ちゃんの顔。

 

(……お兄ちゃんだったら、こんなの簡単に乗り越えちゃうのかな……)


 
 信じられないような力で空だって飛んでみせる。
 無茶苦茶なのに、何故か全部成功してしまう。
 あんなめちゃくちゃな登場をテレビで見て、私は胸が痛いほど嬉しかったのに。

 

(でも……ここにはいない。来てくれるわけない……)



 そう思えば思うほど、胸が締め付けられて、息が苦しくなる。
 私はお兄ちゃんに酷いことばかりした。
 あのとき、寄り添ってあげられなかった。
 一番辛い時に、手を伸ばせなかった。

 

 ――だから。
 助けてもらえるわけがない。

 

 それでも。

 それでも。

 涙がにじむ視界の中、唇だけが勝手に動く。

 

「……お兄ちゃん……たすけて……」

 

 震えている声だった。
 誰にも届かないほど小さな声。
 聞かれても困るような、弱すぎる声。

 
 でも――。

 
 その瞬間だけは、
 世界でたった一人、頼れる人の名前しか浮かばなかった。


 
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