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第39話 俺のヒーロー 1
しおりを挟む【小野寺雄二視点】
俺の名前は小野寺雄二。覚えているか?
え、覚えてない?そりゃそうか。
……俺はそう、1話に出てきた奴だ。あのとき、俺は飯田をぶん殴った。サッカー部のキャプテンとして、いっぱしのプライドってやつがあったんだ。
え?それでも思い出せない?
……じゃあ、あの飯田がオールバックにキメて帰ってきた時のことはどうだ?
体育のサッカーの授業で、俺がボコボコにされた――そう、あのサッカー部キャプテンだよ!あれなら覚えてるだろ?な?
いや、いいんだ。どうせ、お前らも言いたいんだろ?
「飯田を出せ!お前なんかどうでもいい!」
そうだよな。今じゃ飯田雷丸っていえば、異世界帰りだの、空飛ぶサッカーだの、もはやマンガみたいなやつだ。
俺みたいな普通のやつ、どうでもいい存在だよな。
でもさ、ちょっと聞いてくれよ。
俺があいつを嫌ってた理由、分かるか?
それは、あの時の飯田雷丸の姿が、俺には許せなかったからだ。
中学の頃、飯田雷丸は俺たちサッカー少年にとって、まさに神だったんだ。地元でも、いや全国でも、サッカーをやってる奴なら知らないやつはいなかった。
「神童」――そう呼ばれていた男。
その天才っぷりは、小学生の頃からすでに誰もが認めるものだった。まさに、どんなサッカー少年も憧れる存在だった。
俺も、もちろんその一人だった。
あの頃、俺たちは夢中だったんだ――飯田雷丸に。
何度も試合で対戦したことがある。けど、そのたびに、俺はあいつに挑む立場で、常に圧倒されてた。
飯田のプレーは、もう次元が違うんだよ。
あのスピード、あのテクニック、そして何よりも圧倒的な自信。俺なんかがいくら練習しても、追いつける気がしなかった。
「飯田君すっげえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」
試合が終わるたびに、俺はため息をついていた。彼のプレーを見ていると、自分がどれだけ凡人なのか、痛感させられたんだよ。まるで、サッカーの神様が降臨したかのように感じるほどだった。
でも、あの時だ。俺が中学最後の試合で飯田と対戦したとき――試合が終わった後に、あいつが俺に話しかけてきたんだ。
「旭川シニアの小野寺だっけ?お前、なかなかやるな」
……あの瞬間、俺は完全に天にも昇る気持ちになった。
俺が、あの飯田雷丸に認められた……?
何度も夢に見た瞬間だった。
心臓が爆発するかと思うほど嬉しかったんだ。
「俺はあの飯田に認められたんだ……!」
だが――その飯田が突然サッカーを辞めた。
俺の憧れが、まるで消しゴムでこすったように、あっけなく消えてしまった。
その時の俺の気持ち、分かるか?
あれは、まるで天から地に落ちるような感覚だった。
地面が抜けて、自分がどこか宙ぶらりんになったような――そんな感覚だ。
「なんでだよ……あの神童が、なんでサッカーを辞めるんだ……?」
その疑問が俺の頭をグルグル回って離れなかった。
あいつは、俺たちサッカー少年の憧れだったんだ。何があったんだ?
なぜ、そんな簡単に辞めるんだ?
それから俺は、何とかして飯田雷丸の真相を知ろうと躍起になった。
それこそ、部活の先輩や知り合い、コーチにまで聞き込みをして、なんとかあいつの進学先を突き止めたんだ。
――そして、俺もその高校に入った。
あの飯田雷丸がいる学校に、どうしても入って、真相を確かめたかった。
「またあいつと会える……いや、またあいつとサッカーができる……」
その期待が俺を支えてたんだ。
あの神童の復活を目の当たりにする日が来ると、信じてた。
だけど――
初めて高校で飯田を見た時、俺は信じられなかった。
そこにいたのは、かつての俺のヒーローなんかじゃなかった。
「……え?」
言葉が出なかった。
飯田雷丸は確かにそこにいた。だけど――
髪の毛はボサボサ。
まるで寝起きの獣みたいに、全方向に散らばった髪が、あの鋭い目つきを完全に覆ってる。
さらに、体も重そうに見える。
かつてのあの軽やかなステップ、バネの効いた筋肉はどこにも見当たらない。
「おいおい、これは夢だろ……?」
俺は目をこすったが、それでも目の前の現実は変わらなかった。
あの神童は、いなくなってしまったんだ。
一体、あの飯田に何があったっていうんだ?
あのヒーローが、どうしてこんなことに?
何か言葉をかけたくても、俺は何も言えなかった。
そして――その時、俺の口からようやく一言だけ出た。
「飯田……君。何があったんだよ……」
飯田が、ようやくこちらに顔を向ける。
そして――その瞬間。
「…………お前、誰?」
その言葉が、まるで俺の脳天にハンマーを叩き込むかのように響いた。
「……誰?」
……誰って、俺だよ!お前がかつて認めた小野寺だよ!
その一瞬で、俺の頭の中は完全に真っ白になった。
「おいおい、マジで俺のこと忘れたのかよ!?」
何かがプツンと切れる音がした。
いや、もうこれは冗談とかそんなレベルじゃない。
あの神童だった飯田雷丸が、俺のことを忘れただけじゃなく、こんな無気力で腐った奴に成り下がってるってことに、俺は――もう耐えられなかった。
次の瞬間、俺は自分でも気づかないうちに、拳を握りしめていた。
「おい……お前……何やってんだよ!!」
その一言と共に、俺は気づけば飯田に殴りかかっていた。
――あの頃の、あいつはもうどこにもいなかった。
そこにいたのは、腐りきった飯田。
俺が知っているヒーローなんて、もう跡形もない。
ただ、目の前にはしょぼくれたオッサンみたいな飯田がいるだけだった。
俺はあまりに情けなくて、悲しくて――
何より、許せなかったんだ。
あの俺たちのヒーロー、飯田雷丸が、こんなにもしょぼくれて終わる男だったなんて――そんな事実、絶対に受け入れられなかったんだ。
「お前、昔のこと覚えてんだろ!?あの試合後に、俺に『お前なかなかやるな』って言っただろ!!」
俺は飯田の襟元を掴んで、思わず叫んだ。
でも、飯田はただ、ぽかんとした顔で俺を見ている。
「お前は……俺の憧れだったんだよ!!あの輝いてたお前に、もう一度会いたかったんだよ!!」
飯田は何も言わない。ただ、俺の目をまっすぐに見ている。
でも、その目には――かつてのあの輝きはどこにもなかった。
俺はその瞬間、はっきりと悟った。
「……もう、お前はあの頃の飯田雷丸じゃねぇんだな……」
俺は力なく、飯田の襟を掴んでいた手を離した。
そう――俺が憧れたヒーローは、もういない。
その事実が、俺の胸をえぐり、どうしようもない悔しさがこみ上げてきた。
俺は、ただ呆然と立ち尽くした。
「……なんで、こうなっちまったんだよ、飯田……」
俺は絶望した。
あのヒーローは、もう帰ってこないのか……?
俺の胸の中に、ぽっかりと大きな穴が開いた。
けど、その穴を埋めるために、俺はどうしてももう一度、飯田と向き合いたかった。
俺のヒーロー、あの神童は――
本当に消えたのか?
それとも、どこかにまだいるのか?
あいつの姿を、俺はもう一度確かめたくて、何度もぶつかっていくと決めたんだ。
――そして。
ヒーローは突然帰ってきた。
あの腐りきった飯田雷丸はどこにもいない。
代わりにそこにいたのは――まるで別人のような飯田だった。
オールバックにキメて、鋭い目をしたあいつ。
教室にあいつがいるだけで、空気がピリッと引き締まるのが分かった。
まるで、教室中の酸素が一気に消え去ったかのような感じだ。
「本物のサッカーを見せてやる」
そう言って、体育の授業でボールを蹴ったあいつ。
俺はその瞬間、息を飲んだ。
あのスピード、あの切れ味――
完全に、俺が知ってる飯田雷丸だった。
いや、それだけじゃない。もはや、かつての神童を超越した存在になっていたんだ。
ボールがあいつの足元にある限り、まるで生き物みたいに躍動する。
俺はただ、口をポカンと開けたまま、あいつのプレーを見ているしかなかった。
11人相手に、あいつは一人でフィールドを支配している。
ディフェンダーが寄ってくる。
でも、まるでゴーストみたいに、あいつの体はその中をスッと抜けていく。
「え、なんだよこれ……どうなってんだ!?」
まるで、サッカーボールが磁石みたいにあいつの足に吸い付いてるようだった。
俺が一瞬目を離した瞬間、あいつはもうゴール前だ。
そして――
〈ドカァァン!!〉
ボールがネットを突き破るんじゃないかってくらい、強烈なシュートが決まった。
ゴールキーパーは、まるであの場にいなかったかのように無力だった。
周りの生徒たちは、みんな茫然自失。
さっきまで騒いでたクラスメイトたちも、口を開けたまま動けなくなっていた。
俺はその時、確信した。
あいつはもはや、ただの高校生じゃなかった。
あの時憧れた神童の姿を取り戻したどころか、完全に別次元の存在に進化していた。
俺の体が、震えた。
「これが……本物のヒーローかよ……!」
体育の授業で、あいつはまるで超人のようなプレーを見せつけたんだ。
もう、誰もあいつに追いつけねぇ。
あの時の神童が帰ってきた。いや、それ以上の存在になって帰ってきたんだ。
俺はただ、その姿を見て――胸が熱くなった。
俺の憧れたヒーローは――まだ、俺の目の前にいた。
あの頃よりも、さらに強く、さらに輝いて……!
――――――――――――
俺は学校の帰り道、いつものようにぼんやりと歩いていた。夕暮れの空がオレンジ色に染まり、家に帰ったら何をしようかなんて考えてた。
だけど、ふと前方を見ると――
「あれ?」
バットを持った連中がゾロゾロとどっかに向かってるじゃねぇか。
最初はただの不良の集まりかと思って気にも留めなかった。
でも、そいつらの口から出た言葉を聞いて、俺の全身が一気に凍りついた。
「飯田の奴、またやってやるぜ!」
「今度こそ、二度と走れなくしてやろうぜ!」
その瞬間、俺の脳裏にある記憶がフラッシュバックした。
――飯田が中学生の時に足を怪我した理由。
試合でヤンキーどもが彼女の前でボロ負けして逆上し、飯田をリンチしたんだ。
しかもわざと足を狙って、何度も何度も蹴りまくった。そのせいで、飯田はサッカー選手としての未来を閉ざされた。
俺はその時の光景を思い出し、全身がゾワッとする感覚を覚えた。
――まさか、またあのヤンキー連中が飯田を狙ってる!?
その瞬間、何かがプツンと切れた。
「おい……お前ら……!」
気づいたら、俺は全力で走り出していた。
考える間もなく、足は勝手に動いてたんだ。
そして――
「テメェら!!そこで何してやがる!!」
俺は全力で声を張り上げ、バットを持ったヤンキーどもに突っ込んでいった。
その瞬間、ヤンキーどもが一斉に振り返り、ニヤニヤと獲物を見るような目で俺を見た。
「なんだお前?邪魔すんのか?」
リーダーっぽい奴がバットを肩に担ぎながら、俺にニヤリと近づいてきた。
まるで俺を見下すように、じっくりと顔を眺めてきた。
「邪魔すんのか、だぁ?」
その言葉が俺の中の何かに火を点けた。
次の瞬間――
俺は拳を握りしめ、そのリーダーの顔面に全力で殴りかかっていた。
「ぶっ飛ばしてやるよ!!」
俺の拳がそいつの顔面にクリーンヒット。
そいつは驚いた顔をして、そのままガッシャーンと地面に倒れ込んだ。
周りのヤンキーどもも、俺の突然のブチ切れパンチに、口を開けたまま呆然としている。
でも、俺は止まらなかった。
「お前ら、また飯田を狙ってんのか!?いい加減にしろよ!!」
俺はただの高校生だ。
ケンカなんて正直、得意じゃねぇ。でも――
飯田をもう一度傷つけるなんて、俺が絶対に許さねぇ!!
その気持ちだけが、俺を突き動かしていたんだ。
「やっちまえ!!こいつ調子に乗りやがって!!」
周りのヤンキーどもがようやく我に返って、一斉に襲いかかってきた。
「うるせぇぇぇぇぇ!!!」
俺は叫びながら、次々とヤンキーどもに殴りかかる。
一人、また一人と倒れていく――いや、俺が倒しているんだ!
俺はただ、飯田を守りたい――その一心で拳を振り続けた。
「お前らが何度やってきても、俺がいる限り、飯田には絶対に手出しさせねぇ!!!」
俺の叫びが静まり返った夜道に響き渡った。
だが――
数に押されて、ついに俺は追い詰められた。
体力も限界だ。拳を振るうのも、もうしんどい。
絶体絶命だ。
俺は、地面に倒れ込んでいるヤンキーどもの隙間から、バットを振りかざすヤンキーの影が迫ってくるのを見た。
「これで終わりだぁ!!」
――その時だった。
「……おい、お前ら、何やってんだ?」
静かで、でもどこか凄みのある声が響いた。
次の瞬間、ヤンキーどもは一斉に後ろを振り返った。
「お、お前は……!」
そこにいたのは――
鋭い目をしたオールバックの飯田雷丸。
まるで、昔の神童が蘇ったかのような姿だ。
「雷丸……!」
俺がそう呟いた瞬間、雷丸は一瞬で俺とヤンキーどもの間に割り込み、凄まじいスピードで動いた。
――そして、次々とヤンキーどもが、まるでピンボールみたいに宙を舞い、地面に倒れ込んでいく。
一瞬だった。
あっという間に、全てのヤンキーどもが倒れ伏していた。
俺はその光景を見て、ただただ驚愕するしかなかった。
「おい、小野寺、お前何してんの?」
雷丸の声が、俺の耳にズキンと突き刺さる。
目の前には、ヤンキーどもを一掃したあいつが、まるで何事もなかったかのように立っていた。
俺は思わず振り返り、「何って……」と言葉を詰まらせた。
いや、これだけヤンキーどもをぶっ倒しておいて、何してんだって、そりゃお前だろ!
でも――次の言葉が俺を完全に黙らせた。
「サッカーもやんねーで、何してんだよ?」
雷丸の言葉が、まるで雷鳴のように俺の胸に響いた。
なんでだよ、なんで今そんな話をするんだ?
俺は一瞬、頭が真っ白になった。けれど――雷丸は続けた。
「旭川シニアの小野寺雄二。お前、サッカーの練習しろよ。せっかく筋あんだからさ。」
その一言が、まるで雷みたいに俺の頭に響いた。
お前……覚えてるのか?
俺のことを……あの時、忘れたんじゃなかったのか?
俺は信じられなくて、思わず口を開いた。
「……お前、覚えて……」
飯田は、バツが悪そうな顔をして、頭をボリボリと掻きながら言った。
「あー、あん時な……高校の入学式の時……」
なんだ、その顔。お前、もしかして――
「あの時、名前を忘れたフリしてたんだよ。」
俺は、一瞬言葉を失った。
「サッカーできなくなっちまったし……お前が俺に憧れてくれてたのも知ってたからな……合わせる顔がなくてさ」
その瞬間、俺は胸の中で何かが弾けた。
こいつ、最初から分かってたのかよ。
俺がずっと、お前の後ろを追いかけていたことも、あの時のお前に憧れていたことも――全部。
あいつはあの瞬間から、ずっと俺を知っていたんだ。
「…………くっそ」
こいつ……このタイミングでヒーロー面して登場するのかよ!憧れのあいつが、ずっと俺のことを見てて、気にかけてたなんて。どんだけドラマチックだよ。
「おせぇよ、ヒーロー……」
そう呟いた俺の声が、夜風に溶けるように消えていった。
でも――その言葉に、雷丸はニヤリと笑った。
「おう、待たせた」
その瞬間、俺は思わず拳を握りしめた。
雷丸――お前は、今も俺のヒーローなんだ。
何があっても、お前はずっと俺の前を走り続ける。
そして、俺も――お前の背中を、もう一度追いかけよう。
だって、俺のヒーローが帰ってきたんだから。
これからは、二度と遅れねぇ――俺は、お前を超えてやるんだ!
俺は、雷丸の背中を見つめながら、心の中でそう誓った。
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