異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第38話 政略結婚

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【静香視点】


 
「お母さん……雷丸君の事、本気で好きなの?」



 麗華がまっすぐな瞳でそう問いかけてきた。
 私は一瞬目を泳がせたものの、その視線から逃れることはできず、深いため息をついて観念した。



「……ええ、そうよ。」



 麗華の目が見開かれる。まさか、母である私がこんなことを認めるとは思っていなかったのだろう。

 

「ど、どうして……?だってお母さん、あの人最初はただのバカだって――」

「ええ、最初はそう思っていたわ。」



 私は苦笑しながら、静かに話し始めた。


 
「彼に初めて会った時、彼の言動や態度を見て、正直言って『ただの軽い男』だと思ったわ。何も考えていないような自信家で、ただ自分の言いたいことを言っているだけに見えた。」



 麗華は首をかしげた。


 
「じゃあ、どうして……?」

「彼が変わらなかったからよ。」

「え?」



 私は記憶を辿るように話を続けた。

 

「彼は最初から最後まで、自分の考えや信念を曲げなかった。そして、どんな時もまっすぐに私に向き合い続けた。私が冷たく突き放しても、彼は笑顔を絶やさなかった。時にはしつこいとすら思ったけれど、そのしつこさは『誰かを本気で想う人間の強さ』だと気づいたの。」



 麗華は困惑した表情を浮かべている。

 

「でも、そんなの……他にも言い寄ってくる人はいくらでもいるじゃない。」

「違うのよ、麗華。」



 私はそっと目を閉じて、彼の姿を思い浮かべた。


 
「彼のしつこさは、ただの軽い男のそれとは違うの。あの純粋さ、そして私に向けられる真っ直ぐな好意……それは本当にまっさらで、計算も打算もないものだった。」

「……計算も打算も?」

「ええ。雷丸君は、ただ私を幸せにしたいという気持ちだけで動いているのよ。あの純粋な目、犬みたいな無邪気さ――あれが私の心を動かした。」



 麗華はじっと私を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……お母さん、本当に雷丸君のことを好きなのね。」

「ええ。認めるわ。彼は馬鹿だけど、まっすぐな人よ。そして、私はそんな彼に……惹かれてしまったの。」



 その瞬間、雷丸君が伊集院家の屋根で叫んでいる音が聞こえた。


 
「静香さーん!好きだぁぁぁぁぁ!!!!」



 麗華は呆れ顔で私を見る。


 
「……ねぇ、本当にあんな人でいいの?」



 私は苦笑しながら、彼の無邪気な声に耳を傾けた。


 
「ええ、いいのよ。彼だからこそ、私は好きになったの。」



 麗華はさらに深い溜息をついたが、私の言葉を聞いて突然目を細めた。


 
「……まさか、お母さん、本気で結婚とか考えてるわけじゃないよね?」



 その鋭い指摘に、私は少しだけ口をつぐんだ。


 
「正直……したいわ。でも、彼はまだ若いし、私と結婚するのは世間体的に少し問題があるでしょう?」



 麗華の顔が一瞬で引き攣る。


 
「……何それ?だったらどうするつもり?」



 私は微笑みながら、言葉を続けた。


 
「そこで提案なんだけど――麗華、あなたどう?」

「……どう、とは?」

「雷丸君との結婚はどうかしら。」



 その一言に、麗華の顔はみるみるうちに赤くなり、口をパクパクさせて言葉を失った。


 
「え、ええっ!?ちょっと待ってお母さん、何言ってるの!?私が飯田君と!?ありえないから!」



 私は冷静に続ける。


 
「でも、彼は家を守る力もあるし、性格は馬鹿だけど悪くない。何より、あなたをしっかり守ってくれると思うわ。」

「そんなの理由にならないよ!だって、飯田君ってお母さんのことが好きなんでしょ!?なんで私が結婚しなきゃいけないの!」



 麗華の大声に私は肩をすくめた。

 

「確かに彼は私のことが好きみたいだけど……彼の優しさと行動力を考えたら、伊集院家の未来のためにも麗華が適任だと思うのよ。」

「お母さん、それ、自分が結婚したいのをごまかしてるだけじゃないの!?」

「まぁ、それも少しはあるけど。」

「あるんかい!!」



 麗華の声が響き渡り、私は苦笑しながら小さく息を吐いた。


 
「いずれにせよ、雷丸君を伊集院家の一員として迎え入れたい。それが静かな私の願いなの。」



 麗華は完全に呆れ顔だが、その後も雷丸君の声が屋根から響き渡り続ける中、私は微かに笑っていた。
 
 


 

 ――――――――――――


 

【麗華視点】

 

「いずれにせよ、雷丸君を伊集院家の一員として迎え入れたい。それが静かな私の願いなの。」



 お母さんがそう言った瞬間、私の脳内で警鐘が鳴り響いた。そして、その顔――どう見ても恋する乙女の顔だった。いつもの冷静沈着なお母さんとは別人のようだ。


 
「お母さん、一旦冷静になって。」私は慌てて言葉を挟む。「いつも私に言ってたじゃない、『伊集院家たる者、いついかなる時も冷静であれ』って!」



 お母さんは、まるで何事もなかったかのように澄ました顔で返してきた。

 

「私は冷静よ、麗華。」

「冷静じゃないでしょ!!!」



 私は思わず声を張り上げてしまった。

 だって、冷静なお母さんなら、あの飯田君と結婚なんて冗談みたいなことを言うはずがないじゃない。


 私の頭の中では、さまざまな思いがぐるぐると渦巻いていた。確かに飯田君がこれまで伊集院家の問題を解決してくれたのは事実。お茶会の名誉も守ってくれたし、彼の力が役に立つのは認めざるを得ない。でも――。


 
「結婚って、そんな展開になるわけないじゃない!お母さん、あの飯田君よ!?あの屋根の上で『好きだぁぁ!』って叫んでた人よ!?」



 お母さんは一瞬だけ視線を逸らしながら、小さく咳払いをした。


 
「……ええ、確かに少し騒がしいところもあるけれど、彼の純粋なところは魅力的だと思うわ。」

「お母さん、それ絶対恋愛モード入ってるじゃないの!?」

「そんなことはないわ。ただ――」

「ただ?」



 私はその言葉の続きを恐る恐る待った。

 

「伊集院家の未来を考えれば、彼の力を正式に取り込むのは必要なことだと思うの。」

「……それを『結婚』っていう形で!?正気じゃないわ!」



 私の叫びにも、お母さんは全く動じる様子がない。むしろ、彼女の目には妙な確信すら宿っている。

 

「麗華、貴方もそろそろ大人になって、この家の未来について考えるべきよ。」

「いやいやいや、未来云々の前に、飯田君ですよ!?もっと他に方法あるでしょう!?」

「例えば?」

「……え、えーと、その……た、例えば、彼を執事にするとか!」



 お母さんはその提案に軽く首を傾げて、ふっと微笑んだ。

 

「彼に執事の仕事が務まるとは思えないわ。」

「じゃあ、せめて結婚は考え直して!」

「考え直す必要はないわ。私は、彼を信じているの。」




 お母さんのその一言に、私は完全に言葉を失った。



 ――冗談でしょ?あの冷静で完璧なお母さんが、本気で飯田君と結婚を考えてるなんて……。

 しかし、そんな私の心情をよそに、お母さんは淡々と話を続けていた。



「もちろん、貴方の気持ちを最優先するわ。でも彼は伊集院家をこれからも守り続けてくれる。そんな彼を婿に迎えることで、私たちはさらに安定した家柄を築くことができるわ。」



 お母さんのその言葉に、私は頭を抱えた。

 飯田君の顔が頭に浮かぶ。あの自信満々の笑み、そして「俺はハーレム王だ!」という謎のセリフ……。どこが「守り続けてくれる」だというの!? どう見ても彼は常にトラブルの中心にいるようなタイプでしょう!!


  
「あの人、いつもハーレムだとか何とか言ってるんですけど!?彼、私との結婚をハーレムの一環にしようとしてるんじゃないですか!?」

「フフッ」とお母さんは笑いながら、優しい目で私を見つめた。


 
「ハーレムかどうかは分からないけれど、少なくとも雷丸君は貴女をとても大切にしてくれるでしょう。あれだけの力を持ちながらも、貴女や私に対して真摯に向き合ってきたじゃない?」



 真摯!?どこが!? だって、あの人、私に盗聴器を仕込んでたのよ!? しかもそれを堂々と「俺、麗華をいつでも守れるようにしてるんだぜ!」って自慢してたのよ!!


 
「お母さん、あの人、この間何してたか知ってます?家で布団の上にふんぞり返って、雪華さんたちに担がせて神輿みたいにして遊んでたんですよ!?」



 お母さんは思わず吹き出しそうになりながらも、少し目を細めて呟いた。


 
「そういうユニークなところも、彼の魅力なのよ。」

「魅力じゃない!!ただの変人です!!」

「でも、どんな場面でも楽しめる人は素敵だと思わない?」

「素敵じゃないです!!」



 私は思わず叫んだ。

 

「それに、それに……! お母さん、あの人、私に盗聴器を仕込んでたんですよ!? それでもいいんですか!?」



 お母さんは少し視線を逸らしながら、何やら考え込む仕草を見せた。そして――。

 

「……盗聴器は、まぁ……少し個性的だけど、それも含めて魅力なのかしら?」

「魅力じゃないです!!ただのストーカーですから!!」



 私はもう限界だった。ツッコミどころが多すぎて、頭がぐるぐるする。


 でも、お母さんはどこ吹く風だ。むしろ「そういうユニークな男性もいいではない?」という感じで、すべてを受け流している。



 いやいやいや、あんな盗聴神輿男と結婚なんて普通なら絶対にあり得ないでしょう!! でも――。



 ふと、雷丸君が伊集院家の問題を解決してくれた実績が頭をよぎる。彼がいなければ、あのお茶会も台無しになっていただろうし、家の名誉も保たれていなかったかもしれない。その事実が、私をさらに混乱させていた。


 そんな私の思考がぐるぐると渦巻いている中、お母さんの声が再び響いた。




「難しい決断だと思っている。でも、雷丸君を他の家に取られたくないの。」



 私はハッと顔を上げた。母は平然とした表情で、何事かを悟ったように話を続ける。


 
「彼は異世界帰りの英雄で、何より頼れる男性よ。あのような力を持っている人を簡単に手放すわけにはいかないわ。ぐずぐずしていたら、他の中立派の家……最悪の場合は崇拝派や殲滅派に引き抜かれてしまうかもしれない。」

「……それは……」


 
 私は反論しようとして、言葉に詰まる。母の言葉は、妙に説得力があった。


 だが、母の次の一言が私を完全に撃沈させる。

 

「麗華、もし貴方が躊躇するなら、私はなんとかして彼を繋ぎ止めるつもりよ。いざとなったら、私が恥も外聞もかなぐり捨てて彼に求婚するわ。伊集院家にとって、彼のような存在は重要だもの。」

「…………っ!?」



 いやいやいや、それ、完全に恋愛感情ですよね!? 冷静に家のことを考えているように見せて、どう考えても個人的に惚れてるだけじゃないですか!!


 
「それ、絶対お母さんの恋心が混じってるから!」



 母は一瞬だけ目を細めて、薄く笑った。

 

「……そうかもしれないわね。」

「認めたーーー!!!」



 私は思わず叫び、頭を抱える。どうして冷静沈着で完璧な母が、ここまで飯田君に本気になってしまうのか。どんな魔法が使われたのよ!



 母は私の混乱など気にも留めず、優雅な微笑みを浮かべてこう言った。

 

「麗華、彼を逃すのはもったいないの。」



 ――この状況の方がもったいないと思いますけど!? 心の中で全力でツッコむが、言葉にする余裕がない。


 結婚――母が本気で雷丸君と結婚するつもりなら、私はどうすればいいの? いや、そもそもどう考えてもおかしいでしょう!? 私の母親と雷丸君が結婚……って、あり得ない!


 
「……わ、わかりました!考えます!ちゃんと考えるので、とりあえず母さんは引っ込んでてください!」



 そう叫んで、私はその場を後にした。とりあえず、この状況を冷静に整理する時間が必要だ。
 
 でも、頭の中ではずっと母の言葉が響いている――「雷丸君と結婚はどう?」と。

 
 私、どうしてこんな形で結婚問題に直面しなきゃいけないのよ……。


 部屋に戻る途中、私は廊下の窓から見える雷丸君の姿を見つけた。屋根の上で叫んでいる。


 
「静香さーーーん!好きだぁぁぁぁぁぁ!!」



 その声に振り返った母が、ほんの少し顔を赤らめて微笑んでいるのが見えた。



 ――やっぱり、本気だ。お母さん、完全に飯田君に惚れてる……。



 私は深い溜息をつきながら、自分の部屋に向かった。混乱した頭の中には、雷丸君の笑顔と彼との結婚がぐるぐる回っていた。

 


 ――――――――――――



【雷丸視点】


 伊集院家の広々としたダイニングルームに、俺たちは集まっていた。テーブルの上には、まるでテレビの中でしか見たことのないような豪華な料理がズラリと並んでいて、俺は思わず目を疑った。


 
「これ……全部晩御飯?今日なんかの記念日でしたっけ?」



 驚いてつぶやくと、静香さんが微笑みながら頷いた。


 
「今夜は大事な話があるの。食べながらゆっくり話しましょう。」



 その一言に、俺は思わず背筋を伸ばした。なんだか妙な緊張感が漂う。だけど、その重苦しい空気をぶっ飛ばすように――


 
「おお!この肉、まるで宝石みたいじゃの!いただきます!!」



 焔華が目を輝かせて、テーブルに並んだ肉を指差したかと思うと、豪快に手を伸ばして肉をつかんだ。そのまま豪快にガッツリ頬張る。


 
「焔華さん、少しお行儀というものが……」


 麗華が目を見開いて注意するが、焔華はまったく気にする様子もなく、口の端にソースをつけたままニッコリ笑う。

 

「ん?あ、すまんすまん。美味すぎて、つい……」



 と言いつつ、食べる手はまったく止まらない。麗華は溜息をつきつつも、何も言わずにお茶を飲んでいた。

 一方、雪華はしずしずと箸を持ち、美しく並べられたサラダを上品に食べ始める。


 
「このドレッシング、とても美味しいですね……。さすが伊集院家です。」



 雪華は静香さんに向かって優雅にお辞儀をしながら微笑む。

 そんな彼女を横目に見て、貴音が少し緊張した様子でサラダをつまんでいた。


 
「お兄ちゃん……お箸の使い方、私変じゃない?」



 貴音が心配そうに俺に聞いてきた。


 
「別に、そんなこと気にすんなよ。ほら、もっと食えよ、ここの飯めっちゃ美味いぞ。」



 俺はニヤニヤしながら貴音に肉の皿を差し出すと、彼女も少し笑顔を見せながら肉をつまんだ。


 
「……うん、美味しい!」



 その瞬間、静香さんが突然口を開いた。俺は箸を止めて、彼女の方に顔を向ける。


 
「飯田君、今日話したいのは雷丸君と私たち伊集院家の今後の付き合い方の話よ。」

「こ、今後の付き合い方?」



 俺の頭の中で、静香さんの言葉がぐるぐる回り始める。今後の付き合い方って、どういうことだ? まさか、俺がハーレム王として伊集院家を引っ張るって話……いや、それはないか。

 ふと隣を見ると、麗華が珍しく緊張した面持ちで座っている。いつもの冷静沈着な麗華の様子とは明らかに違う。


 
「……えっと、俺、なんかヤバいことしたかな?」

 

 つい不安になって呟くと、麗華が微妙に視線をそらした。なんか、嫌な予感がしてきた……。


 静香さんは俺の反応を見て、穏やかに微笑む。けど、その笑顔が妙に重い。俺は箸を置き、テーブルの上で正座する勢いで静香さんを見つめた。

 
「……あの、静香さん、その話、なんか俺が覚悟決めないといけない感じですか?」

「ふふ、覚悟が必要かどうかは、これから話す内容次第ね。」


 
 静香さんの声は柔らかいのに、なんだか俺の心臓がバクバクしてきた。


 
「え、俺、なんかやっちゃいました……?」


 
 俺の不安をよそに、静香さんの微笑みは全く消えない。逆にその柔らかな表情が、何か重大なことを話そうとしているとしか思えなくて、俺の心臓はバクバクと雷のごとく鳴り響いていた。


 ふと隣で、雪華、貴音、焔華の三人がヒソヒソと話を始めた。


 
「静香さんが、雷丸様のハーレムに入るって宣言ですかね?」



 雪華が静かにそう言うと、焔華が腕を組みながら深く頷く。


 
「ありえるのぅ。あの様子を見るに、わしらの雷丸に完全に惚れておる顔じゃ。」

「そうだよね……静香さん、最近ずっと恋する女の子の顔してたもん……」



 貴音まで真剣な表情で話している。



 ――え、そうなのかなぁ!?



 俺は彼女たちの会話に耳を傾けながら、静香さんの方をチラチラ見た。


 静香さんが……俺のハーレムに入る!?
 そんなの夢みたいじゃねぇか!俺、異世界帰りのハーレム王だぞ!?静香さんが俺のハーレムメンバーになるなら、もうハーレム完成度1000%だろ!!!


 頭の中で勝手に静香さんが俺のハーレムに加わった未来図を描いてしまう。


 一緒に書斎でお茶しながら、「雷丸君、今日も素晴らしい一日を作りましょう」なんて微笑まれたりしたらどうする!?俺はその場で昇天するしかないだろ!!!


 
「……はぁ~、最高だ……」



 俺は妄想の世界に突入しながら、静香さんの美しい横顔を見つめていた。

 その時、静香さんがゆっくりと口を開く。

 

 えっ、ついに!?ついに俺のハーレム入り宣言が来るのか!?
 ドキドキが止まらない俺は、背筋をピンと伸ばし、全神経を静香さんの言葉に集中させる。

 

「――――貴方、麗華と結婚するつもりはない?」

「は、はい!静香さん!俺も貴方が好きです!これからよろしくお願いします!」



 ……ん?



 部屋中がピタリと静まり返った。時間が止まったかのようだった。
 俺、雪華、貴音、焔華――全員の思考が完全に停止する。



 ……え?え?
 頭の中で何度も言葉を反芻するが、全く理解が追いつかない。

 4人で顔を見合わせて首を傾げた。
 話が予想外すぎる……というか、何が起きたんだ?
「麗華と結婚?」って……どういうこと!?


 俺の心は大混乱だ。だって、俺の頭の中では静香さんが俺のハーレム入り宣言をする流れだったんだぞ!?なぜ麗華が出てくるんだ!?

 
 そんな俺の心の叫びをよそに、静香さんは落ち着いた表情で椅子に腰掛けた。

 

「ここからは……私から話すわ。」



 そう言いながら、今度は麗華が顔を赤らめながら立ち上がる。

 麗華はチラリと俺の顔を見てから、緊張気味に言葉を紡ぎ出した。


 
「……その、ね、飯田君。お母さんの発言にはいろいろ事情があるの……」



 なんだこの急展開!?俺は頭を抱える余裕すらなかった。

 麗華がちらちらと俺の顔を伺いながら、深呼吸をして言葉を続けた。


 
「雷丸君……お母さんがこう言い出したのには、伊集院家の事情が絡んでいるのよ。」

「……事情?」



 俺はまだ混乱しながらも、とりあえず話を聞くことにした。だって、この状況を理解しない限り、俺の妄想の静香さんハーレム入り計画が完全に崩壊してしまうからな。


 麗華はさらに小声で呟くように言った。


 
「伊集院家の存続と、家の安定のために……お母さんは、飯田君を伊集院家に迎え入れることを本気で考えているの。」



 その言葉で、俺の脳内は完全にフリーズ。
 伊集院家の存続と家の安定って……何で俺が関係あるんだよ!?



「え、えぇぇ……!?いやいや、待てよ。」



 思わず動揺を抑えきれず、俺は口を開いた。



「麗華、お前俺のこと嫌ってなかったっけ?」



 ――そうだよ、これまでは俺のことを「バカ」だの「勘違い男」だの言ってたはずなのに!?

 麗華は、俺の困惑に気づいているのかいないのか、やっぱり冷静に答えてくる。



「そうね、最初はそう思っていたわ。でも、今ではその考えも変わったのよ。」



 ――えぇぇぇ!?お前、こんな急に人って変わるもんか!?
 俺がパニックになってるのをよそに、麗華はさらに続ける。



「飯田君が伊集院家に居候して以来、その力を使って数々の問題を解決してくれた。それが私たち伊集院家にとっても必要不可欠な存在だと判断したから。」



 いや、冷静に言ってるけど……それでも結婚って!?



「ま、待てよ!お前さ、俺をハーレム王とかふざけた奴だって思ってただろ?そんな奴と結婚なんて……!」



 麗華は少し眉を上げながらも、きっぱりと答える。



「ええ、確かに貴方がハーレム王だと言っていた時は心底バカだと思ってたわ。でも、それも今は理解している。」

「理、理解!?」



 麗華はさらに冷静に続ける。



「つまり、貴方の持つハーレムは、貴方の魅力と力を証明するものだと認識したのよ。それは伊集院家にとっても非常に価値のある要素よ。」



 ――ハーレムが価値ある要素ってどういうこと!?
 まるで、俺のハーレムが株式か何かみたいに評価されてる気がするんだけど!?

 俺が頭を抱えていると、麗華はしっかりと俺を見据えながら言った。



「結婚の決断は、家の未来を見据えた結果よ。貴方との結婚は、伊集院家の安定と発展に繋がるの。」



 ――待て待て、伊集院家の未来が俺にかかってるって、ちょっと重すぎないか!?
 俺は内心パニックだったが、麗華の目は全く揺らいでいない。

 
 俺が言葉に詰まっていると、隣で焔華がようやく口の中の肉を飲み込んで、俺に向かって一言。



「おぬし……なんかすごいことになっておるのう。」



 ――俺もそう思うよ、焔華!

 

 その瞬間、雪華が口元に手を添えて、淡々とコメントをくれる。


 
「雷丸様……これは間違いなく人生最大の岐路ですね。ですが、いつものように勢いで乗り越えられるのでは?」

「おい、それフォローしてんのか!?それとも俺のことバカにしてんのか!?」



 雪華は静かに首を傾げ、真顔で答える。


 
「どちらかといえば……フォローです。」



 ――いや、絶対バカにしてるだろ!



 さらに、貴音が腕を組んで唸りながらぽつりと言う。


 
「お兄ちゃん……伊集院家の未来とか言われてるけど、そんな大事な人に、ハーレム王だなんて名乗らせて大丈夫なのかな……?」

「おい妹よ!そこ掘り下げるなよ!俺だって今、自分の立場がわからなくなってるんだから!」
 
 

 それにしても、この急展開にどう反応すればいいのか、俺はますます分からなくなっていた。



「………でもお前の気持ちはどうなんだよ、麗華?」



 俺は、ふと素朴な疑問が口から出てしまった。
 今まで伊集院家のことだの発展だのって話ばかりだったけど、肝心の本人の気持ちってどうなんだよってことだよな?

 麗華は、一瞬ハッとした顔で俺を見た。



「……え?」



 ――そう、まさに「え?」という顔。
 まるで初めて聞いた概念みたいに、ポカンと口を開けてるじゃねえか!



「いや、だからさ、結婚とか家のためとかって色々言ってるけど、お前自身はどう思ってんだよ?」



 俺はもう少し詳しく突っ込んでみた。
 だって、これって結構大事な質問だろ?普通、結婚するなら好きだとかそういう話が出るもんじゃないか?

 だが、麗華はしばらく黙り込んだまま、まるで処理中のコンピュータみたいに固まっている。

 その様子を見て、隣で焔華がぼそっと呟いた。



「……どうやら、恋愛というものを忘れておるようじゃの。」



 ――おいおい、本気かよ!?

 俺が内心で突っ込みを入れる中、麗華がようやく口を開いた。



「……その、結婚は家のために合理的で……」

「いやいや、そうじゃなくて!お前の個人的な気持ちだよ!」



 もう一度、俺は突っ込む。
 すると、麗華はまるで宿題を出された小学生みたいに、戸惑いの表情を浮かべながら視線を泳がせた。



「わ、私の……気持ち……?」

「そう!お前がどう思ってるか!」



 俺がちょっと強めに言うと、麗華は頬を少し赤らめて、もじもじしながら答えた。



「……わ、私、恋愛とかそういうの……考えたことなくて……その……」



 ――え、マジ!?


 
 麗華の声がどんどん小さくなっていく。
 まさかのこの展開に、俺も一瞬言葉を失った。



「その……飯田君が家にとって必要な存在だってのは分かっているけど、私個人としてどう思ってるかなんて……その……」


 
 完全にオロオロしている麗華に、隣で雪華が小さく微笑んで、そっとフォローを入れた。



「麗華さん、少しだけ心の中を見つめ直してみてもいいかもしれませんね。大事なことですから。」



 ――雪華、マジでナイスアシスト!さすがだぜ!

 その瞬間、麗華はハッとした表情をして、静かに息を整えた。



「……そう、私は……」



 ――おっ、ついに何か言うのか?

 俺が期待して見守っていると――



「合理的な判断の中で、私は確かに……雷丸君を……必要と……している。」

「だから合理的なのはもういいって言ってんだろ!!」



 俺は思わずツッコんでしまった。
 結局、麗華の中では「合理的」が全ての中心にあるらしい……。

 そんな俺たちのやり取りを見て、静香さんがクスッと笑いながら言った。



「まぁまぁ、二人とも。それはこれから少しずつ考えていけばいいじゃない。」

「いや、考えるのは俺じゃなくて麗華だろ!?」

 

 ――そうツッコむタイミングを見失った俺は、完全に混乱したまま、無理やり話を進めることにした。

 俺は、妙な自信を持って口を開いた。



「じゃあさ、俺を心の底から好きになってくれた時、結婚しようぜ!」


 
 俺は、ドーンと自信満々にそう言ってみた。
 いや、これって結構カッコいいセリフじゃないか?
 映画とかで聞いたことあるやつだし、タイミングもバッチリだろ!

 ――でも、次の瞬間。

 麗華は一瞬固まったあと、目をパチパチさせながら信じられないものを見るような顔で俺を見つめた。



「……心の底から……?」

「ああ、そうだよ!」



 俺は自信を込めて胸を張る。



「俺を本当に心の底から好きになった時、結婚すればいいだろ?」



 麗華はまるで謎の数式でも解いているような顔で、何度も「心の底から……」とブツブツ呟いている。
 その様子を見て、焔華がボソッとつぶやいた。



「おぬし……難しいことを言うのう。」



 ――え、そうか?難しいか?
 俺が少し戸惑っていると、麗華がやっと正気に戻ったかのように俺を見上げた。



「……その、雷丸君が言っている『心の底から好きになる』って、具体的にはどういうことなの?」



 ――そこ聞く!?

 俺は思わず頭を掻いた。
 いや、普通の恋愛で「心の底から好きになる」って言えば、気持ちが溢れ出る感じだろ?
 でも、麗華にそれを説明するのがなんだか難しい……。



「あの……例えばさ、俺のことを考えると、胸がキュンとするとか?」



 麗華は無表情で頷く。
 


「……なるほど、胸がキュンとする?」

「そうそう!なんかこう、ドキドキして、俺のことが頭から離れないとかさ!」

「……頭から離れない?」



 俺はもう完全に説明に困りながら、手振りを交えて説明を続けた。



「そうだよ!なんかこう、俺が近くにいると落ち着かないとか、見てるだけで嬉しくなるとか……って、俺何言ってんだ?」



 だんだん自分でも恥ずかしくなってきて、俺は話を止めた。

 その時、麗華は少しだけ顔を赤くしながら真剣な顔でこう言った。



「……つまり、貴方が私の近くにいると、呼吸が乱れて……胸の鼓動が速くなり……そして、常に貴方のことを考えている状態……ということで間違いないのね?」

「いや、そうだけど、なんでそんな冷静に分析してんだよ!?」



 ――恋愛ってそういう冷静な分析で語るもんじゃないだろ!

 俺はもう頭を抱えそうになりながら、思わず自分の説明力を恨んだ。
 麗華は本当に恋愛という概念がわかっていないらしい。

 その場に漂う微妙な空気を感じ取ったのか、静香さんがクスッと笑いながら言った。



「まぁまぁ、雷丸君。麗華も少しずつ理解していくわ。きっとね。」



 ――いやいや、俺が理解させなきゃいけないのか?
 俺の頭の中はますます混乱してきたが、麗華はどうやら新しい研究テーマを見つけたかのように、再びブツブツと呟きながら考え込んでいた。

 その光景に、俺はもうどこか遠くを見つめるしかなかった。


 
「そう言えば二人とも、来週は沖縄に行くんじゃない。ちょうどいい機会だわ。」

 

 静香さんが突然にこやかに言うもんだから、俺はポカンとした顔で一瞬フリーズした。



「……え?」



 沖縄?

 ――まさか、静香さんの頭の中では、沖縄の青い海の前で結婚を決めろってことなのか?



「あ、そういえばそうだった。」



 俺はようやく思い出す。
 最近、濃すぎるイベントの連続で完全に忘れてたけど、高校2年生のビッグイベントが控えてたんだ。

 ――そう、修学旅行!

 思えば、魔王討伐だのハーレムだのに気を取られすぎて、学校行事が完全に頭の中から飛んでたぜ!
 しかも、これが沖縄だって?

 いやいや、俺の脳内ではまだ「ハーレム拡大計画」とか考えてたけど、今度は南国で恋バナして結婚決定戦ってどういう展開だよ!?
 最近の俺の人生、異世界ファンタジーと青春ラブコメが混ざり合ってカオスなんだけど!



「沖縄かぁ……。そういや、俺たち普通の高校生だったんだよな……。」



 なんか、現実に引き戻される感じがするな。
 だって、異世界で魔王倒してからこっち、あんまり普通の生活してないし……。
 修学旅行だって、普通は友達と一緒にキャッキャウフフな青春を謳歌するはずなのに、まさか結婚を考えるためのリゾート計画が絡んでくるなんて!



「南国の修学旅行……なんて楽しそうな響きでしょう。」



 隣で雪華が目をキラキラさせて言ってるけど、おいおい、そんな爽やかな顔されても、俺は頭の中で「結婚」ってワードがぐるぐる回ってるんだぞ!?



「あの、普通に楽しむ修学旅行じゃないんですか?」



 俺は恐る恐る静香さんに確認する。
 でも、静香さんはまるで天気予報を言うかのようにあっさり返してきた。



「もちろん、沖縄の美しい海の前で、麗華との将来について考えるのにぴったりな場所よ。」



 ――やっぱり!
 普通に海を見て「将来の夢は?」とか話すのとは違う意味での未来を考えろってことかよ!



「この修学旅行の間に愛を育んでみたらどう?」

 

 静香さんが、ニッコリ笑いながらとんでもない提案をしてきた。



「は、はぁ!?愛を育むって、修学旅行で!?」


 
 俺は思わず椅子から転げ落ちそうになりながら、声を張り上げた。

 修学旅行で愛を育む!?
 普通、修学旅行っていうのはクラスメイトと観光したり、海で遊んだり、旅館で夜更かしするもんだろ!?
 なんでそこに「愛を育む」が入ってくるんだよ!!

 隣で麗華も、静香さんの言葉にポカンと口を開けて硬直している。



「え、沖縄で……愛を……?」



 麗華も完全に困惑しているのが分かる。
 そりゃそうだ!誰がどう見てもこれは想定外のミッションだろ!!

 でも、静香さんは微笑みを崩さずに、まるで当たり前のことのように続ける。



「ええ、修学旅行なんて、若い二人が愛を深めるのに最適なシチュエーションじゃない?」



 ――いやいや、それは違うだろ!?

 俺は内心で猛烈にツッコミを入れた。
 修学旅行ってのはクラス全員で行くイベントであって、愛の育みイベントじゃねぇ!

 麗華は顔を赤くしながら、慌てて静香さんに言い返した。



「お母さん!そんなこと、クラスのみんなもいるのに無理よ!」



 ――そうだそうだ!麗華、ナイス!それが正しい反応だ!

 だが、静香さんは全く動じることなく、むしろさらに笑顔を深めてこう言った。



「大丈夫よ、沖縄にはロマンチックなスポットがいっぱいあるわ。夜のビーチとか、星空を眺めながらとか、いくらでもチャンスはあるものよ。」



 ――チャンス!?
 何のチャンスを狙ってるんだ!?
 俺は修学旅行でクラスメイトと楽しく過ごすつもりだったのに、急に恋愛バトルフィールドにされてしまった気がする!!
 

 麗華もさらに動揺して、何も言えずに顔を真っ赤にしている。



「お母さん、そんな……飯田君とはまだ……」



 俺も麗華も、完全に修学旅行の予定が崩壊している。
 だけど、静香さんはニコニコしながら「これは素晴らしいアイデアよ」という顔で俺たちを見つめ続けている。



「だから、修学旅行中にしっかり愛を育んで、その後の結婚に向けて準備を進めましょうね。」



 ――結婚に向けて準備って、もう既成事実作りにかかってるじゃねぇか!?



 俺は頭を抱えながら、沖縄修学旅行がただの青春イベントから、とんでもない方向に進み始めたことを悟った。

 

「えぇ……沖縄で……愛を育むってどういうことだよ……」



 まさかこんな修学旅行になるなんて、予想外すぎるだろ!?


 
 普通、海とか観光とかでキャッキャウフフする予定だったのに、なんで「愛」なんてワードが出てくるんだよ!?


 ただ、そんな俺の困惑を見透かしたように、静香さんがふっと微笑んだ。


 その微笑みは、まるで俺の心の中を全て見通しているかのようだった。
 俺の動揺や戸惑いを、まるで面白がるかのような、ほんの少し挑発的な笑みだ。


 そして次の瞬間、彼女の口から放たれた一言。


 
「あら、雷丸君。怖気づいているの?」



 ――その言葉が俺の胸にズバッと突き刺さった。


 
「え?」



 俺は一瞬、彼女の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
 怖気づく?俺が?異世界帰りのハーレム王を名乗るこの俺が?


 
「怖気づくって、いや、そんなわけないじゃないですか!」



 慌てて反論しようとする俺だったが、静香さんは俺の言葉をさらりと受け流すように、さらに言葉を重ねてきた。


 
「だって、さっきから様子がおかしいもの。南国の美しい場所で、若い二人が愛を育む……そんな素敵なチャンスなのに、まるで及び腰のように見えるわ。」


 
 その言葉に、俺の中で何かがカチンと音を立てて弾けた。


 
 ――俺が及び腰だって?


 
 俺は異世界で魔王を倒し、無数の試練を乗り越えてきたんだぞ!?
 それを怖気づいてるだなんて言われる筋合いはない!


 静香さんの挑発的な言葉が、俺の中に眠っていた「負けず嫌い」のスイッチを完全に押してきた。


 
「いやいや、そんなわけないですよ!むしろ俺こそ、麗華をメロメロにする準備ができてますから!」



 胸を張りながら堂々と言い放った俺に、静香さんはさらに意味深な微笑みを浮かべる。


 
「そう?それならいいけれど。雷丸君が本気を出す姿、楽しみにしているわ。」



 ――うわぁ、この言い方、めっちゃプレッシャーじゃねぇか!?


 
 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 
 隣で麗華が何か言いたげに眉をひそめているが、俺は気にせずに宣言する。

 

「よし!決めた!麗華!この修学旅行でお前をメロメロにしてやるからな!覚悟しておけ!」



 俺の突然の宣言に、麗華は一瞬驚いた表情を見せた後、真っ赤な顔で反論する。


 
「な、何言ってるのよ!誰がメロメロになるって言ったの!?私、そんなつもりないから!!」



 ――おお、ツンデレっぽい反応いただきました!


 
「まぁまぁ、そう言うなって。沖縄の美しい海と星空の下で、俺の魅力を思い知ることになるんだからな!」

「はぁ!?絶対あり得ないから!」



 麗華の反応に、静香さんが微笑みながら小さく呟く。


 
「……ふふ、これからが楽しみね。」



 ――静香さん、楽しそうにしてるけど、俺はもう頭の中がぐるぐるしてるんだぞ!?



 でも、決めた以上、やるしかない!
 修学旅行という名の南国ラブバトルで、ハーレム王の真価を見せてやる!!


 

 ――――――――――――――



【静香視点】 



 夕食後の静まり返った書斎。
 私は一息ついて、いつものように頭を整理していた。


 その時――扉が軽くノックされた。

 

「静香さん……俺だけど入ってもいい?」


 
 雷丸君の声だ。
 それがわかった瞬間、思わず顔が緩んでしまう自分がいた。


 私は心を落ち着けるように息を整えながら、「どうぞ」と静かに答えた。


 扉が少し開き、雷丸君が顔を覗かせる。
 その姿を見るたびに、胸が高鳴るのを感じる。


 
「どうしたの?」



 そう声をかけると、彼は少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

「その……うやむやになったけど、静香さんのハーレム入りってどうなったのかなって……」



 その一言に、私の心臓がドキンと大きく跳ねた。
 思いもよらない直球な質問に、一瞬頭が真っ白になる。


 
 ――どうしよう、この人、本当に無邪気なんだから。



 私は笑いを堪えるように唇を引き締めたが、胸の中ではキュンキュンする感情が止まらない。


 雷丸君は何も知らない顔で、私をまっすぐに見つめている。
 その純粋な瞳に射抜かれ、私の心は完全に翻弄されていた。

 

「……静香さん?」



 彼が不安そうに首を傾げる。
その仕草がまた可愛くて、愛おしくて――私は思わず笑みを浮かべてしまった。


 
「……そんなことを聞きに来たの?」

「え? だって、気になるじゃないですか!静香さんが俺のハーレムに入ってくれるなら、それだけで俺、めっちゃ幸せですし!」


 
 彼の何気ない言葉に、私は思わず息を呑んだ。彼の無防備な仕草とその純粋な瞳。それだけで胸の奥が熱くなる。


 彼の姿を見るたびに、私はどうしようもなく惹かれてしまう。彼の無邪気さも、不器用さも、すべてが愛おしくてたまらない。

 
 心の中で抑えていた感情が、一瞬で堰を切ったように溢れ出した。気がつけば、私は彼の方へと歩み寄り、手を伸ばしていた。

 
 そして――。


 彼の唇にそっと触れた。

 

「……っ!?」



 雷丸君の瞳が驚きで見開かれる。その表情。その瞬間のすべてが、私の胸に深く刻まれる。
 彼の唇の温かさ、その柔らかな感触に、私の心は完全に彼に支配されていた。


 ほんの数秒触れていただけなのに、その時間は永遠にも思えた。そして、私はそっと唇を離し、静かに呟いた。


 
「……貴方が、私をこんなにも狂わせるのよ。」



 雷丸君は固まったまま、ただ私を見つめていた。
 私は彼の反応を楽しみながら、もう一度言葉を続ける。


 
「これで答えになったかしら。」



 彼はしばらく何も言えなかったが、やがて照れくさそうに笑いながら言った。


 
「……静香さん、俺、なんかめっちゃ幸せなんですけど!」



 その言葉に、私は思わず笑ってしまう。本当に、どうしようもない人だわ。だけど、そんな彼だからこそ、私はここまで心を動かされたのだろう。


 雷丸君は一瞬考え込むような顔をしてから、少し照れ隠しのように言葉を続けた。

 

「静香さん、ありがとう!!」

「――――――私の方こそ、ありがとう。」

「え……?」



 彼が戸惑うように声を漏らす。その表情すら、愛おしい。


 
「こんな気持ちにさせてくれて、ありがとう。燃えるような恋をさせてくれて、ありがとう。」



 心からの言葉だった。声は少し震えていたけれど、それが私の本音。私はは彼を見つめ、思わず微笑んでしまう。


 
「――――――大好きよ。」



 彼の瞳がさらに大きく開かれ、頬がどんどん赤く染まっていく。


 
「えっ……えええっ!? 静香さん……!? 今、なんて……?」

「大好き。こんな気持ち、貴方が初めて。」



 私は彼の手をそっと取った。その手の温もりが、私の心をさらに満たしていく。


 
「ずっと一緒にいてね、雷丸君。」



 彼は目を輝かせ、満面の笑顔で力強く言った。

 

「……勿論だよ!静香さん!!」



 彼の手が、私の手をぎゅっと握り返す。その強さが、彼の真剣な気持ちを物語っているようだった。
 その笑顔は、太陽のように暖かく、私の心をさらに幸せで満たす。


 私はそんな彼に微笑み返しながら、そっと目を閉じた。



 この瞬間が永遠に続けばいい――そう思うほどに、私は彼に夢中だった。


 
 
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